「さすがに落ち込んでたなぁ」
いつもの裏山で薪となる枯れ木を拾いながら、シリウスのことを考えていた。
毎日シャルムと魔法が使えるようになるための訓練を受けてきたシリウスだったが、その【魔法】スキルが目覚める兆候は一切なく、訓練自体が打ち切られることになったのだ。
シリウスには【魔法】スキルの才能はない、というシャルムの判断らしい。
才能がなければいくら訓練をしても【魔法】スキルは覚醒しない。
魔法を使えるようになって戦闘スキルを充実させる気が満々だったシリウスにとって、これは大きな躓きであり挫折だったに違いない。
そんな矢先のカリンである。
「アイソトープがそんなに簡単に魔法を使えるようになっちゃダメだろうが……」
シャルムやホイップ曰く、アイソトープが魔法を使えるようになること自体が稀なことで、それは元からある才能によるらしかったのだ。
【魔法】の才能がなければいくら訓練を積んでも魔法は使えないのだが、その逆があのカリンの例である。
カリンは訓練をまったく受けていないのに、才能だけで【魔法】スキルを発現してしまったのだ。いとも簡単に、しかも戦闘のためではなくオーブンに火をつけるために……。
俺も自分の腕に付けている腕輪、補助魔道具をちらっと見る。
「もしかしたら俺も意外と……」
さっきカリンがやっていたように腕を振り上げ、「ファイヤー!」と小声で唱えてみた。
……が、何も起きずに、静かに腕をポケットに突っ込んだ。
「でるわけないか」
当然である。ちょっと恥ずかしくなって顔が熱くなった。
そもそも俺たちは「魔法を使う」という感覚がまったくない。
シャルム曰く、魔法を使うには「体の中のオーラを一転に集中し、外に放つ」らしいのだが、そのオーラという概念がなんなのかすら理解ができない。
ダジュームの住人にとってはこれが当たり前のことで、たとえば俺たちが自転車に乗る、みたいな感覚でできるらしい。
で、この腕輪がオーラを集めるのを補助する魔具なのだ。アイソトープが魔法を使うための補助具、いわば自転車でいう補助輪だ。
カリンが魔法を使えるようになったのも特別な魔法訓練を受けたわけではなく、ホイップが魔法を唱えているのを見て真似したらできたのだという。
「才能って、そういうことなのかな……」
かつてこのダジュームに転生してきて、強力な戦闘スキルに目覚めて魔王から世界を救ったアイソトープもいたらしい。
名を、ウハネといい、今でも救世主として人々に崇められているという。まさに彼こそが、才能の塊と言えるだろう。
しかし、シリウスにとってはショックだっただろう。
「ホイップも言ってたけど、戦闘スキルだけがすべてじゃないんだけどな」
競争しているわけではないが、才能という先天的なもので一気に追い抜かれたようなものだ。
シリウスが必死で訓練しても身に着かなかった【魔法】スキルを、カリンがあんなにも簡単に使うんだからな。
帰ったら励ましてやろう。綺麗なお花でも摘んでいってあげよう。
「俺は、生活スキルでスローライフできれば十分だよ」
つぶやきながら、また木の枝を背中のキャリーに乗せる。
ふと空を見上げると、そろそろ太陽が真上に差し掛かっている。
今日はいつもより気温が上がっており、元の世界ならば初夏といった季節だろうか。
不思議なもので、このダジュームという異世界も太陽と月があり、空と海があり、四季があり、朝と昼と晩があり、一年単位の暦がある。
こうやって普通に生活するには、元の世界と変わりがないのだ。モンスターや魔法なんて概念がなければ、なんら不自由ない。地球で生活するのと変わりはない。
「俺、本当に死んだのかなぁ?」
まだ夢の中、もしくは壮大なドッキリ?
初めのころはそうも思えたが、期待するのは諦めた。
俺がこのダジュームという異世界で生きている「今」は、まぎれもない事実なのだから。
「さ、そろそろカリンが作ったパンで昼食にするか」
一人で薪拾いをしていると独り言が増えるのは、寂しいからである。
それにいつモンスターが出てきてもいいように、自分に気合を入れるためでもあった。常にスイッチを入れておくための、俺なりの対処法である。ただの心配性で寂しがり屋と言われれば、そのとおりだ。
木陰になる場所を探していたら、ふと見覚えのある木が。
そこはちょうどカリンが転生してきた場所だった。
「なんで俺は変態扱いされて石をぶつけられたんだろうな……」
そっとおでこを触る。もうたんこぶはひっこんでいるし、傷も残らなかったのは幸いである。あのときはまさかカリンが真っ先に魔法を使えるようになるは夢にも見なかったわけで。
俺はその木の根元に腰掛け、腰にぶら下げたバッグからパンを取り出しかぶりついた。
「うん、うまい!」
形は悪いが、味は上出来である。カリンは【料理】スキルも上達しているみたいだ。
「これならカリンはすぐにでも街のパン屋で働けるんじゃないのか?」
この世界には【パン屋】スキルというものがあるのだろうか? まあシャルムが認めれば、そういうジョブをカリンに斡旋してくれるのだろう。
「あいつは魔法も使えるし、ダジュームでも生きていけるだろうな」
カリンが作ってくれたパンを食べながら、それが良いことなのか悪いことなのか、しみじみ考える。
元の世界では大富豪のお嬢様だったカリンが、この異世界に来て生き生きとしているのを見て、俺もがんばらなくてはいけないと気を引き締める。
俺は、どんなジョブを与えられて生きていくのだろうか。
空を見上げると、青空に白い雲がゆっくり流れている。
これまで生きてきて何度も見た風景が、この二度目の人生でも変わりなく見られることに俺は少し安心した。
「ただいまー」
今日も背中のキャリーに山ほどの薪を背負い、事務所に戻ってきた。
帰宅を知らせようと扉を開けるが、リビングとキッチンには誰もいなかった。
いつもならホイップとカリンが夕食の準備をしているのだが、今日はまだ支度はしていないようだった。美味しそうな香りがしないことからも分かる。
シリウスはまだ部屋で休息中だろうか。シャルムも出張から帰ってきていないようだ。
とりあえず外に出て、事務所の隣の倉庫に薪を運び入れることにした。
毎日拾ってくる薪の量は日々増えている。
それは今朝ホイップが言っていたように、俺の体力が強化されているのも大きな理由だろう。
これも経験が積み重なり、一歩一歩ダジュームでの生活に順応しているのだと思いたい。【薪拾い】がどんなジョブの役に立つのかは知らないが……。
倉庫のドアを開け、薪を運び入れようとしたときだった。
「うあー!」
「ぎゃ!」
少し開けた扉の隙間から、ホイップがピャランと飛び出してきた。
俺は驚き、思わず薪を地面にまき散らす。
「なんだよ、ホイップ! 倉庫で何をしてたんだ?」
「あれ? ケンタさん、カリンさんは?」
ぴらぴらと羽を羽ばたかせながら、あたりを見渡すホイップ。
「知らないよ。お前と一緒に料理訓練だったんだろ、今日は」
「それはそうですけど。もしかして?」
「……どういうことだ?」
キョロキョロしていたホイップの表情が一瞬、固まった。
「あのですね、今日の夕食に使う予定だったホーラン草がなくなっちゃって、それで裏山に生えてるって言ったらカリンさんが採りにいくと言って……」
説明するホイップが両手を大げさに開いたり閉じたり、余裕がなくなってきたのがよく分かる。
「それで、カリン一人で裏山に行ったのか?」
「はい。ケンタさんと合流すると言っていたので、私はてっきり……」
ホイップが言いにくそうに、そしてどこか上の空になっている。
「今日の午後はカリンにはまったく会ってないぞ。まさか裏山で迷ってるんじゃ……?」
俺は裏山のほうを振り返る。
ここから裏山へは一本道だが、いったん山に入ると道なき道が無数に枝分かれしており、初めてでは迷ってしまいがちなのだ。
慎重すぎる俺は最初のころは木に紐を結んで、帰り道の目印にしていたくらいなのだ。
それにもうすぐ日も暮れてくる。
夜になると夜行性のキラーグリズリーが行動し始める!
「どうしたんですか!」
ふと頭上から声がかけられる。事務所の二階の窓から、シリウスが顔を出していた。
「シリウス! カリンが一人で裏山に行ったみたいなんだ! 俺はこれから探しにいってくる!」
拾ってきた薪も地面に置きっぱなしに、俺は武器を取りに事務所へ入った。するとシリウスが階段を下りてくる。
「僕も行きます!」
二人で武器庫へ入り、俺は小さな鉄製の盾と、ボウガンを手に取る。
前回の訓練みたいに防御全振りの装備をするつもりはなかった。
まともにキラーグリズリーと戦うつもりはない。勝てるはずもないし、出会ったら逃げることを考えるべきなのだ。武器はただの威嚇用だ。
もしカリンがすでにキラーグリズリーに……。
「大丈夫だ。大丈夫」
自分で自分に言い聞かせる。少し頭がふらっとするが、急がなくてはいけない。
いつもは最悪のことを考えて生きてきたのに、今は考えない。絶対に。
「シリウス、行くぞ!」
「はい!」
最初の訓練と違い、今度はシリウスがバスタードソードを抱え、俺と一緒に事務所を飛び出した。
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