カリンはオファーの書類を魔法で燃やし、異世界ダジュームでの新しい挑戦の生活を決断したときだった。
「もう、あなたたち、うるさいわよ! 何時だと思ってんの!」
いつの間にかシャルムが、階段から下りてきていた。薄ピンクのキャミワンピ姿が、非常に艶かしい。俺は一気に目が覚めた。
「すいません、シャルムさん。僕らも、もう寝ますんで」
こういうときに真っ先に謝るのはシリウス。一番年下とは思えない瞬発力である。
「シャルムさん、私……!」
すぐにカリンもシャルムの存在に気づき、たたっと駆け寄る。
そしてオファーの書類を探すが、自分で燃やしてしまったことに気づいて「あっ」と漏らして口を押さえる。
おっちょこちょいな面が出てしまうのも、これが素のカリンなのだろう。
「聞いてたわよ。オファー、断るんでしょ」
すべてお見通しだというように、シャルムは髪をかき上げる。
少しだけ困った顔をしたように見えたが、気のせいだったかもしれない。
「すいません……」
「あなたが謝ることないわよ。強制することじゃないから」
ポンポンと、シャルムはカリンの頭を優しく撫でた。
シャルムにとってはこのオファーを断ることは、ハローワーク的には痛手に違いなかった。
ジョブ契約時のソの国からの仲介金がどれくらいあるのかは分からないが、雀の涙ではないと想像できる。
だけどシャルムが怒っていないことに、俺はほっとしていた。
この人、厳しそうに見えてやっぱりアイソトープ思いのところがあるんだよ。
「残念ねぇ、ソの国の王子、めっちゃイケメンだったのに。金持ちでイケメンからの誘いを断っちゃうなんて、カリンも贅沢よねぇ」
「え? イケメン? 写真だけでも見せてください!」
「もう遅い! あなた、契約書を燃やしちゃったじゃないの」
「シャルムさーん! むぐ」
意地悪そうに、カリンの頬を両手で挟むシャルム。
「い、意地悪!」
「じゃあね、この話は終わり!」
ひらひらと手を振りながら部屋に戻ろうとするシャルムの腰に、カリンが抱きつく。
さっきは「どこの馬の骨か分からない男」呼ばわりだったくせに、現金な奴である。女ってこれだからな!
「あ、そうだ」
シャルムは思い出したように、振り返る。
「明日の予定。引き続き、カリンはホイップと料理訓練、ケンタはいつも通り薪拾いね」
カリンと俺を指さしながら、シャルムが指示をする。
「はいっ!」
カリンは元気よく返事をする。
「俺はまた薪拾いかよ! あーあ、俺にもどっかの国のお姫様から結婚オファーかないかなぁ」
「あるわけないでしょ。もうあなたは変態アイソトープとして有名だから」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「ラの国ではすでに有名人よ。裸で街の真ん中に転生してきた変態だって。アレアレアの街に行ってみなさい? 街の住人全員から冷たい目で見られるから」
アレアレアという街の広場で真っ裸で倒れていた俺は、住人達にその恥ずかしい姿を見られているのだ。
嫌だ! 絶対あの街には近づきたくない! 逮捕まである!
「ケンタくん、オファーは諦めたほうがいいわよ。ジョブは自分で勝ち取るモノよ!」
「うるせえ!」
女子二人にからかわれる俺の立場って一体……。
「あ、シャルムさん、僕は……?」
そして一番気になるのがシリウスである。
今日はシャルムが出張していたこともあり、訓練はお休みだったのだ。
そしてホイップに魔法訓練は打ち切る予定だと言われたこともあり、焦りが見える。
「シリウスは……」
俺もカリンも、シャルムの言葉を待つ。
ごくりと、つばを飲み込む音が聞こえそうだった。
「魔法訓練は、打ちきりよ」
「え?」
やはり、と俺は思わず天を仰いでしまう。ホイップの言っていた通りだ。
「僕に戦闘スキルの才能はないってことですね……。分かりました」
覚悟はしていたのか、パンと膝を叩くシリウス。
なんとか戦闘スキルを身につけて、モンスターと戦うことを目指していたシリウスにとっては最後通牒であった。
料理訓練中に【魔法】スキルが思わず身についてしまったカリンがどこか居心地悪そうに、眉を寄せていた。
「何言ってんのよ、勝手にへこまないで。誰も戦闘スキル自体は否定してないわよ」
「え?」
すっと顔を上げるシリウス。
「あなたの戦闘スキルは私も評価してるわ。でも【魔法】よりも【格闘】のスキルを磨くべきだと思うのよね。だから明日からは格闘訓練に移行します」
「か、格闘、訓練ですか?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔になるシリウス。
「そ。魔法を使えなくたって、モンスターとはいくらでも戦う方法はあるわよ。どうやらあなたはあの大きなバスタードソードを使いこなせるようだし、そっちのほうで戦闘スキルを磨いていきましょう」
「は、はい……!」
方針の変更といえど、引き続き戦闘スキルの訓練を受けられるとあって、シリウスは膝の上の拳を強く握った。
「ちなみに今の勇者のパーティーにもね、まったく魔法が使えない戦士がいるのよ。魔法は使えなくても、モンスターと戦える技術や体力があなたにはあるはずよ」
シャルムは魔法が使えなくともシリウスの評価を高く見積もっているようだった。
シリウスに自信を付けさせるためにも、勇者パーティーの話を持ち出してきたに違いない。
「シリウスには戦闘スキルを身につけてもらわないと。俺がキラーグリズリーに襲われたときに助けてもらわなきゃいけないからな」
「そうだよ、シリウスくんにはあの大きな剣が似合ってるし!」
俺とカリンが目を合わせ、頷き合った。
どうやら明日からも俺たち三人は、ここで訓練を受け続けることになったのだ。
「じゃあ早く寝なさい。格闘訓練は魔法訓練よりも厳しいわよ!」
最後にそう言い残して、シャルムは自分の部屋へと戻って行った。
「カリンもオファーを断るし、シリウスは格闘訓練に移行するし、今日はいろいろあったなぁ、俺以外は」
今日も明日も特に変わりがなさそうな俺は頭の後ろで手を組いですねてみせる。どうせ俺は薪拾いですからね。
「ケンタくんも、変わったでしょ」
「そうですよ」
カリンとシリウスが示し合わせたように話を合わせてくる。
「何かあったか、俺?」
特に思い当る節もないんだけど?
「私たち三人、一致団結してやっていくんでしょ?」
カリンが軽く首をかしげながら、握った拳を差し出す。
「家族だって言ったの、ケンタさんですよ!」
シリウスも自分の胸を叩き、その手をカリンの拳にこつんと合わせる。
「……そうだな。三人で、やっていくんだよな。ここダジュームで」
さらに俺も拳を握り、二人の拳に重ねた。
それぞれ元の世界ではいろんなものを背負ってきて、今はここダジュームで第二の人生を送らなければいけないのだ。
過去よりも、今。そして未来へ向けて、俺たちはスキルを身につけ生きていくんだ。
「よーし、力を合わせてジョブを見つけるぞ!」
「「「オー!」」」
俺たち三人は重ねた拳を振り上げ、ここダジュームに誓ったのだ。
決して一人じゃない。俺たちはみんなで生きていく!
「うるさい!」
二階からシャルムの怒鳴る声が聞こえ、俺たちもそれぞれの部屋に戻った。
明日からはまた、厳しい訓練の日々だ。
でも三人なら、きっと乗り越えていけるだろう。そしてスキルをみつけて、ジョブに就いてみせるんだ!
この異世界ハローワークでのアイソトープ三人の生活は始まったばかり。
それぞれがスキルを身につける訓練に励む日々だったが、この異世界ダジュームに大きな異変が起ころうとしていることを、俺たちはまだ知らなかった。
資料でしか読んだことのない、勇者と魔王の存在――。
ついにその存在を、俺たちは目の当たりにすることになる。
そう、ラの国に勇者パーティーがやってくるのだった。
その目的は、果たして……?
第二章まで読んでいただきありがとうございました!
この続き、第三章「勇者が街にやってきた!」は一週間後、9月28日(月)から再開する予定です。
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