異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
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シャルムの謎(1)

公開日時: 2021年8月13日(金) 18:00
更新日時: 2022年1月8日(土) 11:39
文字数:3,359

「ジョージさんも、シャルムのハローワークで訓練してたんですか?」


 衝撃の事実であった。


 裏の世界のスキル教習所。そこで俺の案内役をしてくれているジョージさんは俺と同じラの国のハローワーク出身のアイソトープだった。


 そしてこの教習所のジョブを斡旋したのは、誰ならぬあのシャルムというのだ!


「そうです。ラの国のハローワークに保護されたんです」


「あの、ドSで、露出狂気味の服を着て、金に細かくて、アイソトープにひたすら厳しくて、なんかあったら拳で問題を解決しようとする、あのシャルム?」


 こんなこと等のシャルムに聞かれていたら殺されるだろうが、ここは裏の世界である、さすがにセーフのはずだ。……だよな?


「ははは。シャルムさんにはお世話になりましたよ。さ、部屋はこちらです」


 ジョージが受け流したところで、チーンとエレベーターが止まった。


「いやいや、部屋はどうでもいいですから、ちょっと話をしましょう!」


 俺はエレベーターから下りて、ジョージの腕を引っ張る。ちょうどそばにテラスへの入り口があったので、ジョージを連れ出す。


 テラスに出ると、この裏の世界を遠くまで見通すことができた。


 今はこんなビルの中にいるので忘れてしまいそうだが、ここだけが例外なのだ。眼下に広がるのは、植物も育たないような荒れた土地と、遠くに流れる血のような川。それとどす黒く晴れることがない空と、生臭い匂い。


 ジョージにこんな世界での仕事を斡旋するシャルムとは、いったい何者なんだ?


 そう考えるとシャルムに関する謎はまだまだある。


 あの師匠であり大魔法使いスネークの前に突然現れたという、シャルム。


 そして今やその師匠をも超える魔法を使いこなすシャルム。


 あの魔王城へワープで移動できたということは、シャルムも以前にこの裏の世界を訪れたことがあるということだ。


 そして、ジョージにこんな闇オファーの斡旋。


「シャルムは、この裏の世界とかかわりがあるんですか?」


 俺はジョージに聞いてみる。


 そう考えるのが普通だった。少なくとも、魔王城に行ったことがあるのは確実なのだ。もしかしたら、ベリシャスとも面識があるのではないか? だってこの教習所はベリシャスの管理下にあるわけだし、オファーも直接受けたということは?


「つながりがあるかどうかは知りませんが、この教習所のオファーは直接、魔王様から届いたと聞いています」


「やっぱり!」


 俺には闇オファーなんて受けないと言っておきながら、実は過去に受けていたなんて! しかも魔王から直々に?


「あ、勘違いしないでくださいよケンタさん! 別に私はシャルムさんに騙されたとか、無理やりここで働かされてるわけじゃありませんからね?」


「いや、そういうことを疑ってるわけじゃないんですよ……」


 そこまで口に出して、俺は一旦飲み込んだ。


 実はシャルムのことはほとんど何も知らない。それは俺がアイソトープで、シャルムがハローワークの所長という立場だったからでもある。


 ホイップもシャルムのことを話そうとはしなかったのは、何も知らないからだろうか?


「ジョージさんはシャルムからハローワークでスキルの訓練を受けたんですか?」


 俺は少し遠回りをして、ジョージがハローワークにいた時のことを聞き出そうとする。


「そうです。私の話なんてやめましょう」


「いえ、同じハローワーク出身の先輩の話を聞かせてください!」


 俺は頭を下げた。


 ジョージの過去に、俺の知らないシャルムの姿があると考えたのだ。


「そうですか? 長いわりに、面白くないですよ」


 俺たちはテラスに置かれた椅子に腰かけた。


「私が転生してきたのは、ラの国の首都の近く、森の中でした」


 テラスから遠く彼方を見つめるジョージが、自身の転生してきた時のことを語ってくれた。




 

 ケンタさんもそうだったと思いますが、目を開けたときは何がなんだかわかりませんでした。気がつけば私は森の中に横たわっていたのです。


 聞こえてくるの木々が風で揺れる音と、どこかでなく鳥の声だけでした。いや、鳥じゃないことはあとから知って腰を抜かすんですけどね。もちろん、モンスターの鳴き声でした。


 私はアメリカのアラバマ出身の、田舎者でした。ハイスクールを卒業して、地元の小さなスーパーで働いていたのです。


 これは転生してきたアイソトープが背負い続けることなんでしょうけど、私にも死んだときの記憶があります。


 強盗に遭ったんです。


 店番をしていたら、いきなり店に強盗が入ってきたんです。こういうときは反抗しても何もいいことがありません。幸い、お客さんはいませんでした。私はレジを開け、店にあったお金をすべて渡しました。強盗は拳銃を持っていたし、命あっての物種ですからね。


 強盗はバッグに金を詰め込み、そのまま店を出ていこうとしました。


 私はほっとしました。店のお金を奪われたとはいえ、撃たれるようなことはなかったんですから。だけど、そうすんなりと終わってくれなかったんです。


 店の奥に隠れていた経営者が、ライフル片手に現れたのです。経営者にとってみたら、店の金を奪われること黙って見ている気はなかったのでしょう。店を出ていこうとしていた強盗に向けて発砲したんです。


 大きな音が鳴り響くも、経営者の放った弾は店の壁にめり込んでいました。あとは逃げるだけだった強盗は振り返り、手に持った拳銃で経営者を狙います。


 やめてくれと、私は願いました。お金はあとから働いていくらでも取り返すことができるが、命だけは取り戻せないのです。


 私は何もできないまま、立ち尽くしていました。店の中で、数発の発砲音が鳴り響きます。強盗が撃った拳銃は、経営者の腹のあたりを撃ち抜き、真っ赤に染めてしまいました。


 地獄のような光景でした。しかし倒れた経営者を助けに行くと、私も危険です。警察を呼ぶのもいけません、強盗を刺激してしまいます。今はとにかく、強盗にこの場を去ってもらいたいと願っていました。


 経営者が動かなくなったのを見て、強盗は罵倒を残してその場を去ろうとしました。すでに店の外にはやじ馬が集まっていました。

 強盗が店を出た、そのときでした。


 ちょうど近くに警官がいたのでしょう。銃声を聞いていち早く駆けつけてきたのです。そして店の前で強盗と対峙したと思った瞬間。警察は拳銃をパンパンと、二発撃ちました。


 そのうちの一発は見事強盗の胸を貫きました。


 そしてもう一発は、店のガラスを破り、レジにいた私の頭を――。


 これが私の元の世界での最期でした。


 まさか流れ弾で、しかも警官が撃った拳銃で死んでしまうとは。人生なんてどうなるかわかりませんよね。


 最期がこんなことだったので、ダジュームの森に転生してきたときはそれはもう驚きました。夢と思い込もうとするんですが、どうもそう思えない。撃たれたはずの頭には血どころかかすり傷一つない。


 ふらふらと森を歩いていると、たぶん一時間くらいでしょうかね。目の前にふわふわと妖精が飛んできたんです。


 妖精を見た瞬間、私はほっとしましたよ。ああ、これはやっぱり夢だったんだって。


 でも、違いました。それは現実だったんです。


 ケンタさんもよくご存じだと思います。ホイップさんでした。


 その後にシャルムさんがいらっしゃって、あとはケンタさんと同じだと思います。ハローワークに連れていかれ、自分に何があってこのダジュームにやってきたかを説明され、そのまま訓練を受けることになりました。


 え? すぐに契約書にサインをしたかって?


 もちろんですよ。死んでしまったことは確かですし、二度目の人生はもう少しがんばってみたいと思ったんです。あそこで死ななければ、私は一生小さなスーパーのレジ係でした。


 この第二の人生は、自分で選びたいって思ったんです。ふふふ、ちょっと良いように言いすぎですかね?


 でもスキルの訓練は厳しいものでした。私はもともと運動神経なんて皆無で、頭も良くありませんでしたから。魔法や戦闘の素質はないと、早々と判断されてしまいました。


 このままじゃまともなジョブにも付けるわけがありません。求人にいくつか応募してみましたが、ノースキルのアイソトープなんて、だれも雇ってくれません。


 ちょうどそのころ、ハローワークにはアイソトープは私一人だけしかいませんでした。次第に私は孤独と、無力さに押しつぶされて、少し心を病んでしまったんです。


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