「森を離れたご無礼をお許しください。さらに再び迎えていただき、感謝の言葉しかございません」
さっきまで言いたい放題だったペリクルも、さすがにシャクティの前では緊張しているのか、言葉使いも丁寧になっている。
俺もそのペリクルの横に並び、いまだ姿を確認できないシャクティがいるであろう方に向けてとりあえず頭を下げる。
「こちらは、ケンタというアイソトープです」
『よく知っています』
またもぽわんとした声が響く。その出どころは分からない。まるで頭の中に直接届くような、そんな声。
いや、それが声かどうかも分からなくなってきた。俺にだけ聞こえるのか、いや、ペリクルも聞いてるよな?
木の向こう側に隠れているのだろうか。昔の日本でも高貴な方は御簾の裏から顔を見せないのが普通だもんな。
そんな風にシャクティと呼ばれる妖精の姿を想像していると、変化が起こる。
『歓迎します、ケンタ・イザナミよ』
俺の名前がシャクティから呼ばれたときだった。
泉の真ん中から生えている大樹の木の肌が何やらうごめき始めた。下から上へ、波でも打つように盛り上がっていき、一点に集中する。
「な、なんだ?」
そして水面から二メートルあたりの位置から、もりもりと何かが生えてくる。まるで木の中に誰かが入っていて、内側から出てくるように。まるでCGだ。
俺は何が起こっているのか理解できないまま、その大樹の変化を見つめている。
すると木の表面に現れたのは、人の顔だった。人面樹といえばわかりやすいだろうか。
その顔が、まさにこちら側に出てこようとする。その形は頭となり、首、そして肩、両手。木から女性がにょきにょきと生えてきたのだ。
木の中から腰まで出てきたところで変化は止まった。
「シャクティ様」
ペリクルは当たり前のように、その大樹から生えてきた上半身だけの女性に声をかける。
「シャ、シャクティ様?」
木の皮と同じ質感の女性が、徐々にエナメル質のような肌に変わり、やがて完全なヒトの形になった。
大きさはペリクルよりも大きいが、俺たち人間よりかは小さい。妖精のはずだが、背中に羽はない。
だらんとうなだれていた顔がゆっくりと持ちあがると、緑色の長い髪がふわりと浮き上がる。腰より下は木の中に埋まったまま、透き通るような白い肌は何も身につけていない。
『ようこそ、妖精の森へ。』
瞳を閉じたままの妖精シャクティは、俺に向かって耽美に微笑んだ。
『私がこの森を創造し、森を守る始まりの妖精、シャクティ』
「始まりの妖精……?」
俺はさっきから、ペリクルやシャクティの言葉を繰り返すことしかできなかった。
目の前で何が起こっているのか、さっぱり理解ができていなかった。
泉から生えている一本の立派な大樹から、裸の女性が生えてきたのだ。その女性は腰から下を木の中に埋めたまま、自らをシャクティと名乗り、まるで木に磔になっているかのように俺たちを見つめているのだ。
いや、瞳は閉じたままなのだ。だが、俺はしっかりとそのシャクティの視線を感じている。
『あなたがここへ来ることは分かっていました。これもすべて運命でしょう』
「あ、あなたは一体?」
『私がこの森をつくり、妖精を生んだ。すべての始まり』
俺の質問に、シャクティが答える。
だが、シャクティの口は一つも動いていない。
相変わらずエコーがかかったその声は、まるで俺の頭の中に直接流れ込んでくるようだった。
この目の前にある大樹と、そこから生えてきたシャクティ。
俺は今、誰と話をしているのかも分からず、隣のペリクルに助けを求めるように視線を流す。
「ダジュームにいる妖精はすべて、シャクティ様から生まれてきたのよ。もちろん私も」
当たり前のように言うペリクル。
もちろん俺の常識など、この異世界では通用しないことはすでに承知している。
妖精がどうやって生まれたのかなんて、想像すらしないでいた。
この半分女性、半分大樹のシャクティから生まれたと言われて、すぐに納得はできない。
「一体、妖精ってなんなんだ?」
またひとつ、俺は素朴な疑問をこぼした。
転生してきたときから俺の近くにはホイップがいて、妖精という存在が当たり前になっていた。
人間でもモンスターでもない妖精という存在は、異世界では普通に溶け込んでいた。
そして今、俺は妖精の森という場所において、その妖精の存在に踏み込むこととなった。
『妖精とは語り部。このダジュームの歴史を語り継ぐために、生き続ける存在。決して途切れることのない、命』
シャクティはじっと動かぬまま、俺に語り掛ける。
妖精の語り部という役割は、ペリクルからも聞いたことがある。
「このダジュームにいる妖精たちは、すべてあなたが生んだんですか?」
「だからそう言ってんじゃん? 聞き分けのない男は嫌いよ」
すかさずペリクルが口をはさんでくる。
「そういうことじゃなくってさ……」
俺ははっきりとしたことが言い出せなくて、頭をかく。
一応、生物が子供を生むって、その相手あってのことだし、いろいろあんじゃん?
それにシャクティは下半身が木に埋まったままだし……。
『妖精だけではありませんよ。あなたたち、アイソトープもそう』
「……え?」
『おかえりなさい、ケンタ。あなたも私の子どもよ』
「子、子ども? 俺が?」
直接、頭の中に語り掛けてくるようなシャクティの言葉の意味は分からなかった。
シャクティは妖精を生んで、俺も子ども? はあ?
しかし冗談を言っているような雰囲気はなく、妙に説得力がある。
何を言われても、それが真実のような重みがあった。
そのシャクティが、アイソトープについてこれから語られることに、俺は耳を疑わざるを得なかったのだ。
なぜ俺がこのダジュームに来たのか。
その原因はなんだったのか。
そしてシャクティの子どもとはどういうことか。
すべては始まりの妖精シャクティより語られる。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!