勇者クロスの横に置かれた鳥カゴの中にいたのはホイップだった。
モンスターになって五感が発達した俺の視力で、遠くからでもその姿を間違うはずがなかった。俺とペリクルがダジュームに来た目的であり、ずっと会えずにいた妖精ホイップ。
ほっぺたを膨らませてプンスカしている表情が見える。
なぜ勇者と一緒に?
いや、それよりもなぜあんなカゴに入れられて……? まるで勇者に捕まえられたような…。
「まさか……?」
勇者は妖精の森に行くために、ホイップを捕らえたというのか?
ホイップに妖精の森へのゲートを開かそうとして……?
俺は今そこにホイップがいることが信じられず、その意味も計りかねていた。
ホイップは家出した俺を探して、ハローワークを飛び出して以来、行方不明だった。そしてアレアレアで目撃情報が出て、俺とペリクルが向かったのだ。
だけど俺はボジャットさんに捕まって、勇者の元へ輸送されていた。そして勇者のところへやってきたら、そこにホイップがいたのだ。
「どうなってんだ……?」
しかしホイップを見つけたことは事実である。
やはりここは勇者たちと接触するしかない。それにホイップがいたって、妖精の森には入れるわけがないのだから。
「こんなことならペリクルも連れてくるべきだったよ」
なにしろホイップに一番会いたがっているのはペリクルだ。ペリクルにとって、ホイップは妖精の森での育ての親なのだから。
形はどうあれ、勇者パーティーの中に二人知り合いがいることで話し合いに持ち込める確率は上がったかもしれない。
こんな姿ではあるが、ボジャットからも連絡がいってるはずだ。シリウスとホイップがいればいきなり攻撃もされないだろう。
すうっと、地上に降りる。足が砂浜に沈む感触を得て、勇者の元へ歩いて向かう。
最初に気づいたのは、祈祷師メサだった。
黒いローブをまとっており、頭からフードをかぶり口元も布で覆っている。表情は読めないが、鋭い視線が俺に向けられた。
同時に、クロスとサラメットも俺のほうを向く。少し遅れて、シリウスも。
俺は敵意がないことを示そうと、両手を上げて近づき、そして叫んだ。
「俺です! ケンタです!」
俺ケンタがデーモン姿になっていることはボジャットから聞いてるはずだったが、勇者パーティーは武器を取り、陣形を整える。
全員、モンスターに遭遇した時の緊張感をはらませる。クロスはとっさに腰の剣を抜き、サラメットとメサは後方に下がる。そして大きなバスタードソードを持ったシリウスが慌てて最前列に飛び出してきた。
「ケ、ケンタさん……」
シリウスは小さく、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
その目は恐怖の中に、懐かしさが見えたのは俺だけだろうか。
数か月ぶりの再会が、まさかこんな状況になってしまったことは申し訳なく思う。
「戦う気はありませんから! ボジャットさんから聞いてるでしょ!」
俺は戦うつもりがないことを告げるも、クロスは剣を下ろさない。
だがシリウスだけは、ちらちらと、俺とクロスを交互に見ていた。どうすればいいのかわからないといったように。
だが鎧を身につけ大きな剣を構えるシリウスの姿を、俺は感慨深く眺めてしまう。
シリウスは勇者パーティーに入る夢が叶ったんだ。
俺と戦うなんて、思ってもいなかっただろう。その戸惑いが、まじまじと見える。
「シリウス、俺だよケンタだよ! わけあってこんな姿だけど、話があるんだ!」
これ以上近づくと勇者たちを刺激しかねないと、いったん立ち止まる。
そのときであった。
「ケンタさん! 助けてくださーい!」
さっきの鳥カゴの中から、俺の名を呼ぶ声。
ホイップだ。
「ホイップ! お前、探してたんだぞ! なんでこんなところに――」
「勇者に捕まったんですよ! 妖精の森へ連れて行けって、むちゃくちゃ言うんですよこの人たち! 私だけじゃどうしようもないって言ってるのに!」
「やっぱりそういうことか……」
勇者は妖精の森に行くために、ホイップを捕まえた。
手段を選ばないってわけか。
「シリウス、行け! モンスターを倒せ!」
今度は勇者クロスが叫んだ。
戦士であるシリウスに先陣を切らそうと急きかける。
「いや、でも……」
シリウスは動けないでいた。俺がケンタだとわかっているのだ。
だけど勇者もそれは承知しているはずなのに、やはり俺を殺したいってわけか?
「クロスさん、話しましょう! そのために俺が運ばれてくるのを待ってたんでしょ? 俺を殺しても意味がないんですって!」
「気安く私の名前を呼ばないでもらおうか。モンスターと話し合うことなど何もない!」
断言するクロスは軽く手を上げた。
すると後ろの魔法使いサラメットが杖を頭上に上げる。祈祷師メサは、いつの間にか手を合わせて何かを詠唱していた。
次の瞬間、俺の目の前が光って視界を奪われた。
同時に全身にバチバチと何かが破裂する感触がする。
魔法の攻撃を受けていた。
だが、膝をつくことも、後ずさることもない。俺はほとんどダメージを受けてはいなかった。
雷の魔法だろうか、皮膚が少しだけ痺れるがかすり傷一つ負っていない。
サラメットの顔が引きつっている。魔法に自信があったのかもしれない。
「シリウス! 何をしているんだ、攻撃しろ!」
クロスも俺がまったくダメージを受けていないことに気づいたのか、焦燥の気配を見せる。
「シリウスさん、ダメですよ! あれはケンタさんですからね!」
「うるさい、妖精! モンスターを殺して何が悪いか! あんな戯れ言に騙されるわけにはいかん!」
「うるさいのはどっちですか! 勇者だからって、何してもいいってわけじゃないですよ!」
クロスとホイップが言い合う。
シリウスは板挟みになって動きが止まっている。
「この人はケンタさんが来たら殺すつもりだったんですよ! ケンタさんも遠慮はいりませんから、どんと戦ってください! そして私を助けてください!」
ホイップが荒っぽいことを言う。
やはりクロスは俺がケンタだと知った上で、殺そうとしているのだ。そのほうが都合がいいというふうに。
ここから話し合える状況ではなかった。
それは俺がこのモンスターの姿だからというわけではないだろう。俺が俺の姿で現れていたとしても、きっとクロスは俺を殺そうとしたはずだ。それだけは確かだった。
俺のこの【蘇生】スキルを恐れて。
「シリウス! 何をビビっているんだ! モンスターを倒すのが、戦士の仕事だろう! そんなんじゃパーティーから追放するぞ!」
「つ、追放……?」
シリウスの肩が震えた。
あんなに勇者パーティーに入りたくて訓練を積んで、挫折と決意を繰り返してきたシリウスにとって、その勇者の一言は重すぎるものだったろう。
せっかく夢だった勇者パーティーに入って、ダジュームのために戦おうとしているシリウス。
なのに今は、勇者にこき使われているだけで、おれはなんともいえない感情になる。
「シリウス、わかったよ。俺は戦う気はないから、ここは退くから」
俺はこれ以上勇者を刺激するのはよくないと、一歩後ずさる。シリウスも今は勇者パーティーなのだ。俺の存在は歓迎されるものではなかった。
「逃がすな! シリウス! 行けと言っている!」
勇者クロスがシリウスに命令する。
自分では戦おうともせずに、なんて奴だ。俺に敵わないことをわかっているんだろ?
勇者に対して失望しそうになったそのときだった。
「うわぁぁぁ!」
シリウスがバスタードソードを頭上にかかげ、突進してきた。
「シリウス?」
シリウスとて、逆らえなかったのだ。
夢だった勇者パーティー。勇者の命令は絶対なのだ。逆らおうものなら、パーティーからの追放。
シリウスには俺を攻撃するしか道はなかったのだ。
すべては俺がここに現れたことで、シリウスを追い詰めることになった。
「バカ野郎……!」
もう話し合いはできそうになかった。
勇者クロスは俺を殺したい。
それだけで、魔王の協和の希望なんて、まったく受け入れられる余地もなかったんだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!