「人間とモンスターの間に生まれた……? シャルムが?」
ダジュームで待ち伏せをされていた俺は、突然シャルムから衝撃の事実を告げられた。それはシャルムの出生の秘密であった。
ただその内容が、思いもしなかったもので俺はまさに絶句するしかなかった。
「そう言ってるじゃないの。母が人間で、父がモンスター。私はハーフってコト」
隠していたつもりもないように、さらっと打ち明けるシャルムだった。
俺がダジュームに転生してきて、シャルムのことはほとんど知らなかった。それはシャルム自身が自分のことを語らなかったということもあるし、ハローワーク所長という立場で、保護された俺からは聞きづらいという理由もあった。
だが――。
「で、でも……、見た目は人間じゃ……?」
「あなた、【変化】ってスキル知ってる? あなたもデーモンの姿になったりしてたじゃないの。もう忘れたの?」
「シャルムのその姿も、【変化】してるっていうのか?」
「ま、事情があってもう元には戻れないんだけどね」
「事情って?」
「もう、いちいちうるさいわね! とりあえず、来なさい。こんな足元にモンスターが転がってるところで話したくはないわ」
足元で眠るウェインライトとキラーグリズリーを汚いものでも見るように一瞥し、シャルムは踵を返した。魔法で寝かせたのはあなたですよ?
「ちょ、どこ行くんだよ? ハローワークか?」
「ハローワークにはホイップがいるから、こんな話は聞かせられないわよ。黙ってついてきなさい」
ホイップ、という名前を聞いて俺は少しだけ安心した。あいつ、ちゃんとハローワークに帰ってたんだな。
でも、ホイップに聞かせられないって……。
「あなた、飛べるんでしょ? アレアレアの南東の監視塔に来なさい。先に行ってるわよ」
そう言うと、シャルムは【ワープ】の魔法を唱えようとした。
「ちょ、アレアレアにはバリアが……」
空から飛んで来いとシャルムは言うが、アレアレアの町の上空にはバリアが張られているはずである。しかもそのバリアを張っているのは、誰あろうこのシャルムなのだ。
「バリアなんて最初からないわよ。さっさと来るのよ」
「え? バリアがないって……?」
と、聞き返したときにはもうすでにシャルムの姿はなかった。
「もう、わけがわかんないよ。どうすりゃいいんだよ?」
勇者に休戦を申し込みに来たはずなのに、なぜかシャルムに待ち伏せされていた。
一緒に来たウェインライトは地面に倒れたままぐっすり眠っているし、放っておいていいのだろうか?
でもシャルムが言ってたことは、すべてが気になる。
シャルムは人間とモンスターの間に生まれた子どもということ。
今の姿は【変化】のスキルによるもの。
そしてシャルムは俺と勇者を会わせたくはない。その理由は、人間とモンスターの争いをやめさせたくないからなのか?
シャルムは一体、何を考えているんだ?
「ウェインライトさん、ちょっと待っててください!」
ここで考えていても、答えは出ない。
俺はぺこりとウェインライトに頭を下げて、光の翼を背中から出した。
地面を蹴ってダジュームの夜の空へと飛びあがる。同じ真っ暗な空でも、裏の世界とはまた違う黒に溶けた俺は、まっすぐアレアレアの町へと向かった。
眼下にちらっと見えたハローワークの屋根。
まだあそこには帰れない。俺はやることをやって、いつかあの屋根の下でみんなと会うんだ。
そのために、今はシャルムと向き合わなければいけないんだ。
それが、望まない真実だったとしても――。
「ほんとだ……」
アレアレアの上空から南東の監視塔に向けてゆっくり降下していくと、なんの異変もなく問う最上階のテラスに降り立った。バリアなんて、まったく張られていなかったのだ。
以前はシャルムの師匠であった大魔法使いスネークが町の上空にバリアを張っていたのだが、魔法が使えなくなって代わりにシャルムが張り直したという話を聞いていた。
だけど、シャルムはバリアを張っていなかった? ということはモンスターも入り放題だったのか?
「シャルムはどっちの……」
そこまで呟いて、俺はその先の言葉を飲みこんだ。
シャルムはどっちの味方なんだ?
俺の頭の中でぐるぐる回る疑問だった。
人間の母と、モンスターの父の間に生まれたシャルム。
シャルムはこのダジュームを、どうするつもりなんだろうか?
アレアレアのバリアと、俺と勇者を会わせたくないというのも、もしかしたらモンスター側の意思を継いでいるのかもしれない。モンスターといっても、魔王ベリシャスの協和とは反対の意思。交戦を望んでいるのでは――。
ランゲラク?
そう考えると怖かった。
だが今は会ってちゃんと話すしかない。シャルムもその気になっているはずだ。
塔のテラスから中に入ると、最上階はぐるりと360度見渡せるようになっていた。その部屋の中央には、すでにシャルムが立って、俺を待っていた。
「シャルム……」
「意外と早かったわね。ちょっとはレベルアップしたようね」
俺のレベルアップを喜んでいるのか、それとも皮肉だったのか、シャルムの凛とした表情からその心の内は読み取れなかった。
「ぜんぶ説明してくれるんだろうな?」
シャルムに向かい合うと、どこかで緊張している自分に気づいてしまった。
それはハローワークで訓練をしていたときの緊張とはまったく違っていた。シャルムが半分モンスターと聞いてしまったから、これまでの関係性が俺の中で揺らいでいた。
裏切られた? いや違う。今や俺はモンスターの事情も理解しているつもりだった。
じゃあ俺はシャルムを目の前にした今のこの感情はどう説明すればいい?
恐怖――。
シャルムのことが分からない、これからどんな話を聞かされるのか。それは未知への恐怖だったのかもしれない。
「……あなたに話すつもりはなかったのよ」
少しだけ迷いを見せたシャルムは、すっと目を逸らした。
「あなたがダジュームに帰ってこなければ……。あなたがやるべきことをやってくれてたら、こんなことにはならなかったんだけどね」
「俺がやるべきことって、なんだよ?」
「先代魔王を生き返らせることよ」
シャルムはまた、はっきりと断言した。
対して俺は、何度聞いてもその言葉が信じられないでいる。耳から入るが、脳には届かない。
それだけはやるべきではないと決めていたことを、シャルムは当然のように肯定するのだ。
「なんで俺が前の魔王を生き返らせなくちゃいけないんだよ? そんなことをしたら、ダジュームのためにならないじゃないか?」
「じゃあ、あなたが今やろうとしていることはダジュームのためになるって断言できるの?」
ゆっくりと俺を指さすシャルム。その人差し指がまっすぐ俺の胸を突き刺してくるような圧を感じる。
「勇者と魔王が戦わなければ、少なくともダジュームで苦しむ人たちが減るじゃないか。憎しみの連鎖がこれ以上生まれることはないだろ?」
「憎しみの連鎖、ね……」
ふふ、とシャルムは口角を上げた。
「なんだよ?」
「それはあなたの言葉じゃないわよね? シャクティに吹き込まれた?」
「そ、そうだけど……」
やはりシャルムは俺が妖精の森に行っていたことを知っているのだ。そこで始まりの妖精シャクティと会ったことも。
「もうはっきりと言うわ。私があなたを魔王城に送ったのは、死んだ先代魔王を生き返らしてほしかったからよ」
先代の魔王とは、すなわちベリシャスの兄である。
「でもベリシャスは、もうお兄さんの死体はないって……」
「それは嘘よ。魔王城の地下に、今もハデスの死体はあるの」
「ハ、ハデスって?」
「ベリシャスの兄であり、先代魔王の名前よ」
俺は初めて、前の魔王の名前を知った。
そしてシャルムがその名を知っていることも、死体が残っていることも。
「なんでシャルムはそのハデスを生き返らせたいんだよ?」
そう聞いて、その答えが核心をつくような気がして俺は怖くなった。
これまでずっと知らされていなかったことを、知ってしまう恐怖。この感情こそが、シャルムに対する緊張だった。
「ハデスは、私の父よ」
シャルムは声を絞り出すように言い切った。
「……え?」
ハデスが……、シャルムのお父さんだって?
シャルムは先代魔王の、娘……?
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