「じゃあ馬車を呼ぶわね」
と、再びカリンが【通信】スキルを使ってどこかと連絡を取り始めた。
「あ、こちらシラサギガイドのカリンです。南門荷馬車を一台お願いできますか? ……はい、お願いします!」
さすがガイド会社を切り盛りしているからか、段取りはスムーズだ。
「さあ行きましょう。シャルムさんにここのバイトの件もお願いしなきゃいけないわよね。忙しい忙しい!」
バタバタと戸締りをして、俺はカリンに連れられて事務所を出たのだった。
「一応、マントのフードはかぶっておいてね。ケンタくんはアレアレアでは有名人なんだから」
「ああ。そうする……」
逃亡者よろしく、俺は顔を伏せてお天気の良いアレアレアの町をこっそりと歩く。
「でも町を出られるのか? それに馬車なんて乗って大丈夫? 俺だけ空から飛んで出ようか?」
「大丈夫だって。アレアレアは町に入るときは厳重なチェックがあるけど、出るときはほぼフリーパスなの。馬車も、信頼できる人だから心配しないで」
麦わら帽子をかぶってしゃなりしゃなりと歩く女社長は、どこかのん気である。
「信頼できる人って、もしかして?」
かつて勇者パレードが行われた大通りを南下し、南門からは何のチェックもなくあっけなく町の外に出ることができた。
「ね? バレなかったでしょ?」
どこか拍子抜けするが、平和なのは一番だ。
すると門を出たところに待ち受けていたのは一台の馬車。その御者さんを見て、俺は懐かしいものがこみあげてきた。
「スマイルさん!」
俺がハローワークで修業していた時期に、よく利用させてもらった馬車のスマイルさんだった。笑顔が素敵なのだが、その戦闘力はすさまじく、モンスターも軽くあしらうほどのナイスガイだ。
「お久しぶりです。お元気でしたか、ケンタさ……。おっと、ここでは内緒にしたほうがよさそうですね」
カリンと同じくすべての事情を汲んでくれているスマイルさんはそれ以上の言葉を飲み込み、俺たちを馬車の荷台へと案内してくれた。
「シラサギガイドもよくスマイルさんにお世話になっているの。すごく助かってるんだよ」
荷台に俺とカリンが向かい合って座り、操縦席でスマイルさんが馬に鞭を入れて発進する。
「カリンさんはお得意様ですからね。とりあえず……、ケンタさんおかえりなさい」
アレアレアの町から離れて、ようやくスマイルさんが振り返って俺を労ってくれた。
「なんかすいません。俺、お尋ね者になってまして……」
「いろいろあるんでしょう。では、小一時間の馬車の旅をお楽しみください」
スピードを上げた馬車に、俺はようやく一息ついて座席に背中を預ける。
こうやって考えてみると、俺のダジュームでの生活はいろんな人たちに助けられて成り立っていたことがわかる。
そして俺のことを深く詮索しない。やはりダジュームの人たちは温かい。
なんとかこの世界を、平和な世界にしなくては。
そう俺は決意を新たにしたのだった。
馬車に乗って小一時間。アレアレアからハローワークまでの道のりは相変わらず何もない草原が広がり、幸運にもモンスターに襲われることもなかった。
「じゃあ私はこれで」
スマイルさんにお礼を言って、ハローワークの事務所の前で別れる。
「久しぶりでしょ?」
カリンが事務所を見上げながら、尋ねてくる。
「そうだな。でもちょっとシャルムには昨晩会ったばかりだから、なんか気まずいな……」
意気揚々と旅に出ると言っておいて、一日経たずして再会することになる。なんとも間が悪いというか。
「ホイップちゃんとは?」
「ホイップとは、それこそいろいろあったなぁ……」
ふと空を見上げ、最後にホイップと会った時のことを思い出す。
ホイップは勇者にとらわれていて、デーモン姿の俺がなんとか救出をしたのだ。
それからホイップはペリクルと感動の再会を果たしたんだよな。
「とりあえず、入りましょう。私たちの家に!」
家――。
このハローワークは俺やカリンたちがダジュームで育った場所、家に違いない。
カリンが事務所の扉を開けようとしたとき。
「やってらんねえよ!」
事務所の中から乱暴な声とともに扉が開かれた。
「キャッ!」
驚いて一歩後ずさるカリンを後ろから抱きとめる。
「うおっと……。あれ、お客さん?」
事務所から出てきたのは、俺たちと同世代、いやもう少し年下にも見える少年だった。
黒髪の短髪を立てて、Tシャツ短パンの元気溌剌な少年は、俺たちを見て肩をすくめた。
「シュラトさん! 待ちなさい!」
すると中からまたもや大きな声が響いてくる。
今度は聞き覚えのある、その声は――。
「ホイップ!」
俺はカリンの肩越しから、事務所から飛び出てきた小さな妖精を見てその名を呼んだ。
「ケ、ケンタさん? それにカリンちゃんも!」
俺たちとホイップに挟まれた少年は何事かと目を丸くしてキョロキョロしている。
「おい少年。逃げなくていいのか?」
さっきホイップが呼んでいたシュラトというのがこの少年の名前なのだろう。服からはみ出した手足や、顔にもまだ新しい傷が見える。
おそらくハローワークで訓練を受けているアイソトープだろう。
「あ、そうだ!」
シュラトは俺とカリンを避けてそのまま裏山のほうに向かって走り出した。
「こら、シュラトさん! ケンタさん、何やってるんですか! 逃亡ほう助ですよ!」
ホイップは相変わらずエプロン姿で、ぷりぷりと怒っていた。
「ホイップちゃん、久しぶり!」
「カ、カリンちゃん! いや、ちょっと待ってください! 何がどうなってるんですか? シュラトさんが訓練から逃げだして、なぜかケンタさんとカリンさんがここにいて……?」
突然の出来事に、ホイップは混乱したのかこめかみを押さえてしまった。
「ホイップちゃんに会いに来たのよ! さっきの子は新しいアイソトープ?」
「そうなんですけど、サボり癖があって懲らしめようとしていたところなんですよ。あとで捕まえたらお仕置きを……。ていうか、お帰りなさい、カリンちゃん!」
気持ちを切り替えてカリンの胸に飛び込むホイップ。
「ただいま、ホイップちゃん!」
抱き合ったままくるくると回るカリンとホイップ。この二人も会うのは久しぶりだったのだろう。
「どうしたんですか、急に? ガイドのお仕事はいいんですか?」
「今はちょうどオフシーズンなのよ。ミネルバさんは首都に行ってるけど、私は留守番してただけだから」
「せっかくだから中に入ってください! カリンちゃんほどではないですけど、私も最近はパンを焼くようになったんですよ? ぜひ食べてくださいな!」
「うわあ! 楽しみ!」
「紅茶を入れますね! ガイドのお仕事の話、聞かせてください!」
カリンとホイップは仲睦まじく事務所の中へ入っていく。
「あの? 俺もいるんだけど……?」
くるりと怪訝そうに振り返るホイップ。
「私たちは積もる話がありますので、ケンタさんは逃亡したシュラトさんを捕まえてきてください。それまで事務所には入れませんよ!」
ホイップは俺にシュラト捕縛を命じると、バタンと扉が閉まってしまった。
「なんだよ、それ! さっきの少年とは初対面なんだぞ! 俺にもパンをくれよ!」
俺の叫びは、事務所の中のホイップとカリンには届いていなかった。
「相変わらず人使いが荒い妖精だよ……」
さっきのシュラトとかいう少年、服からのぞいた手足は傷だらけで、おそらく厳しい訓練を受けていたのだろう。
逃げたくなる気持ちは痛いほどわかってしまって、俺はつい逃がしてしまったのだ。
「逃げるとこなんて、ないのにな」
アイソトープはこのダジュームで訓練を受けて、ジョブに就くしか生きる道はないのだ。先輩面するつもりはないが、これもあのシュラトとかいう少年の通る道だ。
「裏山のほうに行ったよな? 日が暮れると、門番のキラーグリズリーがやってくるぞ?」
俺はため息ひとつ、シュラトを追って懐かしの裏山へと向かった。
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