俺たちと護衛団が膠着状態に陥っていると、町から護衛団の本隊がやってきてしまった。
数十人の集団が駆けつけてくる中、その先頭にいる男には見覚えがあった。
「何が起こったんだ?」
その男が、先鋒隊の三人に尋ねる。
アレアレア護衛団団長のボジャットだった。
「猛獣使いの女性が、使い魔のデーモンに襲われておるのです! さっきから説得を続けているのですが、まったく聞く耳持たず……」
現状報告をする団員だが、お前はさっきラップしてただけだろうが! 上司への報告のときだけ真面目になりやがって!
「言葉も通じないのに、モンスターを説得などできるわけがなかろうが! ばかもんが」
ボジャットは団員を叱りつける。
でも怖かったとは言えないんだから、そこは許してあげてほしい。それに、一応言葉は通じてるんだけどね。
やはりボジャットという手練れであっても、モンスターに対する認識はそうだということに、俺は少しショックを受ける。
魔王ベリシャスの協和の精神は、人間にはそう簡単には伝わらないだろうと、半分人間半分モンスターの俺は少し悲しくなる。
(おいペリクル。あの人はアレアレア護衛団の団長だ。もしかしたら、話せばわかるかもしれない)
それでも俺は、ボジャットならばと、対話の道を探りたかった。
(この状態で何を話せっていうのよ? 私はあなたに捕まえられている体なのよ?)
(俺が話すよ。とりあえずお前を解放するから、作戦通り保護してもらえ。うまくいけば、町には入れるだろ?)
(……いいわ。私は町でホイップの情報を聞き出してくるから、あとはあなたでなんとかしなさい。殺されないようにね)
(俺の体はそんなヤワじゃないんだろ?)
「うぎゃぁぁぁ!」
ペリクルと段取りをつけて、俺は再び雄たけびを上げてペリクルから手を離した。
するとペリクルはするりと俺からすりぬけ、びゃっと護衛団のほうに逃げ去った。
「助けてください! 私の使い魔が暴れてしまって!」
「もう大丈夫です、お嬢さん。お怪我は?」
「ちょっと肩のあたりを掴まれて……」
ボジャットのもとに身を寄せたペリクル。泣きそうな声を出して、うまいこと演技をしているようだった。
「おい、町の中で手当てをしてやれ」
「はっ」
ボジャットの命令で、団員に連れられて行くペリクル。どうやらうまくいったようだ。
ちらっとこっちを振り返ってウインクをするペリクルに、俺は安心して振り上げていた両手を下ろす。
これでペリクルは町の中に入れた。あとは、俺の問題だ。
果せるかな、団長ボジャットは人質を助けただけですべてが終わったとは思っていないように、腰の剣を抜き、一歩前に出た。
対峙するは、凶悪なデーモンこと、俺である。
町の外とはいえ混乱を起こしたモンスターをただで帰すつもりはないらしい。
そこはさすがアレアレア護衛団団長。さっきの先鋒隊の腑抜けとは違う。ボジャットは名誉と誇りを背負っていた。
「ここで成敗してくれるわ、モンスター!」
一歩、そしてまた一歩と間合いを詰めてくるボジャット。
剣を上段から、中段に構えなおす。おそらくボジャットも俺とのレベル差は感じ取っているのだろう。隙を見せずに距離を取って戦うつもりなのだ。
そんな団長の後ろ姿を見守る団員達。弓矢を構える者もいるが、俺と団長の一騎打ちに水を差さぬようにか、それともただの恐怖心からか、じっと動かずに堪えている。
……さて、どうするべきか。
もちろん、今の俺はボジャットとて赤子の手をひねるように倒すことは容易である。
姿格好はこのようにおそろしいデーモンの姿をしているが、心はアイソトープである。俺には人間と戦う必要なんてこれっぽっちもないのだ。
だが、この状況は明らかに人間対モンスターの様相を呈している。
これがダジュームの現実なのだ。モンスターが現れれば、それは人間たちにとって敵。倒すべき相手――。
俺はそのモンスターとして、ボジャットに向かい合う。
手をだらんとたらし、前かがみでその勇敢な戦士を睨みつける。
ボジャットを傷つけることはしたくないが、無抵抗でいるのも不自然だ。俺も死ぬわけにはいかないが、上手く倒される必要がある。一撃くらいは我慢せねばならないだろう。痛いのはヤダなぁ。
変に気を使って動けないでいると、先手を打ってきたのはボジャットだった。
「せやぁ!」
俺が考えすぎている間に思った以上に間合いが詰められていたようで、大きな一歩でボジャットが俺の懐まで飛び込んできた。
それは俺の腕がギリギリ届かないような距離で、剣を持つボジャットから見るとちょうど一撃を加えられる計算された間合いだった。さすが、モンスターとの戦い方を心得ている。
俺は手を伸ばして攻撃するか、それともガードをするか迷ううちに、ボジャットの体が一瞬、視界から消える。
ボジャットは体を沈め、姿勢が前かがみになっているデーモンの死角へもぐりこんできたのだった。
や、見事ボジャット! 気づいたときには、腹のあたりに違和感を覚えた。
横なぎ一閃、ボジャットの剣が俺の腹を真一文字に切り裂いていた。
「く……」
俺は思わずうめき声をあげるが、実際は痛みはほとんど感じていなかった。きっとこれがモンスター化したからであろうか、いわゆるダメージ的なものはほとんど食らってはいなかった。しかし腹を切られて冷静でいられるほど、俺の精神はモンスターに染まってはいない。
中身はアイソトープの俺なのだ。血を見るだけで失神しそう。
血が流れる腹を押さえているうちに、ボジャットはまた距離を取っている。
「やはり、固いな」
それが俺のことを言っているとは、気づかなかった。防御力的なことだろう。
俺は腹を見ると、すでに切り傷からは血が流れてはいなかった。さすがモンスターである。この体には【自己回復】のスキルでもあるのだろうか?
「なぜ攻撃してこない? 余裕を見せているのか……?」
ボジャットはほとんど攻撃が効いていないとわかり、独り言ちた。その目には恐怖の二文字が現れているようだった。
俺はなんだか申し訳なく思う。多分、ボジャットでは俺を倒すことはできないと気づいてしまったから。
人間とモンスターのレベル差は、俺が思っていた以上に歴然とした差がある。きっとそのことに気づいたのだろうか、ボジャットはもう一段、構えを低くする。
「しかし、私とて、このままやられるわけにはいかんのだ」
空気が変わった。
さっき一瞬だけボジャットの目に浮かんだ「恐怖」という感覚が消え去っている。そして代わりに「覚悟」の二文字が現れたようだった。
「アレアレア護衛団団長の誇りにかけて!」
ボジャットからオーラが舞い上がるのを感じる。
モンスターになって五感までも研ぎ澄まされている俺は、ボジャットが何をしようとしているのか察してしまう。
――やばい!
ボジャットが捨て身の攻撃を繰り出すつもりだ。
己が命を賭して、俺を倒す気でいる!
「や……!」
俺は思わずボジャットに「やめろ」と声をかけようとしてしまうが、ぐっと言葉をのみ込む。
この焦燥は、自分の死の危険を感じているからではない。
ボジャットが自分の命を懸けた攻撃でも、俺が倒されることは決してないと知っているからだ。このままではボジャットが無駄死にしてしまうだけ。
ボジャットから莫大なオーラが放出され、それが剣に集まっていくのが見える。
オーラとは生命の源である。あんなにオーラを出せば、体はボロボロになるのは火を見るより明らかだ。
「これで終わりにしようか!」
ボジャットが叫ぶ。
終わりにするのは、俺のことか。それともボジャットの命か――。
ボジャットが大地を蹴り、一直線に俺へと向かってきた刹那、すべては決着した。
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