異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

オファーが来た!(2)

公開日時: 2020年9月15日(火) 18:00
更新日時: 2021年12月15日(水) 18:36
文字数:4,213

「……そ。カリンがそう言うなら、いいわ」


 席を外そうとしていたシャルムは、再びリビングに戻ってきてソファにかけた。バッグから出した一枚の書類をテーブルに広げた。


「せっかくだから、あなたたちにアイソトープがジョブに就くまでの流れを説明しておくわ。これが求人票。月一回、こうやって発行されるの。アイソトープを雇いたい雇用主は国に申請して、アイソトープはこれを見てハローワークを通じて応募する仕組みね」


 俺は元の世界のハローワークには行ったことはないが、求人票という名前はなんとなく聞いたことがある。


 シャルムが広げた求人票も、勤務地や給料、仕事の内容などがざっと一覧になっていた。


 新聞のチラシに入っている求人広告なら何度か見たことがあるが、あれによく似ている。


「毎回これを取りにわざわざお城まで行かなきゃいけないんですか?」


「ほんと、ダジュームにもインターネットが繋がってたら楽なのにな」


 現代っ子のシリウスと俺は、このアナログな方式に眉をひそめる。


 ここからラの国の城まで、馬車で数時間かかる。ラの国はそれほど広いのだ。


 ま、シャルムならワープで数秒で行けるのだろうけど。


「あなたたち、ダジュームの技術をめてるわね? 今回は別用もあったから直接出向いたけど、普段は魔法通信なんかで済ましてるわよ。ま、お役所仕事ってのは得てしてめんどくささがともなうんだけど。……見て」


 ムカッとしたように、シャルムが書類を爪でコツと叩く。


 魔法通信というのが何かは今は置いておいて、俺たち三人の目が書類に集中する。


「一応、国が発行する公文書こうぶんしょだから怪しいジョブはないはず。報酬は渋めだけど、変なトラブルに巻き込まれるケースは極めて少ないのがいいところね」


 俺はざっと求人票を見渡す。


 そこには国直轄ちょっかつの国境警備隊やモンスター討伐隊という絶対になりたくないジョブから、各地のレストランや宿屋、建設現場や洞窟発掘など、様々なものが並んでいた。


 いわゆるバイトに応募する感覚か。俺は納得した。


 ざっと見たところ、数としては戦闘ジョブが多く見える。それに、報酬も明らかに高い。


「あ、道具屋見習いとかあるじゃん。俺、こういうのがいいなぁ」


「この公式な求人票以外にも、非公式なジョブっていうのもあるんですか?」


 俺の言葉を遮るように、シリウスが真面目に質問する。


「そりゃあるわよ。国やハローワークを通すとマージンが発生するわけだから雇用者も労働者も実入りが減るわけよ。その分、保証なんかがきくんだけどね。これとは別に闇オファーっていう表に出せないイリーガルな仕事もこの世界にはあるにはあるわ」


「……暗殺とか、そういう?」


 シリウスが上目遣いで、妙に真剣に食いつく。


 いきなり怖いこと言う奴だ。アサシンなんてジョブ、絶対に嫌だぞ!


「安心しなさい。うちは誠実・公正・安全でやってんの。そんな闇オファーをあんたたちに押し付けるつもりはないわよ。美味しい話には裏があるって、あなたたちの世界でも言うでしょ? そういうことよ」


 手をパタパタと振り、シリウスを安心させるシャルム。


 何が「誠実・公正・安全」だよ。いきなりモンスターのいる洞窟に放り込んどいて、よく言うよな! こちとら転生初日から死にかけたのにさ! 


「このアイソトープ専用の求人票は毎月発行されるの。履歴書のほかにハローワークからのスキル認定書と推薦書をつけなきゃ応募できないの」


「あ、パン屋さんからの求人もありますよ!」


 話が物騒な方向に逸れていたところを、カリンの一声が元に戻す。


 彼女が指さすところには、ラの国のお城がある街のパン屋からの求人だった。


「そういやカリン、今日のパンすごく美味しかったぞ」


「うわぁ! ありがとう! ちゃんと食べてくれたんだ!」


 今朝、カリンが焼いてくれたパンを昼食に持って行ったのだ。帰ってきたらお礼を言おうとしていたのだが、さっきの騒動ですっかり忘れていた。


「いや、あれならパン屋でも十分働けるかも。【パン屋】のスキルが身に付いたと言っても過言ではないな……」


「もう、ケンタくん、め上手なんだから! 私もパン屋さんで働けたらいいのにな!」


「これだったら毎日買いに行くよ」


「ありがと!」


 バチンとカリンに肩を叩かれる。褒めるというか、俺も【パン屋】スキルが欲しいんだけどなぁ。


「話を元に戻すけど、カリンへのオファーはこの求人票とは別の話よ。こちらから応募するんじゃなくて、相手側から直接アイソトープ個人にオファーが届くのよ。これ」


 シャルムは求人票を閉じ、新たな一枚の書類を取り出した。


「今回は国外からの求人、ラの国以外からってコト。……これよ」


 いろいろ遠回りしながら、カリンへのオファーを提示するシャルム。


「……ソの国の王子の……、婚約者?」


 そこに書かれていた文言を読み上げたのは俺だった。


「ソの国は隣国で、小さな国なんだけど炭鉱たんこうが栄えていてここと違って裕福なのよね。そこの王子が結婚相手を探してるらしいの。それでカリンに直接オファーが来たってコト」


 淡々と説明するシャルムだが、これって……。


「カリンさんを名指しでですか?」


「そ。あなたたちアイソトープは、ハローワークに保護された時点で国のデータベースに登録されるの。保護率なんかの関係もあるし、こうやってオファーを受けるためにね」


 つまり俺たちはこのダジューム中で存在を認識されてるってわけか……。


 まるで指名手配犯みたいで、ちょっと背中が痒くなる。


「でもこれって仕事のオファーなんですよね? もう出会い系じゃないですか、結婚相手を探すって……」


 しかも一国の王子が、である。マッチングアプリじゃないんだから、これをジョブというのはどうだろうか?


 俺はちらっとカリンを見る。さっきまでの笑顔が風に吹かれたように消え、真面目な顔でオファーの書類を見つめていた。


 思うところは同じようだと、俺は理解した。


「クソ気分の悪い話をするけどね、女のアイソトープは人気なの。特にこういった身分の高い連中にはね。アイソトープ名簿を使ってオファーをかけてくるのは、ダジュームではわりとある話なの」


 シャルムは吐き捨てるように言い、ゆっくりソファにもたれかかる。


「……まるで人身売買じゃないですか?」


 俺の言葉があっているかどうかは分からないが、シリウスもカリンもじっと黙っている。


アイソトープと結婚する、というのがステータスと感じる奴もいてもおかしくない。俺たちはマイノリティなのだから。


でもやり方が仕事のオファーを利用しているようで、気にくわない。


「……だからあなたたちには話したくなかったのよ。私だって、こんなオファーを勧めるつもりはなかったのよ。でも、国を通して入ってきたオファーを無視するわけにはいかない。ハローワークとして」


 もちろんシャルムの立場も分かる。


 間に入るハローワークがジョブのオファーを届けないというのは違反にあたるだろう。


「そうですけど……」


「これまでの経験上、アイソトープはこういうオファーに飛びつくの。相手は一国の王子、必要なスキルはなし、結婚すると一生豪勢な生活が保障されるのよ? ダジュームで生きていくための苦労なんて、何ひとつない」


 シャルムは何か含むような、皮肉めいた口調で話した。


 ――玉の輿こし


 俺たちはじこのダジュームで生きていくために、過酷な訓練でスキルを身につけようとしている。だけどこれなら、シャルムの言う通りスキルなんていらない。ジョブと言えど、働かずしてなんら不自由ない暮らしが待っているのだ。


「じゃあこれまでも女性のアイソトープが……?」


「そうよ。うちのハローワークからもいろんなところへ嫁入りしていったわ。国を治める王や王子ともなると、正妻以外にもめかけとしての募集もあるくらいだからね。女子にとっては売り手市場なのよ、この『ジョブ』は」


 シャルムは「ジョブ」の部分だけ強調した。


 異世界ハローワークとして、シャルムはアイソトープにジョブを与えるのが仕事である。ドSに見えて、実はアイソトープのことを考えて訓練をしたり、ジョブを斡旋しようとしているのは実のところ気づいていた。


 今回のケースも、シャルムは不本意に見える。まるでカリンにこのオファーを受けてもらいたくないようにまで感じられる。だから俺たちには聞かせないようにしたのかもしれない。


 しかし、当のカリンはどう思っているのか――。


「カリン、どうする? 今言った通り、破格のオファーであることは確かよ。ソの国の王子と結婚したら、一生不自由はないはずよ。決めるなら早い方がいい」


 ぐっとシャルムが前かがみになり、悩むカリンの目を見る。


 さっきから一言もしゃべっていないカリンだが、簡単には決められないという逡巡しゅんじゅんが見て取れる。


 こればかりは俺がどうこう言うつもりはないが、カリン本人のことを考えると悪い話ではないのは事実だ。


 一国の王子への嫁入り――。


ジョブとしてこれだけを見るとちょっとネガティブなイメージを受けてしまう。だが、何も悪いことをしようとしているわけではなく、ダジュームでは当たり前のことだという。


 俺たちは異世界ダジュームで当たり前のように生きていくために、訓練を受け、ジョブを探している。当たり前の生活の選択肢の一つとして、それは否定することはできない。


……むしろ俺は羨ましく思っているのだが、それは言わぬが花でしょう。


「私……」


 口元を手で隠し、眉根まゆねを下げるカリン。なんだか泣きそうに鼻をすすり、肩を震わせていた。


「おい、大丈夫か?」


 その少し異様な様子に、、俺は思わず声をかけ、その肩に手を伸ばそうとした。


「……っ!」


 するとカリンは腰を引き、俺の手から逃れるようにソファに深く座り直した。明らかに、俺を避けた格好だ。


 やはりどこか普通じゃない。いつもの笑顔が完全に消えている。


 その青ざめた表情は、いつか見た気がする……。


 そう、あれはカリンが転生してきたとき、俺が手を差し伸べたときだ。何か、あったんだろうか? 何か思い出すことでもあったのか?


 シャルムもその様子に気づいたように、目で合図をしてくる。


 俺は自分の席に戻る。シリウスも心配そうにして、口を結んでいる。


「カリン、私は何もあなたに無理に勧めているわけでもないのよ。強制しているわけじゃ決してないの。決めるのはあなたよ」


 シャルムは優しく語りかける。


「はい……」


 さっきパン屋の求人を見つけたときと違い、空気が重々しくなっている。


「私……」


 す、と顔を上げたカリンが語りだした。

 

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