異世界ハローワークの食卓では、来週アレアレアの魔法使いスネークさんに勇者が会いにくる話で盛り上がっていた。
「スネークさん、勇者のパーティーにもいたことがあるんですってね。その縁ですかね?」
「勇者の、パーティー……」
俺がシャルムに確認すると、隣でシリウスがまたぼそっと呟いた。
疲れすぎてさっきから動かないが、意識だけはあるみたいだ。なぜか俺の言うことを幽鬼のように繰り返している。
今はそっとしといてやろう。
「そうよ。ま、ひとつ先代の勇者だけどね。一応、今の勇者からしたらレジェンドみたいな人物になるんじゃないの、あの爺さんは」
「すごーい! 勇者のパーティーにいた魔法使いに会ったんだ、ケンタさん!」
カリンがいちいち派手に驚いてくれるので、俺もつい舌が乗ってしまう。
「で、シャルムはその大魔法使いに魔法を教えてもらったって本当ですか?」
その件を振ると、シャルムは露骨に視線を逸らした。
まるで誰にも知られたくなかったかのように、眉間にしわを寄せたのを俺は見逃さなかった。
「そうなんですか? シャルムさんもすごーい!」
驚いてばかりのカリンである。こいつだけは訓練の後も疲れを知らないようだ。
「……口の軽い爺さんね。昔の話よ」
と、シャルムはワインを口に含んで、そのまま黙ってしまった。
やっぱりシャルムは自分のことを語りたがらない。
スネークさんには嫌われてるからって言われたけど、そんなこともなくこれがシャルムの通常運転なんだよなぁ。
俺もそれ以上、詳しいことは聞くことができず、自然とカリンが話し相手になる。
「ところで勇者さんは、何しにスネークさんに会いにアレアレアにいらっしゃるんでしょう? ラの国には危険なモンスターでも出たのかしら?」
カリンが首をかしげながら、不吉なことを言う。
俺たちアイソトープもモンスターを引き寄せてしまう体質だが、勇者なんて奴らは魔王を引き付けるような存在ではないか。
「それは厄介だな。アレアレアの町は勇者歓迎のパレードをするって言ってたけど、そんなに呑気なことでいいんだろうか?」
アレアレアの町は四方が壁に覆われていて安全とはいうが、魔王軍なんかに攻められても大丈夫なのだろうか。
そもそもこのラの国は辺境の国で魔王の影響が少なく、モンスター自体も少ない安全な地域なのだ。勇者みたいな厄介な火種をわざわざ迎えるなんて、平和ボケしてるんじゃないか?
「勇者を狙って魔王までやってくるってこと? ケンタくん、考えすぎ!」
俺の危惧するところをズバリと言い当ててバカにしてくるカリン。
「だってそうだろ? 魔王は勇者を倒したいんだろうし、アレアレアに大軍を送り込んでくる可能性だってあるじゃないか。予告までしてパレードなんかしてる場合じゃないよ。危機管理なってないぜ?」
考えれば考えるほど、勇者なんて災いを運ぶろくでもない存在にしか思えない。
逆に考えると、そこまでしてなぜこの辺境の国に勇者がやってくるのかってことだ。スネークさんに会う目的はなんなのだろう?
「もう、ケンタくんはネガティブなんだから。シリウスくんもそう思うでしょ?」
さっきからゾンビのようなシリウスに、カリンが話を振る。
「パレードに行けば、勇者に会えるんですかね……?」
ぽつりとシリウスがひとりごちる。
「そりゃパレードなんだから、勇者が神輿にでも担がれて行進するんじゃないの? それをみんなが手や旗を振って歓迎するんじゃないの? 屋台が出て、花火なんかもあがっちゃったりして」
カリンは日本のお祭りを想像しているのだろうか?
ふんどし姿の男衆に神輿に担がれる勇者を想像すると、少し笑える。
「そんなところをモンスターに襲われでもしてみ。大惨事だぜ?」
「でも、勇者なんてVIP扱いでしょ? 警備体制も万全でしょうし、魔王もそんなところを狙って攻めるほど余裕もないんじゃない?」
「わざわざ町が壁で囲まれてるアレアレアで勇者と戦うより、もっと隙があるところを狙ったほうがいいのは確かだけどさ。でも、裏の裏をかくっていう考えもあるし……」
「裏の裏の裏まで考えて行動するかしら?」
「だから、君子危うきに近寄らずって言うだろ? しばらくはアレアレアに近寄らないほうがいいってことだよ」
お祭り騒ぎが一転、というのはよくある話だ。油断して浮かれるときが一番危ないのだ。
「確かに今の私たちがモンスターに出会ったら、いいことはないわよね」
「そういうこと。俺もさっき死にかけたんだからさ?」
俺とカリンは二人で頷きながら、アレアレアの勇者パレードの危険性について語り合っていた。
このダジュームに来て、勇者と魔王という存在に興味があることは確かだ。
だが、俺的にはできるだけ関わりたくはない渦中の存在なわけで。
この平和なラの国にいる以上、勇者にはずっと雲の上の存在でいてもらおう。近場で戦禍を交えられたらたまったもんじゃないよ。
俺はしばらくは薪拾いに精を出そう。うん、そうしよう。
すると、椅子をガタンと倒しながら、急にシリウスが立ち上がった。
「……どうした、シリウス?」
さっきまで疲れ切って死にそうだったのに。トイレか?
「……行きましょう! アレアレアに!」
シリウスが、まさかの言葉を発した。
これには全員が視線を集中させる。
「お、お前、何言ってんの? 話、聞いてた?」
なぜか生き返ったシリウスの方に手を置き、落ち着かせる。
きっと疲れすぎてまともな思考ができないんだろう。かわいそうに。そうだよな、毎日ドSのシャルムにしごかれてるんだからな。
「もちろん、一言一句漏らさずに聞いてましたよ。来週、アレアレアに住んでいる魔法使いスネーク氏に会いに、勇者が来るんですよね? それで町を上げて歓迎パレードが開かれるって?」
シリウスはちゃんと話を聞いていたようだ。
「そ、そうなんだけど。勇者を見に行って、モンスターに襲われたらいやだなあってことを言ってんの、俺たちは! これは危機管理の問題だから」
「モンスターの話はどうでもいいんですよ。勇者に会えるんですよね、パレードに行けば?」
シリウスは目をらんらんと輝かせている。
話の肝心なところは聞いていないらしい。
「まあ、会えるっていえば会えるんだろうけど……」
「じゃあ行くしかないじゃないですか! 勇者に会えるチャンスなんて、そうありませんから!」
さっきまでの疲れは吹っ飛んだかのように、ぐぐっと拳を握るシリウスである。
このシリウス、転生して来てから過酷な戦闘訓練を受けているのも、ひとえにモンスターと戦ってこのダジュームの助けになるようなジョブに就きたいと考えているからである。
その戦闘ジョブの最高峰が、勇者のパーティーに入って魔王と戦うことなのだが……。
「勇者に会って、どうする気なんだ?」
「この目で勇者を見ておくのは、これからの訓練のためにもなるはずです。勇者のパーティーに入ることが僕の目標ですからね」
シリウスは迷いのないピュアな目で、宣言した。
俺にとっては迷惑な存在である勇者が、シリウスにとっては憧れの大スターなのである。
「さすがシリウスくん、目標は高いほうがいいからね!」
カリンもシリウスの言うことを真に受けている。
「そうですよ。みんなで勇者のパレードを見に行きましょう!」
「賛成賛成! ケンタくんも行くでしょ?」
すっかり盛り上がる二人を見て、俺は嘆息をつく。
「絶対行かねえよ! カリンもさっき、危険だって言ってただろうが!」
「だってシリウスくんが行きたがってるし、大丈夫だよ! アレアレアには護衛団もいるし、なんってったって勇者の近くにいるほうが安全じゃない? このダジュームで一番強い人なんだもん! モンスターが来ても戦ってくれるじゃん」
カリンも完全にパレード見学に行く気になってしまった
「シャルムもなんか言ってくれよ! 勇者を見に行くなんて危険すぎるだろ?」
俺はすかさずシャルムに助けを求める。
俺たちアイソトープが無力なことは、訓練をしているシャルムが一番分かっているところだ。万が一、パレードをモンスターに襲撃されたら、なんのスキルもない俺たちは一瞬で死んでしまうだろう。
まだダジュームに来て一か月、訓練でこんなにも疲れ切っているシリウスでさえまだまだモンスターと戦うレベルに達しているとは思えない。
俺の見立てでは、あのスマイルさんにも到底レベルが達していないだろう。
シャルムならこの二人の軽い気持ちを叱咤して、気を引き締めてくれるはずだ。
「いいんじゃない? 三人で行ってきたら? 訓練は休みにしてあげるから」
「ええ! まさかの推進派?」
シャルムは俺の心配をよそに、パレード行きを許可してくる。
しかも訓練まで休みにするって、予想外の優しさ! ドSらしからぬ思いやり!
「ちょっと待ってくださいよ。勇者に会うなんて、危険でしょ? モンスターに襲われたらどうするんですか?」
「そんなこと言ってたらダジュームでは生きていけないわよ。あなたもいつまでも誰かに守ってもらえるなんて考えてたら大間違いよ?」
シャルムはさっき俺がスマイルさんに助けられたことを言っているのだろう。
「もし本当にモンスターが勇者を狙って攻めてきたらどうすんですか!」
俺はモンスターと戦えるような力もないし、戦う気もないわけで。
避けられる災いは全力で避けていくのが俺の草食系アイソトープとしての矜持である。進んで火中の栗を拾うのは、俺らしくないでしょ?
「いい機会ね。これは訓練だと思いなさい。三人だけでアレアレアに行って、勇者のパレードを見てくること! 何も起こらなければ観光して帰ってくればいいし、万が一にでもモンスターに襲われたら各自対処すること!」
「はい! 楽しんできます!」
カリンが手を上げて、元気よく返事をする。
おいおい、簡単に考えすぎだって! 遠足気分か!
「あわよくば勇者に面会して、パーティーに入れてもらえるよう直訴するのも……」
シリウスは何やら不穏な独り言をつぶやいている。
クールな見た目によらず、性格は猪突猛進なところがあるシリウスである。こいつはこいつでマジでやりかねないぞ? ミーハーってヤダ!
「来週までにケンタさんの生命保険に加入しとかなくちゃですね!」
ホイップが冗談に思えないようなことを言っている。
俺だけ死ぬ前提? 俺が死んでハローワークが儲かる仕組み? アイソトープ・ロンダリング?
「嫌だ! 俺は勇者のパレードなんて絶対に行きたくない!」
もはや駄々をこねる俺のことはだれも見向きもせず、食事が再開されていた。
さっきまで死に体だったシリウスは勇者に会えると分かって目を輝かせているし、カリンはアレアレアのガイドブック読んでお洒落なカフェを探している。
ホイップは俺の腕で脈を図って健康状態を確認しているし……。生命保険に加入させる気満々だな!
そして一人冷静なのがシャルムである。
このアレアレアへの旅が本当に俺たちの訓練になるのか、それともただの観光になるのか?
完全にモンスター襲撃フラグがビンビンに立ってるんですけど?
これって俺に【危機管理】スキルが付いたってことじゃないんですかね?
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