「はぁ。こんなもんでいいか」
俺は切り株の上に腰をかける。
その目の前には朝から切り倒した木が数本転がっている。
「予定よりも早く終わったな。もう一本、いっとくか?」
おそらくあと一本くらいなら、暗くなる前に処理をして運ぶことができるだろう。
「さ、いっちょやるか」
俺は斧を手にして立ち上がる。
今日も俺は裏山で一人、訓練という名の雑用をやっていた。
薪拾いと、たまに割り込んでくる配達の訓練をこなす毎日。すっかりダジュームにも慣れたとまでは言わないが、ようやく自分のペースが掴めたといった感じだ。
この薪拾いも、今は拾うだけじゃなくて木を切り倒すレベルまで達してしまった。
「これはマジで【木こり】スキルが現実のものになりそうだ……」
―-俺の明日はどっちなんだ?
俺の未来を考えているうちに、また一本、木を切り倒してしまった。
あとはこれを運べる大きさに切り取って、事務所に運ぶだけだ。
俺はシャルムから支給されたリアカーに薪を詰み、夜行性のキラーグリズリーが目を覚ます前に裏山を後にする。
これで今日も、俺の訓練の一日が終わる。
ハローワークの事務所に着くと、いつも通りキッチンからはいい匂いが漂ってくる。
最近は夕食はカリンだけで作るようになっていた。
その分、ホイップは家の掃除や雑用に集中できるようになったらしく、家事は完全分担制となっていた。
言うまでもなく、これはカリンの【料理】スキル習得のための訓練も兼ねていた。
「おかえり、ケンタくん! 今日もおつかれ!」
大量の薪を倉庫に突っ込み、事務所に入るとカリンがテーブルに料理を並べていた。
「ただいま。カリンもおつかれ」
どうやら今日は何かの肉のハンバーグらしい。
さすがに俺もダジューム生活に慣れたと言っても、一目で何の肉かは判別がつかない。もちろん食べてみても分からないのだが。
「シリウスとシャルムはまだ訓練中?」
事務所内にはカリンしか姿が見えないので聞いてみる。
「ううん。もう訓練は終わって、部屋にいると思うよ! 部屋に戻るんなら、シリウスくんを呼んできて!」
「ああ、分かった」
とりあえず汗だくの服は着替えておきたいので、二階の俺たちの部屋に向かう。
「シリウス、入るぞ」
男同士、特に遠慮することはないのだが一応声をかけて扉を開けると。
「お、おつかれ、さまです」
部屋の床で腹筋をするシリウスがいた。
上半身裸で汗だくになりながら、全力で体を鍛えるシリウスの腹は綺麗なシックスパックを作っていた。
「訓練が終わった後だろ? まだ元気が余ってるのか?」
俺は呆れながらも、自分のベッドに腰掛ける。
「訓練だけじゃ、基礎的な部分は、鍛えきれません、からね」
俺が部屋に入っても腹筋をやめることはないシリウス。
「もうすぐ夕食だから、ほどほどにしとけよ」
「はい、あと、200回だけ」
このシリウスの自主練は昨日今日始まったことではない。
あれはアレアレアに勇者のパレードを見に行った翌日だった。
基本、俺たちの訓練は朝から夕方の間に行われ、夜は自由時間となる。俺なんかはベッドでゴロゴロするのが日課なのだが、シリウスが突然筋トレやジョギングを始めたのだ。
これはもちろん、勇者を見た影響が大きすぎるのは一目瞭然で。
「……そういや、勇者たちがまだアレアレアにいるって噂、本当だろうか?」
シリウスの筋トレが終わるのを待つのに、手持ち無沙汰の俺はふと窓の外を見ながら呟いた。
あのアレアレアの事件以来、勇者はアレアレアの町に滞在しているらしい。
らしい、というのはあくまで噂で、その姿を見たものはいないと聞く。まるで都市伝説だ。
「あの事件があって、責任でも感じてるのかな?」
「そうですね。僕たちも、結局、何もできないまま、でしたね……」
「そうだな」
腹筋をしながら答えるシリウスが、自分の無力を悔やむようなことを言う。
戦闘スキルを身につけて勇者パーティーに入りたいと言っていたシリウスだが、先日のアレアレアのパレードで己の実力のなさを実感したところなのだ。
大魔法使いスネークがモンスターに襲われ、死亡した。
いろいろなことに巻き込まれながらも、俺たちアイソトープは結局、何もできなかったのだ。
ただ見てるだけ。結局は見てるだけで、シャルムがすべてを解決した。
そのときの悔しさで訓練や自主練に精を出しているシリウスである。
いや、今はひたすら鍛錬のときだと考えているのだろう。
勇者パーティに入るという彼の目的は果てしなく高いのだ。
「はぁ。じゃあ、食事に行きましょうか。カリンさんが待ってますよ」
ようやく腹筋が終わったのか、汗だくの体をタオルで拭きながらシリウスが立ち上がった。
「ああ、そうしようか」
そのシリウスの体は、日に日に鍛えられていっていることは、言うまでもなかった。
「今日はいい一角鳥のお肉が手に入ったんで、ハンバーグにしましたよ!」
カリンが今日のメニューを教えてくれる。
「ホイップちゃんが商人さんから値切ってくれたおかげで、特Aのお肉ですよ!」
料理はカリンがメインだが、食材の調達は今もこの妖精のホイップがやっているのだ。
「値切りはまだカリンちゃんには任せられませんからね!」
得意そうに食器を運んでくるホイップ。
きっと【値切り】スキルというものもこの世界には存在するのだろう。
シャルムも経っいぇきて、食卓には全員そろい、ようやく夕食が始まった。
「あ、ちょっと待って。あなたたちに連絡があったのよ。酔っぱらう前に言っとかなきゃ」
と、ワイングラスを手にかける前にシャルムが書類を取り出した。
基本的にシャルムは毎晩ワインを数本開けては、ホイップに叱られるというのが俺たちの夕飯の恒例行事になっていた。
「なんですか? また私にどっかの王子からオファーでも届いちゃったとか?」
カリンが冗談ぽく言う。
このダジュームではジョブのひとつとして婚姻オファーが届くことは、特別なことではない。現に以前は隣のソの国の王子からカリンへ結婚のオファーが届いたのだ。
ま、そのときは断ったんだけど。
「今回はそういった類のオファーじゃなくて、これ」
話すよりも見る方が早いと、シャルムは書類をテーブルに置いた。
俺たちは並んでその書類のオファー主を見る。
「カフェ・アレアレ? これって……?」
それはれっきとした仕事のオファーだった。
その名前を見て、カリンがはっと息を呑む。
「そうよ。アレアレアの有名なカフェからオファーが来たのよ」
「キャー! 本当ですか!」
テーブルをひっくり返しそうな勢いで、カリンが驚いて身をのけぞらせた。
カフェ・アレアレとは、以前勇者のパレードを見に行ったときにカリンが行きたがっていたカフェで、アレアレアの住人なら知らない人がいないくらいの超有名店だった。
「カリンちゃん、最近はパン作りもバリエーションが増えてきましたからね!」
「ホイップちゃんが教えてくれたおかげよ!」
料理の師匠であるホイップも鼻高々に、腰に手をやっている。
「私にあのアレアレからオファー! ひえー!」
最近は【パン作り】スキルを磨いているカリンは、あこがれの店からのオファーに変な声を出している。
目もうるうると感動しているようだ。
「すげーな、求人じゃなくって、カリンに直接オファーなんて?」
「おめでとうございます、カリンさん!」
俺とシリウスもそのオファーにお祝いを言う。
この世界にもジョブに就くには二種類の方法があって、それは店側が広く求人を募る求人と、個人に直接届くオファーだ。
「ちょっと待ちなさい。カリン、よく読んで」
浮かれるカリンを押さえるように、シャルムが書類をトントンと叩く。
「へ?」
一瞬真顔に戻ったカリンが、再びオファーの書類に目をやる。
「カフェ・アレアレって書いてありますよ?」
「それはそうよ。……オファーされた名前を見てみなさい」
どこか申し訳なさそうに、シャルムが眉を下げた。
「……ケンタ・イザナミ? ……へ?」
オファーの書類を、声に出して読むカリン。
「……なぜか、ケンタへのオファーなのよ」
シャルムがため息混じりに、言った。
「お、俺ですか?」
俺は自分を指さし、顎が外れそうになった。
「ふへ?」
最後にカリンが目を丸くして頭のてっぺんのほうから奇妙な声を出して、フリーズしてしまった。
「これはケンタのせいね」
「そうですね……」
「ケンタさん、サイテーです!」
口々に俺のせいにされて、意味が分からないんですけど?
ていうか、なんでカフェが俺にオファー?
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