「なんで、シャルムが?」
勇者に会いに裏の世界からダジュームに戻ってきたところ、ゲートの前で俺たちを待ち構えていたのはなんとシャルムだった。
「こいつをやったのは、お前か?」
俺の質問を遮り、盲目の剣士ウェインライトは殺気を隠しきれずに、シャルムに問う。
目の前に転がるのはゲートを通過したモンスターをチェックする門番であるキラーグリズリーであった。
「殺ってはいないわ。ちょっと眠ってもらっただけ」
ウェインライトの殺気など意に介さず、シャルムが軽く鼻で笑った。
今にも抜刀して斬りかからんとするウェインライトを挑発するような行為に、俺が慌てて間に入る。
まさかとは思うがこんなところで戦闘をされたらたまったもんじゃない。こんなことをするためにダジュームに来たわけではないのだ。
戦闘をしないために来たんだから!
「シャルム、ちょっと待てよ。これはどういうことだよ? なんでシャルムがここに?」
確かにこの山の近くにハローワークがあるのだが、シャルムがまるで俺たちを待ち伏せしていたかのようだ。
「私がここにいちゃ、都合が悪かったかしら?」
「門番を倒しておいて、よくもぬけぬけと!」
「ウェインライトさんも落ち着いて!」
瞳を閉じたままのウェインライトなので表情から感情は読み取れないが、明らかにキレている。モンスターの仲間である門番のキラーグリズリーを倒されて、冷静ではいられないのは仕方がないことだ。
「襲い掛かってきたのはこいつのほうよ。私は仕方なくやっただけ。正当防衛ってコト」
一方で冷静すぎるのはシャルムだった。
俺はその落ち着きようの裏に何かがあると勘繰ってしまう。
「俺が話をしますんで、ウェインライトさんは待っててください。こんなところで一戦交えたら、魔王の意に反しますからね。そうでしょ?」
「……いかにも」
さすがに魔王の名を出すと、ウェインライトも引っ込まざるを得ない。だが腰の刀には手を添えたままだった。目の前にいるシャルムを威嚇することはやめなかった。
「シャルム、なんで俺たちが勇者に会いに行くって知ってたんだ?」
出会い頭、シャルムは「勇者には会わせない」と言ってきたのだ。
「あなたの行動なんてお見通しよ」
組んだ腕を一旦下ろし、少しリラックスしたような姿勢を取るシャルム。
しかし俺は気づいていた。
シャルムからもかなりのオーラが出ていることを。そのオーラの力は、ウェインライトのそれを軽く上回っていることも。
これは俺が【変化】スキルでレベルアップしたからこそ、そのオーラを感じ取れるのだろう。だが、シャルムからこんなにオーラが出ているとは思わなかった。
しかもそのオーラは、決して良いオーラには見えなかったのだ。
シャルムのオーラに隠れている感情は……、憎悪?
「じゃあなんで俺が勇者に会っちゃダメなんだよ? 別に戦うわけじゃないんだよ。人間とモンスターが休戦するために、話をしに行こうとしてるだけなんだ。これは魔王の意思で……」
「だからそれが余計なコトなの。そんなことをするためにあなたを魔王城に送ったわけじゃないわ」
「休戦が余計なことって、そりゃないだろ? このまま人間とモンスターは戦った方がいいって言ってるのか?」
「勇者が休戦を受け入れると思う? このダジュームの人たちが、これまでの歴史をすべて忘れてモンスターを許せると思う?」
「それは……」
それはもちろん、俺も考えていたことだ。
シャルムもダジューム側の人間として、当然そう考えるに違いない。
「だけど魔王の意思を伝えることをしなければ、何も始まらないじゃないか。そのための対話をするために俺は勇者に会いに行くんだ」
「それは、あなたがやることじゃない」
しっかりと、そしてゆっくりと、俺に言い聞かせるように言うシャルム。
俺がやることじゃない……?
「でも、ダジュームを平和にすることなんだぜ? 平和に向かって行動することは、俺がやるやらないじゃないだろ?」
平和を願う気持ちは誰しも同じことだ。俺一人で平和を叶えられるとまでうぬぼれてはいないが、行動することは決して間違いはない。
「ケンタ。あなたは【蘇生】スキルを持っているのよ? 万が一、勇者に殺されでもしたらどうするの?」
シャルムははっきりと、俺の【蘇生】スキルについて言及してきた。
このスキルを利用されないために、俺は魔王城へ行ったのが事の発端であった。
「そりゃそうだけど、今の俺はもう勇者になんて倒されないよ。【変化】っていうスキルを……」
「そこのモンスターが裏切ったらどうするの?」
シャルムはそっと腕を上げ、俺の後ろで控えているウェインライトを指さした。
「……おぬし、何を言った?」
再びウェインライトからオーラが溢れた。さっきよりもその量は格段に上がっている。
「そいつだけじゃないわよ。すでに勇者がランゲラクと組んでいたとしたら? 勇者もランゲラクも、あなたの【蘇生】スキルが邪魔ってことで利害は一致してるのよ? 勇者が組むとしたら、休戦を持ち出して日和った魔王よりもランゲラクを選ぶと思わない?」
「貴様!」
ついにウェインライトが刀を抜いた。
次の瞬間、大きく一歩踏み込むのを食い止める。
「ちょっと待ってください、ウェインライトさん!」
「ケンタ殿! 魔王様を愚弄するこの女を生かしてはおけぬ!」
さすがにウェインライトの力は強く、俺では食い止めきれずに地面を引きずられる。刀の切っ先はまっすぐ、シャルムに向けられていた。
「モンスターの本性が出たわね。図星を突かれると、暴力に訴える。これまでもずっとそうやってダジュームの人間を痛めつけてきたんでしょうね」
対するシャルムは一歩も下がらず、にじり寄るウェインライトをまっすぐ睨む。
「シャルム! 挑発するようなことを言うなって! ウェインライトさんもここで攻撃したら、思うつぼですよ!」
俺はどちらの味方か分からなくなっている。
「ぐ……」
ウェインライトの歯を食いしばる音が聞こえる。
「挑発なんてしていないわよ。それがモンスターの性であり本能なのだから否定はしないわ。むしろその本性を隠して今さら人間と仲良くやろうって言うのが気にくわないのよ」
「人間とモンスターの協和を願う魔王様の意思を愚弄するのか!」
吠えるウェインライトに、シャルムは小さくため息を吐く。
「もう、あなた。魔王魔王って、ちょっとうるさいわね」
そう言うと、シャルムは指をパチンと鳴らした。
刹那――。
「な、何を……!」
俺が食い止めていたウェインライトの力がふっと抜け、膝から崩れ落ちた。そのままどさりと、地面に倒れこんでしまった。すぐそばで倒れているキラーグリズリーと同じように。
「シャルム、何を?」
すでに何も言わなくなってしまったウェインライトの代わりに、俺が問いかける。
「うるさいから眠ってもらったのよ。そいつ、油断しすぎね」
これはシャルムの魔法なのだろう。しかしこの魔王の三本槍の一人であるウェインライトをいともたやすく眠らせてしまうなんて……。
俺は眠ってしまったウェインライトを見つつ、シャルムに向かい合う。
「説明してくれよ。なんで勇者との対話を邪魔するんだ? なんで俺たちが来ることを知ってたんだ? ダジュームを平和にすることを、なぜ拒もうとするんだよ?」
シャルムの謎はこれまでも多かった。俺は知っているようで、シャルムのことは何も知らないのだ。
今、シャルムが何を考えているのかも皆目見当がつかない。
「だからさっきも言ったでしょ? それはあなたがすることじゃない」
シャルムは軽く髪をかき上げ、ちらっと空を見上げる。
「なんでだよ? アイソトープの俺だからこそできることじゃないのか? 人間とモンスターの間の立場の俺ならなら、間に入って憎しみの連鎖を断ち切ることができるんじゃないのか?」
「人間とモンスターの間? アイソトープが?」
ぴくりと眉間に皺を寄せるシャルム。
「そ、そうだよ」
「あなた、いつからそんなに偉くなったの?」
「偉くなったわけじゃないよ。俺だからできることを探した結果……」
「あなたができることは世界を救うことじゃないの。【蘇生】スキルを使うことよ」
「【蘇生】スキルを使うって、誰にだよ?」
この【蘇生】スキルは使わないことで抑止力になるということだったのだ。それを今さら、シャルムは何を言い出すんだ?
「死んでしまった、前の魔王を生き返らすのよ。それがあなたの役目」
シャルムはあえて感情を殺したような冷酷な声音で言った。
俺は一瞬、何を言っているのか分からなかった。言葉が出なかった。
前魔王を生き返らせるだって?
そうしないために、俺はここまで動いてきたんじゃないのか?
「それにあなたは人間とモンスターの間の存在なんかじゃないわよ。人間でもモンスターでもないのが、アイソトープってだけ」
何も言えずに立ちすくむ俺に対し、シャルムが斜め上の説明を繰り広げてくる。
「人間とモンスターの間の存在っていうのは、私のような存在のことを言うのよ」
シャルムが蠱惑的な笑みを浮かべた。
「……ど、どういうことだよ?」
ようやく絞り出した言葉に、想像を絶する答えが返ってくる。
「私の母は人間、父はモンスターなの。その二人から生まれたのが私。私の血は、半分モンスター半分人間ってワケ」
シャルムが、人間とモンスターの間に生まれた子供――?
ダジュームで待ち伏せされていた俺は、さらにシャルムからとんでもないことを聞いてしまった。
衝撃で開いた口がふさがらない。シャルムは人間とモンスターのハーフ?
一体シャルムは何者なんだ? そして、その目的は……?
9月からは週2回(月・金)更新の予定です。
次回更新は9月3日(金)となります。
あしからず、あしからず。
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