妖精の森にも昼と夜はあるらしい。
シャクティとの面会を終えて、ペリクルに連れられていったのは彼女が以前暮らしていた集落だった。森の中にこういった妖精たちが暮らす集落がところどころにあるらしい。
海と空の次元のはざまにあるというこの妖精の森がどれくらいの広さがあるのかは見当もつかないが、一人で歩くと迷子になるであろうことは間違いがなかった。
もちろん妖精しか住んでいないので集落もすべてが小さく、家に入ることもできない。久々の帰郷を祝うペリクルとは別れ、俺はひとり少し離れた森の中で横になっていた。
見上げれば真っ暗の夜の空が木々の間から覗いている。夜の闇に飲み込まれそうになりながら、どうも眠れそうにはなかった。
「はぁ……」
ため息をつきながら、怒涛の一日を振り返った。
俺が【蘇生】スキルを身につけてしまったばかりに、勇者と魔王軍両方から狙われることになった。
そして妖精ペリクルの手引きでここ、妖精の森へ逃げてきた俺は、始まりの妖精といわれるシャクティと面会する。
面会といっても俺はてっきり、
「しばらくこの森でお世話になります!」
「はい、どうぞ。ゆっくりしていってね!」
くらいで終わると考えていたのだが、これが大間違い。
ひょんなことから俺はこの世界、ダジュームに転生してきた理由と原因を聞いてしまったのだ。
なんとこのダジュームに俺を呼んだのは、始まりの妖精シャクティその人だった。
しかも別世界で死んだ人間の魂をダジュームに呼んで妖精にするのがシャクティの目的で、妖精になり損ねたできそこないが俺たち、アイソトープだというのだ。
「妖精のできそこない……、か」
確かにアイソトープのほとんどはスキルなんて何もないし、魔法も使えない。ただの役立たずだって、俺もそう頭では分かって生活してきた。
だけど、まさか妖精になれなかったものがアイソトープになるなんて……。
別に妖精になりたかったわけではないが、これを運命として受け入れるにはもやもやしてしまう。
それに転生して妖精になりたいなんてねがったこともなく、完全に俺たちは被害者だ。
「それに、俺がダジュームを救うだなんて……」
俺は寝ころびながら、右手を上げた。闇の中にうっすら影が形を作る。
なぜか身についてしまった俺の【蘇生】スキル。
このスキルがこのダジュームを戦乱と憎しみから救うのだと、シャクティは言った。
かつて魔王を倒したというアイソトープであり救世主のウハネのように。
「誰かを生き返らせられるかもしれないけどさ、俺が魔王なんて倒せるはずがないじゃないか。ダジュームを平和にできるはずが……」
ぐっと右手を握り、目を閉じる。
これが【即死】スキルとかなら、まあ分かる。魔王を即死させることができれば、平和は目の前である。
だが、魔王も、そしてあろうことか勇者までも、俺の【蘇生】スキルを何かに利用しようと俺の身を狙っているのだ。
世界を救うどころか、俺自身が戦乱の種になりかけているのが現状である。
俺のスローライフはどこへ行ってしまったのだろう? なんなの、この空前絶後な巻き込まれ感!
「あ、できそこない」
目の前が一瞬光ったと思ったら、そんな声が聞こえる。
キラキラと羽をはばたかせてやってきたのは、あのアオイという妖精だった。
俺の体の上で光っているので、俺もまぶしくて目を細める。
「何か用か」
あえて突き放すように、アオイに尋ねる。
できそこないと言われて、笑顔で返せるほど俺はできてはいない。だってできそこないだしな!
「あなた、ここに逃げてきたんだってね」
腕を組んで、俺を見下ろしてくるアオイ。超マウントである。
「そうだよ、悪いか」
「うわ、反抗的! できそこないのくせに!」
「うるせーよ! 寝るんだから、あっち行け」
しっしと、手を払ってアオイを追いやる。
「何よそれ! ペリクルが心配してたから様子を見に来てやったのにさ!」
「大きなお世話だよ」
今日会ったばかりなのに、俺とアオイは犬猿の仲になってしまったようだ。
俺はごろんとアオイに背を向け、体を丸める。さすがに地面にそのまま寝ているので背中が痛い。
「いいこと教えてあげようと思ったのに、やーめた!」
聞き捨てならないセリフを残して、アオイが飛んでいくのを感じた。
なんだ、いいことって?
まさか魔王と勇者が俺を探すのをやめたとか?
いや、この妖精の森での永住権を与えてくれるとかじゃないか?
俺はアオイの言葉にまんまと心を乗せられてしまった。
「なんだよ、いいことって!」
俺は起き上がり、離れていくアオイを呼び止めた。
それを待っていたかのように、アオイは振り返って見下すように口元だけ笑う。
「ほんと、アイソトープって単純よね。そんなんだから、できそこないって言われるのよ」
くそ、腹立つ! 妖精なんて大嫌いだ!
妖精の森には夜もあり、そして月もある。
俺は木にもたれかかって三角座りをし、ふわふわと浮かんでいる小さな妖精アオイと向かい合っていた。アオイの青いショートカットの髪が月の明かりできれいに光る。
座ったらどうかと勧めたが、どうやら妖精は飛んでいるほうが楽らしい。
「それで、いいことってなんだよ?」
俺は一度怒ってしまった手前、すぐにへりくだるのもプライドが許さず、半ギレでアオイに聞く。
あまり妖精を敵に回して森を追い出されたら大変なので、このへんの匙加減は非常に難しい。ああ、俺ってば板挟みなんだよな、いつも!
「私があなたを特訓してあげることになったの」
「はぁ?」
得意そうに顎を上げるアオイに、俺は嫌な予感がする。
「できそこないのアイソトープは魔法も使えなきゃ、空も飛べないからね。私とペリクルがあなたの特訓役に任じられたのよ」
「何を言ってるんだ? 誰がそんなこと……」
「シャクティ様よ。私が進んであんたみたいなできそこないの特訓をするわけないでしょ!」
ぴんと人差し指で俺を指すアオイ。
妖精から特訓を受けるだって?
「な、なんのためにだよ? 俺は特訓なんかするつもりはないぞ!」
「アイソトープが偉そうなこと言うんじゃないわよ! あなた、何もできないくせに追われてるみたいじゃないの? しかも魔王だか勇者に? これからどうやって生きていくつもり? いつまでもこの森にいられると思ってるんじゃないでしょうね? 図々しい!」
顎に手を置き、俺を見定めるような目つきをするアオイに、俺はぷいっと顔を背ける。
図星過ぎて反論のしようがなかった。
この森でキャンプを張ってスローライフを過ごそうと思ってましたよ!
「もし万が一、この森が魔王や勇者に見つかったら、どうすんの? 誰もあんたを助けてくれないわよ? 私たちもあんたのせいで死にたくないからね!」
「それは、そうだけど……」
アオイの正論に、俺はぐうの音も出ない。
確かに、絶対見つからないなんてことはない。
魔王や勇者だって、必死で俺を探しているはずなのだ。それにペリクルは一応、魔王側の妖精だし。疑うわけじゃないけど。
「せめて簡単な魔法くらいは使えなきゃ、世界を救うどころじゃないでしょ!」
「世界なんて俺に救えるかよ! 言い過ぎだって!」
「だってシャクティ様はおっしゃってたわよ? なぜか【蘇生】スキルだけは使えるんでしょ? 変なの」
アオイはじろじろと興味深そうに俺の顔を見る。
俺もできることならばまったくスキルなんてないほうがよかった。だったらこんな風に逃亡生活をすることもなく、世界を救うなんてスケールのでかいことに巻き込まれなくて済んだのに。
「ま、素質もないのに魔法は簡単には使えないでしょうからね。シャクティ様もそこまで無茶はおっしゃらなかったわ」
「じゃあ、何の特訓をするんだよ?」
「せめて飛べるようになってもらうわ」
「はぁ? 飛ぶ? 飛ぶって、そんな風に?」
目の前でパタパタと羽を揺らして宙を飛んでいるアオイを指さす。
「そうよ。あんたに戦闘スキルなんてありそうにないし、だからせめて逃げるためのスキルが必要でしょ?」
「そりゃ、戦うよりも逃げるほうがいいけど……。俺、羽なんてないぞ?」
「だぁかぁらぁ、特訓するんじゃないの! 明日から私が先生よ! 覚悟を決めて、今日はゆっくり眠っておくのね! じゃあね」
「ちょっと待て! 飛べるのか、俺?」
俺の言葉は無視され、アオイは集落へと帰っていった。
特訓すれば、空が飛べるのか? いや、それはちょっと期待しちゃうというか、戦闘訓練なんかよりはよっぽど興味があるというか……。
だが翌日、俺を待っていたのはまさに地獄の特訓なのであった。
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