午前8時。アレアレアの町、南門。
「すごい行列! 出遅れちゃった!」
朝の七時にハローワークを出て、一時間でアレアレアに着いた俺たち。南門の入町手続きをする窓口には、すでに大行列ができていた。
その最後尾に並びながら、カリンが町の壁を見上げていた。
麦わら帽子にリュックを背負い、完全に遠足気分である。
「それにしてもすごい壁ね。これが町全体を囲ってるんでしょ?」
アレアレアに来るのは初めてのカリンは、すべての景色が珍しいように目を丸くしてはキョロキョロしている。
「ああ。東西南北にこんな門があって、手続しなきゃ入れない仕組みだ」
俺は以前来ているので、少し鼻を高めに説明する。
ここ南門は、ラの国の住人専用の入り口であるが、この行列を見る限り、今日のパレードを見るために国中からアレアレアにやってきているようだった。
「西門の行列はもっとすごいらしいぜ?」
俺たちの前に並んでいる男性が、教えてくれた。
西門はラの国以外の国から来た人用の門である。国外からも勇者を見に来るとは、さすがに時の人、全世界的に注目度が高い。
「勇者パーティーはどこからやってくるんだろうか?」
テンションが高まるカリンとは別に、シリウスはどこか緊張した面持ちであたりを見渡していた。
「北門がVIP専用の入り口になってるんだよ。たぶん、そこから町に入るはずだ」
俺も少ない知識で、シリウスに教える。
「ここと反対側か……。やはりパレードまでは会うことはできないか」
唇を噛むように、シリウスが遠くを見る。
やっぱこいつ、勇者に直接会って直談判する気なのか? テロリスト認定されるぞ?
「しかし立派な壁ですね。これなら地上のモンスターが町に侵入することは不可能ですが、空からのモンスターはどうなんですかね?」
シリウスは勇者との偶然の出会いを断念し、町の壁を眺める。
壁は10メートルほどあり、目の前にビルが立ち並んでいるかのようだ。これを登るとなるとモンスターといえど簡単ではなかろう。
しかし上空からモンスターの襲撃はどうだろうか? これはシリウスの言う通りだ。
この前、俺も一角鳥に襲撃されており、空からの襲撃には対応されていないじゃないか。
俺はこの事実にビビってしまう。
やっぱ帰った方がよくない?
「兄ちゃん、そりゃ大丈夫だ。見な、四方に塔が建ってるだろ?」
シリウスの疑問に、またしてもさっきの男性が口を挟んできた。やはりこの国の住民は、親切だ。
彼が言うのは、町の四隅に立っている塔のことだ。
「目には見えないがな、あの四方の塔から魔法で結界を張ってるんだ。モンスターなんか入ってこれねーよ」
「そうなんですか?」
シリウスが目を細めて、塔を見上げる。
「異世界ハローワークの事務所にも結界が張ってあるシャルムさんも言ってたよね? だから簡単にはモンスターには襲われないって?」
思い出したかのように、カリンが手を叩く。
「おう、あんたらシャルムんとこのアイソトープかい? なら話が早いな。あの結界を張ったのはスネークさんだよ」
「スネークさんが?」
俺はその名前が出て、反応する。
異世界ハローワークのシャルム所長ことは当然のこと、すっかり俺たちアイソトープもアレアレアでは有名な存在になっている。
きっと二人が師弟関係だということも、周知の事実なのだろう。
「そうだよ。って、あんた裸のあんちゃんか。あんたらだったらスネークさんのすごさは分かってるだろう? なんたってシャルムの師匠なんだからな。このでかい町全体に結界を張れるのはあの人くらいさ」
男性はスネークだけでなく、シャルムの実力をも認めているようだった。
「この町全体を魔法で結界を張るなんて、やっぱりすごい魔法使いだったんだな。この前、結界のことなんて話してくれなかったのに」
「当たり前じゃないの。せっかくだから、スネークさんにも会いに行く? 私たちも孫弟子みたいなもんだしね! 挨拶しといたほうがいいかも!」
カリンがガイドブックを広げて、早速リスケジュールを始めた。
「そうか、スネークさんのところで待っていれば、勇者もやってくるはず! そうしましょう!」
その案にシリウスも大賛成のようである。
「スネークさんも忙しいんじゃないの? 勇者はスネークさんに用があるんだろ? 邪魔しちゃ悪いって。それにその話は内密のことだから」
俺はなるべく勇者には関わりたくないというスタンスは捨てきれておらず、やんわり反対する。
勇者パレードを遠目から見学する分にはいいが、勇者のプライベートなイベントまで顔を突っ込むと何が起こるか分かったもんじゃない。
「さすがに一般人が勇者やスネークさんには簡単に会えねえって。それに町の中は護衛団が配備されてごった返してるよ。怪しい行動を
すりゃ、すぐに逮捕されるぜ」
勇者にミーハー心を抱いていると思われたのか、男性はシリウスの肩を叩いた。
「そうですか。残念です」
肩を落とすシリウスに、俺はホッとする。
勇者に会えないことに加えて、警備が強化されていることもありがたい。
「ほら、列が動いたよ! 私たちも行こう!」
勇者よりも観光、のカリンが俺たちを急かす。
列に並んで小一時間、ようやく俺たちはアレアレアの町に入ることができた。
午前9時15分。アレアレアの町。
「わぁ! すごーい!」
南門から町の中に入った俺たちが最初に目にしたのは、溢れんばかりの人だった。すべてが勇者のパレードを見に来たのだろう。
前回、俺が配達に来たときとは大違いで、少し進むだけでも一苦労の人の多さである。
まさにお祭り騒ぎそのもので、屋台やキッチンカーまで出ていて、そこら中からいい匂いが漂ってくる。
「これ、早く来てよかったな。もうちょっと遅かったら町にすら入れなかったんじゃないか?」
「これじゃあ観光どころじゃないね! 移動するだけでも大変!」
すでにカリンは人の数に酔ったかのように、目を回している。
「パレードが11時からだろ? 早めにいい場所を確保しといたほうがよさそうだな?」
「そうしましょう! 一目だけでも勇者の姿を見ないと、死ぬまで後悔します!」
勇者パレードが目的のシリウスはもちろん異論はないようだった。
「よし、迷子になるなよ。こっちだ」
俺たち三人ははぐれないようにしっかり固まったまま、とりあえずパレードが通る大通りを目指した。
パレードはアレアレアの町を南北に縦断している大通りで行われることになっていた。
勇者パーティーはVIP専用の北門から入り、そのまま大通りを南下。町の中央の広場までパレードをする予定らしい。
ちなみにその広場は、俺が真っ裸で転生をしてきたあの広場でもある。思い出したくもないぜ!
「ケンタさん、あそこは?」
南門から中央広場を過ぎたところで、かろうじて人の数が少ない一帯があり、シリウスが指をさす。
「よし、行ってみよう」
おしくらまんじゅう状態で人混みをかき分けてきたので、カリンはすでにぐったりしていた。どこか落ち着ける場所を探すのは急務である。
「よし、ここでいいだろう」
ちょうどパレードの終点である中央広場のすぐ手前、大通り沿いの最前列に見学場所を確保した。まわりには屋台が少ないことが、穴場になったのだろう。
ここならパレードをじっくり見れるはずだ。
俺はカリンのリュックからレジャーシートを取り出し、地面に広げる。
「カリンはちょっと休んどけ。なんか飲み物でも買ってくるから」
「ごめーん」
疲れ切ったのか、カリンはへたりこんだ。
無理もない。俺とシリウスは一応、毎日訓練を積んでいる。俺だって毎日裏山に行って薪拾いを繰り返して、そこそこ体力だけはついているのだ。
一方のカリンはホイップから魔法訓練を受けているというが、基本的にはずっと家の中にいたのだ。こんなに外を歩いたのは久しぶりだろう。
「じゃあシリウス、ちょっと行ってくる」
そのへんの屋台で何か飲み物を、と離れようとしたところ、誰かが俺のズボンを掴む。
「ケンタくん、せっかくだからここのカフェに行って名物のアレアレアサンドとアイスカフェラテを買ってきてぇ! これが目的で来た
のに、食べれなかったら死ぬまで後悔しちゃうよ!」
カリンがすがるような目で俺にガイドブックを渡してお願いしてくる。
それはカリンが午前中に行くつもりだったカフェである。
「仕方がないな……」
ガイドブックを受け取り、地図を確認するとそう遠くはない場所だった。俺一人ならばそんなに時間はかからずに戻ってこれるだろう。
カリン、この一週間、ずっと楽しみにしてたもんな。
「ありがとう、ケンタくん!」
「【宅配】スキルに目覚めそうな俺に任せとけって」
恩着せがましくならないように、この場をシリウスに任せて小走りで駆けていった。
目的のカフェは、大通りから東に路地を数本入ったところだった。
大通りから離れると人混みは一気に少なくなり、移動もすんなりとすぐに目当てのカフェは見つかった。
こじんまりとした店に入ると、常連らしい数人の客しかいなかった。店内に充満するコーヒーの香りは、元の世界のものと変わりがなく、俺が今異世界にいることを忘れさせてくれた。
「アレアレアサンド1つと、アイスカフェラテ3つで」
注文をして出来上がりを待つ間、窓際のカウンター席に座って待つことにする。
「これならカリンも一緒に来れたかもな」
あの人混みの中でパレードが始まるまで待っているほうが疲れたかもしれない。
窓の外は住宅町になっていて、大通りに比べると人通りも極端に少なかった。
「パレードが終わってから、もう一回来てもいいかもな」
休憩するにはちょうどいい。
居心地のいい店内で、注文を待つ間に気を抜いた瞬間だった。
「……?」
さっきまで誰もいなかった窓の外の道を、一人の女性が歩いていた。
黒いドレスを着て、黒いロングヘアで、網タイツにヒールを履いたその女性……。
「え? シャルム?」
思わず俺は二度見する。
今日はラの国の首都へ出張していると聞いていたシャルムだった。
俺はすかさず店の外に飛び出て、声をかける。
「シャル……!」
だが、もうそのときには誰もいなかった。
店の前をまっすぐ伸びる道には隠れるところもない。
「え? どういうこと?」
毎日会っているシャルムを見間違うわけがないと思いつつ、人違いなら今も道を歩いているはずだけど、もう誰もいない。
振り返っても、俺の視界には誰一人、存在しなかった。
消えてしまったのだ。
「お客様、ご注文の品が出来上がりました!」
いきなり店を飛び出した俺に驚いたのか、店員さんが紙袋に入った商品を慌てて持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
商品を受け取って、もう一度道を眺めるが、やはり誰もいない。
「シャルムが……、いるわけないよな?」
俺は思わずほっぺたをつねってみた。
痛かった。
夢じゃなければ、俺は何を見たのだろうか?
「あ、戻らなきゃ。カリンが待ってる」
まるで狐に化かされたような気分になりながら、俺は再び町の中央広場へ向かうのであった。
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