異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

カフェで働くことになりました

公開日時: 2020年10月23日(金) 18:01
更新日時: 2021年12月16日(木) 10:38
文字数:3,596

「いらっしゃいませー!」


 店内に入ると、そんな明るくも大きな声で出迎えられる。カウンターを見ると、お揃いのエプロンをした店員さんたちが、笑顔を送ってくる。


 カフェ・アレアレ。


 アレアレアの町で最も有名なカフェで、その名はラの国中でも知られている。


 名物アレアレアサンドは、ラの国の名産であるラ豚のカツを贅沢に挟み込んだサンドイッチであり、特製ソースが食欲を一層引き立てる。


 ……と、店の紹介はここまでだ。


 俺はここの客ではない。


「あ、ケンタさん。荷物は裏口からお願いします」


 店員が俺の顔に気づき、さっきとは違った厳しい声で話しかけてきた。


「あ、はい。すいません」


 俺はそっと扉を閉め、そそくさと店の裏口に回る。


 俺はこのカフェ・アレアレで働くことになったのだが、それはカフェ店員ではなく……。

 




 

 あれは先週、俺にカフェ・アレアレからオファーが届いた日に遡る。


「俺がカフェ店員するんですか? 俺、そんなスキルいつの間に手に入れたんですか?」


 ダジュームに来てからは薪拾いと配達しかしていない俺である。


 パンを焼いたりコーヒーを淹れたりするスキルがいつの間にか身についていたのか?


 もしや俺にはそんな才能が? これがチートというやつなのか?


「あんたにそんなスキルがあるわけないでしょうが」


 バッサリ否定するシャルムである。


「ですよね? じゃあなんで……」


「ほれ、よく見なさい。職種のとこ」


 俺は隣でフリーズしたままのカリンに気を遣いながら、そのオファーの書類を見直す。


「……薪の配達担当?」


 そこには華やかなカフェらしからぬ職種が書かれていた。


「なんですか、薪の配達って?」


「あなたにパンを焼くための薪を、持ってきてほしいらしいわ。あなたの最近の働きを見てると【薪拾い】と【配達】のスキルがぼちぼち認定してもいいと思うし」


 シャルムが髪を耳にかけながら、俺へのオファーの内容を説明してくれる。


「マジすか? 俺、もうそんなスキルを身につけてるんですか?」


 俺たちアイソトープがスキルを身につけるためには、ハローワークの所長であるシャルムの認定が必要になるのだ。働くための資格と考えれば、これも当然のことで。


 つまりは俺の雑用の日々……、もとい、訓練の成果が認められたというわけだ。


 しかし異世界に来て【薪拾い】と【配達】のスキルを身につける俺って一体……。


「ま、そういうワケ。たまたま【薪拾い】と【配達】のスキルを持ったあなたが見つかったってことでしょうね」


 なんだかシャルムが乗り気ではないような気がするのは、やはりカリンに気を遣っているのだ。


 それもそのはず、カリンはカフェで働くためにホイップの下で【パン作り】スキルを身につける訓練をしていたのだ。


「カリン、あなたが落ち込むことはないわよ。これはカフェ・アレアレにパン職人の空きがなかったってだけで。たまたま薪拾いばっかりやってたケンタがすっぽり条件を満たしただけなんだからね? ただの奇跡的な偶然なんだから」


 ひどい言いようである。


 ちょっとくらい俺の【薪拾い】スキルを褒めてくれてもいいだろ!


「いえ、勝手に期待した私が悪いんです……」


 蚊の鳴きそうな声で顔を振るカリン。


「カリンちゃん、そう落ち込まないでください! ケンタさんがすごいわけじゃないですからね! 悪運が強いだけなんですから! いつか罰が当たりますって!」


 ホイップがカリンを慰める。


 なんだよ、悪運って! 罰を当てようとすな!


「ケンタにオファーが来るとは誰も思わないものね。現実って残酷なものよ。元気出して」


 シャルムの言い方!


 なんだか俺が悪いことをしたみたいだ。


「でも、短期って書いてますね?」


 シリウスがさらにオファーを興味深く読みこんでいた。


「そうなの。一か月だけの短期でのオファーなのよね。だからバイトみたいなものでハローワーク的にはまったく儲からないというか、マージンはほとんど取れないってワケ。はぁ」


 シャルムが明らかに俺にも聞こえるような大きなため息をついた。


 ここ異世界ハローワークは転生してきたアイソトープにジョブを斡旋することで、仲介料を得るしくみになっている。


 これが短期のバイトでは利益を得ることができないというのだ。


「短期でも、俺にはバイト代は出るんでしょ?」


 俺はまだこのジョブの仕組みが理解できていないので、シャルムに確認する。


「そりゃあなたにバイト代は出るわよ。でも店側からハローワークに斡旋料は出ないし、まったく美味しくないのよ、私には!」


「そんなこと言わなくていいじゃないですか! まだダジュームに来て一か月ちょっとなんですよ? 短期バイトでも貴重な経験だと送り出してくれてもいいじゃないですか!」


 慈善事業でやっているとは思っていないが、金のことになるとシャルムはシビアすぎる。


「そうね……。で、どうする? このオファー受けるの?」


 シャルムに確認され、俺はちらっとカリンを見る。


 その視線にカリンも気づく。


「ケンタくん、私に遠慮なんかしなくていいのよ? さすがにケンタくんがパン職人になるっていうんだったら、ここは殴ってでも反対するつもりだったけど、薪の仕入れなら私にはできない仕事だし……」


 やはり俺がカフェ・アレアレで働くことに多少の嫉妬心はあるようである。


 殴られるような職種じゃなくてよかったよ。


「ケンタを働かせることによって、うちとカフェ・アレアレのパイプを繋げるっていう意味もあるかもね。次、パン職人のジョブができたらうちに声をかけてくれるかもしれないしね」


 ようやくシャルムがポジティブなことを言ってくれる。


「そうですね! それまでカリンちゃん、もっとパン焼き訓練をがんばりましょう! こんな運だけで生きているケンタさんに負けてられませんよ!」


 ホイップが空中でくるんと回ってカリンを励ます。


「そうね、こんなケンタくんに負けないように、がんばる、私!」


 カリンもグッと拳を握る。


 こんな俺で悪かったな!


「じゃあ、オファー受けますよ。一か月だけでも、働けるのはありがたいですからね」


 これはいわゆる生活スキルを活用した、平和的なジョブである。


 このダジュームに来てから俺がずっと願っていたジョブでもあるのだ。


 俺は絶対にモンスターと戦うような危険な戦闘ジョブには就きたくもないし、これはこれで願ったり叶ったりだ。


「じゃあ先方には連絡を入れておくから、一か月間、しっかりがんばってきなさい。アレアレアへの移動は、スマイルに馬を手配するように言っとくから」


 最後にはシャルムが快く送り出してくれることになった。


 スマイルさんとは、ハローワーク御用達の馬車の御者さんである。ちなみに、むっちゃ強い。


「じゃああらためて、いただきまーす!」


 ホイップの号令とともに、夕食が再開されたのである。

 




 

 それから午前中はいつも通り裏山で薪を拾い、午後からアレアレアの町のカフェ・アレアレに届ける、というのが俺の仕事になった。


 スマイルさんから馬を一頭借り、リヤカーに乗せた薪を届けることになったのだ。


 スマイルさんが馴らした馬なので扱いやすく、乗馬なんて初めての俺でも簡単に乗りこなせるようになったので非常に助かった。


 これはこの一か月のうちに【乗馬】スキルも身に付きそうだ。


 ……と、いうことで本日の薪の配達にやってきた俺はカフェ・アレアレの裏口に回り、大量の薪を納品する。


「ここでいいですか?」


 持ってきた薪は木一本分を細かくカットしたものだった。もっと多く運べるのだが、店のキャパが小さく、毎日一日分の薪を納品することになっていた。


「ああ、ありがとう。いやぁ、ケンタくんが来てくれて助かったよ」


 カフェ・アレアレの店長が、額の汗を拭いながらお礼を言ってくれる。


 40歳位の男性で、新人の俺に対しても気を遣ってくれるナイスガイである。


「いえ、スキルを認めてもらえて、俺のほうが助かっていますよ」


 まさかの【薪拾い】と【配達】スキルがこんなにもベストにマッチするジョブはない。


「一か月だけだから、申し訳ないんだけどね。その分、バイト代は弾むからね」


「ありがとうございます。じゃ、今日はこれで」


 頭を下げ、俺は今日の配達を終える。


 これが俺の短期バイトの内容であった。


 実際、やってることはなんらカフェには関係ない。むしろただの出入りの業者みたいなものだ。


 それもそのはずで、いつも薪を仕入れていた木こりが怪我で一か月ほど動けなくなったのだという。それでお鉢が回ってきたのが、まさにこの俺だったというのだ。


「マジで俺は名実ともに木こりへと近づいているんじゃないか?」


 カフェというか木こりの仕事に近い俺のジョブである。やはり将来が心配になるなぁ。


「ま、バイト代も出るしな。バイト代が出たらまたカリンとシリウスをつれて、アレアレア観光に来ようかな」


 もう毎日通っているアレアレアの町を歩きながら、ハローワークに帰ろうと南門を目指しているときであった。


「ケンタくん!」


 ふと背後から俺の名を呼ぶ声がした。

 


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