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ハマカズシ
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妖精ペリクル

公開日時: 2021年2月8日(月) 18:00
更新日時: 2021年12月22日(水) 12:07
文字数:4,214

 

「じゃあ、ずっと俺のことを監視してたのか?」


「当たり前じゃないの。あなた、私たちの監視を撒けたとおもってたの? 魔王軍のモンスターをなめすぎじゃない?」


 外はすっかり暗くなり、明かりをつけたビヨルド家の倉庫で、俺は一人の妖精と向き合っていた。


 アイテムの箱の上で香箱を作っている猫の背中に、腰掛けている妖精の名はペリクル。


 この小さくて態度のでかい妖精が、モンスターの命令で俺を守りに来たというのだから、もはや何を信じていいのかわからない。


「監視って、どうやって?」


「あれ」


 ペリクルは天井を指さした。


 そこには何か球状のものがふわふわと浮かんでおり、すいーっとペリクルの横に下りてきた。


「なんだ、それ?」


 俺は妖精の頭と同じくらいの大きさのそれをじっと見つめる。


「ぎゃあッ! 目玉!」


 空飛ぶ目玉だった。くりんと、黒目が俺のほうを向いてたので、思わず後ろに後ずさる。


「これ、ジェイド様の【監視】スキルの『第三の目』よ。これでずっとあなたを見てたのよ。まったく気づいてなかったのね」


 驚く俺を見てにやっとするペリクル。


 どうやらジェイドに拉致されかけた日以降も、俺はずっとこの空飛ぶ目玉に監視されていたってことか?


 ラの国から逃亡して、このソの国にやってきて、そして金鉱で働いていたこの三か月間、ずっと。


 それならば俺はもうごまかすことはできないと、腹をくくる。


「……守るって、どういうことだよ? ジェイドは俺をさらおうとしてたんだろ!」


 今日はビヨルドが留守でよかった。いや、ビヨルドが不在のときを狙ってやってきたのだとしたら、どういう魂胆だ?


「事情が変わったのよ、この三か月で。守るって言っても、私はあなたの監視を続けるだけなんだけどね」


 空飛ぶ目玉を両手で抱えるペリクルが言う。まるでグロ画像である。


「もう少し説明してくれ。俺もあの時から何が起こっているのか分からないんだから」


 それが俺の正直な気持ちだった。


 裏山でモンスターに襲われているところをジェイドに助けられ、そのあとなぜか連れ去られそうになった。


 ジェイドが魔王軍のモンスターかもしれないとシャルムに言われて、俺は身の危険を感じた。


 狙われる原因は俺が持っているかもしれない【蘇生】スキル。


 そして俺はハローワークを飛び出し、今はこうやってソの国の金鉱でひっそり隠れて働いているのだ。


 こうなったのも、すべて憶測なのだ。


 結局、俺が狙われる理由も何もかも、はっきりとしていない。


 慎重な俺がただの憶測と直感で行動しているのは、モンスターによる恐怖といううよりは、みんなに迷惑をかけたくなかったという気持ちのほうが大きかったのだが。


 人は自分のことよりも、大切な人のことを考えたら積極的になれるのだ。


「たぶんあなたが考えていることが正解だと思うわよ。私も立場上、すべてを打ち明けることはできないけどね」


 ふふんと鼻で笑いながら、俺の考えを見透かしてくるペリクル。


 こういうところはホイップとよく似ていて、腹が立たないのがなんだか懐かしく思えてしまう。


 今のところ敵意は見えないし、ジェイドの仲間だとしても話はできるかもしれない。


「……じゃあ俺を殺すってことはないんだな?」


「さっきからそう言ってるじゃないの。話、聞いてた?」


「俺の仲間を人質にとるとか、そういうこともないな?」


「なんでそんな面倒くさいことしなきゃいけないのよ。あなた、自分のこと過大評価しすぎじゃない? 意識高い系の人?」


 前言撤回。やはりむかつく。この妖精め!


 だがどこまで信じていいのかわからないが、火急な事態ではなさそうだ。


 この妖精ペリクル、人をなめたような口ぶりだが、危害を加えようとしているわけではなさそうだ。


 俺を殺したり拉致するつもりなら、こんな会話をする必要もないのだ。


 きっとペリクルなら、俺を殺すチャンスなどもう何回もあったはずなのだから。この三か月間、ずっと見張っていたのならば。


「目的はまだ聞いてないぞ。俺がモンスターに守られる理由はない」


「あるのよ。あなたをこのままほっとけば死んじゃうからね」


 ペリクルがちぐはぐなことを言ってくる。


「さっき、殺さないって言っただろうが!」


「私は殺さないわよ! あなた、自分の立場分かってる?」


「どういうことだよ! お前たち以外に誰に殺されるっていうんだよ! お前、魔王軍のモンスターなんだろ! なんで俺を狙ってくるんだよ!」

「はぁ。だから死なせるないために私は来たのよ。ほんと、察しが悪い人間は大嫌いよ」


 嫌味のような溜息をついて、長い髪をとぐペリクル。


 その下で猫が大きなあくびをしている。


 嫌味を言われても、ジェイド以外に誰が俺を狙うというのか。


「もう隠さなくてもいいわよ。【蘇生】の魔法が使えるってこと。あ、まだ自由には使いこなせないでしょうけどね」


 目を細めながら、ペリクルがついに核心をついてきた。


 俺が何としても口に出せなかった、その急所を。


 ここまではっきりといわれると、肯定も否定もできずに黙ってしまう。


「あなたが思っている以上に、その【蘇生】スキルは重要なのよ。このダジュームではね」


「でも、使えるかどうかは俺にもわからないんだよ! あのときはたまたま使えただけで!」


「あ、今のは白状したってことでいい?」


 ペリクルがぱちんと指を鳴らす。


「……誘ったのか?」


「ふふふ。そんなんじゃないわよ。ちゃんと把握してるんだから、こっちも。あなたが友達のアイソトープを生き返らせたことを」


 すべて知られている。


 俺が一角鳥に殺されてしまったシリウスを生き返らせたことを。


 これ以上は隠すことがないと、俺は観念する。


「……でもあれ一回きりなんだよ。きっと偶然なんだ。今は使おうと思っても使えないんだ」


「偶然で使えるほど【蘇生】の魔法は簡単なものじゃないのよ。あれはあなたの才能」


 ペリクルはふわりと飛び上がり、空中でくるんと一回転して俺の目の前に飛んでくる。


 褒められたのか皮肉なのか、判断が難しい。


「だから魔王軍は俺の【蘇生】スキルが邪魔なんだろ? 俺がウハネを蘇生させるのが怖いんだろ? そうだとしたら、お前が言ってることはおかしいだろ!」


「【蘇生】スキルを恐れているのは、モンスターだけじゃないわよ。察しの悪い男は嫌いって言ったわよね?」


 ぴとんと、俺の鼻先に小さすぎる人差し指で触れてくるペリクル。


 息をすると顔の目の前にいる小さな妖精を吹き飛ばしてしまいそうで、俺は息を殺す。


「モ、モンスターだけじゃないって……?」


「人間よ」


 その衝撃の言葉に、俺は息をするのを忘れる。


「【蘇生】でウハネを生き返らされたら、そりゃ魔王軍は焦るでしょうね。でもそれはありえないことなのよね。ウハネが死んだのは何百年も前よ。死体がなければ生き返らせることができないのは、あなたが一番わかってるんじゃないの?」


 確かに、偶然とはいえ俺がシリウスを生き返らせたのは、その胸に直接手を当てて魔法を発現させたのだ。


 死体がないのに蘇生させる方法なんて、俺には思いつきもしない。


「ウハネの死体はもうすでに火葬されて、この世の中には存在しないわ。私たちもそれくらい調べてるわよ。魔王軍をなめないで」


「そ、そうだったのか……」


 死体がなければ、どうしようもないのだ。


 ということは、ウハネを生き返らせることは不可能だ。俺が自由に【蘇生】を使えたとしても。


「じゃあなんで俺を狙うんだよ?」


「話は最後まで聞きなさい! 今は人間があなたを狙う理由でしょ?」


 ペリクルに叱られた。


 俺は貝にならざるを得ない。


「ええっと、どこまで話したかしら? ああ、そうそう。たとえばウハネに殺された先代の魔王様の死体が今も残っているとしたら?」


 先代の魔王の死体が残っている?


 それって、魔王を復活させることができるってことか? 


 まさか魔王軍が俺を狙う理由は、ウハネの復活を恐れてではなく、先代魔王を復活させるためだったのか?


「……残っているのか?」


「残ってないわよ。ウハネに完全に消滅させられたらしいから」


「なんだよ、それ。ビビらせるなよ!」


 俺の【蘇生】スキルで魔王を復活させるなんてことになったら、俺は完全に人間の敵になってしまう。


「いや、ちょっと待て。それじゃあなんで人間が……」


「人間はそうは思っていない。あなたが先代の魔王様を復活させるかもしれないって考えているのよ」


 ペリクルは真剣な顔で、俺を見つめてくる。


「せいぜい100年しか生きられない人間にとって、先代の魔王様が死んだときのことを知る奴なんていないわけよ。人間の情報力で、魔王城のことなんてわかるはずないんだから。そこで人間たちは想像するの。『もし魔王様の死体が今も残っていて、【蘇生】が使える者がいたら?』って」


 俺はごくりと、つばを飲み込む。


「その二つの存在のうち、ひとつでも現実となったら、想像は加速するわよね。恐怖という感情との相乗効果で。言うまでもなく、そのひとつの条件はあなたのことなんだけど」


 先代魔王の死体の存在。


【蘇生】スキルを持つ者の存在。


 ペリクルの言う二つの存在とはこの二つで、その一つは俺のことで間違いない。


「俺のことが、誰かに知られてしまったっていうのか? お前たちモンスター以外に、人間にも? なんで……」


 果たしてどうやってそんなことを知ることができるというのか?


 俺が【蘇生】を使おうとしたのは二回だけ。しかも成功したのはそのうち一度だけだ。


 このことをはっきり知っているのは……。


「ジェイド様も最初はあなたが【蘇生】を使えるのかどうか、はっきりと確認できていなかったのよ。だからジェイド様はスキルの有無を確かめに行ったの」


「だから、いったん俺を助けたのか?」


「そうよ。あの人、考えすぎのお人よしだから。私はさっさと拉致すればいいのにって思ってたんだけど」


 上司であるジェイドをもディスる妖精。


「それからもずっとあなたを監視してたのはさっき言ったわよね? ジェイド様は顔も割れているし積極的な接触を避けて、あなたがまた【蘇生】スキルを使う瞬間を待っていたの。でもこの三か月の間で、状況が変わった」


「状況が?」


「そう。あなたが【蘇生】スキルを使えるという確かな情報が私たちの耳に入ってきたのよ。毎日監視していた私たちが断定できていないのによ。……どこからの情報だと思う?」


 もちろん、俺はこの三か月間、【蘇生】スキルを試みたことなどない。


「どこからって……?」


 ここでペリクルはたっぷり間を取って、もったいぶりながら言った。


「勇者よ」

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