「カリン!」
「ケンタくん!」
俺たちはお互いを認め、走り出す。
まさか偶然こんなところで会うとは思いもしなかった。懐かしさと衝動が俺を駆り立てる。
スネークさんの墓の前で、俺たちは再会を果たしたのだった。
「なんでアレアレアにいるの? もう大丈夫なの?」
スネークさんの墓前に供えるはずだった花束を抱えたまま、カリンは驚いたように尋ねてくる。カリンのほうが、再会の衝撃は大きいのは確実だった。
「いや、まだ何も終わってないんだけど……」
俺もカリンとの再会に、つい照れて頬を掻いてしまう。
久しぶりに会ったカリンは少し大人びていて、俺だけが置き去りにされたような気にもなる。カリンはもうジョブに就いて、一人で立派に自立してるんだもんな。
「じゃあ何しにきたの?」
「ちょっとカリンに会いに……」
「ケンタくん! ダメだよ! 逃げ出してきたんでしょ?」
「……へ?」
久闊を叙すと思われたのが一転、カリンがびしっと俺を指さして睨みつけてきた。
「こんなとこでさぼってたらダメじゃないの!」
大声で俺を叱りつけるカリン。
「いや、ちょっと待て。別にさぼりに来たわけじゃ……」
「ケンタくんにはもっと大事な役目があるでしょう! そせ……」
「ああ! カリン! ストップ!」
カリンがヤバい一言を発する前に、俺はその口をふさぐ。
確実に今、【蘇生】スキルって言おうとしたよな? こんな町中で、言っちゃダメだ!
「ちょっと、人がいないところへ行こう!」
まだ朝早いとはいえ、こんな往来で騒ぐわけにはいかない。なんたって俺はお尋ね者である。見つかれば即ブタ箱行きだ。
カリンの腕を引っ張ろうとすると「ちょっと待って」とふりほどく。
「お花を供えなくっちゃ。スネークさんに……」
そう言うと、カリンはちょこんと跪き、お墓の前に花束を置いて手を合わせた。
カリンは定期的にこのお墓をお参りしているのだろう。
色とりどりの花や酒が並ぶ墓前に、俺も手を合わせる。
シャルムの師匠であり、勇者パーティーにもいたことがある大魔法使いスネーク。
最期は魔法が使えない体になり、モンスターに倒されてしまった。
「じゃ、お尋ね者のケンタくん。しっかり話を聞かせてもらうからね! 行くわよ!」
「ちょ、カリン?」
お参りを終えたカリンは、俺の腕をつかんで引っ張った。
やっぱり俺がお尋ね者だってこと、知ってたんですね?
俺はマントのフードを頭からすっぽりかぶり、人目につかないようにカリンについていく。連れていかれた先は、ミネルバさんの家だった。
「だ、大丈夫か?」
「ミネルバさんはガイドで出張に出てるし、ボジャットさんも護衛団の遠征中よ」
カリンは俺の心配を汲んでくれたように、答える。
その家の壁には「シラサギガイド」という看板が立てかけられていた。
「シラサギガイドって?」
「私の会社よ! ミネルバさんが好きな名前を付けていいって言うから。すごいでしょ? これでも一応、肩書は社長なのよ?」
看板の前でピースサインを作るカリン。
その姿は社長には見えなかったが、立派に成長した姿を見せてくれた。
「すごいな、カリン。ちゃんとしたジョブに就いて、社長だなんて」
「アイソトープとして立派に自立したんだよ? これもみんなのおかげだよ」
それがこのダジュームに転生してきたアイソトープの理想の姿だった。異世界ハローワークでの訓練を経て、カリンが手にしたジョブだった。
「さ、入って! 護衛団に見つかったらまた捕まっちゃうよ!」
「そのことも知ってたのか……」
俺はカリンに家の中に押し込まれたのであった。
「コーヒーでいいよね? カフェアレアレで買ったコーヒーよ。あそこの店長さんもケンタくんのこと心配してたよ」
「ああ、ありがとう」
俺が通されたのは、シラサギガイドの事務所だった。
ミネルバさんの家の一階部分をリフォームして借りているようで、対面式のカウンターと応接用のソファ、そして事務机がある小さな事務所だった。
コーヒーの馥郁たる香りが漂う部屋は、白を基調としたモダンな事務所となっていた。
「すごいな、カリンは……」
ソファに腰を落ち着けて、部屋を見当たす。
「さっきからそればっかり。私一人じゃここまでやれなかったわよ。シャルムさんやミネルバさんの助け合ってこそよ」
「それでもすごいよ」
「最初はアレアレアの町の観光ツアーを中心にやってたんだけど、今はラの国全体の観光まで手を伸ばしちゃって。やっぱりダジュームにはガイド業はなかったみたいで、おかげさまで大反響なのよ」
部屋の奥のキッチンからカリンが現状を教えてくれる。
「出張もしてるんだな。大変だ」
「そうなのよ。昨日からミネルバさんは首都のツアーに行ってるの。二人じゃ手が回らなくって、もう一人従業員を雇おうかって話もしててさ。シャルムさんにアイソトープのオファーを出してるんだよ」
「へえ! カリンもオファーを受ける側から出す側になったってわけか」
「どうせならアイソトープのジョブの受け皿になれたらなって。ミネルバさんも賛同してくれて」
ミネルバさんも俺たちと同じアイソトープなのだ。
「アイソトープのことも考えてるんだな。立派なことだよ」
「立派とかすごいとか、ケンタくん褒めすぎ! 私はやりたいことをやってるだけなんだから、ダジュームに対してのお返しみたいなものだよ」
お盆にコーヒーカップを乗せて、カリンが戻ってくる。
「で、次はケンタくんのことを聞かせてもらうからね!」
テーブルにカップを置いて、カリンが向かい側に座って腕を組んだ。
これはもうごまかすことはできない。
「俺は別に逃げてきたわけじゃないんだよ。それだけは先に言っとく」
「そう、わかった。じゃあ何しにアレアレアに?」
「それは……。カリンに会うためだよ」
「わ、私に?」
俺は本当のことを言っただけだったが、その言葉の意味があまりにも直接的だったことに言ってから気がついた。
おそらくカリンの顔が真っ赤になっているのは、変な勘違いをしている証左であろう。
「いや、そういうわけじゃなくって……」
「え? じゃあどういうわけよ?」
「いや、その……」
歯切れが悪い俺に、カリンは少しむっとしたように頬を膨らませた。
「俺の【蘇生】スキルのことは知ってるだろ? あれを使うかどうかの瀬戸際に立たされてて、その決断をしなきゃいけないんだよ。それでシャルムに言われて、今は一人でダジュームを回ることになったんだよ」
大雑把に状況を説明する。
俺もなんだか胸がざわざわして、多弁になってしまう。
「なにそれ? シャルムさんに言われて、会いに来たの?」
「いや、そうでもなくって……。カリンに会いたかったのは、俺の意志だよ!」
「……そう」
カリンはまた頬を赤らめ、両手でコーヒーカップを持ってちびりと一口飲んだ。
「あれからいろいろあってさ、一年間ダジュームを旅することになったんだ。その間に、前の魔王を生き返らせるかどうかの決断をしなきゃいけないんだ」
「魔王? ケンタくんが魔王を生き返らせるの? なんで?」
「いや、それが実はダジュームのためになる可能性もあってさ。ややこしい話なんだけど、どこまで話していいか……」
「いいから、全部話しなさい!」
カリンはコトンをカップを置いて、真面目な顔で俺を見る。
そうだよな、もう隠し事はなしだ。
俺は俺として、この決断に向き合うって決めたんだ。ちゃんとカリンとも向き合わなきゃな。
「わかった。あれから俺は……」
早朝のアレアレア。俺はこれまで経験したことをじっくりと語った。
「……なるほどね。魔王軍も一枚岩じゃなくって内部の勢力争いがあり、魔王は協和を望んでて、救世主ウハネは嘘っぱちで、さらに現在のダジュームの勇者もからんでいるわけね……。それでその中心にいるのがなんとケンタくん……。これは複雑だわ」
一通りの話を終えると、カリンはソファに深く沈みこんで顎に手を置いて考え込んでしまった。
話し終えたときにはもうお昼になっていた。
俺もすべてを話して気持ちが整理もできたし、これから何をするべきかもはっきりと見えてきた。
「だからこれからどうなるかは分からないけど、後悔しない選択をしようと思うんだ。そのために、ダジュームで思い出の地を回るつもりなんだ」
「ふーん……」
カリンはさらに考え込むように、窓の外を見ている。
「できればシリウスやホイップにも会いたいなとは思ってるんだけど。それと、いろいろお世話になった人もいるから……」
カリンが何も言わないので、仕方なく俺が話を繋げる。
「ラの国だけじゃなくって、ファの国やソの国なんかも行っておきたいし」
さすがに俺一人では妖精の森に行くことはできないな。そういえばジェイドやペリクルは元気にしているだろうか?
「分かったわ。じゃ、支度するわね」
大きく頷いて、カリンがなぜか立ち上がった。
「おい、支度ってなんだ?」
俺は冷めたコーヒーを飲もうと思って手を伸ばしていたところに、カリンがいきなり意味不明なことを言い出したので驚いてしまう。
「ダジュームを旅するんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃあそういうコトよ。支度してくるから、ちょっと待ってて」
「いやいや、なんでカリンが支度するんだ?」
「私も一緒に行くからじゃないの。何言ってんのケンタくん?」
「はぁ?」
カリンは当然のことと言わんばかりに、二階への階段を上がろうとする。
「待て待て! これは俺が決断をするための一人旅であって……」
「お尋ね者のケンタくん一人じゃ危ないでしょ! ここはシラサギガイド社長の私が、一緒についていってあげるっていうんだから、安心して任せてよね!」
「はぁ?」
くるんと振り返って、胸をどんと叩いたカリン。
まんざら冗談ではなさそうで、俺は言葉をなくす。
「さ、準備準備と」
そのままパタパタと階段を駆けあがってしまった。
カリンが一緒に行くだって?
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