「ホイップを探しに来たのに、なんでこんなことになってるんだろう?」
ラの国からファの国へ向けて青い空の中を飛びながら、ふと疑問に思う。
俺のダジュームでの生活はいつも行き当たりばったりである。
本当ならハローワークでスキルの訓練をして、適切なジョブに就いて異世界生活を送っているはずだったのに、なんだか今は落ち着くことができない日々を駆け抜けている。
一番関わりたくなかった勇者だ魔王だの中に、ずっぽりと放り込まれているのだ。しかも今はデーモンなんて姿で、空を飛んでるんだからもうわけがわかんねーや。薪拾いで文句たれてた日々が懐かしい。
すべてはこの【蘇生】スキルのせいだ。
こんなスキルが偶然にも発現したもんだから、ダジュームで渦中の人になってしまった。まったくもって迷惑でしかない。
俺はまったりスローライフが送りたかったのに……。
でも、その願いを諦めたわけではない。
魔王ベリシャスが望む人間とモンスターの協和の世界が実現できれば、みんな仲良く平和に暮らしていけるんだから。
そのために、なんとか勇者を説得できれば。
俺はただなんとなく、そう考えていた。
それがダジュームのためになると……。
だが、それが大間違いだったと思い知らされるとは、この時は思ってもみなかったんだ。
「ここがファの国か……」
空の上から、国境を超えるのは簡単なことだった。セキュリティー的にどうなんだと思わないこともないが、すべての国境の空まで管理はできないのだろう。
ファの国に来るのは二度目だった。ペリクルに連れられて海岸沿いにあったゲートをくぐって、妖精の森へ行ったとき以来だ。
この前、シャルムが言っていたことを思い出す。
勇者パーティーがファの国に来た理由――。妖精の森へ行くため?
「そんなわけないよな。人間だけじゃ妖精の森には入れるわけないしな」
それは俺が一番よく知っている。妖精の森に入ったことがある、数少ないアイソトープなのだから。
空の上から、ファの国の領土を見下ろしている。
たまに飛行型のモンスターとすれ違うが、向こうから会釈されるのはどうにも気分がいいものではなかった。「あ、ちーっす!」じゃないんだよ!
やっぱ俺ってモンスターに見えるんだなぁ。当たり前か。
「でも、勇者のパーティーはどこにいるんだ……?」
ゲジカルさんからもう少し詳しく聞いておくんだった。俺もファの国の地理なんてまったく知らないし、首都さえどこにあるかもわからない。
どうしてこう行き当たりばったりになるんだろうか?
「ないとは思うけど……」
俺がファの国で唯一知っている場所、そしてもしかしたら勇者が目指しているかもしれない場所――。
妖精の森のゲート。
勇者が俺を探して本当に妖精の森を目指しているのだとしたら、そこへ向かっているはずだった。
俺はその悪い予感を否定するためにも、ファの国の海岸沿いへ向けて飛んだ。
俺が妖精の森について知っている情報はふたつ。
妖精の森に入るには、あの海の上に浮かんでいるゲートを通らなければいけないこと。
それには妖精の導きと、シャクティの許可が必要だということだ。
もし万が一、勇者が妖精の森へ行こうとしていても、最終的にはシャクティが許可しないと入ることはできないし、シャクティが勇者を迎えることはありえない。
始まりの妖精シャクティは、勇者と魔王の争いを断じて歓迎していないのだから。
「そもそも俺が妖精の森に逃げたなんてこと、誰も知らないはずなんだけどなぁ」
ペリクルやジェイドが漏らすわけないし、そもそもダジュームには妖精なんてほとんどいない。
「勇者はほかの用事でファの国に来たんだろうな。なんか伝説の剣でも探しに」
そう考えることにした。
デーモン姿では途中で地上に降りて休憩することもできず、ノンストップで妖精の森へのゲートがある海岸に到着した。
相変わらずのきれいな海だった。確かこの辺でジェイドにオーラを注入されて空を飛べるようになったんだなと、苦々しい思い出を噛みしめながら河岸沿い飛んでいると、砂浜に数人の姿が見えた。
まだ数キロ先ではあったが、モンスターの五感を手に入れた俺にはその姿が誰かははっきりと確認できた。
ぴたっと空中で静止し、様子を窺う。
人間が四人――。
すべて見たことがある人物で、俺は背筋がピンと緊張するのがわかった。
間違いない。勇者パーティーだった。
「やっぱり、来てたんだ……」
ここにはいないことを否定するために来たのだが、悪い予感が的中してしまった。
やはり勇者は、俺を探して妖精の森を目指しているのか?
今は海岸でたき火を囲む勇者パーティー。
勇者クロス。アレアレアで会ったとき以来となるが、ずいぶんと昔のことに思える。
魔法使いサラメットと祈祷師メサはあのパレード以来だ。
そして、もう一人――。
「シリウス……」
シリウスは本当に、勇者パーティーにいた。
砂浜に大きなバスタードソードを突き刺し、流木に腰掛けている姿は、俺の知っているシリウスだった。
だがその表情はどこか浮かない。憧れの勇者パーティーに入ったのに、いろいろあるんだろうか? レベル的なこともあるだろうし、苦労してるのかな? そういやケガしたとか誰かが言ってなかったっけ?
できればこんな姿でシリウスと再会はしたくなかった。そもそもシリウスと会うのは、俺がハローワークを家出したとき以来になる。
「でも、話し合うしかないか……」
おそらく勇者たちは、ここでゲジカルたちが俺を運んでくるのを待っているのだろう。
いきなり俺が一人で現れると、きっと驚くに違いない。
果たして、話は通じるのだろうか?
だがこうなってしまった以上、憎しみの連鎖を生まないためには俺がやるしかないのだ。
「よし、行こう」
俺は勇者と接触する覚悟を決めた。
実際に話してみないと、勇者が何を考えているのかもわからないし、ここで何をしようとしていたのかもわからない。
魔王ベリシャスの意向を知ればダジュームは平和に向けて動き出すかもしれないのだ。
とにかく、俺の【蘇生】スキルが重要ではないことも知らせておかないと。ずっと指名手配されたままじゃ、やってらんないよ。
ゆっくりと空から勇者の一団に向けて下りていこうとしたところ、ふと勇者クロスの脇に小さなカゴがあることに気づく。
それは鳥カゴのような大きさで、中で何かが動いているのが見えた。
インコ? オウム?
勇者が鳥でも飼っているのかと思った次の瞬間、俺は思わぬ形で再会してしまう。
カゴに入れられていたのは妖精。
ホイップだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!