魔王ベリシャスから俺に与えられた仕事は、ホイップを探すことだった。
これが魔王執事の初仕事になるとは思ってもみなかったが、ホイップの失踪は俺の責任でもあったし、気を落としているペリクルのためにもなることだ。
でも、心配な点がひとつ……。
「だけど、俺が魔王城を出たら危険なんじゃなかったでしたっけ?」
俺はベリシャスを迷子の子猫のような目で見つめる。
今の俺はダジュームジュに指名手配されており、勇者だけじゃなくランゲラク軍にも追われている身である。
外に出た瞬間に捕縛され、殺されてしまうのでは?
「そうだね。勇者はともかく、ランゲラクは世界中に網を張って君のことを探してるだろうから」
ベリシャスもあっさり認める。
魔王であり上司なんだから、そこは部下を何とかしろよと思うが、仕方がない事情も理解しているので強く言えない。ていうか俺も魔王に雇われている立場だしな。
「じゃあダメでしょ」
「だよね」
「だよね、じゃなく」
話にならず、俺は頭をかく。
俺の目の前にいるへらへらした男は本当に魔王なのか? 全体的に軽すぎない?
こんなところ、魔王を尊敬するジェイドやペリクルには絶対に見せられない。
「魔王なんだから、もうちょっとしっかりしてくださいよ! こんな姿、部下に見せられないでしょう!」
「だってケンタはアイソトープだし、正式には部下じゃないし。執事っていうのも名ばかりなんだから。腰かけ役職だよ」
「そんな言い方されると俺もちょっと傷つきますよ……」
だから仕事がほしいのに!
「だからケンタはしばらくまったりしててくれればいいから。まだ魔王城も全部見れていないだろ? 実は隠し部屋があって、別次元と繋がってるんだけど行ってみないか? 帰ってこれる保証はないんだけど」
ぱちんと手を叩いて無茶苦茶な提案をしてくる魔王を、俺はもう無視する。
窓の外を見ると、今日も空は真っ黒な雲に覆われ、雷鳴がぴきぴきと光っている。ここがまさに裏の世界。
俺がこんな異様な場所に匿われている中で、はたしてホップはどこで何をしているのだろう?
魔王城が出れなくとも、何とかホイップを探す方法は……。
「そういえばジェイドって……」
ふと思いついたままにその名を口にしたときだった。
「魔王様……」
部屋の外から小さな声が聞こえた。
ペリクルの声だった。
「む。いかんいかん。魔王モードに戻らねば!」
俺に無視されてふてくされていたベリシャスがすっと背筋を伸ばして立ち上がった。
「ペリクルか。入れ」
さっきまでの軽い感じを取り去って、ひとつ声のトーンも下げている。
一応、魔王としての自覚はあるようで俺は安心した。
「失礼します」
するりとドアから入ってくるペリクルも、さすがに魔王の部屋ということもあり表情が硬かった。
「やあ、ペリクル」
「あんた……!」
俺がいることを確認すると、ギリッと睨まれた。
魔王よりもペリクルのほうがよっぽど怖いんですけど?
「どうした。報告か?」
ベリシャスはベリシャスで腕なんか組んじゃったりなんかして、すっかり魔王モードに入っているらしい。
するとペリクルも部屋に入ってからは空を飛ぶことなく、すたっと跪いて頭を下げる。
「ランゲラク軍に動きがありました」
「え?」
ペリクルの報告に、俺のほうが声を上げてしまう。
確か俺が知るランゲラク軍の最後の動向は、デンドロイの町で勇者たちと対峙していたものだった。一度町の中で戦って以来数日が経っているが、動いたというのか?
「ランゲラク軍はどこへ行ったんだ?」
じっと黙するベリシャスに変わり、俺がペリクルに尋ねる。
なんであんたが身を乗り出してるのよ、と言わんばかりのペリクルだったが、報告を続ける。
「デンドロイの町を離れ、こちらへ戻ってくると考えられます」
「こちらって、魔王城ってこと?」
いちいち俺のほうが肩を震わせながら反応してしまう。
「安心せい、ケンタ。魔王城といってもランゲラクはほとんどこの城に来ることはない。あやつらの軍はここよりずいぶん離れた場所に、己らの住処をもっておるからな。裏の世界は広いのだ」
ベリシャスの口調は、俺に対しても変わっていた。このへんのモードの切り替えはさすが魔王である。
「でも、危なくないですか? ランゲラクも一応は参謀という立場なんだし、俺を見つけるんじゃ?」
ランゲラク軍が人間の世界に滞在していることもあり、ケンタが隠れるのはこの裏の世界にある魔王城が最適だということだった。だがランゲラクが裏の世界に戻ってくるとなると、ニアミスの可能性が高くなるのも必然である。
「うむ……。ケンタの言うことは否定はせん。これまで以上に、この魔王城からは出ないようにするべきではあるな」
「これ以上に引きこもったら、俺はダメな大人になっちゃいますよ! 子供部屋おじさんになんてなりたくない!」
子供部屋おじさんっていうか、魔王城おじさん! 俺の未来が心配!
「……魔王様、ランゲラク様への今後の監視はどういたしましょうか?」
俺のことは無視して、ペリクルは魔王に今後の行動の是非を伺う。
「そうだな。ランゲラクとて、さすが私の目が届くこっちの世界では好き勝手はできんはずだ。それにジェイドもついておるし、しばらくは休んでくれ。一人でご苦労だったな」
魔王の言葉に、ペリクルは恭しく頭を下げる。
「は。失礼いたします」
「いや、ちょっと待ってください! 俺の仕事の件はどうするんですか?」
「おぬしは引き続きこの魔王城で待機しておるがよい」
「いやいや、ホイップを探す件は?」
これには部屋を出ようとしていたペリクルの足が止まった。
「裏の世界にいるほうが危険じゃないですか? だったらダジュームに戻って、ホイップを探しに行きますよ!」
「ランゲラクはいなくなるとはいえ、まだ勇者がおるであろう。おぬしは指名手配されているのだ。ダジュームではすべての人間が敵なのだぞ?」
ベリシャスの言うことはもっともであるが、俺はどちらかというとランゲラクのほうが怖いのである。
ダジュームといえど、俺を狙うのは人間だ。勇者も俺は面識があるし、最悪捕まっても話が通じるのは勇者のほうだ。
俺はまだどこかで信じていたのだ。
勇者クロスは、俺を本気で殺そうとしていないってこと。そして話せばわかるんじゃないかってこと。
「……では、失礼します」
ここでペリクルが魔王の部屋を出た。
俺の話に後ろ髪が引かれる思いであったのだろうが、魔王の部屋に用事も終わって長居することに気が引けたのであろう。
ペリクルが帰ってしばらくすると、ベリシャスもスイッチが切れたみたいで……。
「ペリクルの前でホイップのこと言っちゃダメじゃん! こういうのはこっそり見つけて、喜ばせるのがサプライズじゃないの! ケンタはそういうとこあるよね。女心がわかってないよ」
魔王モードから友だちモードに戻り、ダメ出しをしてくるベリシャス。マジめんどくさい。
「そういう問題じゃないでしょ! で、マジで魔王城よりダジュームのほうが安全なんじゃないですか? ちょうどいいじゃないですか、ホイップを探しに行くには!」
「まあ、それはそうだけどさぁ……」
ベリシャスがどこか切なそうに渋ってくる。
「何か不都合でも?」
「ケンタが行っちゃうと、また私は魔王城に一人じゃん? 遊ぶ相手がいなくなって、暇なんだよなぁ」
「そんな理由で俺を引き留めないでください! ベリシャスさんは魔王の仕事に励んでてくださいよ! それにランゲラクを裏の世界に引き留めてくれてたらいいんです!」
なんて魔王だ。俺のことを遊び相手としか考えていないらしい。
「はぁ。ケンタは厳しいなぁ。わかった。じゃあホイップを探しにいってくれ。だけど、そのままの姿で行ったらすぐに勇者に見つかって無駄死にするからね」
「変装くらいしますよ」
「変装くらいじゃ、すぐバレちゃうよ」
「じゃあどうするんですか?」
「私が【変化】の魔法で、君の姿を変えてあげようじゃないか。それなら安全だ」
「へ?」
ベリシャスが不穏なことを言い出し、さっと俺の顔の前に手を掲げた。
「ちょっと待ってください! 姿を変えるって……?」
「世を忍ぶ仮の姿に変化させてあげるから。じっとしててね。いくよ」
するとベリシャスの手からどす黒いオーラが飛び出し、俺の体を包んだ!
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