勇者に一撃で敗れたシリウス。
どうやら首の後ろを打たれたらしい。
クロスは両刃の剣を持っていたので、剣の柄の部分で、いわゆる峰打ちだった。
攻撃を受けたシリウス本人も、見ていた俺も、その勇者の早業を目で追うことすらできなかったのだから、流石としか言いようがなかった。
気が付いた時にはすべてが終わっていたのだ。
「さっき、勇者はなんて?」
今は広場のベンチで座って回復を待つシリウス。
すでに広場は勇者が去り、人もまばらになっていた。敗者にを気にするほど、アレアレアの人々は暇ではなかった。
「ああ、宿屋で待ってるって……。どうする?」
さっきのクロスの言葉は、俺とシリウス、どちらに向けたものかは判断できなかった。
だが、この戦いに関して、俺は完全に部外者である。きっとクロスはシリウスに何か伝えたいことがあるのだろう。
つまり俺にシリウスを宿に連れて来いと、そういう意味だと捉えていた。
「まだ僕に言いたいことがあるんですかね?」
さすがに心も折れそうなシリウスが、ちょっと皮肉っぽく言い捨てる。
「さあな」
俺もまったく予想ができない。
カフェでの会話やさっきの戦闘を見て、勇者クロスがシリウスの気持ちに腹を立てたであろうことは明白であった。
自分の過去を清算するために勇者パーティーに入りたいと、クロスにはそう思われたみたいだった。
シリウスの元の世界での出来事や気持ちなんかは、クロスにはまったく評価されなかったということである。
詳しいシリウスの過去を知っている俺にとっては、言い返したいこともあったがそうはいかない。
それに実力でこうもはっきりと示された限りは、シリウス本人も反論する術があるはずもなく。
「ケンタさんはもう仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ。もう薪の配達は終わったよ。あとはハローワークに帰るだけだ」
「じゃあ、帰りましょう。ケンタさんのリアカーに乗せてもらっていいですか?」
シリウスは首の後ろを押さえながら、痛そうに立ち上がった。
「おい、シリウス。勇者に会いに行かなくていいのか?」
まさかシリウスが帰ろうと言いだすとは思わなかったので、俺は思わず大きな声を出してしまった。
戦闘ではこてんぱんにやられたとはいえ、勇者を崇拝していたシリウスのこの素っ気ない態度は予想外だった。
「勇者に遊ばれて実力もはっきりしましたし、これ以上会って話すこともないじゃないですか? 僕には勇者パーティーに入る資格も気持ちも実力も、何もないって証明されましたし。ケンタさんも見てたでしょ?」
「シリウス、お前……」
シリウスの投げやりな口調が気になった。
これはきっと、諦め……。
「どうしたんですか? 僕はもう歩けますよ。行きましょう」
大きなバスタードソードを重そうに背中に抱え、町の門へ向かおうとするシリウス。
強がっているが、勇者と一戦交えた疲れは取れていないように見える。
「いいのか? 勇者はお前に話があるのかもしれないぞ? もしかしたら……」
「それ以上は言わないでください」
シリウスは背中を向けたまま、俺を制する。
「あれだけ簡単に負けて、これ以上情けをかけられるわけにはいきませんよ。勇者は今の僕なんて、もう相手にしていませんよ」
「シリウス……」
やはりシリウスはもう勇者パーティーに入ることを諦めてしまったのだろうか。
昨日は勇者との実力差を知って、それを糧に訓練に励むと言っていたが、流石にここまで圧倒的な差を見せられては心が折れても仕方がないと思う。
俺からしたら勇者と話をして、戦えただけでもすごいとは思うのだが。
「ケンタさん。僕は諦めていませんから」
「え?」
まるで俺の心を読まれたかのように、宣言した。
「確かに僕の目標は身勝手だったかもしれません。自分の過去を清算するために魔王と戦いたいだなんて中途半端でした。勇者の言う通りです。それに、戦闘でもまるで歯が立たなかった。完敗ですよ」
そこで一旦言葉を切り、ふと空を見上げた。
「勇者は言ってましたよね? 彼を倒せば、パーティーに入れてやるって。だから僕はまだまだ止まれない。僕はまだまだ強くなれるはずです。いや、強くなるんです。」
心が折れたと思っていたシリウスから紡ぎ出される力強い言葉。
こいつ、まだ諦めてなんかいなかった!
「魔王を倒す前に、まずは勇者クロスを倒してパーティーに入ります。それが僕の新しい目標です。だから、次に勇者に会うときは、そのときです」
くるっと振り返ったシリウスの目には、輝きが戻っていた。
「わかったよ。また明日から、訓練で疲れ果てたシリウスを見なきゃいけないんだな」
「ケンタさんは仕事、僕は訓練。お互いがんばりましょう」
シリウスはすっと右手を差し出してきた。
俺はその手を固く握った。
「俺たちは家族みたいなもんだからな」
「そうですよ。さあ、カリンさんがご飯を作って待ってくれています。家に帰りましょう!」
もう一人の家族、カリンが待つハローワークへ。
シリウスがハローワークのことを「家」と呼んだことに、俺はどこか温かい気持ちになった。
そして俺たちは岐路につくため、アレアレアの南門へ向かった。
南門の外に停めてあった馬とリヤカー。
「スマイルさんの馬車とは違って乗り心地は悪いと思うけど、我慢してくれよな」
「はい。送ってもらうのに、文句は言えません」
俺は馬にまたがり、シリウスはリヤカーに乗る。
リヤカーには屋根なんかなく、ただの平坦な荷台にはハローワーク用の薪が積まれているので、シリウスは窮屈そうにひざを曲げて乗り込んだ。
ついでに大きすぎるシリウスの剣が邪魔そうに積み込まれる。
「体がつらかったら、言ってくれよ」
「大丈夫ですって。さあ、帰りましょう」
なんたってさっき勇者と戦ったシリウスである。満身創痍であることに変わりはなく、体のことが心配になる。
気丈に振舞っているが、平気であるはずがない。リヤカーに乗るときに、一瞬顔をしかめたのを俺は見逃していない。
帰ったらホイップに治療を頼まなきゃな……。
「じゃ、出発だ!」
スマイルさんから借りている馬の腹を軽く蹴って、いざハローワークへと向かった。
アレアレアからハローワークまでの道のりは、果てしなく続く草原を突っ切ることになる。
道は舗装されていないが、馬車が頻繁に通るためあぜ道になっており、俺でもその道をたどっていけば迷うことはなかった。
時間にして、約一時間の道のりだ。
ちらっとリヤカーのほうを見ると、シリウスが三角座りをしたまま、うつらうつらと舟をこいでいた。
「やっぱ、疲れてるんだろうな」
俺はなるべくリヤカーを揺らさないように、スピードを下げた。
少しくらい遅くなっても、暗くなるまでには帰れそうだ。
日が落ちて間もなく夜になろうとする夕暮れ時。
俺が元いた世界ではこれくらいの時間を「逢魔が時」とも呼ばれている時間帯だ。
昼と夜の境目では魔物に遭遇するという、いわば迷信である。
「そんな簡単に魔物に会ってたら、体が何個あっても足りないよな」
シリウスも眠ってしまったし、馬の上で独り言のようにつぶやく。
見渡す限り草原で、こんなところで魔物に出会ったりなんかしたら隠れるところもありゃしないのだ。
「日本では暗くなる前に帰らなきゃお化けが出るぞ、みたいな言い伝えだからな。今日日のこどもはそんな迷信でビビるわけがないよな。お化けなんて信じてねーし」
さすがに俺も17歳。お化けを信じる年ごろではない。
迷信を鼻で笑いながら快調に馬を走らせる。
「異世界にもお化けなんかいるわけないし! ハハハ!」
自分で言ったことに自分で笑いながら、ふと考える。
「お化けはいないけど……」
そうなのだ。
ここは異世界ダジューム。
お化けなんかよりも、恐ろしいアレがいるではないか。
「モンスターが、……いる」
簡単な自問自答である。
そのときであった。
「キエーーーーーーーーー」
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
どこからか、甲高い雄たけびのような声があがった。
「ど、どうしたんですか?」
俺があげた叫び声に、リヤカーのシリウスが驚いて目を覚ます。
「モ、モンスターが!」
「え?」
俺は馬の手綱を反射的にぎゅっと絞り、スピードを上げる。
「どこですか?」
「知らねーよ! さっき変な声が聞こえたんだ! キエーって!」
俺はただひたすらに馬を走らせながら、キョロキョロとあたりを見渡す。
しかし見渡しのいい子の草原で、周りにはそんなモンスターの姿は一切見えないのだ。
「モンスターなんてどこにもいませんよ?」
シリウスもあたりを索敵してくれている。
「とにかく、急ぐぞ! 落ちるなよ!」
こんなところでモンスターに襲われたら、どうしようもない。
何が逢魔が時だよ! 本当にモンスターに遭遇してたら世話ないぞ?
今はとにかく、逃げる! これが俺の【逃亡】スキル!
「キエーーーーーー!」
またも、さっきの声!
「ほら! なんだよ、この声!」
「ケンタさん! う、上です!」
シリウスの切羽つまった声が、後ろから聞こえた。
「う、上?」
俺は馬に振り落とされないように、首を上げる。
そうだ、油断していた。
この前、スマイルさんの馬車に乗ってハローワークに帰ったときのこと。スネークさんにアイテムを配達した時の帰りだ。
あのときもちょうどこれくらいの時間だった。
そしてちょうど、場所もこのあたり……。
「一角鳥!」
後方からモンスターの一角鳥が俺たちめがけて急滑降してくるのだった!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺の恐怖の叫びが、大草原に響き渡った。
11月は基本的に平日の月水金の週3回更新となります。
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