俺とカリンでラの国の首都へ行くことが決まった。
なんとシャルムの代わりに、ハローワーク協会が主催する国際ハローワーク会議に出席するためであった。
これはダジューム中のハローワーク所長が年に一回集まり、活動の報告と今後の指針について話し合う重要な会議なのだが、そこに俺が所長代理として出席することになり……。
「じゃあ、いってきまーす!」
会議当日、早朝。
ハローワークの事務所まで来てもらったスマイルさんの馬車の前で、カリンが大きな声で挨拶をしている。
大きな麦わら帽子をかぶって、いつもよりちょっとおしゃれなよそ行きの服装をしたカリン。
「行ってらっしゃい。楽しんできなさいな」
シャルムが小さく手を振って見送ってくれる。
「お土産、お願いします」
朝が弱いシリウスも、なんとか部屋か下りてきてくれた。
「……はぁ。いってきます」
テンションの高すぎるカリンとは対称的に、俺は足取りが非常に重い。
「こら、ケンタ。あなた所長代理なんだから、もっとシャキッとしなさい! 私の代わりってことを忘れないでよ」
びしっと俺に注意をするシャルム。
「なんで俺が……」
本来ならばシャルムが出席するのが筋である。ていうかそれが当然のことで、代理を立てるのもおかしいし、それがアイソトープの俺というのも無茶苦茶なのである。
だって俺はハローワークで訓練を受けている側で、いわば客の立場なわけで……。
「ちゃんとスーツ持った? この日のためにわざわざ作ってあげたんだから、会議でかっこ悪いコトしないでよね。ほら、背筋伸ばして!」
バチンと俺の背中を叩くシャルム。
隣ではカリンがくすっと笑っている。
「大丈夫です、シャルムさん! 私がケンタくんを見張っておきますから!」
「じゃあカリンが代わりに会議に出てくれよ! 俺はそんな大役、考えるだけでも吐き気がしてくる……」
さっき食べた朝ごはんがもうすでに逆流してきそうだ。
わざわざ会議に出るためにスーツまで作られて、俺には余計プレッシャーにしかなっていない。
だって世界中のハローワークの所長が集まるんだぜ? そこに俺みたいなアイソトープが、シャルムの代わりに原稿を読まされるなんて、ああ恐ろしい!
「あなた、男でしょうが! かっこいいとこみせてみなさいよ。ねえ?」
「そうよ。本番は明日のテーマパークなんだから、さっさと終わらせましょう!」
女子二人は気楽なものである。
カリンは明日のダジューム・アドベンチャー・ワールドというテーマパークに行くことしか考えていないようで、このラの国行きが決まってからずっとガイドブックを熟読していた。
今回も旅のしおりを作っているようで、明日はまた分刻みのスケジュールに縛られそうだ。
「そもそも合コンでこんな大事な会議を欠席するって前代未聞ですよ! それでも所長ですか!」
俺は最後の抵抗で、シャルムを糾弾する。
なんとシャルム、合コンと会議がダブルブッキングしたらしく、あろうことか合コンを優先してしまったのだ!
「うるさいわね! 相手グループは屈強な戦士たちなのよ! こんなチャンスはなかなかないのよ! 会議とどっちが大切かなんて、考えるまでもないわよ!」
シャルムはもう完全に開き直っている。
合コンの相手が戦士とか、なんて異世界っぽいんだ! 医者と合コン、みたいなもんなのか?
「絶対、ハローワーク協会の偉い人に言いつけてやるからな!」
俺は捨て台詞をはいて、しぶしぶ馬車に乗り込む。
「そんなことしてみなさい! 帰ってきたら、血を見るわよ!」
決して冗談とは思えないシャルムの一言に、俺は股間が縮み上がる。
なんてハローワーク所長だ! 考えられない!
「じゃ、出発しますよ」
スマイルさんが俺たちの喧騒を見届け、馬車の操縦席から声をかけてくる。
ほんと、朝からすいません……。
「いってきまーす!」
馬車の荷台から身を乗り出し大きく手を振るカリンに、シャルムとシリウスも手を振って見送ってくれる。
「はぁ……。胃が痛い」
馬車はラの国の首都へ向けて出発した。
ここから約五時間の道中である。
俺は胃をさすりながら、小さくなっていくハローワークの事務所を一度だけ振り返った。
もうそこにはシャルムもシリウスもいなかった。はぁ……。
「寝てていいんだぞ。ずっと起きてたら、向こうに着いてから疲れるぞ」
馬車が出発して数分経ち、荷台の反対側でガイドブックを読んでいるカリンに声をかける。
「楽しみで寝てなんかいられないわよ。ケンタくんのほうこそ、会議で居眠りしちゃダメだから今のうちに寝ときなさいよ」
「緊張して寝れないんだよ。俺も原稿を読んでおこう……」
シャルムから託された書類を鞄から取り出す。
どうやらうちのハローワークの状況報告と、今後の活動方針らしい。これを俺が代理として読み上げるのだ。
「知ってる? 今日の宿さ、結構有名なところらしいわよ? ダジュームでも四つ星らしいの、ガイドブックによると」
カリンが嬉しそうに、ガイドブックのページをこちらに見せてくれる。
ダジュームコンチネンタルホテルというところらしく、ダジュームでも有数な高級ホテルチェーンらしい。
「よくシャルムはそんな豪華なホテルを取ってくれたよな。結構高いんじゃないのか?」
「ホテルはハローワーク協会から出てるみたいよ。こんなところに泊まれるなんて、幸せ!」
「なんだよ、シャルムが金を出してくれたんじゃないのかよ」
「そんなこと言わないの! そう簡単に泊まれるホテルじゃないんだから、ラッキーよ! ほら、ご飯も美味しそう!」
カリンは先週からずっとこの調子である。
まあカリンもずっと事務所内で料理訓練とか、時には魔法訓練とか、なかなか外に出る機会は少ないのでテンションが上がるのは仕方がないことだ。
それに異世界ダジュームに一番興味を持っているのはこのカリンなのだ。
元の世界ではお嬢様として育てられてきて、なかなか外の世界には触れられなかったカリン。
こうやって転生してきて、いろいろなものを見たりできるのは彼女にとって新鮮で、興味がわいても仕方がないことだ。
「カリンさ、旅行とかが好きなんだったら、そういうジョブを探せばいいんじゃないか?」
俺はふと、思い付きで言葉を滑らせる。
「そういうジョブって?」
いきなり変なことを言うなと、カリンは目を丸くして聞き返してくる。
「いや、元の世界ではあっただろ。旅行代理店とかさ、ガイドとか? そういうジョブだったら世界中を旅できるんじゃないかなと思っただけだよ」
「なるほど、ガイドか……」
俺の思い付きの発言に、カリンは真剣に考えこんでしまった。
今は料理訓練中のカリンだが、これはパン屋やカフェで働くことを目標にしているゆえであった。
「いや、思い付きで言っただけだから本気にするなよ?」
「……ガイドかぁ」
俺の言葉は耳に届いていないのか、それとも馬車が走る音で聞こえていなかったのか、カリンはもう一度そうつぶやくのであった。
「ま、いっか」
俺は書類に軽く目を通したが、酔いそうになったので目を閉じる。
この一週間、穴が開くほど読み返してきたので、もう内容も暗記しかけている。
五時間近く馬車に揺られた後には、会議に出なければいけないのだ。
考えすぎても緊張するだけなので、少し眠ることにした。
五時間後。
俺たちは時間通り、ラの国の首都に到着した。
「じゃあ、明日の夕方、また迎えに来ますね」
スマイルさんはそう言って、首都の入り口から引き返していった。
「いやぁ、着いたね! ついに!」
ぐっと両手を上げ、長旅で固まった体を伸ばすカリン。
「カリン、お前ずっと寝てたよな?」
「寝てもいいって言ったじゃん? ていうかケンタくんのほうこそ大丈夫?」
かく言う俺は、結局緊張でまったく眠れなかったのだ。
中途半端に資料を読んでいたから、酔ってしまって今も気持ち悪い。
「とりあえず、ホテルにチェックインしようぜ。午後からは会議だし……」
「そうね。ケンタ君はちょっと休んだほうがいいわよ。そんな顔じゃ発表どころじゃないよ」
真っ青になっている俺の顔を指さし、気の毒そうにカリンが言った。
すでに昼前になっており、少し汗ばむような気候の中、俺たちは予約してあるという四つ星のホテルに向かった。
「え? 一部屋だけですか?」
「ハローワーク協会を通じて、ケンタ様の名前で一部屋だけ、です」
ダジュームコンチネンタルホテルのフロントで俺とカリンの名前を告げると、返ってきた返事はそれだった。
「……一部屋だけだってよ?」
俺は気まずそうに、カリンを振り向く。
これは手違いではなく、おそらく最初からシャルムの分の一部屋だけが予約されていたのだろう。
そこにシャルムが無理やりカリンを誘ったわけだから、二部屋は用意されていなかったとみえる。
「どうするって?」
カリンはのん気に首をかしげる。
聞いてた? 俺とカリン、二人で一部屋なんだぞ?
「もう一部屋取れませんか? 俺たち、二人なんで」
「申し訳ございません。本日は満室になっておりまして」
眉を下げながら、フロントの女性は頭を下げる。
「ほかのホテルを探すか? さすがに同じ部屋は……」
俺とカリンが同じ部屋に泊まるのはどうかと思い、提案する。
普段は一つ屋根の下で暮らしているとはいえ、同じ部屋で年ごろの男女が一泊するのはさすがに難しい。
難しいというか、俺的にもさらに緊張と恥ずかしさと、なんだか胸の奥のドキドキが止まらなくなってしまう。
「本日は各地で会議や催しが多く行われていまして、どこのホテルも満室だとお聞きしていますよ」
にっこりとフロントの女性が、俺たちには有益ではない情報を教えてくれる。
「そうなんですか?」
「今週はいろんな会議が行われる会議ウィークでして、各国から来客が多くなってるんですよ」
会議の日程とかってよく固まるんだよな。それはダジュームでも同じなのか。
「ご用意しているお部屋はセミダブルのベッドになっておりますので、お二人でお泊りにもなれると思いますよ」
「そ、そういう問題じゃなくって……」
さすがにそれはいけない!
俺は言葉を濁しつつ、もうカリンの顔を見ることができなくなっている。
あれ、俺なんか意識しまくってるじゃん?
「じゃあ、お願いします! こんないいホテル泊まれることなんかないんだから、断る理由なんてないでしょ!」
俺があたふたしていると、カリンが勝手に承諾してしまった。
「ではここにサインを」
「ちょ、カリン! いいのか?」
ペンを持ってサインを書こうとするカリンに、俺は口をはさむ。
俺と二人で、一つの部屋に泊まるんですよ?
「いいじゃない、別に。野宿するよりはましでしょ!」
カリンはすらすらっと「カリン・シラサギ」とサインする。
「では、お部屋ご案内します」
俺たちの荷物を、ベルボーイらしき青年が持ち、階段のほうへと向かった。
「ほら、行くわよ。ケンタくんはこれからが忙しいんだからね!」
あたふたと戸惑う俺を残し、カリンもベルボーイについていく。
「え、マジで? ちょっと、いいの?」
ただでさえ会議のことで頭がいっぱいなのに、それ以上の緊張案件が発生してしまった。
どうやら俺は今夜、カリンと同じ部屋、同じベッドで泊まることになったらしい!
健全な少年少女として、俺は暴走せずに朝を迎えられるんでしょうか?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!