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ハマカズシ
ハマカズシ

抑止力(1)

公開日時: 2021年3月24日(水) 18:00
更新日時: 2021年12月24日(金) 15:38
文字数:4,231

「ひぃっ!」


 ジェイドの姿を認めた俺は、思わず叫んでしまう。


 一番会いたくない男だった。


 ランゲラク軍のモンスターに会わないようにと考えていた矢先、これである。


 それに俺は以前、こいつに拉致されかけたのだ。


「ケンタ」


 表情ひとつ変えずに、俺に近寄ってくるジェイド。いつの間にかペリクルもジェイドに寄り添っている。


「まさかペリクル! お前……」


 目を伏せるペリクルを見て、俺は察した。


 ペリクルとジェイドがつながっていることは百も承知していた。ペリクルが俺の身を隠そうと尽力してくれたのも、俺が勇者に捕まらないためだった。すべてはジェイドの指示、魔王軍のためでもあったのだ。


「ケンタ。ペリクルは関係ない。そもそも私がお前を妖精の森へ隠せと指示したのだ。お前がこっちに帰ってきたことは、ずっと監視していた」


 するとジェイドの手に、小さな目玉が下りてきた。


 確か「第三の目」という、ジェイドの【監視】スキル――。


「それで、改めて俺を拉致しに来たってわけですか?」


 俺はじりじりと、ジェイドと距離を取る。


 逃げられないことはわかっていた。ジェイドは空を自由に飛べるらしいし、本気になれば俺なんてすぐに捕まえられるはずだ。俺が敵う相手ではない。


「勘違いするな。お前をランゲラクに会わせるわけにはいかない。自分の立場が分かっているだろう?」


「俺はあんたの立場のほうがわからないよ! じゃあ何しに来たんだ?」


「私の立場は変わっていない。お前を守ることだ」


 そっと両手を広げ、敵意がないことを示すジェイド。


「信じられるかよ! お前は今はランゲラクって奴の手下なんだろ?」


「形だけではそうだ」


 否定はしないジェイド。


「お前も俺の【蘇生】スキルを利用したいんだろ?」


「勇者に捕まっても、ランゲラクに捕まっても、今のままではお前は殺されるだけだ」


「だったらお前は俺をどうするつもりなんだよ? お前だって、魔王軍のモンスターだろ! この前は魔王の命令で俺を捕まえに来たくせに!」


「魔王様はお前を力づくで捕まえるつもりはない」


「信じられるかよ!」


 無表情のジェイドと、その横でペリクルが心配そうに俺を見つめている。


「わかった。話をしようか。お前も話し合うつもりだったんだろう、勇者と? その前に今の状況を知っておいたほうがいいだろう?」


 ふぅ、とひとつ息をついて、ジェイドが立ち止まった。

 俺も逃げる足を止める。走って逃げることもできないし、オーラの翼も今の俺には使いこなせない。


「話? お前の言うことを信じられると思うのか?」


「少なくとも、勇者よりは私のほうがこのダジュームの状況を把握していると思うが? 状況を知った上で、お前も勇者に会ったほうがいいだろう?」


 今の俺は憶測で動いていることは確かだった。

 それにジェイドの言うことは本当だろう。勇者とて、魔王軍の情報は知り得る方法はないだろうし、このジェイドは魔王にもランゲラクにもつながっているのだ。


 ただ、真実を俺に明かすとは限らない。


「ケンタ、今はジェイド様を信じて」


 ペリクルまで懇願するように言う。


「……話だけは聞くよ。俺だって死にたくないし、ダジュームの平和を願ってるんだ」


「懸命だ。私もお前に死なれては困るのだ」


 かすかに笑みをこぼしたジェイドの話を聞くことにした。

 


 

「どこまでペリクルから聞いているかはわからないが……。勇者もランゲラクもお前を狙っている理由は、その【蘇生】スキルで間違いはない」


 ファの国の海に太陽が落ち始め、俺たちは砂浜にたき火をして、その周りに座って話をしていた。俺の服を乾かすという理由もあった。


「それはそうだろうけど、その目的は?」


「勇者はお前に先代の魔王様を生き返らせてほしくないからだ。そして、ランゲラクは魔王様のお兄様を生き返らせたくない」


「やっぱり、そうなのか」


 なぜかダジュームのキーマンとなってしまった俺は、頭を抱える。


「で、先代の魔王の死体はもう存在しないっていうのは本当なのか?」


「それは確かだ。むくろがなければ【蘇生】スキルがあっても、生き返らせることはできない。勇者の目論見と行動は、ただ空回りしているだけだ」


 ジェイドはひょうひょうと答える。嘘を言っているようには思えないが、慎重に判断しなければいけない。


「でも、現魔王の兄の死体は保存されているのか?」


「その可能性は高い。魔王様が保存していると思われる」


「で、ランゲラクはその魔王の兄貴を生き返らせたくないから、俺を狙っていると?」


「その通りだ」


 ランゲラクと、魔王の兄は犬猿の仲だったというのはペリクルから聞いた話だ。ランゲラクがその魔王の兄を殺したという噂まで流れているらしく、今さら生き返られるとたまったもんじゃないと焦るのは悪役の考えそうなことだ。


 どちらにしろ、勇者にとってもランゲラクにとっても俺は邪魔な存在であるのだ。


「じゃあ、お前の目的は?」


 魔王側のモンスターでありながら、俺のことを死なれては困ると言いきったジェイドに問う。


「お前はランゲラクの下で働いてるんだろう? だったら俺を殺さなきゃいけないんじゃないのか?」


 口を真一文字にして、じっと俺を見つめるジェイド。


「この際、はっきりさせよう。魔王様はお兄様を生き返らせようとしている」


 やっぱり、という感想しか出なかった。

 ついに俺は魔王にまで狙われていることが確定した。


 つまり魔王の兄を蘇生させるかどうかで、魔王とランゲラクが対立しているという構図だ。魔王軍の中で、内々にぶつかっているのだ。


「私は魔王様の命で、ランゲラクをスパイしている。ランゲラクの下にいたほうが、お前を監視しやすいからだ」


 声のトーンをひとつ落として、眉間の皺を濃くするジェイド。


「どっちにしろ魔王の兄を生き返らせるために俺を利用してるだけじゃないか!」


「ああそうだ。だから私はお前を死なせるわけにはいかないのだ」


 怒りか嘆きがわからない俺の叫びに、ジェイドは冷静に頷く。


「そんな魔王の兄なんて危険な奴を生き返らせるくらいだったら、俺は死んだほうがましだね。そのほうがダジュームの平和のためだ」


「そうなったら、おそらくランゲラクはダジュームを本格的に征服しようとするだろう。今だって、魔王様の意思に反したクーデターギリギリの行動をしているのだ。天敵であるお兄様が生き返ることがないと分かれば、すぐにでも魔王軍を裏切るはずだ」


「じゃあなにかよ? 魔王の兄を生き返らせるのは、そのランゲラクのクーデターを止めるためだと言いたいのか? ていうか今の魔王は何をやってんだよ? 自分でランゲラクを止めればいいだろうが!」


「ちょっとケンタ! 魔王様に向かって失礼なことを言わないで!」


 ペリクルが口をはさんでくる。


 そうは言うが、これは部下を抑えられない魔王の責任ではないのか? 自分ではランゲラクを止められないから、死んだ兄にすがるなんて。

 そのために俺を利用するなんて、むちゃくちゃだ。


「魔王軍の問題に俺を、ダジュームを巻き込むなよ! ぜんぶ発端は魔王の怠慢じゃないのか! 部下になめられる魔王が悪いだろ!」


「ケンタ!」


「待て、ペリクル」


 俺にとびかかろうとするペリクルを手で押さえるジェイド。


「魔王様は、人間たちとの和平を願われているのだ。争うことなく、ダジュームでの共存を望んでらっしゃる」


 ジェイドは感情を含まない口調で、淡々としゃべる。

 じっと俺の目を見据えながら。


「和平? 共存だって? 人間と魔王軍が?」


 ジェイドから信じられない言葉が出た。


「そうだ。だがこれまで何百年も争ってきた我々モンスターがそう言って簡単に聞き入れてもらえるわけがないだろう。もちろん、勇者にもだ」


「そりゃ、そうだろうよ。お前らは、モンスターだし……」


「人間たちにとってモンスターとはそういう存在なのだろう。正義とは、自分の胸にしかないと信じているのが人間だ。自分の正義以外は悪だと思い込むのは、本能レベルで仕方がない」


「人間が悪いみたいな言い方するじゃないか。モンスターは今もどこかで罪のない人間を襲っているだろう!」


「では問うが、人間は罪もないモンスターを襲ったことはないのか? 人間とてモンスターを狩って、その肉を食べて生きているのではないのか? なぜモンスターだけが人間を食うことを咎めるのだ?」


「それは……」


 ジェイドの強くなった口調に、俺も言葉を詰まらせる。


「それは人間が、モンスターを一方的に悪であると決めつけているからだ。自分たちよりも劣るものだと、卑下しているのだ」


 返す言葉が見つからない。


 ジェイドの言う通り、俺もモンスターというだけで敵視することはあった。


「たしかに、中には粗暴なモンスターをいる。ランゲラクがそうだ。だがそれは人間も同じではないのか? モンスターとは話し合いで解決できないと考えているのは人間のほうでないのか?」


 言葉というコミュニケーションの問題はあるうえで、話の通じるモンスターなんていないと思い込んでいるし、暴力でしか解決できないと考えていた。


 だが今、俺はジェイドというモンスターと話ができている。


「今の魔王様になって、この何百年間は大きな無駄な争いは怒っていないはずだ。それはひとえに、魔王様が共存の方法を探られてきた結果だ。私たちは勇者とも対話を望んだ。だが、それを拒絶するのはいつも勇者のほうだった」


「わかるでしょ? いきなり魔王様が平和主義を唱えると、反発する勢力が出ることくらい。それがランゲラクの軍勢よ。魔王軍内の旧態依然とした過激派のモンスターが、ランゲラクにつこうとしているの。魔王様の説得など、もうすでに何百年も聞く耳持ってないのよあいつらは!」


 さっきペリクルが魔王軍という呼び方を、ランゲラクに対して使うなといった理由がわかった。


 魔王軍内の内ゲバではあるが、魔王側は平和を、ランゲラク側は好戦を望んで対立をしているということか。


「魔王様とお兄様は、二人で人間との共存を願ってらっしゃった。しかしお兄様は志半ばで倒れられた。魔王様は平和を実現するために、お兄様を生き返らせようと考えておられるのだ」


 平和など望まぬランゲラクにとっては、そうはさせたくない。

 だから、俺を殺したいのであって……。


「このままでは、魔王軍内はふたつに分かれる。平和主義を唱える魔王様としては暴力をもってランゲラクを止めるわけにいかないことは理解してもらえただろう。そうなると、ランゲラクを止める方法は……」


「魔王の兄を生き返らせて、抑止力にすることってわけか?」


 ジェイドがこくんと、頷いた。

 

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