「ケンタ殿よ、それはどういうことだ?」
ギャスの声音が少しだけ苛立ちを含み始めた。
これまで俺のことも同等に議論に加わらせてくれていたのだが、三本槍たちが勇者と話し合おうと言い出したことに反対すると、風向きが変わってきた。
「だってそうじゃないですか! 脅迫によって得られた対話なんて、何の意味もありませんよ!」
おそらくベリシャスの言う協和という言葉が、部下のモンスターには伝わっていないのだ。この三本槍は協和という結果さえ実現すれば過程などどうでもいいと考えている。
だからダジュームや勇者のことなど考える必要もない。
これはモンスターの驕りだ。
「勇者は散々やられてきたわけじゃないですか、モンスターに? そこでいきなり対話だ和解だ休戦だと言われても、ただの押し付けでしかないじゃないですか? しかも脅迫をして無理やりに!」
この場に俺がいる意味というのは、こういう人間とモンスターとの間の架け橋的な役割を果たすためであろう。
モンスターにはモンスターの理屈があることは理解している。
レベルでは人間はどうやっても敵わないのだ。モンスターにしてみれば、赤子相手に平等になるつもりがないというのは、本能的な感情であろう。
だが、そこにリスペクトがなければ対話なんてできるわけがない。
「これ以上戦ったとしたら、勇者に勝ち目がないのは明らかであろう? しかしその勇者の立場を考えて、こちらから休戦しやすい状況を作ってやるだけだ。脅迫ではない」
「そういうモンスターの上から目線がダメだって言ってるんです! それがモンスターの驕りですよ!」
「ダジュームの人間たちにとってはありがたい話だろう? 結果的に勇者と魔王軍の休戦を促すだけだ。なぜに反対する?」
レイも俺への当たりが強くなる。
「勇者を拉致するといっても形だけのこと。対話をするための場を作るためではないか」
ウェインライトも目を閉じたまま、俺のほうを睨んでくるようだった。
やはり、何も分かっていない。
人間とモンスターの間には大きな隔絶がある。
「たぶん、そういうモンスターの態度が受け入れられないんです。勇者をリスペクトしたことがあります? ないでしょ?」
俺もここで黙ってしまうわけにはいかないと、勇気を振り絞って意見をする。
「モンスターの態度?」
最年長でこの場をまとめているギャスの眉間がピクリと動いた。
ギャスの体から、一瞬だけふわっとオーラが出た。殺気である。隣を見るとレイは背中の巨斧に手を伸ばそうとしているし、ウェインライトの手はすでに腰の剣の柄に乗っていた。
俺はすでにちびりそうになっていた。
今、目の前にいるのは魔王軍の中でも三本槍と言われるモンスターの幹部たちである。ベリシャス側ではあるが、俺みたいなアイソトープと比べるとドラゴンとミジンコほどのレベル差があるのは分かり切った話であった。
そんなモンスターたちに態度が悪い的なことを言うなんて、なんて恐れ多いことをしてしまったのだろうか!
だけど……。
だけど俺が言わねばならない。
なぜかこの場にる俺の使命だと思えたし、黙ってはいられなかった。
「我々の態度が悪いと、ケンタ殿は申すのか?」
「そ、そ、そういうとこですよ! すぐに威嚇をして、相手を怖がらせる! モンスターと人間のレベル差ははっきりしてますよね? それはダジュームの人も理解してるんですよ! なのに上から目線で『人間にはありがたいだろう』なんて!」
俺は恐怖を振り切るように、大きな声を上げた。
自分たちが上だと思い込んでいるからこそ、弱者の気持ちは理解できない。決して同じ目線に立つことはできないのだ。
「そうでしょ? 話し合いをしたいって言うのも、人間はモンスターの言いなりになるって最初から決めつけてるんじゃありませんか? だって人間は弱いですもんね。あなたたちからしたら、息を吹きかけるだけで死んじゃう生き物ですもんね。上から目線で対話をしてやろう、休戦してやろうと言われても、ダジュームの人からしたらこれまでやってきたことを見ずに流せるわけないですよ!」
「だからこそ、もう傷つけるようなことはしないと……」
「それが上から目線じゃないですか? じゃあ対話じゃなくて、まずは謝るべきじゃないですか?」
ベラクリスがやっと発した言葉に、俺は真っ向から反論する。
「これまでダジュームの人たちを苦しめてきた自覚はあります? あなたたちがどうとかは言いませんけど、人間を殺してきたのは事実ですよね? これまで食べたパンの数を覚えていないとか言わないでくださいよ。ダジュームの歴史には、モンスターに虐げられてきた過去があるんです」
いろいろな思いを口に出しながら、まるでダジュームの人間の代弁者になっているかのようだった。
アイソトープである俺は、人間にすらさげすまれる存在だった。
スキルも使えない、魔法も覚えられない、仕事も見つからない。妖精たちのできそこないと言われて、否定できることは何もなかった。
人間とモンスターの狭間で生きる俺たちアイソトープ。
だからこそ、言えることがある。
ベリシャスが俺をここに連れてきた理由が、なんとなくわかったような気がする。
魔王側のモンスターと言えど、人間との協和を願っていると言いながらまだ本当の意味での理解には達していないのだ。この三本槍を見ていてそう感じた。
「俺はアイソトープで、人間ともモンスターとも違います。だけど、どっちが上とか下とか、そんなことを考えた時点で平等な対話は成り立たないと思いますよ!」
三本槍たちは、奥歯を噛みしめるように黙りこむ。
しかし部屋を満たしたオーラはまだ消えない。
「きっとモンスターからしたら人間と平等になることはありえないと思ってるでしょ? 当然、あり得ないと思いますよ。この実力差や歴史を振り返ると。でも、魔王はそれも全部一旦白紙にして、協和しようとしてるんじゃないんですか? そうなったらモンスター側が人間の立場に下りるってことでしょ?」
ウェインライトは目を閉じたまま、表情を変えない。
レイはちらりとギャスの様子を窺い、そのギャスは窓の外を眺めていた。
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