「ジョージさんも、シャルムのハローワークで訓練してたんですか?」
衝撃の事実であった。
裏の世界のスキル教習所。そこで俺の案内役をしてくれているジョージさんは俺と同じラの国のハローワーク出身のアイソトープだった。
そしてこの教習所のジョブを斡旋したのは、誰ならぬあのシャルムというのだ!
「そうです。ラの国のハローワークに保護されたんです」
「あの、ドSで、露出狂気味の服を着て、金に細かくて、アイソトープにひたすら厳しくて、なんかあったら拳で問題を解決しようとする、あのシャルム?」
こんなこと等のシャルムに聞かれていたら殺されるだろうが、ここは裏の世界である、さすがにセーフのはずだ。……だよな?
「ははは。シャルムさんにはお世話になりましたよ。さ、部屋はこちらです」
ジョージが受け流したところで、チーンとエレベーターが止まった。
「いやいや、部屋はどうでもいいですから、ちょっと話をしましょう!」
俺はエレベーターから下りて、ジョージの腕を引っ張る。ちょうどそばにテラスへの入り口があったので、ジョージを連れ出す。
テラスに出ると、この裏の世界を遠くまで見通すことができた。
今はこんなビルの中にいるので忘れてしまいそうだが、ここだけが例外なのだ。眼下に広がるのは、植物も育たないような荒れた土地と、遠くに流れる血のような川。それとどす黒く晴れることがない空と、生臭い匂い。
ジョージにこんな世界での仕事を斡旋するシャルムとは、いったい何者なんだ?
そう考えるとシャルムに関する謎はまだまだある。
あの師匠であり大魔法使いスネークの前に突然現れたという、シャルム。
そして今やその師匠をも超える魔法を使いこなすシャルム。
あの魔王城へワープで移動できたということは、シャルムも以前にこの裏の世界を訪れたことがあるということだ。
そして、ジョージにこんな闇オファーの斡旋。
「シャルムは、この裏の世界とかかわりがあるんですか?」
俺はジョージに聞いてみる。
そう考えるのが普通だった。少なくとも、魔王城に行ったことがあるのは確実なのだ。もしかしたら、ベリシャスとも面識があるのではないか? だってこの教習所はベリシャスの管理下にあるわけだし、オファーも直接受けたということは?
「つながりがあるかどうかは知りませんが、この教習所のオファーは直接、魔王様から届いたと聞いています」
「やっぱり!」
俺には闇オファーなんて受けないと言っておきながら、実は過去に受けていたなんて! しかも魔王から直々に?
「あ、勘違いしないでくださいよケンタさん! 別に私はシャルムさんに騙されたとか、無理やりここで働かされてるわけじゃありませんからね?」
「いや、そういうことを疑ってるわけじゃないんですよ……」
そこまで口に出して、俺は一旦飲み込んだ。
実はシャルムのことはほとんど何も知らない。それは俺がアイソトープで、シャルムがハローワークの所長という立場だったからでもある。
ホイップもシャルムのことを話そうとはしなかったのは、何も知らないからだろうか?
「ジョージさんはシャルムからハローワークでスキルの訓練を受けたんですか?」
俺は少し遠回りをして、ジョージがハローワークにいた時のことを聞き出そうとする。
「そうです。私の話なんてやめましょう」
「いえ、同じハローワーク出身の先輩の話を聞かせてください!」
俺は頭を下げた。
ジョージの過去に、俺の知らないシャルムの姿があると考えたのだ。
「そうですか? 長いわりに、面白くないですよ」
俺たちはテラスに置かれた椅子に腰かけた。
「私が転生してきたのは、ラの国の首都の近く、森の中でした」
テラスから遠く彼方を見つめるジョージが、自身の転生してきた時のことを語ってくれた。
ケンタさんもそうだったと思いますが、目を開けたときは何がなんだかわかりませんでした。気がつけば私は森の中に横たわっていたのです。
聞こえてくるの木々が風で揺れる音と、どこかでなく鳥の声だけでした。いや、鳥じゃないことはあとから知って腰を抜かすんですけどね。もちろん、モンスターの鳴き声でした。
私はアメリカのアラバマ出身の、田舎者でした。ハイスクールを卒業して、地元の小さなスーパーで働いていたのです。
これは転生してきたアイソトープが背負い続けることなんでしょうけど、私にも死んだときの記憶があります。
強盗に遭ったんです。
店番をしていたら、いきなり店に強盗が入ってきたんです。こういうときは反抗しても何もいいことがありません。幸い、お客さんはいませんでした。私はレジを開け、店にあったお金をすべて渡しました。強盗は拳銃を持っていたし、命あっての物種ですからね。
強盗はバッグに金を詰め込み、そのまま店を出ていこうとしました。
私はほっとしました。店のお金を奪われたとはいえ、撃たれるようなことはなかったんですから。だけど、そうすんなりと終わってくれなかったんです。
店の奥に隠れていた経営者が、ライフル片手に現れたのです。経営者にとってみたら、店の金を奪われること黙って見ている気はなかったのでしょう。店を出ていこうとしていた強盗に向けて発砲したんです。
大きな音が鳴り響くも、経営者の放った弾は店の壁にめり込んでいました。あとは逃げるだけだった強盗は振り返り、手に持った拳銃で経営者を狙います。
やめてくれと、私は願いました。お金はあとから働いていくらでも取り返すことができるが、命だけは取り戻せないのです。
私は何もできないまま、立ち尽くしていました。店の中で、数発の発砲音が鳴り響きます。強盗が撃った拳銃は、経営者の腹のあたりを撃ち抜き、真っ赤に染めてしまいました。
地獄のような光景でした。しかし倒れた経営者を助けに行くと、私も危険です。警察を呼ぶのもいけません、強盗を刺激してしまいます。今はとにかく、強盗にこの場を去ってもらいたいと願っていました。
経営者が動かなくなったのを見て、強盗は罵倒を残してその場を去ろうとしました。すでに店の外にはやじ馬が集まっていました。
強盗が店を出た、そのときでした。
ちょうど近くに警官がいたのでしょう。銃声を聞いていち早く駆けつけてきたのです。そして店の前で強盗と対峙したと思った瞬間。警察は拳銃をパンパンと、二発撃ちました。
そのうちの一発は見事強盗の胸を貫きました。
そしてもう一発は、店のガラスを破り、レジにいた私の頭を――。
これが私の元の世界での最期でした。
まさか流れ弾で、しかも警官が撃った拳銃で死んでしまうとは。人生なんてどうなるかわかりませんよね。
最期がこんなことだったので、ダジュームの森に転生してきたときはそれはもう驚きました。夢と思い込もうとするんですが、どうもそう思えない。撃たれたはずの頭には血どころかかすり傷一つない。
ふらふらと森を歩いていると、たぶん一時間くらいでしょうかね。目の前にふわふわと妖精が飛んできたんです。
妖精を見た瞬間、私はほっとしましたよ。ああ、これはやっぱり夢だったんだって。
でも、違いました。それは現実だったんです。
ケンタさんもよくご存じだと思います。ホイップさんでした。
その後にシャルムさんがいらっしゃって、あとはケンタさんと同じだと思います。ハローワークに連れていかれ、自分に何があってこのダジュームにやってきたかを説明され、そのまま訓練を受けることになりました。
え? すぐに契約書にサインをしたかって?
もちろんですよ。死んでしまったことは確かですし、二度目の人生はもう少しがんばってみたいと思ったんです。あそこで死ななければ、私は一生小さなスーパーのレジ係でした。
この第二の人生は、自分で選びたいって思ったんです。ふふふ、ちょっと良いように言いすぎですかね?
でもスキルの訓練は厳しいものでした。私はもともと運動神経なんて皆無で、頭も良くありませんでしたから。魔法や戦闘の素質はないと、早々と判断されてしまいました。
このままじゃまともなジョブにも付けるわけがありません。求人にいくつか応募してみましたが、ノースキルのアイソトープなんて、だれも雇ってくれません。
ちょうどそのころ、ハローワークにはアイソトープは私一人だけしかいませんでした。次第に私は孤独と、無力さに押しつぶされて、少し心を病んでしまったんです。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!