「シャルムさんが?」
まず声をあげたのはカリンだった。
「お前が、この町の結界を……?」
ボジャットもまるで予想もしていなかったような驚嘆の声を上げる。
「そうよ。スネークが魔法を使えたなら、こんなクソみたいなモンスターに殺されるはずがないでしょ? 私が得意な魔法を使って、私に罪をかぶせようとした知恵はあるみたいだけど、こんな三下クソ以下モンスターの魔法一発で黒焦げに……」
シャルムはそこで言葉を区切り、一瞬顔を背けた。
「こいつが戦士スカーに化けて、勇者と一緒にアレアレアに堂々と侵入してきたというのか? スネーク氏を殺害するために? なぜお前がそのことを?」
シャルムの語る真実に、ボジャットはまだ整理ができていないようだった。
溢れるのは疑問ばかりのようだった。
「順を追って話したほうがよさそうね? まず、スネークが勇者パーティーから帰還してきたとき。7年ほど前のことかしら?」
時を遡るように、シャルムは指を折った。
「ご存じの通り、スネークがいた先代の勇者パーティーは魔王の城の寸前まで到達していた。そこで勇者が倒され、無念の敗走となった」
「……ああ。それは周知の事実だ」
勇者の情報は、当時も雑誌なので当然のように報道されていたはずだ。勇者が死んだということは、このダジュームの人々にとっては大ニュースだっただろう。
「そのとき、スネークも甚大なダメージを受けていたのよ。簡単に言うと、呪い。一切の魔法が使えなくなる呪いを受けてしまった」
「でも、ここの結界はスネーク氏が勇者と一緒に旅立つ以前からずっと……」
「話は最後まで聞きなさい!」
途中で口を出すボジャットを叱咤するシャルム。
年上であっても、遠慮がない。
「正確に言うと、スネークが呪いを受けた瞬間にこの町の結界は解除されたわ。おそらく期間としては一週間ほどかしら? それに気づいたスネークは真っ先にこのアレアレアにやってきた。もし結界がなくなったと知れたら、きっと町はパニックになるわよね? だけどもうスネークは魔法を使えない。結界を再び張ることはできない」
自らが張った結界を確かめるためにスネークさんは家に帰らず、真っ先にアレアレアにやってきたのか?
「当時、まだ結界が消えたときに緊急警報は鳴らすようなシステムはなかった。この見張り塔も無人で、今みたいに魔法使いが頂上で見張っていることもなかった。町の住民たちがスネークを信頼していたことが分かるわね」
今はこの結界が消えたらブザーが鳴ると、さっき護衛団も言っていた。
「で、お察しの通り、スネークは私を頼ってきた。当時、私はすでに異世界ハローワークを開いていたんだけど、元師匠に頼られたら仕方ないじゃない?」
「それでシャルムさんが、この結界を張り直したんですか?」
シリウスが低い声で確かめる。
シャルムは軽く頷き、話を続ける。
「運がよかったのは、そのノーガードの期間に一度もモンスターに襲われなかったことね。おかげで結界が解除されたことは誰も気づいていなかった。町を混乱させないように、このことは私とスネークだけの秘密にした」
だからスネークは元々住んでいた家、シャルムのもとに帰らずに、アレアレアの町に住んだというのか。
その結界を監視するために?
「なぜそんな重要なことを誰にも言わなかった! スネーク氏が魔法を使えないと分かったら、我々もそれなりの警護も……」
「何も分かってないわよね、あなた?」
ボジャットの言葉を、シャルムがきつく遮った。
「スネークは勇者パーティーとして魔王と戦った英雄よ? あなたたちも大魔法使いと散々もてはやしたでしょう? そんな人が魔法を使えなくなって、結界も消えてしまったなんて言えると思う? しかも代わりの結界は弟子の私が張ると知ったら、それでも信用できた?」
シャルムはスネークの気持ちを代弁するかのように、訴えた。
確かにスネークはこの町では誰もが知る大魔法使いだった。スネークの結界のおかげで町は守られ続けてきたのも事実。
きっとスネークが本当のことを話していたら、それはそれで町の防衛体制の根幹にかかわることで騒動になっていただろうと予想される。結界自体の信頼も、揺らいでしまうことになる。
それにシャルムはもうひとつの理由を指摘しているのだ……。
「魔法を使えなくなったスネークの魔法使いとしてのプライドを、あなたは理解できる?」
シャルムは腕を組みながら、その拳がギュッと握られたのを俺は見た。
魔法を使えなくなったことと、弟子に結界を張ってもらうように頼んだこと、見張り塔の下で結界を見守り続けたこと、そしてモンスターに殺されてしまったこと……。
シャルムはスネークのすべての無念を噛みしめるように、続ける。
「もし結界に万が一のことがあれば大変よ。どこかで私が死んだら、消えるわけだからね? だからスネークはこの見張り塔の近くに住んで、結界を監視し続けることにしたのよ。自分が張った結界ではないのですぐに感知できないかもしれないから、各塔に魔法使いを常備させたのもこのとき。警報を鳴らすシステムも。そうよね?」
シャルムの問いに、ボジャットは無言でうなずく。
当たり前のように言うシャルムだが、すごいことをやっているのは俺にも分かる。
この町全体に、結界を張っているなんて、信じられない。
「だが、なぜお前が今、アレアレアにいる? スネーク氏が襲われることを知っていたのか?」
ボジャットがまた、次の疑問を出してくる。
「そんなバカな質問をしなければならない護衛団団長さんの情報収集能力を可哀そうに思うわ。このケースはあなたにも情報は与えられていたはずよね? これは危機管理能力の欠如のほうが問題になってくるわね?」
シャルムの嫌味たっぷりの言葉に、ボジャットの表情に苛立ちが表れた。
「それはどういう……」
「戦士スカーは最初、ここに来る予定はなかったはずよね? なのに当日、当たり前のように現れた。変に思わなかった? 勇者パーティーだから、それだけで安心した? もっといろんなケースを想像しなかったの?」
シャルムが一気にたたみかける。
戦士スカーがパレードに参加しないことは、段取りとして事前にボジャットも知っていたことだ。
それが当日、アレアレアにやってきた勇者パーティーは四人全員が揃っていた。
これには突然の変更で護衛団も右往左往したというのは、ボジャットから聞いていたことだ。
「その戦士スカーが偽者だってことは考えなかった? パレードを見れば、いつもと様子が違うことくらい分かったわよね? その段階で疑っていれば、こんなことにならなかったんじゃない?」
「それは、結果論だ……。何しろ勇者も、何も言っていなかった……」
苦し紛れのボジャットの言い訳は、スカーが偽物だと見抜けなかった勇者に責任があると言っているようなものだった。
「そうね。勇者たちも騙されていたのは確かよ。でも、それには仕方ない理由もあったのよ。勇者がスネークに会いに来た本来の目的にも関係するんだけど」
ここでもう一度、シャルムは足元の動かないモンスターをヒールで踏みつけた。
俺ももはや、そのモンスターの名前を忘れてしまっていた。
「戦士スカーは魔王軍によって呪いの魔法を受けていたの。石化の呪い。身動きも取れず、今もグの国で固まったままよ。これがスカーが当初はアレアレアに来ないと言われていた理由。で、勇者がアレアレアにきた理由は、スカーの石化の呪いを解くためのアイテムを取りに来るため。そう、スネークから」
「スネーク氏に会いに来た理由は……、石化したスカーの呪いを解くアイテムをもらうためだって?」
「スカーの石化の件は、勇者パーティー以外にはもちろんトップシークレットよ。こんなこと、絶対に知られるわけにはいかないトップシークレットよ。でも知らないからこそ、あなたたちは疑うことはできたんじゃない?」
シャルムはボジャットだけじゃなく、その場にいた護衛団全員を見渡す。
痛いところを突かれた護衛団たちの顔は、そろって曇っていた。
「おそらく勇者たちがこの町に着く直前に、戦士スカーが合流したんでしょうね。もちろんこのスカーはモンスターが化けた偽者なんだけどね。勇者はスカーの呪いが解けたと信じこんだはずよ。だって石化して動けないスカーを知っているんだもの。呪いを解くのに一番手っ取り早い方法は、その呪いの魔法をかけた奴が死ねばいいんだから。この結界と同じ原理。だから、勇者たちも、その呪いをかけた主が死んで、魔法が解けたスカーがやってきたと思い込んだ」
スカーの顔色が悪かったのも、具合を悪そうにしていたのも、そういう事情を知っている勇者たちだからこそ受け入れたのかもしれない。
「だから、スネークさんとの面会をドタキャンしたのか……」
俺はぽつりとつぶやいた。
シャルムに口出しをキレられないほどの小さい声で。
「そうよ。スネークから石化解除のアイテムをもらう必要はなくなったから」
シャルムは怒るどころか、俺の言葉を補足する。
「ちなみに石化解除のアイテムは、私が作ったものなんだけどね。効果があるかどうかは、まだ分からないけど。だから私はスネークを通じて、勇者がアレアレアに来る目的は把握してたってワケ」
「まさかそのアイテムって?」
俺は頭の片隅で、閃いた。
「そうよ。あなたに配達させたアイテム。中身、見てないの? 石化解除の魔法をかけた、金の針」
俺が先週、スネークさんに届けたのが、そんな大事なアイテムだったの?
ていうかシャルム、そんなアイテムも作れるの? この人、マジですごいんじゃない?
「今朝、私は別の仕事で首都にいたんだけどね。そこでもアレアレアの勇者パレードの情報は入ってくるわけよ、ラの国のビッグイベントだからね。戦士スカーも来てると知って、私は真っ先に疑ったわ。グの国で石化しているスカーが来るはずがないってね。本当に魔法が解けたのか調べたかったけど、それよりアレアレアで直接私の目で確認したほうが早いと思って、急遽ここに来たってワケ」
この疑いはシャルムだからこそで、この件でボジャットを責めるのは厳しすぎるような気がした。
さらにシャルムは真相を続ける。
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