ハローワークの事務所。シャルムとペリクルがテーブルで向かい合って座っている。
その横でなぜか俺は立たされていた。モンスターへの扱いがひどくありません?
「カリンから連絡があってね。アレアレアの町でホイップみたいな妖精を見たって」
「アレアレアで?」
早速ホイップの情報を切り出したシャルムに、俺が真っ先に反応する。
しかもカリンが見ただって?
「カリンって?」
ペリクルが聞いてくる。二人は会ったことがないはずだ。
「ああ、俺と一緒にここで暮らしていたアイソトープだ。今はアレアレアでパンを焼きながら、ガイドの仕事をしているんだ。美味しいパンを焼くんだよ、あいつ」
「カリンは仕事中で旅行者をガイドしている途中だったらしいんだけど、ホイップのような妖精が飛んでいたって。妖精自体を町で見るのは珍しいから、もしかしたらと思ってカリンが連絡をくれたってワケ」
シャルムが話を元に戻し、説明してくれる。
「まさかそんな近くにいたのか?」
「まだ確証はないわ。ホイップの目的があなたを探すことなら、アレアレアにいてもおかしくはないわよ。まさかあなたがこんなことになっているとは思ってもいないもの」
こんなこと、とはデーモンであり、全世界からお尋ね者になっていることである。
「わかりました。とりあえずアレアレアに行ってみます」
ペリクルはほんの小さな手掛かりにもすがるように、神妙に頷いた。
これまで探し続けてきたが、一向に見つからなかったホイップに近づいているという事実が、ペリクルを奮い立たせているようだった。
「あまり当てにしすぎないでね。カリンももしかしたら、っていう感じだったから」
シャルムも珍しく、この情報には自信を持っていないようだった。
「手がかりだけでも探してみます」
席を立って今すぐアレアレアに向かおうとするペリクル。俺としてはもう少しハローワークの空気を胸に刻んでおきたい気分だったが、そうも言っていられないようだ。
それにシャルムにいろいろ聞きたいこともあるが、今は黙っておこう。
「ちょっと待って。勇者の行動については、掴んでるの?」
はやるペリクルを引き留めるように、シャルムが口を開く。
「……勇者がどうしましたか?」
これにも俺のほうが先に反応してしまう。
なにせ勇者に命を狙われているのがこの俺だ。
「ランゲラク軍がそっちに撤退したことは知ってるでしょ?」
「ええ。先日、裏の世界に戻ってきました。それで俺たちはこっちにやってこれたんです」
ダジュームにいたほうがランゲラクからは遠ざかれるからだ。俺はまだランゲラクに見つかるわけにはいかない。
「そうね。ランゲラクとしてはあなたが見つからないから撤退したんでしょうね。でも勇者はまだあなたを探し続けているわ。ランゲラクがいなくなったことで、ひとつ障壁は減ったとばかりに」
確かに、勇者はランゲラクに先を越されないように、俺を探さねばならなかったのだ。今となっては目の上のたん瘤がなくなった状態で、堂々とダジュームで俺を探し回れるということなのだ。
すでに俺は全国指名手配されているし、勇者としてはやりたい放題のはず。
「それで、勇者は妖精の森に向かっているらしいの」
「妖精の森?」
ペリクルが驚きの声を出す。
それにシャルムも無言でうなずいた。
「それは、ありえないわ。妖精の森の場所は、妖精しか知らないはずよ。それに人間だけでは絶対に入れない」
ペリクルの言う通りだった。
妖精の森に入った俺もこのペリクルの導きによるものだった。
「でしょうね。でも、勇者パーティーはファの国へ向かっているらしいの」
シャルムもそこまで言って、ペリクルと俺を見渡す。
確かに、妖精の森への入り口があるのは、ファの国だ。ファの国の海の上に、妖精の森へつながるゲートが浮かんでいたのだ。
「偶然じゃないんですか?」
「そうね。他の目的でファの国へ向かっていると考えるのが自然ね」
おそらくシャルムも妖精の森がファの国にあると知っているのだろう。その情報源は、計り知れない。
「勇者パーティーの中に、妖精がいる?」
俺の素直な疑問に、ペリクルが振り返って睨んできた。
「勇者がファの国へ向かった目的が妖精の森だったとしたら、その可能性も否定はできない。あなたが妖精の森にいたという情報を知っているのは妖精だけだろうし、それを勇者に伝えた妖精がいるとしたら?」
シャルムの推測に、俺は嫌な考えを否定できないでいた。
その妖精が、ホイップだとしたら……?
いや、そんなバカな。妖精の森で出会ったアオイの可能性もある。
「別にあなたたちにどうしろと言ってるわけじゃないわ。あなたたちはホイップを探せばいいだけよ。勇者がアレアレアから遠ざかってくれることに越したことはないんだから。そうでしょ?」
シャルムの言う通りだが、俺は嫌な予感を消し去れないでいた。
まだダジュームには妖精はほとんどいないのは事実である。そしてその数少ない妖精であるホイップなら、俺が妖精の森に行っていた情報を知ることができるかもしれない。そして、勇者パーティーには既知の仲であるシリウスがいる……。
すべて想像だが、ホイップと勇者を結び付けるラインは、存在するのだ。
「分かりました。とりあえず、私たちは当初の予定通り、アレアレアに向かいます」
ペリクルはさっきまでのテンションを押さえ、冷静に指針を示した。
俺も今はそれに従うしかない。だってデーモンだし、単独行動はできない。
「それが賢明ね。また何か情報が入ったら、教えるわ」
シャルムが手を振って、俺たちを送り出す。
「一応、この姿でいられるのは一週間なんです。それまでに、またあっちの世界に戻りますんで」
俺はシャルムに一言添えておく。
裏の世界に戻るにはまた裏山のワームホールを通るしかないのだ。またここに寄ることになるだろう。
「そうなの? 事務所内の消毒代はあなたの魔王執事のギャラから天引きしとくからね」
「鬼か、あんたは!」
そして俺とペリクルはハローワークをあとにし、アレアレアに向かうのであった。
「どう思う? さっきの話?」
アレアレアに向かって空を飛びながら、背中に捕まるペリクルに何気なく聞いてみる。
ハローワークを出てから、ペリクルはすっかり口を閉じてしまった。シャルムの話を気にしていることは明白だった。
「ホイップが、勇者パーティーにいるって話? それはないわよ」
あっさりと、ペリクルは否定する。
「なんでそう思うんだ?」
「妖精はね、歴史の語り部なのよ。あくまで世界を語り継ぐために中立でなければいけない。ホイップが勇者を妖精の森に導くなんて、ありえないわ」
それはペリクルの願望なのか、それとも信じたくないだけなのか。
「でもお前は俺を妖精の森に連れて行ってくれたじゃないか」
「それは、あなたが憎しみの連鎖を引き起こす原因だったからじゃないの。シャクティ様の了承を得てのことよ。そもそも妖精の森に入るにはシャクティ様のお許しが必要なのよ? 勇者なんかを入れるわけがないのよ」
「そうか。そりゃそうだよな。憎しみの連鎖を巻き起こそうとしている勇者が妖精の森に入れるわけがないか」
「だからそっちは今は放っておけばいいの。妖精がそんなこともわからずに、妖精の森につれていくわけがないもの」
ペリクルの言うことはもっともだった。勇者パーティーに妖精がいるとしたら、妖精の森に入れないことは当たり前のことと承知しているはずだから。
「じゃあ、本当に偶然ファの国に向かっているだけなのかもな」
「そうに決まってるでしょ。勇者なんて、基本バカなんだから」
冗談ではなく、きっとペリクルは本当にそう思っているのだろう。俺はなんも言えねえ。
「とりあえず、アレアレアでカリンに会ってみるか。あとは、情報収集だな」
「そうね。ていうかあなた、そんな恰好で町に入れるのかしらね? あの町ってセキュリティ厳しいんじゃなかったっけ?」
今さらそんなことを言い出すペリクル。
アレアレアは四方が壁に囲まれていて、入町するには人間やアイソトープであっても身分証などの審査が必要なのだ。それに町の上にはバリアーが張られており、空からの侵入も不可能なのだ。モンスターなんて、入れるわけがない。
「ていうかお前だって、入れないだろ?」
人間の格好をしているペリクルも、身分証などあるはずもない。
「ま、なんとかなるでしょ」
「ノープランかよ……」
ちょうどアレアレアの四角い街が、前方に見えてきたところだった。
さて、猛獣使いとデーモンはどうやって町に入ればいいのかしら?
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