「ケンタさーん!」
なんとか修羅場をやり過ごした俺とジェイドのもとに、ちゅらちゅらと飛んでくる妖精。
黒い霧の外で待たせていたホイップがやってきた。
「ホイップ!」
その声が聞こえた刹那、ジェイドが身構えて伝説の剣に手を持っていきかけたので、俺は左手で制する。
「大丈夫、俺の仲間だから。それにペリクルの知り合いだ」
「……ペリクルの?」
その名前を出すと、ジェイドも反応する。ペリクルはもともとこのジェイドの下で働いていたのだ。
俺の目の前までやってきたホイップは、ちらりとそんなジェイドを見やる。
「このイケメンがケンタさんの知り合いなんですか? この人を助けに来たんですか?」
ホイップがじろじろと、ジェイドの頭のてっぺんからつま先を観察するように見回している。違和感を持っているように、目を細めている。
「いや、違うんだ。そうだった、村の人々は無事なのか? ここにはアレアレアの護衛団の知り合いがいたはずなんだけど?」
俺はこの村へやってきた本来の目的を思い出した。
俺を輸送していたゲジカルたちや、村人の無事を確認しに来たのだった。
「……無事だと思うのか?」
ジェイドが声をひそめて言った。
「まさか……?」
俺は背中に冷たいものが流れた。
「そのまさかだ。ランゲラク様が直々にやってきて、何も起こらないはずがない」
「お前、それを黙って見てたのか……」
「私に何ができると思う?」
ジェイドの口調は、少しだけ申し訳なさそうに沈んだ。
どうなったのか、それ以上深く聞くことは躊躇われた。
村全体を黒い霧で囲み、この村にあると言われる伝説の剣を取りに来たランゲラク。今のジェイドにとっては城址であり、絶対的で圧倒的な力を持つ魔王軍の参謀。
その目的を果たすためには、村人の命など些細なことだというのか?
俺は改めて、自分が甘く考えていたことを思い知らされる。
この世界での人間とモンスターの争いは、そう簡単なものではなかったのだ。簡単に話し合いで済ませるほど、薄いものでは決してなかったのだ。
「ちょっと、ケンタさん? どういうことですか? 説明してください」
現実を見せられて落乱する俺の耳元に、ホイップが飛んできてささやいた。
「いや、なんでもない……」
俺はホイップに説明する気にはなれなかった。
俺がどうにかできることではなかったのだ。たとえその場にいたとしても、俺が村人やゲジカルを助けることなどできただろうか?
どうすればランゲラクの凶行を止められたかと考えるが、その術は思いつかない。
さっきのランゲラクのさっきとオーラの前では、俺は赤子も同然だったのだ。おそらく俺も殺されて終わっていたことだろう。
「この人、モンスターじゃないですか? ケンタさん、そっちの世界の人とお付き合いするようになったんですか! 交友関係の乱れは不良の始まりですよ?」
するとホイップがジェイドを指さしながら、大声で余計なことを言い出す。
よくも初対面のジェイドの前でそんなこと言えるよな……。こいつの胆力はどうなってんだ?
「いろいろあって俺は魔王城にいるって言ってただろ。その手引きをしてくれたのがこのジェイドなんだよ」
村人たちのことを心の中で弔いながら、ホイップにジェイドを紹介する。
「ケンタさんを不良グループに誘った人なんですか? まったく、どうなってるんですか?」
俺の気持ちは知らず、ホイップは勝手なことを言って空中で腰に手を当てている。
「この妖精は……?」
言われ放題のジェイドは、左手で顎をさすりながら、珍しく不満そうな表情を出した。
言いたいことがあるのだろうが、ぐっと我慢しているようだ。わかるぞ、その気持ち!
「ホイップって言って、ペリクルとは妖精の森からの知り合いなんだよ。俺たちはこれからアレアレアにペリクルに会いに行く途中だったんだ」
「ペリクルもダジュームに来ているのか?」
「そうなんだよ。そもそも俺とペリクルがこっちに来た理由はこのホイップを探すためなんだよ」
かいつまんで説明するが、事情はもっといろいろややこしかった。いや、ややこしくなったというか……。こうなったのもすべて俺の巻き込まれ体質が原因である。
「魔王様のもとで隠れておくよりも、こんな妖精のほうが重大なことなのか? お前の安易な行動でランゲラク様に殺されかけたのだぞ?」
ジェイドもここぞとばかりに反論してくる
「ちょっと待ってください。こんな妖精とは何ですか! ちょっとばかしイケメンだからって、言葉には気を付けたほうがいいですよ!」
「言葉に気を付けるのはどっちだ! 誰が不良だ! さっきから言いたい放題言う!」
「だってそうでしょうが! ケンタさんを魔王城に誘って、こんなわけのわからない姿にして! ジャイアントワームにもびびってた小心者のケンタさんは、今や腕を切られても知らん顔のデーモンですよ? 高低差で耳キーンするやつですよ!」
「デーモンにしたのは俺じゃない。それは魔王様が……」
「みんな同じ不良グループでしょうが! 連帯責任ですよ!」
なぜかホイップとジェイドが言い合っている。
板挟みの俺はどうしていいのかわからない。とりあえず笑っておこう。
「ケンタさん! こんな不良は放っておいて、早くアレアレアに行きましょう。ペリクルが待ってます」
ホイップがひょいっと、俺の首の後ろに回って角を掴む。
「ちょっと待て。俺も行く。ペリクルは私の部下だ」
バサッと、ジェイドも背中から黒い翼を出現させる。
「部下ってなんですか、えらそうに! 妖精は誰の下にも付きませんからね! 歴史の語り部として、いつだって中立で自由な存在です! ましてやモンスターなんかに付くわけないでしょ!」
部下という言葉にカチンと来たのか、ホイップがジェイドを睨みつける。
「ダジュームで路頭に迷うペリクルを保護したのは私だ。私も行く権利はある」
「路頭に迷ってたって……? まさかあなた、ペリクルを誘拐したんじゃないでしょうね? ペリクルに何をしたんですか!」
「何もしていない。行く場所がないと言っていたから、魔王城で私の仕事を手伝わせていただけだ」
ホイップの俺の角を掴む手に力が入る。
昨日の話だと、やはりペリクルもホイップを追って妖精の森を出たのであろう。だがやはり妖精一人ではダジュームで生きていくのは難しい。
ホイップのことも簡単に見つからず、路頭に迷うということはない話ではない。
弱っていたところでジェイドと出会って、魔王城へ行くことになったのか……。
「早く行きましょう、ケンタさん!」
「行くぞ、ケンタ」
なぜかここに来て、ホイップとジェイドの意見が一致した。
「じゃあ、行くぞ?」
俺も羽を広げ、空へ飛び立った。
空の上から眼下にある小さな村を見て、俺はそっと目を閉じる。
今はもう誰もいない、その静かな村。
こんな無益で、残酷なことをなくすために俺ができることはあるのだろうか?
ダジュームで人間とモンスターの共存など、できるのだろうか?
今の俺ではどうしようもないかもしれない。
だけど、俺ができることを見つけなくては。
それは妖精の森を出ると決心したホイップと同じことなのかもしれない。
アイソトープである俺の存在理由――。
「どうしたんですか、ケンタさん?」
心配そうに、ホイップが俺の顔を覗き込む。
「いや、なんでもない」
そう言うしかなかった。
今は隠れていることしかできないが、憎しみの連鎖を絶つために俺ができることを探さねば。それが俺の役目。
背中にはホイップ、後ろからはジェイドがついてくる。
目指すはアレアレア、ペリクルに会うという目的だけはみんな一致していた。
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