シャクティが新たな妖精を生むために、別の世界で死んだ魂をダジュームに引き寄せた。
だが、結果は失敗。妖精は生まれなかった。
その魂はアイソトープとなり、このダジュームのどこかに転生したようだった。
シャクティの転生の儀に、俺はどうすることもできずただ呆然とするだけだった。
新しい妖精を作るために別の世界で死んだ魂を呼びよせることは、正しいことなのか。その結果、できそこないといわれるアイソトープが生まれてしまうことは必要な犠牲なのか。
俺には答えが出せない。
アイソトープとして、できそこないの俺には――。
「シャクティ様が呼んでる」
妖精の誕生が失敗に終わり、腑抜けたようにしていたアオイが突然口を開いた。
「シャクティが?」
俺たちは訓練の途中で、いまだ崖の上で佇んでいた。
だがアオイの一言で、ペリクルも顔を上げる。
「行くわよ、ケンタ」
それだけ言うとアオイとペリクルは崖の下の滝つぼの泉へ向けて飛んで行ってしまった。どうやら一直線にシャクティのもとへ向かったようだが、飛べない俺は二人についていくことができるはずもなく。
「ちょっと待てよ!」
俺は走って元来た山道をひたすら下りるしかなかった。
訓練で飛び降りをさせられなくてよかったという安堵の気持ちと、今もどこかで転生してきたアイソトープの無事を祈る気持ちでいっぱいだった。
ほうほうのていでシャクティの泉に着いた時には、見たこともない数の妖精で広場は埋め尽くされていた。
数えることもできないほどの妖精が、そこら中にパタパタと宙に浮いては、シャクティの木の周りに集まっていた。
森中の妖精が集まっていると見え、これは緊急事態ではないかと俺も緊張しながら泉の前へと向かった。
「遅かったわね。どこ行ってたのよ」
途中で近寄ってきたのはペリクルだった。当たり前のように俺の肩の上に座る。
「走ってきたんだぞ! で、シャクティは?」
「まだ、いらっしゃらないわ」
泉の木を見ると、まだその表面に変化はない。
歩いていると、周りの妖精がじろじろと俺のことを見てくる。珍しいのだろうか、それともできそこないに対する侮蔑のまなざしだろうか。
生まれてからずっとこの森で暮らしている妖精がほとんどならば、アイソトープを見るのは初めてに違いない。
こんな風に注目を浴びて気持ちがいいものではなかった。
「森の妖精全員が呼び出されたのか?」
「たぶんね。全員が集まってるわけじゃないと思うけど」
肩の上のペリクルが答える。
一体この森には何人の妖精がいるのだろうか。同時に、この森を出てダジュームで暮らす妖精の数も気になった。
俺の登場でがやがやと騒がしくなったが、ようやくシャクティの木が小さく輝き、一斉に注目が注がれる。
あとは昨日見たのと同じように、木の表面が盛り上がり、シャクティの姿が現れたのだった。
妖精たちもシャクティの出現を見つめている。
『みなさん、突然呼んでしまって申し訳ありません』
木から生えてきたシャクティは、相変わらず瞳は閉じたまま、口も動かさずにエコーのかかった声でしゃべり始めた。
ざわついていた妖精たちも、シャクティが現れてからは静まり返ってその言葉を待っている。
『さきほど、新たな妖精を生もうとしましたが、今回も失敗に終わりました』
飾らずに事実だけを報告するシャクティに、妖精たちも過敏な反応はしない。ペリクルたちのように、すでに察しているのだろう。
このあっさりとした失敗の報告には、アイソトープとして転生させられた者への言及はされなかったし、これに意見を言う妖精もいなかった。
もちろん、アイソトープの俺が口を出せるわけもなかったのだが。
『もうひとつ、今日はあなたたちに報告することがあります。ケンタ、こちらへ』
「へ?」
突然、名前を呼ばれて俺は変な声を出してしまう。
ふわっとペリクルが肩から離れて、背中を押す。俺はゆっくりと、泉の前に向かった。
『この者は、ケンタ。アイソトープであり、私の子どもでもあります。訳あって、この森でかくまうことになりました』
まさか紹介されるとは思ってもみなかった。しかも子ども扱いである。
一斉に妖精たちから厳しい視線が飛んでくる。
アイソトープが森に滞在することに不満を持つ妖精は多くいることは、身をもって感じていた。アオイがそうだし、妖精から見ればアイソトープは失敗作であり、一緒に生活することは許されないことだろう。
俺はそんな突き刺さる視線を感じながら、軽く頭を下げた。
反発してこの森を追い出されれば、俺は死んでしまうのだ。ここは低頭な姿勢でいくしかない。
『ケンタはこのダジュームに平和をもたらす救世主となり得るアイソトープです。かつてのウハネのように。ですが今は力を溜めるとき。みなさんも助力をお願いします』
シャクティより直々に頼まれて、妖精たちも表立って批判はできないようであった。
しかしシャクティの口添えがあるのは助かるが、俺のことを救世主扱いされるのは背中がむず痒くなる。それに俺はダジュームを救うような男ではないのは、自分が一番分かっている。
『今日は、以上です』
その一言で、妖精たちは三々五々に散っていった。
シャクティの呼び出しは、妖精の転生よりも俺の紹介のほうがメインであったかのようだった。
泉の広場には俺とペリクル、アオイが残り、シャクティもいまだ木から姿を現したままだった。
「あの、ありがとうございます」
俺は何となく礼だけを言っておく。
この森に匿ってもらえることと、妖精たちへの懐柔をしてもらえたお礼のつもりだった。
空を飛ぶ訓練を続けるかどうかは置いておいて、この森にいられるだけで今は助かる。
『今のあなたは伏せた龍です。飛び立つ力がつくまで、ここで精進なさい。アオイとペリクルが面倒を見てくれることでしょう』
「そ、そうですね……」
この二人の妖精に任せると命がいくらあっても足りない気がするが、ここはとりあえず笑っておくことにしよう。
「でも俺が世界を救うみたいな言い方は、どうなんですかね? 勇者や魔王軍から逃げ切るのが一番だと思うんですよね。戦うなんてもってのほかですし、それこそ戦乱の原因になりますから!」
とにかく平和第一、安全第一である。
勇者や魔王軍に追われているとはいえ、捕まらないことが最も大事なのだ。
もし片一方に捕まってしまったら、もう片方からの攻撃を受けるきっかけになってしまうのだ。なので俺はひっそりと身を隠し続けるのが一番だ。俺を取り合って勇者と魔王軍が争うなんて、あってはいけない。そんなもん、まったく嬉しくないバチェラーだ。
『もちろんです。あなたを戦乱のきっかけにするつもりはありません』
「よかった。今は勇者も魔王軍も、諦めてくれるのを待ちましょう!」
シャクティに言われてほっと胸をなでおろす。
戦うために俺が訓練するなんて、本末転倒だもんな!
『今は勇者と魔王軍が潰しあうのを待ちましょう。どちらかが生き残り、弱ったところであなたがダジュームを救うのが、一番効率的ですからね』
シャクティが何やら物騒な計画を立て始めた。
「ちょっと待ってください。勇者と魔王軍が堂々と戦ったら、それはもう争いが起こってるじゃないですか? そうならないようにするために、俺が隠れてるんでしょ」
かねてから勇者と魔王軍は対立しているのだが、この戦いが大きくならないようにするのが平和への第一歩なのだ。最終的には人間たちが被害を受けないように、勇者が魔王を倒してくれるのがダジュームのハッピーエンドのはずである。
なのにシャクティは俺に漁夫の利を取れと言っているようなものだ。
「何言ってんのよ、あんた? もう遅いわよ」
「遅いって、何がだよ?」
口をはさむアオイに、言い返す。
「ほんと、情報に疎い男は嫌いよ」
「情報って、なんかあったのか?」
ペリクルまで俺をバカにしてくる。これはいつも通りだが。
『勇者と魔王軍が戦いを始めました。昨晩のことです』
そんな俺に、シャクティが衝撃的なことを言い放った。
「え? なんですって?」
勇者と魔王軍が戦いを始めた?
俺は顔を上げ、シャクティの木がある泉のふちに駆け寄る。
『ソの国において、あなたを探していた勇者と魔王軍が激突したのです。安心してください。もちろん、この森は見つかっていません』
「いや、そういう話じゃなくって……。って、ソの国って言いました?」
ソの国と言えば、俺が最初に逃亡して潜伏していた国だ。
面積は小さいながらも、金の採掘によって国は潤っている。俺もデンドロイという町の金鉱で三か月ほど働いていたので、他人ごとではなかった。
「あんな小さな国で勇者と魔王がぶつかったら……」
『水面をごらんなさい……』
するとゆらりと水面に波紋が走り、まるでディスプレイのように映像が流れ始める。
これもシャクティの力によるものかと感心する暇もなく、水面に映った映像に俺は膝を落とす。
「こ、これは……!」
町が燃えていた。
家屋は崩れ、ところどころに火が燃え移り、空は赤く、ところどころで黒煙が上がっている。
ゴブリンのようなモンスターがそこら中にいる。
道端には人々や、モンスターが倒れている。
俺はその風景に見覚えがあった。
俺の知っている風景とは変り果ててはいたが、忘れることのできない場所だった。
「デンドロイ……」
俺が働いていた町だった。
俺は吐き気をもよおし、口元を押さえる。
ビヨルドさんの顔が浮かぶ。
金鉱で一緒に働いていた同僚たちの顔が浮かぶ。
大丈夫なのか? 大丈夫だよな?
『昨晩の映像です』
映像が切り替わり、火を吐くドラゴンのようなモンスターと戦っている人間が見える。
数人が剣でドラゴンに切りかかっては、鋭い爪で吹き飛ばされていた。
「あれは、勇者クロス?」
見覚えのある姿。あれは勇者クロスだ。
間違いない、勇者パーティーが魔王軍のモンスターと戦っているのだ。
「魔王軍は、ランゲラクの軍勢ね」
隣で水面を見つめるペリクルが、ぼそっとつぶやく。
やはり俺を探していると聞いていた、ランゲラクという魔王軍の執事みたいだ。
両者とも俺が潜んでいたデンドロイの町を見つけ、やってきたというのか? そしてちょうどこの町でぶつかって戦闘になった?
これじゃ、まるで俺が勇者や魔王軍を呼び寄せたようなもんだ。
俺がいたから、デンドロイの町がこんなことになってしまった。
できそこないの、疫病神――。
『今現在は小康状態になったようです。勇者も魔王軍も、機を見ているのでしょう』
感情なく様子を伝えるシャクティに、俺は腹は立たなかった。
何よりも、自分の存在に腹が立っていたから。
俺のせいで、デンドロイが火の海になり、町の人々が被害を受けた。
それだけが事実だった。
流れ続ける昨晩の映像では、ついに勇者クロスの一撃でドラゴンを倒したところだった。
それを見て、町を襲っていたゴブリンたちはいっせいに退却を始める。
勇者パーティーにはクロスのほかに、あと三人いるようだった。
名前は忘れたが、祈祷師と魔法使いはアレアレアのパレード見たので覚えている。
そしてもう一人、亡くなった戦士スカーの代わりに新メンバーがパーティーに加わったようだった。
鎧を着て、大剣をかつぐその新メンバーの男。スカーと同じく戦士だろうか。
戦いを終えてパーティーのメンバーたちが勇者クロスに駆け寄っていき、その戦士も振り返る。
「え……?」
その戦士の顔を見て、俺は目を見開いた。
まさか妖精の森の泉に映る映像で再会するとは思わなかった。
「シリウス……?」
勇者クロスのパーティーに、かつて俺とともにハローワークで訓練を受けていたアイソトープであり友人、シリウスがいた。
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