俺たちは教会から、紫の煙が立ち上がる地点を目指して走った。
途中、分かったことはこのアレアレアの町にシャルムがいるかもしれないこと。
この紫の煙を発生させた爆発はシャルムの魔法かもしれないこと。
そして、爆発がスネークさんの家ならばモンスターに襲われたかもしれないこと。
この異変に俺たち異世界ハローワークの四人(卒業生のミネルバ含む)が無関係ではなさそうで、爆発地点に向かうたびに不安な気持ちは消えることはなかった。
俺なんか気を抜いたらちびりそうになってしまう。
なにしろこのアレアレアの町には勇者パーティー、魔法使いスネーク、シャルム、そして俺たちアイソトープが勢ぞろいしている。
何事もなく帰りたいと心から願いながら、近道を先導してくれるミネルバのあとをひたすら入っていた。
そしていよいよ、その紫の煙が立ち上がる地点に到着した。
午後1時27分。スネーク宅。
「こ、これは……!」
やはり、と俺のイヤな予感が当たってしまった。
燃えていたのは間違いなく、スネークの家だった。
先週、俺が届け物をした、あの赤い屋根の家だ。
今はその屋根に大きな穴が開き、そこから紫の煙が一筋、上り続けているのだ。
「スネークさんは?」
「ちょっと待ちな。近づくと危ないよ!」
俺が駆け寄ろうとすると、ミネルバに止められる。
すでに家の周りは護衛団が取り囲んでおり、まわりにはロープが張られている。一般人は簡単には近づけそうになかった。
「何が起こったんですか?」
じっとしていても何も分からないと、シリウスが同じく爆発を見て集まってきたであろう住人に声をかける。
「雷みたいなもんが落ちてきたんだよ。スネークさんの家に!」
その人も興奮しているかのように、その屋根を指さしている。
「雷? 魔法ですか?」
「なんかよくわからねえよ。紫色の雷が落ちてきたんだよ!」
男は興奮するように、身振り手振り大きく教えてくれる。
俺がミネルバのほうを見ると、こくんと、ひとつ頷いた。
俺が聞きたかったことを、無言で肯定するにはそれで十分だった。
シャルムの魔法、パープル・ヴァイパー。
「その魔法って、誰でも使えるんですか?」
「【魔法(雷)】スキルを持っている人なら使えるかもしれない。でも、紫色の雷っていうのはシャルムの魔法の特徴でもあったわ」
ミネルバがはっきりと言い切る。
「誰かがシャルムのふりをしてその魔法を唱えたってこともあるんじゃ?」
「できるかもしれないけど……、誰がそんなことを?」
シャルムの得意魔法を使うことで、シャルムに罪を擦り付けようとしている可能性。
「どちらにしろ、シャルムとスネークの関係性があってのことだろ?」
すべては憶測で、誰がなんのために、そんなことをするのかは分からない。
それがモンスターの仕業かどうか、現時点では何もわからないのだ。
「スネークさんは無事なんですか?」
カリンがやじ馬の男に尋ねる。
「今、救助が入ったところだ。さっきまで爆発が続いてて家に近づけなかったんだけど、ようやく収まったからな」
男の言うように、スネークの家はところどころが焼けたように真っ黒になっていて、まだ火花が散っているところもある。
「モンスターが襲撃してきたとかじゃないんですか?」
スネークの状態が確認できないのでどうしようもなく、今度はシリウスが男に聞く。
「バカ言え。この町は結界が張られてるんだよ。モンスターが入ってこれるわけがないだろう?」
男は一刀両断する。
結界の話は、聞いている。町の四隅にある塔から強力な結界が張られていて、モンスターの侵入を許さないという。
「その結界が張られているかどうかって、確認はできないんですか?」
カリンが割り込んできた。
「結界は透明だから、見えるわけがねーよ。そりゃ塔に行けば分かるかもしれねーが、そんなに簡単に結界を解除できるわけないだろうが」
勘の悪い男は俺たちをバカにするように、言ってどこかに去っていった。
カリンとシリウスが、俺を見る。
「あの結界を張ったのはスネークさんですよね?」
シリウスの言葉に、俺ははっとする。
その結界を張ったのは、魔法使いのスネークである。
もし、万が一、スネークの身に何かがあったとき、その結界はどうなるのだろうか?
あってはならないことだが、スネークが死んでいるとしたら、今この町の結界は解除されてしまっているのではないか?
「シリウスくん、縁起でもないこと言わないでよ!」
カリンも最悪の事態が頭に浮かんだのだろう。
二つの意味で、悪い冗談だ。
「そうよ。あの結界はスネークさんが張ったはずよ。もしスネークさんにもしものことがあれば、結界は消えてしまうはず」
ミネルバもそのことに気づいているようだった。
「誰かが結界を解除するために、スネークさんを狙った……?」
しかし俺もはっきりしないながら、縁起の悪いことを口にせずにはいられなかった。
「アレアレアに入った勇者を襲撃するには、どうしても町の結界が邪魔だった……?」
シリウスも俯きながら、推測する。
「だから、町の中からまずはスネークさんを……?」
誰が? という最初の謎を、誰も答えることはできなかった。
だが俺たち四人は、その疑惑の人物のことは頭から離れることはない。
――シャルムが、スネークさんを襲って結界を消そうとした?
「そういえば、勇者は来てないのか?」
俺は小声で、つぶやく。
勇者の行動によって、この攻撃が誰を狙ったものかが絞られるはずだ。
見たところ、勇者の姿は見えないし、もしここにクロスがいたらもっとパニックになっていてもおかしくない。
「知ってる顔がいたわ。ちょっと、聞いてくる。待ってて」
スネークの救出を待つ間、ミネルバが家を囲む護衛団の中に知り合いを見つけたらしく、駆け寄っていった。
俺たち三人は無力すぎてアレアレアになんの伝手もなく、スネークの救出を待つことしかできなかったので、ミネルバの存在は大きかった。
この町で働いている彼女なら、護衛団に知り合いがいてもおかしくない。
「本当に、シャルムさんだったの? ケンタくんが見たの?」
ミネルバが護衛団に話を聞きに行ったタイミングで、カリンがさっきの話を掘り返す。
その表情は不安を隠しきれていなかった。
「……もう分からないよ。見間違いだったことにしたいけど、そうも思えない」
あのカフェで見た姿。服装から髪型まで、完全にシャルムだったのだ。
見間違いであってほしい。
あれがシャルムだとしたら、そしてこのスネークの家の爆発がシャルムの仕業だとしたら……?
「まだ何も決まったわけではないですよ。僕たちが勝手に考えすぎてるだけで、シャルムさんも今ごろは首都に出張中で、スネークさんもどこかで勇者と会っているだけかもしれません。この爆発も、本当に雷が落ちただけで……」
息を呑みながら、本当にそうあってほしいと願うようにシリウスが言う。
「そうよね? もしシャルムさんがそんなことするつもりだったら、私たちをアレアレアに行かせたりしないわよね?」
「ああ、そう思う。わざわざ俺たちがいる前で、こんな疑われるようなリスクのあることをやるとは思えない。あの女なら、もっとうまくやるはずだよ!」
カリンの言う通り、この一連の出来事はあからさますぎる。
カフェで俺に目撃されるようなヘマをするわけがない。
それにハローワークの卒業生であるミネルバに見られる可能性も十分に考えられる中で、自分の得意な魔法を使うだろうか。
暗躍するにしても、下手すぎるのだ。
無計画すぎるし、隙を見せすぎている。
「やはり誰かがシャルムに罪を着せている?」
「僕もそう思います。魔王軍の仕業か、もしくは……」
シリウスが確信に触れようとしたとき。
「聞いてきたわ」
ミネルバが戻ってきた。
「どうやら勇者はここには来てないみたい。面会はドタキャンらしいわ」
ミネルバは小声でささやいた。
「ドタキャン?」
しー、とミネルバが一本指を立てる。どうやら持って帰ってきた情報は機密事項らしい。
「どっちからキャンセルしたんですか?」
「実はね、勇者とスネークが面会するっていう情報自体、かなりの機密事項だったらしいの。もちろん私も知らなかったし、あなたたちに聞いてびっくりしたくらい」
俺たちは人混みから離れ、四人で囲むようにひそひそ話をする。
「そうだよね。勇者の行動スケジュールが漏れてたら、危険だもんね」
「だろうな。スネークさんは堂々と俺に自慢してきたけど」
その話を聞いたのは、俺だけだ。一般的に公表されている話ではない。
「あの団長に勇者は来てないかって聞いたら、びっくりしてたわよ。なんで知ってるんだって。ちなみにあの団長、私の旦那なんだけど」
「ええ! そうなんですか!」
カリンが目を丸くして驚く。
「だから、情報の精度は高いはずよ。勇者とスネークの面会のことは、嫁の私にも内緒だったしね。で、ここからが本題。面会をキャンセルしたのは勇者のほう。その連絡が勇者の護衛をしていた旦那に伝えられて、その数分後にスネークさんの家が攻撃されたらしいの」
ミネルバがいっそう声をひそめて、誰にも聞かれないように言った。
「タイミングが、良すぎないか?」
勇者がドタキャンを告げた次の瞬間に、スネークの家が襲われた。
それが意味することは……?
「勇者の仕業……?」
その確定的な疑惑を口にしたのは、シリウスだった。
勇者パーティー入りを目標にして訓練を重ね、ついさっきもパレードで勇者に会って感激していたシリウス。
その憧れの勇者を疑う彼の心境は、俺には到底分からなかった。
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