午後2時07分 スネーク宅
「ちょっと待って。あなたたち、勇者を疑ってるの?」
ミネルバがひそめていた声を荒らげ、シリウスに迫る。
「疑っているというか、可能性の問題ですよ」
シリウスもさっき会ったばかりのミネルバに忖度することもなく言い返す。
同じ異世界ハローワークを卒業した先輩アイソトープであることに、遠慮はないようだ。
「勇者がスネークさんを狙う理由がないでしょ? あんなことをするために、面会をドタキャンしたって言いたいわけ?」
ミネルバが今も救出作業が続くスネークの家を指さす。
その目はじっとシリウスを睨んだままだ。
アイソトープといえど、俺たちよりも長くダジュームに暮らすミネルバにとって勇者はすでに大きな存在なのだろう。
ましてやパレードを見たがっていたミネルバからしたら、勇者を疑うことなどできないはずだ。
「何が狙いかは分かりませんよ。でも、タイミングが良すぎませんか?」
「そういうの、ゲスの勘繰りっていうのよ? 勇者のことは何も知らないくせに」
「じゃあミネルバさんは、シャルムさんを疑ってるんですか?」
「そうよ」
シリウスの仕掛けに、ミネルバはあっさりと肯定した。
「ミネルバさん、シャルムさんにお世話になったんでしょう? そんなこと……」
黙っていられないというふうに、カリンが悲痛な声をあげる。
ミネルバは俺たちと同じ異世界ハローワーク出身のアイソトープなのだ。シャルムに世話になり、こうやって今はジョブに就いているのに、なぜ?
雑用しかさせられていない俺でも、ある程度シャルムには恩義を感じているのに。
「道を開けろ!」
そのときであった。
焼けただれた家から、ついに護衛団が出てきた。
「スネークさん!」
犯人捜しで雰囲気が最悪になりそうになっていた俺たちは、再び人混みをかきわけてスネークの家に近づく。
そして俺たちが目にしたのは――。
「スネーク……さん?」
担架で運ばれてくきたのは、丸焦げになって一目では判別がつかない人のようなものだった。
かろうじて焼け残って顔に残る髭が、スネークさんであることの証明だった。
だが誰がどう見ても、生きていないことだけははっきり分かった。
周囲のやじ馬から聞こえる嗚咽にも似た叫び声と鳴き声が、俺たちの耳を揺さぶった。
大魔法使いスネークは、死んだ。
アレアレアの町は閉鎖された。
戒厳令が敷かれ、住人たちは自宅からの外出は禁止され、パレードを見るためにやってきた旅行者たちはいくつかの施設に集められ、厳重な身元調査を強いられることになった。
もちろん町外からやってきた俺たちも例外なく、中央広場の近くの講堂に閉じ込められ、入町の際に提示した身分証を執拗に確認された。
アイソトープであることで変な疑いを持たれるかと心配したが、それはむしろ逆で、アイソトープであるということが国の指定を受けて身分がしっかりしていると判断された。
俺たち三人とも、シャルムの異世界ハローワークの訓練生という強力な身分に助けられたのだ。
大きな講堂は、俺たちの感覚でいう体育館で、集められた旅行者は床にそのまま座って待機させられていた。
俺たち三人は車座になって腰を下ろし、いつ帰れるか分からないまま、ただ過ぎる時間に身を任せていた。
「ミネルバさん、大丈夫かな?」
カリンがぽつりとつぶやいた。
「大丈夫だろ? だって旦那さんが護衛団の団長だろ?」
「そういう意味じゃなくって……」
カリンがもごもごと顔を伏せる。
「どういう意味だよ?」
「シャルムさんのこと、あんまりよく思ってないみたいだったね」
それは俺も感じたことだ。
俺たち三人は、この一連の事件にシャルムが関わっていないと半ば信じ込むようにしている。
転生してきた俺たちを保護してくれた命の恩人でもあるし、厳しい訓練だって俺たちの独立のためだということは、それなりに理解しているからだ。
だが卒業生であるミネルバが、シャルムに対して感謝するどころか犯人扱いしているところがあるのだ。
「魔法のことはよく分からないけど、あれだけでシャルムさんが犯人だなんて断定されないよね?」
三人の中で唯一魔法を使えるカリンが心配そうに言う。
「わかんないよ。でも……、俺が見たシャルムに似た女性の姿も、偶然には思えない」
本当にこの町にシャルムが来ているのだろうか?
すべてが憶測ではっきりしないことが、俺たちを不安にさせているのだ。
もちろん、護衛団からの説明は一切ない。スネークさんが殺されたことも発表されておらず、ここに集められた人たちもまったく事情が分かっていない人のほうが多かった。
「こういうときこそ、勇者がなんとかしてくれるものじゃないの?」
「もとはといえば、勇者がアレアレアに来たからこんなことになったんだよ。だから俺はこんなとこに来たくなかったんだ……」
勇者のいるところに災いあり。
楽しいアレアレア観光のはずが、なぜか今はこんなところに閉じ込められている。
それに、スネークさんが亡くなってしまったのだ。
俺は一度しか会ったことがないが、この悲しみと後悔は隠そうにも隠しきれない。
そっと、スネークさんにもらった白い腕輪を触る。
まさか、こんなことになるとは……!
「……ところで結界はどうなったんでしょうか? スネークさんが亡くなられたということは、今は空からモンスターが入り放題ということじゃ?」
ずっと膝を抱えたまま黙っていたシリウスが、ふと天井を見上げながら小声でささやく。
「そうだ、もし結界がなくなっていたとしたら?」
「モンスターが襲撃してくる?」
俺とカリンは顔を見合わせる。
これがスネークさん殺害を狙った犯人の本当の目的だとしたら……?
アレアレアの町の中にモンスターが襲ってくる!
「君たち、ちょっといいか?」
俺がずっと危惧していた惨劇が現実のものとなりそうな予感がしたとき、ふと声をかけられた。
振り向くと、護衛団の人物だった。
どこか見覚えがある、とも思ったら。
「ミネルバさんの?」
いち早く、カリンが気づく。
「アレアレア護衛団団長、ボジャットだ。そのことで話がある」
ガタイのいい男が、表情を一切崩さず、俺たちの前に立っていた。
年齢は30を過ぎたあたりだろうか、この若さで団長とは実力が認められてのものだろうが、厳格すぎてとっつきにくい感じがした。
なによりあのミネルバの旦那とは、信じられない。
「来てくれ」
俺たち三人はボジャットに個室に連れていかれた。
「シャルムを探せって? 俺たちがですか?」
まるで警察の取調室のような小さな部屋に連れていかれた俺たちは、ボジャットから衝撃的な依頼を受けた。
「ああ。この一見にシャルムが関わっていることは確実と我々も見ている」
「そんな! シャルムさんが……?」
カリンが悲痛な声を漏らす。
「実はシャルムがこの町に入ってきた証拠がある。堂々と、門から身分証で入町してきているんだ」
「本当ですか?」
紙に書かれた文章を読んでいるかのように、ボジャットは感情のない声で淡々と喋る。
「本当にシャルムがアレアレアに?」
「この町に入るには、門で身分証を提示しなければ入れないことは知っているだろう? 今日の午前中、シャルム・ヴァイパーがアレアレアに入ったことは記録に残っているのだ」
動かすことのできない事実を突きつけられた俺たちは言葉をなくす。
やはりあのとき、俺が見たのはシャルムだったのか!
「彼女のことは、アレアレアでも有名だ。スネーク氏の弟子ということも、よく知れ渡っている。それにあの紫色の魔法は、シャルムが得意にしていた魔法である以上、我々も調べなくてはならない」
「ボジャットさんも、シャルムさんが犯人だと疑ってるんですか?」
カリンが反発するように、食いかかる。
「誰も犯人とは言っていない。……ミネルバからは聞いている。ここに来て、一か月ほどだって?」
ここ、というのはダジュームのことだろう。
「そうです。ミネルバさんから聞いてるんなら、話が早いです。俺たちもなにがなんだか分かってないんです。説明してもらわなきゃ、シャルムを探す以前の問題です!」
俺がカリンに変わって話を受け継ぐ。
すべてが想像の域を脱していない中で、何者かによってスネークさんが殺されたのだ。
その犯人がシャルムだなんて……。
「もちろんだ。我々はお願いする立場だからな」
ボジャットが仕切り直すように、椅子に座り直す。さっきから背筋が伸びたままの姿勢で、こちらも気が抜けない。
「まず、さっき君たちが気にしていた結界の件。今も町の上空の結界は生きている」
腕を組み、断定するボジャット。
「え? でも、スネークさんは?」
「ああ。スネーク氏は亡くなられた。だが、結界は生きている。これは事実だ」
「魔法はかけた本人が死ぬと解除されるんじゃなかったんですか?」
確かこれはシャルムが言っていた話だ。ミネルバも同じことを言っていたので、ダジュームにおける一般的な摂理だと思っていた。
「本来ならそのはずだ。だが、事実としてスネーク氏は死に、しかし結界は生きている。これは我々も真っ先に確認したので間違いがないのだ」
これにはボジャットのほうが信じられないというように、一度目を閉じた。
これはどういうことだろうかと考える間もなく、ボジャットは続ける。
「次に……、スネーク氏とシャルムが師弟関係だったということは聞いているな?」
「一応……」
ボジャットが確認するように俺たちを見渡すので、頷く。
「スネーク氏が前勇者のパーティーに入ることとなり、二人は袂を分かつことになった。そのときのことが原因で、シャルムにはスネーク氏を殺す動機はあるのだ」
シャルムにスネークを殺す動機?
衝撃の言葉に、俺たちは顔を見合わせる。
「ちょっと待ってください! 話が飛躍しすぎですよ? なんでシャルムにスネークさんを殺す動機が……?」
もちろん、そこまでの話は聞いていない。
だが、シャルムがスネークとのことを隠そうとしていたことが、ふと思い出される。
「……本人のいないところで話すのは気が引けるが、仕方ない」
ボジャットが顎を触りながら、シャルムとスネークのことを語り始めた。
午後18時12分。講堂の個室。
すでに窓の外は暗くなり始めていた。
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