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ハマカズシ
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勇者クロス、再び

公開日時: 2021年6月23日(水) 18:00
更新日時: 2022年1月3日(月) 11:16
文字数:2,625

「ホイップを探しに来たのに、なんでこんなことになってるんだろう?」


 ラの国からファの国へ向けて青い空の中を飛びながら、ふと疑問に思う。


 俺のダジュームでの生活はいつも行き当たりばったりである。


 本当ならハローワークでスキルの訓練をして、適切なジョブに就いて異世界生活を送っているはずだったのに、なんだか今は落ち着くことができない日々を駆け抜けている。


 一番関わりたくなかった勇者だ魔王だの中に、ずっぽりと放り込まれているのだ。しかも今はデーモンなんて姿で、空を飛んでるんだからもうわけがわかんねーや。薪拾いで文句たれてた日々が懐かしい。


 すべてはこの【蘇生】スキルのせいだ。


 こんなスキルが偶然にも発現したもんだから、ダジュームで渦中の人になってしまった。まったくもって迷惑でしかない。


 俺はまったりスローライフが送りたかったのに……。


 でも、その願いを諦めたわけではない。


 魔王ベリシャスが望む人間とモンスターの協和の世界が実現できれば、みんな仲良く平和に暮らしていけるんだから。


 そのために、なんとか勇者を説得できれば。


 俺はただなんとなく、そう考えていた。


 それがダジュームのためになると……。


 だが、それが大間違いだったと思い知らされるとは、この時は思ってもみなかったんだ。

 


 

「ここがファの国か……」


 空の上から、国境を超えるのは簡単なことだった。セキュリティー的にどうなんだと思わないこともないが、すべての国境の空まで管理はできないのだろう。


 ファの国に来るのは二度目だった。ペリクルに連れられて海岸沿いにあったゲートをくぐって、妖精の森へ行ったとき以来だ。


 この前、シャルムが言っていたことを思い出す。


 勇者パーティーがファの国に来た理由――。妖精の森へ行くため?


「そんなわけないよな。人間だけじゃ妖精の森には入れるわけないしな」


 それは俺が一番よく知っている。妖精の森に入ったことがある、数少ないアイソトープなのだから。


 空の上から、ファの国の領土を見下ろしている。


 たまに飛行型のモンスターとすれ違うが、向こうから会釈されるのはどうにも気分がいいものではなかった。「あ、ちーっす!」じゃないんだよ!


 やっぱ俺ってモンスターに見えるんだなぁ。当たり前か。


「でも、勇者のパーティーはどこにいるんだ……?」


 ゲジカルさんからもう少し詳しく聞いておくんだった。俺もファの国の地理なんてまったく知らないし、首都さえどこにあるかもわからない。


 どうしてこう行き当たりばったりになるんだろうか?


「ないとは思うけど……」


 俺がファの国で唯一知っている場所、そしてもしかしたら勇者が目指しているかもしれない場所――。


 妖精の森のゲート。


 勇者が俺を探して本当に妖精の森を目指しているのだとしたら、そこへ向かっているはずだった。


 俺はその悪い予感を否定するためにも、ファの国の海岸沿いへ向けて飛んだ。

 

 

 俺が妖精の森について知っている情報はふたつ。


 妖精の森に入るには、あの海の上に浮かんでいるゲートを通らなければいけないこと。


 それには妖精の導きと、シャクティの許可が必要だということだ。


 もし万が一、勇者が妖精の森へ行こうとしていても、最終的にはシャクティが許可しないと入ることはできないし、シャクティが勇者を迎えることはありえない。


 始まりの妖精シャクティは、勇者と魔王の争いを断じて歓迎していないのだから。


「そもそも俺が妖精の森に逃げたなんてこと、誰も知らないはずなんだけどなぁ」


 ペリクルやジェイドが漏らすわけないし、そもそもダジュームには妖精なんてほとんどいない。


「勇者はほかの用事でファの国に来たんだろうな。なんか伝説の剣でも探しに」


 そう考えることにした。


 デーモン姿では途中で地上に降りて休憩することもできず、ノンストップで妖精の森へのゲートがある海岸に到着した。


 相変わらずのきれいな海だった。確かこの辺でジェイドにオーラを注入されて空を飛べるようになったんだなと、苦々しい思い出を噛みしめながら河岸沿い飛んでいると、砂浜に数人の姿が見えた。


 まだ数キロ先ではあったが、モンスターの五感を手に入れた俺にはその姿が誰かははっきりと確認できた。


 ぴたっと空中で静止し、様子を窺う。


 人間が四人――。


 すべて見たことがある人物で、俺は背筋がピンと緊張するのがわかった。


 間違いない。勇者パーティーだった。


「やっぱり、来てたんだ……」


 ここにはいないことを否定するために来たのだが、悪い予感が的中してしまった。


 やはり勇者は、俺を探して妖精の森を目指しているのか?


 今は海岸でたき火を囲む勇者パーティー。


 勇者クロス。アレアレアで会ったとき以来となるが、ずいぶんと昔のことに思える。


 魔法使いサラメットと祈祷師メサはあのパレード以来だ。


 そして、もう一人――。


「シリウス……」


 シリウスは本当に、勇者パーティーにいた。


 砂浜に大きなバスタードソードを突き刺し、流木に腰掛けている姿は、俺の知っているシリウスだった。


 だがその表情はどこか浮かない。憧れの勇者パーティーに入ったのに、いろいろあるんだろうか? レベル的なこともあるだろうし、苦労してるのかな? そういやケガしたとか誰かが言ってなかったっけ?


 できればこんな姿でシリウスと再会はしたくなかった。そもそもシリウスと会うのは、俺がハローワークを家出したとき以来になる。


「でも、話し合うしかないか……」


 おそらく勇者たちは、ここでゲジカルたちが俺を運んでくるのを待っているのだろう。


 いきなり俺が一人で現れると、きっと驚くに違いない。


 果たして、話は通じるのだろうか?


 だがこうなってしまった以上、憎しみの連鎖を生まないためには俺がやるしかないのだ。


「よし、行こう」


 俺は勇者と接触する覚悟を決めた。


 実際に話してみないと、勇者が何を考えているのかもわからないし、ここで何をしようとしていたのかもわからない。


 魔王ベリシャスの意向を知ればダジュームは平和に向けて動き出すかもしれないのだ。


 とにかく、俺の【蘇生】スキルが重要ではないことも知らせておかないと。ずっと指名手配されたままじゃ、やってらんないよ。


 ゆっくりと空から勇者の一団に向けて下りていこうとしたところ、ふと勇者クロスの脇に小さなカゴがあることに気づく。


 それは鳥カゴのような大きさで、中で何かが動いているのが見えた。


 インコ? オウム?


 勇者が鳥でも飼っているのかと思った次の瞬間、俺は思わぬ形で再会してしまう。


 カゴに入れられていたのは妖精。


 ホイップだった。

 

 

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