「なんだ? あれ?」
馬車を操る護衛団の男の声が聞こえた。
荷台で拘束されている俺は、その声にただごとではない何かが起きていると感じる。
そして馬車のスピードが明らかに落ちた。
「おい、止まるな!」
「ですけど、やばいですって! このまま行くと……」
「止まったほうが危ないぞ! 迂回しろ!」
焦る護衛団たち。
何が起きたんだ? いや、護衛団が焦るってことは、モンスターか?
俺はいつでも拘束具を外せるように、こぶしを握り締める。何かあれば、ここから逃げ出すしかない。
「逃げろ!」
その叫びを最後に、馬車が大きく揺れた。
と思った瞬間、天地がひっくり返る。俺は思わず拘束具を外し、荷台から飛び出した。
アイソトープでは叶わなかった瞬発力である。翼を広げ、俺は宙へ舞い上がる。
眼下にはひっくり返った馬車と、放り出された護衛団二人の姿が見えた。
「何があったんだ?」
バサバサと普通に空を飛びながら、馬車が向かう先を見つめる。
が、その道の先には何もなく、ただ果てしない草原が広がっているだけだった。
馬車が事故る前、確かに男たちは何かを見たような様子だったのだが……? モンスターに襲われたのか?
「あ、大丈夫か? あの護衛団?」
馬車から放り出されて大の字になっている護衛団二人の安否が気になって、俺は地上に降りる。周りの安全を確認しながら、男たちに近づく。
「あの、大丈夫ですか……?」
髭面の男のほうは足を押さえているが、命に別状はなさそうだった。
「う……。うわぁ!」
うめきながら、俺を見上げると叫び声をあげる。
無理もないだろう。輸送していた死んだはずのモンスターが、いつの間にか馬車から逃げだして自分のことを心配していたのだから。
「あ、怪しいもんじゃありませんから!」
俺もなんと言っていいのかわからず、訳の分からないことを口走ってしまう。デーモン姿なのだから、どう考えても怪しい。さっきまで死体と思われてたしな。
「ぎゃぁぁ! 助けてくれぇ!」
髭面の男は、痛む足を引きずりながら俺から逃げようとする。
「ちょっと、動かないほうがいいですよ! もう一人の様子を見てきますから!」
モンスターが喋っていることも恐怖の一因だろうが、俺も黙っているわけにはいかない。もうひとりの投げ出された団員に駆け寄る。
「気を失ってるけど……、ケガはなさそうかな?」
もう一人の若い男は、特にこれといった外傷はなさそうだった。息もしている。ショックで気を失ったのか?
「どうしようかな……?」
このまま放っておくわけにはいかない。
馬車がモンスターに襲われたのだとしたら、また戻ってくる可能性もある。護衛団といえど、この状態でモンスターに再度襲われたら今度こそ命の保証はないだろう。
デーモンの姿でありながら、モンスターに襲われる護衛団の心配をするのは妙な感じだ。
「とりあえず、安全な場所に……」
と、倒れた馬車を起こす。残念なことに、馬は襲われたときに放たれて逃げてしまったらしい。もしくはモンスターに連れていかれたか。
「あ、そっちの人! 逃げないでください! またモンスターが来たらどうするんですか!」
若い男を抱え上げ、馬車の荷台に乗せながら、髭面の男を呼び止める。
逃げる元気があるんだから、足は折れてはいないだろう。
「死んだモンスターが生き返った……。ひぃ!」
ああ、めんどくさい。
助けてやろうとしているのに、俺の姿が邪魔をする。モンスターも大変だ。
「な、何をするんだ! 助けてくれ!」
「だから助けようとしてるんでしょうが!」
俺は逃げる髭面をよっこらせと抱え上げ、同じく馬車の荷台に乗せる。
抵抗する気がないのか、完全にっビっているのか髭面はおとなしくなる。
「なんで、生きてるんだ? 生き返ったのか? なんで言葉を喋れるんだ?」
「最初から死んじゃいませんし、言葉くらい話しますよ。で、何があったんですか? モンスターに襲われたんですか?」
お前こそモンスターだろ、と髭面が言いたいことを理解してしまうが、とりあえず事情を聞く。
「モンスターじゃねえよ。目の前に、黒い壁が現れたんだよ……」
俺のことをちらちら見ながら、ちゃんと答えてくれる髭面。
「黒い壁?」
「そうだよ。もしかして、お前の仕業か? お前の仲間が助けに来たのか? どうなってんだよ?」
「知りませんよ! 俺も被害者ですからね!」
黒い壁とは、どういうことだろうか? 何かの魔法か?
どちらにしろ襲われたのは確かであり、その目的はわからない。
もしや俺が原因か? もう巻き込まれるのは勘弁だよ!
「ところで、このへんに町とかはないんですか? 相棒さんの状態も心配だし」
「もう少しでファの国に入るとこだったんだが……。その手前にポラスという村があるはずだけど……」
髭面が道の先を指さす。
「じゃあ、そこへ行きましょう。俺が馬車を持ち上げて、飛んでいきますから」
馬車の車輪は外れていたし、馬もいない。これくらいの馬車の荷台なら、簡単に運べるはずだ。
このままこの二人をほったらかしにはできないしな。
「これじゃあ、団長に怒られちまうよ……」
俺を輸送する任務を失敗したことで、うなだれる髭面。しかもそのモンスターに助けられたのだから、思うところはあるだろう。
俺は空に浮かび、馬車の荷台の幌の部分を上から掴んでそのまま宙に浮かぶ。
ゴンドラのように馬車を持ち上げ、そのポラスの村へ向かって飛んだ。
しかし、黒い壁とはなんだろうか?
誰かが俺を狙ってきたなんて、それだけは勘弁してほしいのだが……。
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