異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

第十章『この裏の世界の片隅から』

スキル教習所へようこそ!

公開日時: 2021年8月11日(水) 18:00
更新日時: 2022年1月8日(土) 11:38
文字数:4,429

「ようこそいらっしゃいました。ささ、こちらへケンタさん!」


「あ、はい……」


 門の前まで出迎えてくれた人型のモンスターが腰を低くして俺の荷物を持って歓迎してくれる。


 ――ここは裏の世界のどこかにある、スキル教習所である。


 昨日、魔王ベリシャスからレベルアップを目的として【変化】のスキルを身につけてはどうかと打診され、そのままこのスキル教習所への入所を決められたのだった。


 ダジュームに転生してハローワークで訓練を受けていたと思ったら、いつのまにか今度はモンスターのための教習所に入所するとは……。俺の運命って数奇ですよね?


 そして早朝から翼竜が魔王城に迎えに来て、その背中に乗って俺はこの教習所へ運ばれたのだった。場所はどこかわからないが、ずいぶんと遠くへ連れてこられたような気がする。


 ペリクルにはビビらされるし、アイソトープの俺が魔王軍幹部専用の教習所に入っていいものなのか、そして何よりランゲラク軍に見つからないかと気を揉んでいたが、出迎えのモンスターは親切丁寧でまるでホテルのようだった。


 いや、まだ油断はできない。


 行きはよいよい帰りは怖い、という慎重派の俺の永遠のテーマが頭の中で巡っている。詐欺師も最初は優しいのだから、安心してはいけない。気を抜いたら身ぐるみはがされるぞ!


「私はケンタさんが滞在中の世話を承ります、ジョージと申します。何かありましたら、お気軽に『ヘイ、ジョージ!』とお申し付けいただければ、すぐに伺いますので」


 びしっとスーツを着て教育されたホテルマンのようなジョージは、まるで野蛮で獰猛なモンスターには見えない。まああのジェイドも最初はモンスターには見えなかったので油断は大敵なのだが、ジョージはさらに信じられないレベルである。


「ではこちらへ」


 教習所は大きな壁の向こうにあるらしく、セキュリティは完ぺきのようだった。あのアレアレアの町の壁よりも大きな壁が続いており、まるで刑務所を思わせる。


 教習所の門をくぐると、その先には大きな建物が見えた。


「うわ」


 俺は思わずその立派な建物を見上げる。


 まさか裏の世界にこんなものが建っているとは思いもしなかった。門をくぐると、ここがさっきまでいた血なまぐさい裏の世界とは到底思えない。


 それにこの裏の世界ではお目にかかれなかった緑色の木が生えており、足元は芝生が敷き詰められている。まさに南国のようであり、魔王軍の別荘も併設されているのも納得できる。


 魔王城のようにおどろおどろしくもなく、近代的な雰囲気に俺はどうリアクションをとっていいのかもわからない。いつか見た、ダジュームのラの国の首都での会議場よりも立派なのだから。


「驚かれたようですね。ここは魔王様が肝いりで建てられた施設です。外観だけでなく内装もダジュームの都市部のビルを参考にしております。魔王軍の次期幹部たちが寝泊まりをして修行をする場所ですので快適さも兼ねる必要があると、魔王様のご判断でございます」


「それにしても、すごすぎるな」


 さすが魔王。こういうところはダジュームのいいところを参考にしながら、さらにブラッシュアップしているようだ。魔王軍幹部の育成には金を惜しまないということか……。


「将来有望なモンスターの方々が気持ちよくレベルアップしていただく施設ですから。そのために私たちがお手伝いしているのです」


 さっきからずっとへりくだるような態度のジョージである。やはり入所してくる幹部候補との序列なんかがあるのだろうか。そりゃモンスターも縦社会は厳しそうだしな。


「そういうジョージさんもモンスターなんでしょ? 俺みたいなのが入所しちゃっていいんですか? 魔王から聞いてますよね、俺……」


 施設が豪華であっても、この中にいるのはモンスターである。俺が入所して快適に過ごせるかどうかはまた別の話だ。


「ご安心ください、ケンタさん。私も同じ、アイソトープでございます」


「……え?」


 すっと頭を下げ、涼し気に微笑むジョージ。


「アイソトープって? ジョージさんも? え?」


 予想外のジョージの発言に、俺の理解が追いつかない。


 ここは裏の世界、魔王城があって、モンスターが生活している混沌の世界なのだ。そこの魔王軍幹部を育てるためのスキル教習所に、アイソトープがいるだって?


「そうです。私もダジュームに転生してきた身です。そして今はここで教習所の案内係のジョブについております」


「ジョブって……? ダジュームに」


 転生してきて、こんな裏の世界でジョブに就いたんですか?」


 確かに俺たちアイソトープは何も持たないできそこないであり、訓練を受けて自立できるようにジョブに就くのが本来の目的だった。


 だけど、裏の世界で働くなんて考えたことがなかった。


「でもどうやって? どうやってこの裏の世界に来たんですか? こんなジョブ、どうやって……?」


「それはケンタさんもよくご存じでしょう? 我々アイソトープはハローワークで訓練を受け、適切なジョブを斡旋されるじゃないですか」


 ジョージがさも当たり前のように、答える。


 建物の自動ドアが開き、中に入るとひんやりした空気が流れてくる。おれは思わず立ち止まる。


「いやいやいや、ちょっと待ってください。じゃあジョージさんもダジュームのハローワークで訓練を受けて、この裏の世界でジョブについたんですか?」


 ハローワークからジョブを紹介されるには、国を通した求人票もしくは直接のオファーがある。


 そんなオフィシャルな求人の中に、この裏の世界のジョブが混ざっていたというのか? しかもモンスターを育てる教習所の?


「そうです。ハローワークで紹介されたんですよ。いやはや、いわゆる、闇オファーってやつですけど」


 ジョージは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。


「や、闇オファー?」


 ジョージは小さく頷く。


 思い出した。そういえば、俺が転生してきたときに、シャルムから一通り説明されたではないか。ちゃんとしたオファーのほかに、国を通さずにハローワークに直接届く闇オファーがあるって。


 闇オファーは報酬やハローワークへの仲介金がいいが、いかんせん保証がないので危険だという話だったはずだ。それに仕事内容もイリーガルなものが多いと聞いていたが、まさにこの裏の世界でのジョブがそれってことか?


「そんな闇オファーを受け入れたんですか? ハローワーク的にも結構危ない橋なんでしょ? しかもこんなモンスターの施設で働くなんて!」


 図書館の司書や宿屋のフロントを目指していた俺にしてみたら、こんなもんブラック中のブラックな仕事である。


 モンスター相手のジョブなんて、命がいくつあっても足りないぞ?


「いやぁ、最初は恐ろしかったんですけど、働いてみると福利厚生や教育制度も充実していて、結構働き甲斐があるんですよ。オープニングスタッフでしたので上下関係もそんなにありませんでしたし、ここで育ったモンスターが駆け上がっていくのを見るとやりがいを感じます。卒業していったモンスターから、感謝の手紙が届いたときなんて涙が止まりませんでした」


 目を輝かせながら、ジョブに対する充足感を語るジョージである。


 なんということだろうか。まさか世界を越えてこんなジョブに就くアイソトープがいただなんて。


「そうか。ジョージさんみたいなアイソトープが働いてるから、俺が入所しても大丈夫ってベリシャスは言ってたのか」


「そうです。魔王様のおかげで私もここで働けております。魔王様のご信条はお聞きに?」


「モンスターと人間の協和……、のことですか?」


「そうです。こうやってアイソトープを受け入れて働かせてもらっているのも、協和の精神ゆえだと思います。魔王様は本気で人間とモンスターの確執を乗り越えようとしておられるんだと思います。立派な方です」


「まあ、悪い奴ではないと思うけど……」


 アイソトープにオファーを出して、実際に裏の世界で働き口を与えているんだからな。


 でもこれはアイソトープだからってのもあるだろう。普通にダジュームの人間にオファーを出しても誰も来ないに決まっている。


 ある種、アイソトープは留学生的な側面があるからな。


「ですのでケンタさんも安心して、ここで修業を続けてください。ハローワークの訓練とよく似たものですし、今入所しているモンスターも気のいい方ばかりですので」


「そ、そうですか……」


 気のいいモンスターと言われてほっとできるほど俺ものん気ではない。


 しかしこんなところでアイソトープに会えて、ごこか少しだけほっとしていた。


「それにちょうど別荘のほうには幹部候補の方たちもいらっしゃっています。またあとでご紹介しますね」


「いや、紹介してもらうほどの者じゃないです、俺は」


 そんな幹部候補生たちと既知の仲にはなりたくない。ここは遠慮しておきたい。


 教習所に入り、カウンターに座っている女性にジョージが声をかける。ぱっと見、かなりの美人だが背中には羽が見える。彼女もサキュバスかなんかのモンスターだろう。


 ジョージは何やら書類を受け取り、俺はテーブルに案内される。


「では入所の書類にサインしてください」


「ええっと、どれどれ……」


 俺は恐る恐るその書類に目を通す。ハローワークに入るときはシャルムに無理やりサインさせられたようなもので、俺もあのときよりは成長している。


「特に怪しい条項はなさそうだな……」


「もちろんですよ。ケンタさんは短期のスキル指定コースですし、習得次第卒業という契約にさせていただいております」


「なるほど」


 スキル指定とはもちろん【変化】のスキルのことである。


 俺はジョージが嘘を言っているようには思えず、ここはあっさりとサインをする。


「ありがとうございます。では、お部屋へ案内いたしますので。修行は明日からの予定になっておりますので、今日はごゆっくり長旅の疲れでも癒してください」


 俺の荷物を持って立ち上がったジョージは、エレベーターを指さす。


「いやあ、何から何までありがとうございます。俺、ダジュームに来てこんなに親切にしてもらったことは初めてだよ」


 思い返せばハローワークでもろくな対応はしてもらえなかった。モンスターの教習所のほうが親切って、どうかしてるぜ! シャルムめ!


「いえいえ、これも仕事ですから。同じハローワーク出身のとして、当然のことですよ」


「短い間ですけど、よろしくお願いしま……って、今、なんて言いました?」


 エレベーターに乗り込んだところで、ジョージの言葉がひっかかった。


「え? これも仕事ですからって」


「その後です、その後」


「同じハローワーク出身と……」


「ジョージさんと俺が同じハローワーク出身? ちょっと待ってください、ジョージさんもラの国のハローワーク出身なんですか? ということは……」


「はい。シャルムさんには大変お世話になりました。シャルムさんのおかげで、こうやってこのジョブに就けたんですから」


「……はぁ?」


 なんということでしょう。


 ジョージさんにこんな世界のジョブを斡旋したのは、なんとなんと、あのシャルムだったって?

 

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