「……と、これが数百年前にこのダジュームと裏の世界で起こったことよ。理解できた?」
アレアレアの町の見張り塔の最上階で、シャルムは一通りの歴史を語り終わり、一息ついた。
だまって聞いていた俺だったが、理解するというか情報量が多すぎてまったく整理できていなかった。
「あの……、どういうことですか?」
「はあ? なに聞いてたの? あなたの理解力はコバエ並みなの?」
顔をしかめるシャルムだが、俺も素直に聞き入れられないことがたくさんある。
だっただって今聞いた話は数百年も前の話で、そこに出てきた二代目魔王の娘がシャルムで、今目の前にいるのは……、誰?
「ちょっと整理させてください。じゃあ俺が最初にこのダジュームに来たときに読まされた『ダジュームの歴史』とか『YOUは何しに異世界へ?』とかに書かれていたことは……?」
「ぜんぶ嘘よ。ウハネがどうやって救世主としてダジュームの歴史に名を刻んでいるのか、わかったでしょ? 魔王を罠にはめ、家族を人質にとって、殺したのよ……」
ふっと、シャルムの表情に哀愁が漂った。
「じゃあ本当にシャルムは魔王ハデスの、娘?」
「さっきからその話をしてたのよ? 何言ってんの? 寝てたの?」
「シャルムは、何歳なんだよ?」
「女性に年齢を聞く?」
「す、すいません……」
しっかりと叱られ、俺はシュンとうつむく。
シャルムのことはここへ来たときからまったく何も知らなかったが、いざこうやって聞かされると頭がこんがらがってしまう。内容が内容だけに。
しかも、人間と間モンスターのハーフだなんて……。
「こっちに来てからは頭の角は【変化】の魔法で隠してるのよ」
ちらっとシャルムの頭を見た俺の視線に気づいたのか、シャルムが言い添える。
「迷子になったタヌキみたいな不安そうな顔するんじゃないわよ。いいわ、もう少し補足してあげる。あなたが考えてることなんて、大体わかるわよ。そうよ、私は魔王の娘で、何百年前に生まれて、そして今はこのダジュームにいる」
とんと、シャルムは自分の胸に手を当てた。
「目的は、復讐。父ハデスの復讐よ。そのために、まずは父を生き返らせるために、私はダジュームに来たの」
それは冗談なんかじゃない、シャルムの真面目な宣戦布告のように聞こえた。
「復讐……」
「そう。父が死んだあの日から何が起きて、なぜ私が今ここにいるのか説明してあげる」
シャルムは椅子から立ち上がり、見張り台の窓から遠くを眺めた。
その視線の先に見えたのはあの日のラの国の首都か、それとも母親の故郷ミの国か。
「会談が行われる宿屋の前で私と母は父から離された。アネフと名乗った戦士がまさか勇者ウハネとは思ってもいなかったし、ギャスが裏切ったなんて、幼い私は疑う余地もなかったわ」
「そうだ! ギャスって、ベリシャスの三本槍の一人じゃないか! ベリシャスも騙され……」
ついさっき、ダジュームに来る前に俺はギャスを含む三本槍と会っているのだ。
あのギャスがハデスを裏切ったランゲラク派だったなんて! まさかベリシャスを裏切ろうとしてるに違いない! 今もベリシャスは気づいていないんだ!
「黙って聞けないの、あなた? ギャスが裏切りの張本人ってことは、私もベリシャスもとっくの昔に気づいているわよ。ランゲラク派のスパイだってことは知らないふりをして、泳がせてるの」
「へ? そうなのか?」
「これから順を追って話そうと思ってたのに、腰を折らないでくれない?」
「はい。すいません……」
俺の反省を受け入れ、シャルムは続ける。
「私たち親子は宿屋とは離れた建物に移動させられた。ギャスがいたのでなんの疑問も持たずに連れていかれて、そしてその部屋に入った瞬間、何かの魔法をかけられた。おそらく【睡眠】の魔法だったと思う。まず母が眠ってしまった。母は普通の人間だから、耐性なんてあるわけないもの」
ミラは普通の人間で、しかもなんのスキルの才能もないというのは先の話で聞いていたことだ。
「突然の出来事に、私は取り乱した。それからのことはあまり覚えていないの。どうやら暴れたみたいだけど、すぐに眠ってしまったみたい。すべて罠だったのね」
「じゃあ、ハデス……、お父さんの最期は……?」
「ええ。直接は見ていない。それは私の後悔のひとつ。私がもっと強ければ、母と父を守れたのに……」
ぐっとこぶしを握るシャルム。
まだ子どもだったシャルムが、何ができたというのか。だが後悔するしかないシャルムの、強い気持ちが見えた。
「私と母が目を覚ました時、父の死はギャスから聞かされたの。休戦の会談に不服な父が手を出し、そのまま戦闘になってウハネに倒されたと。それで私と母、ギャスの三人は勇者たちに監禁されていたの。私も母もそんなこと信じられなかったわ。父が勇者に、しかもアイソトープに殺されるなんて。ギャスも自分の責任だと嘆いていた。彼も私たちと同じ【睡眠】の魔法で眠らされたことになっていた。その時はそう信じるしかないわよね、まさかギャスが裏切っているとは思わなかったから」
もしかしたらその【睡眠】の魔法をかけたのも、ギャスかもしれない。
ハデスを罠にかけて自害させたなんて真実を知られないために、ギャスは魔王側のモンスターとして演じ続けたのだ。
「魔王を倒した救世主ウハネによってダジュームが守られたと、外は大騒ぎだったわ。これから私たちも処刑されるかもしれないが、母と私を死なせるわけにはいかない、今すぐ逃げるのが私の仕事だと。そうギャスは言ったの」
「裏切っておいて、なんて奴だ」
「そうね。でもそのときは、ギャスにすがるしかなかったわ。父がしに、唯一の味方と思っていたから。母は普通の人間だし、一人ではどうすることもできなかった。今考えるとモンスターを監禁しても何も意味なんてないのよね。ギャスの【ワープ】で、私たちは無事に魔王城まで戻ることができた」
「そうですね。逃がすことも、ウハネとギャスの手のひらの上、か……」
「ギャスを恩人と思ってたからね、私も母も」
シャルムは鼻で笑う。過去の自分を笑っているようだった。
「父の死は魔王城にも伝えられ、今すぐにでも復讐に向かおうという声が上がったのは当然のことよね。魔王が殺されたんだもの。だけどそれを止めたのが、ランゲラクだった。怒りだけで攻め込んでは、初代魔王の二の舞になる、ここはじっくり態勢を整えるべきだってね。それに父が死んで、ダジュームとのゲートも消えてしまったし。ウハネとの一時休戦を守るつもりはあったみたい」
「それで、ベリシャスが……」
「そう。兄のあとを継ぎ、三代目魔王となった。幹部内には私を推す声もあったみたいだけど、母が反対してね。ベリシャスは兄をなくし
た失意で魔王の仕事もランゲラクの言いなり。私と母は魔王城の中で軟禁状態よ。ランゲラクは来たる休戦明けの百年後に向けて、魔王軍の軍備の補強進めた。ここまではランゲラクとギャスの思い通りの展開よ。だけど、唯一の誤算は、私よ」
「シャルム?」
何もない真っ暗な空を見つめながら語っていたシャルムが振り向く。
「ランゲラクは私が何もできない子供だと油断していた。魔王城に軟禁といっても四六時中見張りが付くわけじゃない。さすがに前魔王の未亡人と娘をそこまでガチガチに拘束することはできなかったんでしょうね。そのころには私も【ワープ】を使えるようになっていたってワケ」
「じゃあ魔王城から逃げ出すことも……、ダジュームに行くこともできた?」
シャルムはこくりと頷く。
「そう。母はずっと父が勇者に殺されたなんてことを信じていなかった。きっと何か裏があるって考えていた。年をとり衰えていく母を見ると、私がなんとかしなければいけないって考えた。母が亡くなる前に、父の死の真実を見つけなきゃって。それで私はランゲラクたちに見つからないように夜な夜なダジュームへ向かった」
それはまるで――。
「お父さんと同じよね。目的は違っても、父もこうやって魔王城を抜け出してダジュームを行き来してたんだから」
シャルムの声音が、少し優しく夜の闇に溶けた。
「で、いつの日か、とんでもない情報を手に入れた。これはウハネに感謝しなきゃいけないわよね。あのバカ勇者が自分の名誉を誇るために、父の死体を博物館に保管していたのよ」
「なんだって……?」
だんだんと話が繋がってきた。
点と点が線になっていく瞬間を、俺は感じていた。
「これはたぶんウハネが勝手にやっていたことで、ランゲラクもギャスも知らないことだった。もちろん私は父の死体を取り返したわ。もうすっかり冷たくて、動かないお父さん……。こっそり魔王城に連れ帰ると、母は泣いて喜んでくれた。父の死に目に会えなくて一番悲しかったのは母だから」
再び背を向けたシャルムは、右手を顔に持っていく。涙をぬぐっているようにも見えた。
「でも父の死体を取り返したことなんて誰にも言えなかった。魔王城は私たちの敵ばかりだったから。だけど唯一、信頼できたのは父の弟のベリシャスだけだった。ベリシャスに打ち明けると、誰にも聞こえないような声でこんな話を聞かせてくれたの」
ここで一旦、間を取る。
俺も思わず息を止めてしまう。
「【蘇生】スキルがあれば、父を生き返らせることができるって」
諸事情により、次回更新は11/5(金)となります。
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