「ぎゃぁぁぁぁ!」
まばゆくも黒いオーラに包まれた俺の体は、全身が燃え上がるような感覚に陥っていた。まるで燃えているように、皮膚が熱い。
魔王ベリシャスの手のひらから放出されたオーラは、次第に俺の体に吸い込まれていき、その燃えるような熱さは次第に消えていった。
同時に、体の中に血とは違う何かが流れるような感じがする。頭のてっぺんから、足のつま先まで、まるで細胞が入れ替わるみたいな。
「ああ……」
情けない声を出して、俺は膝をつく。
やがて妙な脱力感に襲われ、床の上に倒れこんでしまう。
「あれ……?」
そんなベリシャスの声を最後に、俺は気を失ってしまったのだ。
「ケンタ! 起きて!」
直接耳朶に響き渡る声がベリシャスのものであることは、あやふやな意識の中で認識していた。
目が覚めるか覚めないか。そんな此岸と彼岸の間を行ったり来たりするようにして、俺はようやく目を開けた。
どうやら魔王の部屋のソファの上らしい。いつか見た天井に、少しだけ気持ちが休まる。
「ケンタ! よかった、目が覚めて」
俺の視界に、ベリシャスの顔がカットインしてくる。
もちろん黒い仮面をかぶっているのでその表情は見えないが、なんだか心配していたような雰囲気だけは伝わってくる。
「どうしたんですか? あ、なんかオーラに包まれて……」
気を失う前の最後の記憶をたどる。
確か俺がダジュームに戻ってもバレないように【変化】の魔法をかけられていたのだ。
「そうだよ、ちょっとオーラを入れすぎたというか……」
「入れすぎた?」
ベリシャスの言葉がひっかかる。
「そういえば、俺の姿を変えるとかなんとか言ってましたよね?」
俺はソファから起き上がろうとして、全身に違和感を覚えた。
「あ、ケンタ! ちょっと待って!」
「何をするんですか。もう大丈夫ですって!」
俺の肩を押さえてソファに戻そうとするベリシャスに、体を揺らして抵抗する。
「冷静になりたまえ。これは事故なんだ。私もこんなことになるとは思っても……」
「なんの話ですか? ちょっと、起きます、か……、ら?」
ベリシャスの手をふりほどいたとき、俺は自分の体の変化に気づいてしまった。
上半身は服を着ていなかった。
目に映る自分の腕が、さっきまでの俺のものではなかったのだ。
「な、なんだ、これは……?」
皮膚は真っ黒でざらざら、浮き出る血管に、鋭くとがった爪。
「とりあえず落ち着こう、ケンタ。ほら、深呼吸して。ヒーヒーフー、ヒーヒーフー」
それは深呼吸じゃなくてラマーズ法だよ! なんて突っ込めなかったのは相手が魔王だったからではない。
「なんだ? 俺の体はどうなってしまったんだ?」
腕だけではなかった。
頭を触ると、両サイドに角まで生えている。
背中を触ると、変な突起がある。
尻を触ると、紐みたいなものが生えている。
服は着ているが、俺の体は変わってしまった。
これは……?
「ベリシャスさん! これは一体……!」
人間界に戻るために姿を変えるとは聞いていたが、これは違うと思う。いや、絶対に違うぞ!
「いやぁ、人間界でも行動しやすいようにネコちゃんにでも姿を変えようと思ったんだけど、ちょっと力加減をミスっちゃって……。こんなんになっちゃった!」
俺の目の前に、大きな鏡を出してくるベリシャス。
そしてその鏡の中の自分の姿に、心臓が飛び出そうになるほど絶句してしまう。
「これは……、悪魔?」
赤い目、飛び出る牙、尖る角、盛り上がる筋肉。
真っ黒な皮膚、ごつごつした羽、攻撃力の高そうな爪。
俺はなんとモンスターになってしまった!
「デーモンになっちゃった!」
てへっと舌を出すベリシャスは、魔王には見えなかった。
「なんてことしてくれたんですか! こんな姿でダジュームに戻れるわけないでしょうが!」
「待ってケンタ! 逆にこんな姿だからこそ、誰にも近寄られないと考えるのはどうだろうか? 発想の転換だよ。まさかこんなデーモン
が指名手配のケンタとはだれも思わないだろ?」
「【変化】の魔法をミスっといて、よく言えますね! 魔王ともあろう人が、魔法ミスるってどういうことですか? しかも猫にしようとしてデーモンにするなんて……!」
これは出るところに出たら100:0で勝つ事案である。魔王相手に大型訴訟起こしたろかい! 弁護士を呼んで!
「普段はこんな失敗しないんだよ? アイソトープに魔法をかけたのは初めてだったからさ、ちょっとオーラの加減がうまくいかなくって、つい」
「ついじゃないですよ! こちとら気まで失ってるんですからね! もういいですから、早く元に戻してください。こんなんじゃホイップを探しに行けないですからね。人間にフルボッコにされますよ」
当初は勇者に殺されないようにするために姿を変える予定だったのに、これじゃマジのモンスターだと思われてどっちにしろ殺されてしまうではないか。
「いや、元に戻せないんだよね」
「は? なんですって?」
「元に戻す魔法がないんだ」
「元に戻す魔法が、ない?」
ベリシャスがなかなかに信じられないことを言い出した。
俺は背筋が凍って、鳥肌が立ってきた。悪魔の肌にも鳥肌である。
「え、ということは一生俺はこのデーモンの姿ってことですか?」
「いや、それは大丈夫だ。【変化】の魔法には期限があって、一週間で元に戻るよ」
「ああ、よかった……」
デーモンとして死ぬ運命だけは避けられたようだが、よかったわけではないことにすぐに気づく。
「じゃあ一週間、このままの姿で過ごすんですか? ダジュームにも行けず、また引きこもり生活じゃないですか! デーモンで! あんなかわいい部屋で暮らすデーモンなんて見てられないですよ!」
「いやいや、その姿でダジュームに行けばいいじゃないか。デーモンだからこそ、ダジュームで動きやすいこともあるよ。さっきまでの君とは違って、戦闘能力はかなり上がってるからね。魔法も使えるし、空も飛べる。アイソトープの体とは違って、相当スペックは高いよ」
「能力が上がったからといって、見た目がデーモンじゃどうしようもないですよ! 別に俺は戦うわけじゃないんですから」
「そんな寂しいことを言うなよ。五感もかなりアップしてるから。ていうかむしろホイップ探しには最適な体だと思うんだ。猫なんかよりデーモンでよかったと考えてはどうだろうか、逆に?」
「逆にばっか考えたくありませんよ! もう知りません。俺は部屋に戻ります!」
「へそを曲げないでよ、ケンタ! 私も良かれと思ってやったことなんだ!」
「はいそうですか! なんでデーモンにならなくちゃいけないんですか! もう!」
俺は腹を立てながら、魔王の部屋をあとにした。
「ったく……。まさかモンスターになるとは思わなかったよ」
世のアニメには転生してモンスターになるという話はよくあるが、まさか魔王が魔法をミスってモンスターにされるとは前代未聞である。
こんなまがまがしい姿になっちゃって、これでは鏡を見るだけで恐ろしい。魔法が解けるまでしばらく部屋に引きこもるしかあるまいと、魔王城を歩いていたときだった。
「あなた、誰?」
背後から突然声をかけられた。
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