俺がアレアレアのスネークに配達をして一週間が経っていた。
そんな日の異世界ハローワークのリビング。
ソファでは俺たちアイソトープ三人が自由に自由時間を過ごしていた。
そしていよいよ、明日はアレアレアに勇者がやってきて、パレードが行われるのだ。
「お昼はここのカフェね! アレアレアサンドっていうのが有名みたいなんだ! これは食べなきゃでしょ?」
あれからカリンはずっとアレアレアのガイドブックを読んでは、俺に観光スポットをプレゼンしてくる。
どうやら遠足のしおりまで作っているようで、分刻みに行動が予定されていた。
カリンにとっては勇者のパレードよりも、アレアレア観光がメインのようだ。
「なるほど、ここ数か月、勇者パーティーは伝説の武器を探して世界を回っているのか……。ということは、アレアレアに伝説の武器が隠されている可能性も?」
一方でシリウスは、『月刊勇者』のバックナンバーを熟読しては、最新の勇者情報を調べまくっている。
ちなみに『月刊勇者』とは、世界勇者出版という出版社が毎月出している勇者情報誌らしい。この世界にもそういうゴシップ雑誌、あるんですね?
シリウスはここのところ、訓練にも身が入っているらしく、勇者に会えるという希望で疲れもふっとんでいるらしい。勇者とは、シリウスにとって麻薬である。おそろしい話である。
「はぁ……」
そんなノリノリの二人を見て、俺はため息しか出ない。
こうやってアレアレアのことや勇者のことを調べているように、俺たち三人は明日、勇者のパレードを見に行くことになっていた。
アイソトープ三人による、初めての休暇でもある。
「アレアレアにそんな伝説の武器なんかがあったら、マジでやべーじゃねーか? 魔王軍も狙ってくるんじゃね?」
この前、スネークからはそんな情報を聞くことはなかったが、『月刊勇者』の情報が本当なら、これは由々しき事態である。
勇者対魔王軍のアレアレア大戦争の確率が上がってしまうんじゃないか?
「どうでしょうか? 勇者たちも武器の在処はまだ掴んでいないようなんですよ。もしかしたらその情報をスネークさんが握っているとか?」
シリウスが開けたページには、「伝説の武器・大予想」という特集が組まれていた。
どうやら伝説の武器の在処を予想しているらしく、今のところ大本命がクルト火山というところらしい。アレアレアに置いては大穴扱いだ。
できればこの予想が当たってほしい。
「けどあの爺さん、そんな重要なことを知ってるようには思えなかったけど……」
ただの隠居老人にしか見えなかったが、元勇者パーティーの一員だったのなら、事情通という可能性はある。
「そういえばケンタくん、その白い腕輪、スネークさんにもらったんでしょ? 実はそれが勇者が探してる伝説の武器だったら、魔王に狙われるんじゃないの? キャー、こわい!」
カリンが俺の左腕についている腕輪を指さして、不吉なことを言う。
「これが伝説の武器……? そんなわけないだろうが! ただのお守りって言ってたけど、まさか……な?」
いや、ありえるのか?
これがなにか勇者や魔王にとって重要なアイテムの可能性?
「冗談よ。本気にしてビビらないでよ!」
ちょっと想像したらこわいんですけど?
冗談でもそんなこと言わないでくれません、カリンさん?
「スネークさんにも会ってみたいですね……。どうやって勇者パーティーに入れたのか、その経験談をお聞きできれば、参考になるんですが」
希望に満ちた目で一人頷いているシリウス。
こいつが真面目で冗談を言うタイプではないことは俺がよく知っている。
「マジで勇者パーティーに入れると思ってるのか?」
俺はいたって真面目に尋ねてみる。
ボケならばツッコんでやらなくてはいけないが、シリウスに限っては本気の本気なのだ。勇者のパーティーに入って、魔王と戦うことを夢見る肉食アイソトープだ。
「ケンタさんの言いたいことは分かりますよ。僕にはまだまだスキルも実力もないってことでしょ?」
まあ、自己分析も完璧ですこと。
「ま、まあな。俺たちがここに来てまだ一か月だろ? 訓練しててもオファーもまったく来ない状況だし、流石に戦闘ジョブの最高峰である勇者パーティーは敷居が高いというか、な?」
シリウスの夢をなるべく叩き折らないように、やんわり現実を確かめる。
「もちろんですよ。だからこそ、今の僕と勇者の実力差を確かめておきたいんです。おそらく、その差は歴然たるものです。その差を実感して、僕は訓練に取り組めるんです。目標を感じてみたいだけですよ」
シリウスは冷静に、自分の今いる場所を理解しているようだ。
この前、勇者が来るって知ったときは浮足立っているただの自信過剰なミーハーに見えたのだが、この一週間でちゃんと状況を理解したのなら無茶はしないだろう。
俺は少し安心した。
だって、マジで勇者の下に駆け寄ってパーティー入りを直談判しそうだったからな? 刺客だと思われて撃退されちゃうよ、そんなことしたら!
「でもなんでお前はそんなに勇者パーティーに入りたいんだよ? ていうかそもそも戦闘ジョブなんて危ないと思わないのかよ?」
これは平和に過ごしたい俺とは相計れないところである。
シリウスはダジュームに来て以来、一貫して戦闘スキルの習得にこだわっているのだ。
彼の肉体や身のこなしを見ていると、現実的にもその素質があるのだろうし、実際に訓練もがんばって受けている。
でも俺からしたら、シリウスはどこか生き急いでいるように見えるのだ。
もしかしたら、元の世界のシリウスに関係があるようにも思える。
「危ないからこそ、やる価値があるんですよ。だって今の僕は、第二の人生なんです。元の世界でできなかったことを……、やるチャンスなんです」
ぐっと握った拳が、シリウスの言葉の意味を強調させる。
そのシリウスには元の世界での後悔、そしてこのダジュームでのやり直しを決心させているようで、その手段がモンスターと戦うことなのだろう。
シリウスの目標と行動には、罪滅ぼしのような、深い意味が含まれているように思えてならないのだ。
俺もまだ、シリウスのことはよく知らないのだ。
元の世界で何をしていたのか、そしてどうして死んでしまったのかは。
「でも、危険なことが起きたら無理をするつもりはないからな、俺は? カリンもいるし、無茶なことはNGだからな? ヤバそうだったらすぐ逃げるぞ」
一応、分かっているとは思うが念を押しておく。
マジで本気でリアルに、モンスターに襲われたら今の俺たちは絶体絶命なのだから。
「分かってます。ケンタさんやカリンさんを危険に巻き込んでまで、勇者に会うつもりはないですよ」
控えめに笑って見せるシリウスは、俺が見ても悔しいくらいにイケメンであった。
「そうよ、ケンタくんは心配性なんだから。ほら、アレアレアには歴史のある教会があるみたいよ? ここで平和祈願でもしてから行きましょうね!」
さっそくしおりに教会訪問の予定を書き加えるカリン。
完全に遠足気分ですよね?
だが俺も考えすぎなのかもしれない。
なんの心配もなく観光ができるのなら、俺もこのアレアレア訪問は大歓迎なのだ。ここはカリンみたいに、楽しむことも必要だ。
そう、これはシャルムから許された休暇でもある。ダジュームの世界を楽しむ機会なのだ。
「そうだな、明日は楽しもう!」
ようやく俺もふっ切れたかのように、膝を叩く。
俺がずっと心配していたら、カリンやシリウスも楽しめないだろう。
もしモンスターに襲われたとしても、必死で逃げればいい。
それにアレアレアまではあのスマイルさんの馬車を予約してある。町さえ出てしまえば、馬車でここまでひとっ走りである。
「あ、みなさん。明日の出発早いんですよね? お弁当作っておきますから、馬車の中で食べてくださいねー!」
キッチンからホイップがぴゃららと飛んできた。
「わあ、ホイップちゃんありがと! 大好き!」
飛んでいるホイップを捕まえて、無理やり抱きしめるカリン。
「むぎゅぅ。楽しんできてくださいね。私も行きたかったんですけど、シャルム様にお留守番を頼まれてしまって」
カリンの胸にうずもれながら、ホイップが残念そうな顔をのぞかせる。
こう見えてもホイップは魔法が使える。体は小さいながら、ホイップも来てくれたら心強いところはあったのだが。
「シャルムもどっか出かけるのか?」
「そうみたいですよ。ラの国の首都に行かれるみたいですね」
もしかしたらシャルムもこっそり俺たちの行動を見守ってくれるのかと思ったが、そんな期待はするものではない。あくまで放置プレイのようだ。
「じゃあみなさん、明日はお気をつけて。あ、カリンさんとシリウスさん。ケンタさんが万が一のことが起きて死んでしまうようなことがあれば、保険の申請に必要なので何か遺品を回収して来てくださいね。その腕輪がちょうどいいと思います」
ホイップは雑用を終えたのか、自分の部屋に戻る前にまたイヤなことを言い出した。
厳しいって、俺にだけ!
「なんで俺だけが死ぬ前提なんだよ……」
マジで生命保険に入れられたの、俺?
「おやすみ、ホイップちゃん! お土産買ってくるからね!」
カリンが手を振って、ホイップを見送った。
「じゃあ僕たちもそろそろ休みましょうか。勇者は明日の午前中には町に入れるようにしましょう。11時からパレードの予定ですから!」
勇者の行動を完全に頭に入れているシリウスが雑誌を閉じ、立ち上がる。
「そうしようか」
俺たち三人は、明日のアレアレアの勇者パレード見学に向けて、英気を養うことにした。
今日は俺も余計なことを考えずに、しっかり休もう。
いよいよ明日は、アイソトープ三人のはじめての遠足である。
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