「そ。じゃ、明日は訓練を休みにしてあげる」
シリウスからアレアレア行きの嘆願を受けたシャルムの返事がこれだった。
勇者のパーティー入りを志願するつもりのシリウスに、あっさりOKを出すシャルムに俺は信じられず。
「ちょっとシャルム! そんなに簡単にOKしちゃって大丈夫なのかよ! ハローワークの責任者として! 勇者パーティーに入るって、そんな簡単なものなの?」
ワイン片手に夕食を始めたシャルムは、ぎろっと俺のほうを睨んでくる。
「なんであなたにそんなこと言われなきゃいけないワケ? シリウスにアレアレアに行かれちゃ都合がよくないの?」
「いや、そういうことじゃないんですけど……」
俺は言葉を濁す。
「ケンタさんはシリウスさんが勇者パーティーに入れっこないって思ってるんですよね!」
ホイップがいつも通り、直球で俺の真意をえぐってくる。
「そ、そんなこと思ってるわけないじゃないか! 馬鹿言うんじゃないよ、ホイップは!」
俺はちらっとシリウスを見る。
確かに俺が反対する理由を、そう捉えられてもおかしくない。
シリウスとはほぼ同じタイミングでこのダジュームに転生してきて、切磋琢磨して生きてきた仲だ。年齢もひとつしか変わらないし、俺のことを慕ってくれている。
そんな仲間の決めたことに対してできっこないと決めつけている俺は、なんて残酷な男なのだろうか!
「すまん、シリウス。そういうわけじゃないんだよ」
「いえ、ケンタさんが僕のことを考えてくれているのは、重々承知しています。それに僕だって、本気で勇者のパーティーに入れるとは思っていませんよ」
にこっと笑うシリウスは、ろくでなしの俺に気を遣ってくれているようだった。
「ケンタさんもカリンさんもジョブに就くためにがんばって、結果を出しているのに、僕だけまだ何もできていない。だから、初めの一歩としてチャレンジしてみたいだけですよ」
俺とカリンを見渡しながらゆっくりと気持ちを吐露するシリウス。
「私だって、まだなにも決まってないよ?」
面接から帰ってきたカリンが、不安そうな表情で返す。
アレアレアのパン屋の求人があり、急遽面接を受けてきたカリンである。
結果は後日出るらしいが、あまり手ごたえを感じていないのか、カリンは帰ってきてからどこかそわそわしっぱなしだった。
「カリンさん、自信持ってください! 毎日料理の訓練をしてきたし、きっと大丈夫ですよ!」
「でも……」
カリンはシャルムの顔を確かめるように、上目遣いで様子を伺う。
本当に自信がないのか、もしかしたら面接で失敗してしまったのか。
帰ってきたときからカリンのテンションが低いので、俺も詳しいところは聞けずにいた。
いや、シャルムとカリンが帰ってきた瞬間にシリウスが勇者への直談判を切り出したのでそんな余裕がなかったのもあるが。
「何かあったのか、カリン?」
「うん。面接を受けに来た人が10人くらいいて、私なんかまだ何もできないんだって気づかされたの」
ようやく事情を聞いてみると、カリンは自信を喪失しているようだった。
「でもまだ分かんないんだろ?」
「そうだけど、他の人たちはちゃんと職歴があって、もう何年も働いてきた人たちなんだよ? 私なんてダジュームに来て一か月ちょっとで、スキルなんて芽が生えたようなもんだし……」
すっかり肩を落として、いつもの元気がないカリンに、俺とシリウスは視線を交わす。
カリンとて、【パン作り】スキルを身につけて揚々と面接を受けに行ったに違いないのだ。だが、きっと他の志望者たちと比べてしまったのだろう。
「……それに、アイソトープだし」
最後に、カリンがボソッとつぶやいた。
「カリンちゃん、それは関係ありませんよ! アイソトープだって、今は立派にいろんなところで働いてますから!」
ホイップが咄嗟に否定する。
俺はカリンの言葉を聞いて、すぐに否定の声を出せなかったことに少し心が縮む思いがした。
「……そうだね。ありがと、ホイップちゃん」
カリンはぎこちない笑顔を作ったが、無理をしているのが丸わかりであった。
もしかしたら、面接でアイソトープであることで何か言われたのかもしれない。
そういえば、アレアレアで土産物屋をしていたミネルバが言っていた。
アイソトープは昔は虐げられる存在であったと。何もできずに、ただモンスターをおびき寄せるだけの役立たずだと、差別されることもあったという。
そういった空気は、今現在もどこかに残っているのかもしれない。
それは決して、俺やシリウス、カリンが避けて通れる道ではなく、いつかどこかで直面する状況なのかもしれないのだ。
「カリンの面接は、まあ結果を待つしかないわね。こればっかりは相手あってのことだから」
すっかり言葉をなくしてしまった俺たちアイソトープを見て、シャルムがまとめるように言った。
アイソトープの立場など、このシャルムは一番理解しているはずだ。
それにミネルバだって、このハローワークを卒業して今は立派に働いている。いい例がいるではないか。
「そうですよ! くよくよしてても何も起こりませんからね! 自分で行動して、ようやく分かっていくこともあるんですから! 何にもしなきゃ何にもならないんですよ!」
ホイップが手をぶんぶん振りながら励ましてくれる。
「そういうコト。カリンの面接もそうだし、シリウスだってそう。自分で希望するジョブにアタックするのは意味があることよ。あなたみたいにピンポイントなオファーが飛び込んでくることなんて奇跡で稀なんだからね。調子に乗るんじゃないわよ」
最後に俺のことをオチにするシャルム。
なんも言えねえ……。
でも、俺たちはアイソトープとしてこのダジュームで生きていくために、いろんなものを背負っていることだけは確かだった。
「じゃあ、僕は明日、アレアレアに行ってきます!」
シリウスの宣言とともに、その日の夕食は閉められたのだった。
「本当に勇者に会いに行くのか?」
夕食が終わり、部屋に戻ると俺とシリウスは互いのベッドの上で寝ころびながら話し始めた。
「もちろんです。会えるかどうかは分かりませんが、行く価値はあります」
シリウスは天井を見つめたまま、答えた。
「心配しないでください。無茶はしませんよ」
黙る俺に、顔をこっちに向けてシリウスが念を押す。
「俺はホイップが言ってたように……」
「分かってますって! これは僕自身の問題なんです。チャンスがあったなら、黙って見てられないんですよ。どんな小さなチャンスだったとしても」
再び視線を戻したシリウス。
「それに僕だってそんなに簡単に勇者パーティーに入れるとは思ってもいません。断られても、へこんだりもしません。ダメだったら、さらに訓練を続ける励みになるじゃないんですか。このダジュームに来て、自分が歩んだ一歩を確かめたいだけなんです」
「お前は毎日訓練をしてるもんな。ボロボロになるまで、終わってからも自主練をして」
毎日クタクタに疲れているシリウスを見ていると、俺のほうまで食欲がなくなるくらいった。
「この前のパレードでたくさんの人に応援されている勇者を見て、すごいなと思ったんです。人気だけじゃない、世界中の人たちのために命を懸けて戦っているんですよ。僕はやっぱり、憧れてしまうんです」
何かを思い出すように、シリウスはゆっくりと語り始めた。
「元の世界では、人のためになることなんてひとつもしてこなかったから……」
そう言うシリウスの目は、元いた世界のことを思い描いているようだった。
俺もシリウスが元の世界で何をしていたのかは知らない。
俺よりひとつ年下で、学生で、勉強よりもバイトに勤しんでいた、というのは本人の口から聞いたことがある。
ただ、それだけ。
しかもシリウスは転生してきたときから、すでに体は筋肉に囲まれてムキムキだったのだ。戦闘スキルを望む理由も、その体型に理由があるのかと俺は勝手に思っていた。
「だから僕は、このダジュームではチャンスをつかみ取りたいんです。自分でやりたいことをやるためのチャンスを」
その言葉は俺に聞かせるためではなく、自分自身に言い聞かせているようであった。
「シリウス、お前、元の世界で何をしてたんだ?」
このシリウスの誰かの役に立ちたいという気持ちの根っこの部分は、きっと元の世界での人生に起因していることは確かだ。
シリウスは誰かに求められようとしている。
まるで、これまでは求められていなかった分を取り戻そうとしているように、俺には見える。
「僕は、死んだんです。いえ、殺されたんです……」
その衝撃の言葉に、俺はシリウスに質問したことを後悔した。
殺された?
そしてシリウスは語り始めた。
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