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ハマカズシ
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侵入、アレアレア

公開日時: 2021年6月9日(水) 18:00
更新日時: 2022年1月3日(月) 11:15
文字数:4,178

 アレアレアに着いたのは夜明け前だった。


 町の南にある門は夜間は閉まっており、旅行者は町には入ることはできない。今も開門を待ってすでに列ができていた。


 だが俺たちは通常の手段で町に入ることはできなかった。


 何せ俺はデーモン姿だし、ペリクルだって門を通過するための身分証など持ってはいない妖精だ。


 となると……。


「こっそり侵入するしかないわね」


 遠目にアレアレアの町を臨みながら、あっさりとペリクルは決断した。


「どうやってだよ? 門は通れないし、空はバリアーが張られてるし、アレアレアの防衛は完ぺきだぞ?」


 以前、勇者パーティーを偽ったモンスターを町に入れてしまって大騒動が起きて以来、町のセキュリティは大幅に厳しくなったらしい。十重二十重の身分チェックが行われ、少しでも怪しいものは町に入れない。


 そもそも俺なんてこんな姿では、何をどうしても入れるわけがないのだ。


「あなたはここで留守番してなさい。私一人なら、護衛団を何人か葬って町に入れるわ」


「そんな物騒なことするなって! 大ごとになったら元も子もないなろうが! 魔王の協和の精神を忘れるな!」


 ちょいちょい出るペリクルの過激派モンスターの視点がおそろしい。


「じゃあどうするのよ? 例のパン屋でガイドのカリンって子が中から手引きしてくれないかしら?」


「この状態で連絡が取りようないよ。それに俺の姿を見たらひっくり返るぜ?」


「そうね……。じゃあ、一芝居打つしかないわね」


 腕を組んで何かをひらめいたようなペリクルは、俺をじっと見てくる。


「どういうことだよ?」


 ペリクルは悪そうな顔で微笑んだ。


 俺は嫌な予感しかしなかった。

 



 

「キャー!」


 真夜中のアレアレアの門外で、女性の叫び声が上がると、門に並んでいた人々や護衛団の面々がざわついた。


「誰かー! たすけてー!」


「うぎゃぁぁぁぁ!」


 その女性と対峙して、両手を大きく広げているのはデーモンである。鋭い爪を振り上げ、今にも目の前の女性を襲おうとしているのだ!


「デーモンに食べられるわー!」


「うぎゃぁぁぁぁ!」


 デーモンは羽をバタバタ、尻尾をフリフリ、大きな口を広げて雄たけびを上げる。


 ……もちろん、これは俺とペリクルの演技である。


 使い魔に襲われる美人猛獣使い、という設定で一芝居を打ち、最悪ペリクルだけでも保護されるふりをして町の中に入ろうという、なんともベタ過ぎる作戦であった。


 その間、俺はどうなるのかは深く考えたくなかったが、ペリクル曰く「町の護衛団ごときの攻撃痛くないから死んだふりでもしときなさい。男の子でしょ」ということだった。


 貧乏くじはすべて俺が負う作戦だったが、しかたがない。デーモン男子だもの。


「大丈夫ですかー!」


 俺たちが三文芝居をうっていると、門のほうから数人の護衛が駆けつけてくるのが見えた。護衛の手には槍や剣が握られている。俺を殺る気満々である。


「ああ! 使い魔のデーモンが暴れてしまったんです! お助けを!」


 そう言うとペリクルはぺたりと地面にへたりこむ。そして俺に向かってウインクをバチリと決めた。


「安心してください! あとは我々アレアレア護衛団が相手をします!」


 デーモン相手になんとも勇ましい護衛団である。俺の相手はどうやら三人のようだった。


 しかし今の俺が本気を出せば、このような人間など息を吹きかけるだけで体中の穴という穴から血を噴き出して死んでしまうことになりかねない。ベリシャスの【変化】の魔法は相当なレベルらしく、今の俺は勇者クロスにも簡単に勝てるレベルと実力らしい。


 まさか俺もダジュームに戻ってきて手を血に染めるつもりはなく、ここからが俺の演技の見せ所だった。


「うぎゃぁぁぁ!」


 とりあえず俺は叫んで、護衛団を威嚇する。へたに攻撃されるのも嫌なので、できれば近づいてもらいたくなかった。このまま膠着状態を続けていたい。


「きゃぁぁぁ!」


 ペリクルも悲鳴を上げる。


「すぐに助けます! ご安心を!」


 護衛団はおのおのに武器を構えているが、迂闊には近寄れないでいる。どうやってペリクルを助けようかと距離を図っているようだった。


 俺の姿を見た護衛団の一人の膝が震えているのがよく見える。そりゃ護衛団といえど、目の前にモンスターが現れたらそうなるよな。俺なんて、いつもそうだった。


 モンスターとは、いつだって恐怖の存在なのだ。このダジュームの人々にとっては。俺はこんな姿になって、あらためて実感してしまう。


 だが今は護衛団を怖がらせることが俺の仕事でもある。もう一つ、雄たけびでもあげておこう。ご清聴よろ。


「ぎえぇぇぇ!」


 決まった。護衛団は二、三歩後ずさる。


「今は興奮しているので、迂闊に近づいたら危険です! ああ、昔は従順でおとなしい子だったのに! 猛獣使いの私としたことがー!」


 ペリクルがなんとも説明クサいセリフを言い放つ。


 そろそろいいかな、と、俺は振り上げた両腕で、ペリクルに襲いかかる。あくまで、演技だ。


「ぎゃぁぁ!」


「うわー! 捕まったわ!」


 がしっとペリクルの両肩を掴み、爪で傷つけないように、そして優しく持ち上げる。


 完全にペリクルを人質にとった。


「ああ!」


「なんてことだ!」


「このモンスターめ!」


 その様子を見て、護衛団が慌てている。


「イタイイタイ! ボキッ! 肩の骨が折れたわ! 助けて!」


 俺に捕まえられたペリクルは大げさに叫びながら足をジタバタとさせる。お前、今自分で「ボキッ」て言っただろ?


 真綿を掴むように優しく抱えてるのに、演技だとわかっていてもなんだか胸が痛んでしまう。


「くそ、助けなくては!」


 護衛団のリーダーらしい男が、ついに剣を構えてじりじりと近づいてきた。


「助けてー! こんなモンスターは早く斬ってしまって!」


 なんとも白々しいペリクルの演技である。何とか泣こうとしているみたいだが、まったく涙が出てこないようだ。目だけ真っ赤である。無理すんなよ!


「ギギギ!」


 俺は意味不明な声を出す。もちろん喋ってはいけない体なので、こんなことしか言えない。


 この後の段取りとしては、ペリクルを助けに来るであろう護衛団の一撃で俺はあっさり負けることになる。適当に倒れて死んだふりをしておけばいいとはペリクルの談だ。


 そのままペリクルは保護され、治療のために町の中へと入る算段だった。


「助けておくんなまし!」


 ペリクルも助けを求める声にバリエーションを見せてきた。どこでそんな表現覚えたんだよ! 


 というのも、護衛団たちがなかなか俺に攻撃をしてくれないのだ。


 今も護衛団の三人は険しい顔をして俺を睨んでいるが、一向に動きを見せない。


(おい、全然向かってこないぞ?)


 俺は心配になってペリクルの耳元でひそひそと話す。


(あなたにビビってんのよ! ほんと、女を助けることもできない男は嫌いよ!)


 ペリクルも護衛団にキレているようだった。


 しかし俺としてもどうすることもできず、ペリクルを捕まえたまま意味不明の叫びを続けるだけである。早く俺を倒してくんねーかな?


 すると、護衛団も何やらひそひそと会話を始めた。モンスターになって耳もよくなっている俺には、その会話は丸聞こえである。


「隊長、行かないんですか? あの女性が危険ですよ!」


「わかっているが、でもなぁ……。我々のレベルではどうやっても太刀打ちできそうにないじゃないか? 見た、あのデーモンの顔? すっげーこわい」


「悪魔みたいな顔してますからね。あのキバ、どうやって歯を磨くんでしょうか。しかし、このままではあの女性が食べられてしまいますよ」


「でもなぁ……。たぶんあのデーモンなら息を吹きかけられるだけで俺たちは穴という穴から血を噴き出して死んでしまうくらいのレベル差があると思うんだよ。そんな死に方したいか?」


「そんな死に方は嫌ですね。身元確認に来た家族が卒倒しかねません。穴という穴から出血死した死体は目も当てられませんね。子供のトラウマになってしまいます」


「だろう? せめて果敢に戦って散りたいもんだよ。死んだ後にここに記念碑でも建ててもらいたいというか」


「そうですね。さすがに一撃で憤死しただけでは、記念碑を建てるときに町の議会から疑問が出かねません。あいつらなんも護衛してねーじゃねーか、と」


「せめて互角にやりあったうえでの殉職なら二階級特進もあると思うんだが、何しろ相手はあのデーモンだぞ?」


「死んだら終わりですからね。教会に行ったら生き返ったり、【蘇生】の魔法なんかがあれば挑む気にもなるんですがね。現実はそんなに甘くないですから」


「だよなぁ。『護衛するつもりが処刑、汚名背負って浴びる怒声』って感じだもんな」


「あ、隊長。韻踏んでラッパーみたいじゃないですか。メローなリリックにフロウなバイブスってやつですか?」


「からかわないでくれたまえ。偶然だよ、偶然」


「謙遜しちゃって! 意外と若者趣味なんだから!」


「ハハハ! まだまだ君たち若者には負けんよ!」


 護衛団たちの話は完全に脱線していた。


 ペリクルを助けるどころか、勝手に韻踏んでラッパー気分だ。恐怖が大きすぎると、人はおかしくなってしまうのだろう。悲しいことである。


(ちょっと怖がらせすぎたかな? もっと優しく叫んだほうがよかったかな?)


 またペリクルにささやくと、まったく反応がない。


(おい、ペリクル?)


 ちらっとその顔を覗くと、歯を食いしばってプルプルと肩を震わせていた。


「なんて憶病な人間なの! もう頼りにならないわね!」


(ちょっと、聞こえるって!)


「もういいわ。あんな人間たちの助けはいらないわよ!」


 ペリクルはキレていた。まったく自分を助けようとしない護衛団に。


「こうなったら、下手な芝居なんてうってる場合じゃないわよ。門をぶっ壊して、町に入ります」


 と、ペリクルは俺の背中にまわって、首に手を巻き付けた。


「は? 何言ってんだよ。そんなことできるわけないじゃ……」


「やるの! ほら、このまま門に突撃して! デモケン、突進!」


 門に向けて指をさすペリクル。まさかの実力行使である。


 長年魔王軍で生活してきたペリクルに悪い癖が出てしまった。


 俺もさすがに門をぶっ壊して町に突撃するわけにもいかずうじうじしていると、町のほうが騒がしくなってきた。


 門が開き、援軍がやってきたのだった。


「ほら、ぐずぐずしてるからまたなんかいっぱい来ちゃったじゃないの!」


「無茶言うなって!」


 ようやく護衛団の本隊が来たと思ったが、その中に見知った顔がいることに気づいた。

 

 

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