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――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

いざダジューム

公開日時: 2021年8月27日(金) 18:00
更新日時: 2022年1月8日(土) 11:40
文字数:3,158

「【変化】のスキルなのに、変化せずにレベルだけ上がるとか、これなんてチート……」


 この異世界に転生してきて、俺は初めてあのチートという言葉が思い浮かんでしまった。これまで散々、何も持たざる者としての扱いを受けてきたので、いきなりレベルが上がるなんて信じられない。


「やはり魔王様がかけた最初の【変化】のスキルの影響が強すぎたのか?」


「おそらく。さすが魔王様よ。このアイソトープからこれほどまでのオーラを引き出すとは」


「最初からこうなることを含んだ上だったのではなかろうか? さすが魔王様だ」


 三本槍が魔王のことを褒めたたえているが、絶対にそんなことはないぞ! あいつ、普通に失敗したんだからな!


 ていうか失敗されてよく俺も生きてられたな……。


「これでケンタ殿が平和の使者となることに異論はなかろう。では……」


「ちょいちょいちょい! ちょっと待ってくださいよ!」


 ギャスがすべて解決したというふうに話をまとめにかかろうとしたのを、俺は必死に食い止める。では、じゃないよ!


「どうしたのだ? これで勇者に殺されることはなくなったではないか。堂々と勇者と話し合いができるだろうて」


「そういう問題じゃないでしょ!」


「ではどういう問題なのだ? 今のケンタ殿なら、ダジュームで無双できるレベルだぞ」


「無双したいわけじゃないですよ! 俺のレベルが上がったからって、勇者が魔王軍との休戦を受け入れるわけがないですよ」


「そこをなんとかするのが平和の使者としてのケンタ殿の役目だろう。言うことを聞かなければそこは力づくで……」


「それじゃモンスターがこれまでやってきたことと同じでしょ! そういうとこですよ!」


 なかなか話が通じず、俺も大きな声を出してしまう。


「だがモンスターと人間の間のケンタ殿が間に入ることは、今後の協和の世界に向けては重要なことなのだ。それは分かってくれるな?」


「それは分かりますけど……。でもあの勇者が簡単に首を縦に振るとは思えませんよ? なんというかあの勇者は、実より身をとるというか……」


 俺の勇者クロスのイメージは、最初に会ったときから大きく変わってきた。


 魔王を倒してダジュームに平和を取り戻そうとするのが勇者の姿だと俺は思っていた。だが、あのクロスはどこか違和感を覚えてしまう。


 パレードをしていたのはこれが今時の勇者かとは思ったものの、決定打はこの前のファの国での出来事だった。


 勇者は俺を確実に殺そうとした。しかも自らは手を下さず、シリウスを使って。


 あの勇者が魔王軍との休戦、協和を受け入れるはずがない。あいつは自分のことしか考えていないのだ。


「だが我々魔王軍が出向いては、さらに火種が増すだけであろう。困難なことであることは重々承知した上で、モンスターと人間を繋ぐことができるのはアイソトープのケンタ殿しかおらんのだ。これは魔王様の願いでもある。頼む、ケンタ殿」


 ギャスがゆっくりと頭を下げる。それを見てウェインライトとレイも、合わせて頭を下げた。


「そう言われても……」


 実際俺のレベルが上がったことは、どうでもよかった。俺が実力を見せつけて勇者と対話するつもりはないし、戦闘をするつもりもない。


 レベルが上がったからといって、そもそも対話というテーブルに付ける自信がない。


「このままでは勇者とランゲラク軍が再び対峙するのを待つだけだ。それまでに、魔王軍としての意志を示しておきたい。それだけでも、今は価値があるのだ」


「それだけなら……」


 勇者に協和を同意させるのは難しいが、魔王軍側の意志を伝えるだけならばと俺はつい折れてしまう。


「よし、では早速ダジュームへ向かって勇者と接触してくれ。善は急げだ」


 悪の魔王軍が使う言葉ではない。善の概念があやふやすぎる。


「ちょっと、いきなりは無理でしょ。準備とか、対策とか考えなきゃ……」


「そう言っている間にランゲラク軍が動き出したらどうするのだ」


「そりゃそうですけど、無策で突っ走る方が危険かと。それに勇者がどこにいるか分からないし、俺一人じゃ探しきれないですよ」


 勇者パーティーがまだ妖精の森があるファの国の海岸にいるとは思えない。


「それは安心してくれ。私が一緒に行く」


 と、おもむろに席を立ったのは盲目の剣士、ウェインライトだった。両目をきつく閉じたまま、俺の顔を睨むように見つめてくる。


 突然のことに、俺のほうが恐縮する。


「いや、一人がいやとかそういう意味じゃなかったんですけど……」


 勇者に会うのに、この全身傷だらけの剣士を連れていくのはいかがなものかと、俺は躊躇する。一応見た目は人間型であるが、モンスターである。しかもかなり見た目はいかつく、どう見ても堅気ではない風貌だ。できれば一緒に歩きたくない。できればというか、ご遠慮願いたい。


「遠慮するでない。私が後見人として、勇者との対談を見守る所存だ」


 ウェインライトが口元でゆるく笑う。


 いえ、遠慮してほしいのはこっちのほうですけど?


「やはりモンスター側の出席者も必要であろう。ウェインライトならば見た目も人間と変わりないので後見人として問題ないだろう」


 ギャスが太鼓判を押すが、こんなハードな人間はそういませんけどね。


「では行こうか、ケンタ殿。思い立ったが吉日である」


 吉日どころか、幸先は思いっきり不安なんですけど……。


「ウェインライトがいれば、我々も安心して吉報を待てるというものだ!」


 レイもウェインライトへの信頼は厚いみたいだ。


 部屋を出て言うウェインライトに、俺はしぶしぶついていく。まさかこのウェインライトと一緒にダジュームに行くことになるとは、思いもしなかった。


 ジェイドしかりなぜ俺はモンスターが相棒になることが多いのだろう?


 ウェインライトは会議室を出て、そのまま階段を上がっていく。俺は黙ってその背中を追っていくと、屋上に出てしまった。


「ケンタ殿は空を飛べるな?」


 俺が来るのを待って、ウェインライトは軽く振り向く。


「ええ、まあ……」


 デーモンにならなくても、俺はシャクティより光の翼を授かっているのだ。


「では行くぞ。ゲートまでついてきてくれ」


 ウェインライトは腕を組んだまま、垂直に飛び上がった。そのまま空中を走るように、あっという間にその背中が小さくなる。


「待ってくださいよ!」


 俺も背中にオーラを集中させると、青い光の翼が広がった。以前の翼よりも一回り大きくなっている。これも【変化】スキル効果なのか?


「飛べ……」


 軽く念じると、以前の苦労が信じられないように、空に浮かび上がる。そのままウェインライトを追って、真っ黒な空を圧倒的なスピードで駆け抜けた。


「俺、本当にレベルアップしてる……?」


 デーモンになっていたときよりも、自分の中のオーラの量が増えている気がする。これ、中ボスどころか、最終盤の大ボスレベルじゃね?


 アイソトープでありながら圧倒的な力を手に入れた俺とウェインライトは、勇者との対話をすべくダジュームに向かうべく、二つの世界を繋ぐゲートに飛び込んだ。

 

 俺はまたダジュームに戻ってきた。


 だが、異変はすぐに訪れた。


 ゲートを抜け、ダジュームの裏山にたどり着いたとき、まず目に入ってきたのは地面に倒れる門番のキラーグリズリーだった。


「え、なんで……?」


「そこにいるのは誰だ?」


 するとウェインライト派が腰の刀に手をやって、木の陰にいる人物に声をかけた。明らかな殺気を放つウェインライトに、俺はどうしていいのかわからない。


「ダジュームへようこそ……」


 俺とウェインライトを待ち受けていた人物に、俺は言葉を失った。


「でも、あなたたちを勇者には会わせないわ」


 腕を組み、俺たちの前に現れた女性。黒いドレスのスリットからは艶めかしい脚が覗いている。以前会ったときと同じくショートカットが風になびく。


「シャルム……?」





 シャルムが、俺たちを待ち伏せしていたのだった。

 

 

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