「私は【蘇生】スキルを求めて、ダジュームの大魔法使いスネークの元へ向かったのよ」
それは俺もスネーク本人から聞いたことだった。
大魔法使いスネークは今の異世界ハローワークのある場所に居を構えていた。そこへある日突然、少女が現れたと。
それがシャルムだった。
スネークからどこから来たのかと尋ねても何も答えず、親に関しても何も言わなかったらしい。
たしか、自分の名前だけを伝えたって聞いた。シャルム、と。
「当時のスネークはダジューム一の大魔法使いってことで、それなりに有名人でもあったのよ。でも弟子を取らないってことで有名だったらしいんだけど、私は唯一の弟子になれた。素質を見込まれたのか、もしかしたら私の素性に気づいていたのかもしれないわね」
「人間とモンスターのハーフってことに?」
「まだ私もオーラを自由に制御できていなかったからね。それを素質と見込まれたんなら、見る目があるのかないのか」
シャルムの視線の先には、かつてのスネークの家の跡地があった。
あそこでスネークは、モンスターに殺されてしまったのだ。その責任の一端は俺にもあって……。
「とにかく私はあのスネークの弟子として修行させられることになった」
「スネークさんには【蘇生】スキルのことを言ったのか?」
「言うわけないじゃないの。私が父親であり魔王を生き返らせたいなんて言ったら、さすがにあのジジイも承服するわけないわよ」
そりゃそうだ。魔王の娘でダジュームに【蘇生】スキルを探しに来たなんて言えるはずがない。
「でも、【蘇生】スキルはスネークも使えるわけではなかったってワケ。とんだ無駄足だったんだけど……」
「でも魔王城には帰らなかったんだな」
「……そうね。なんだかダジュームが私の居場所のような気がしてね。母の故郷だからかしらね」
その声音は、母のミラさんのことを考えてしっとりと優しさに包まれていた。
「それにダジュームにいるとこうやって年を取るスピードも早くなるって知ったわ。いつまでも子どもの体ではいられなかったし、これはこれでいいかなって」
「そうだったのか……」
確かにシャルムがダジュームに来たのは20年前だ。そこから人間と同じスピードで成長している。幼女の姿で百年も生きてきたのに、一気に成長したダジュームのせいというのか。
いや、母の血のせいなのかもしれない。
「【蘇生】スキルを捜すことは諦めて、スネークさんと修行を続けたのか?」
「そういうコト。でも大魔法使いのそばにいれば、そういう情報は入りやすいと思ったしね。私も単純にオーラの使い方や、魔法やスキルも教えてもらえたから無駄ではなかったわよね」
「それで、スネークさんはそれから勇者パーティーに?」
これは以前スネークさんから直接聞いたことだ。
「そうよ。当時の勇者からのオファーを受けて、勇者パーティーに参加することになった。そのころには私もスネークの技術は大体習得していたし、あの家に住んでもいいっていうからありがたくいただいたのよ。それに、とある情報を手に入れたの」
「情報?」
くるっと振り返り、俺を見るシャルム。
「アイソトープの可能性よ」
「アイソトープの……可能性?」
俺はバカみたいに繰り返す。
このダジュームの歴史には、覚醒したアイソトープとして勇者ウハネのことが刻まれているが、それが嘘だったということはさっきのシャルムの話で明らかになったところだ。
すなわち俺たちが希望の光としてきたアイソトープの可能性は、完全に否定されたはずでは?
「でもウハネの伝説は嘘っぱちで……」
「あいつはただの嘘つきよ。これも赤い髪の妖精クラリスから聞いたことなんだけど、アイソトープのほうが特殊なオーラを持っていることが多いって言うのよ。もともとは他の世界で生まれたわけで、妖精になり損ねた存在なわけじゃない? 私たちが知らないようなレアスキルの素質を持っていてもおかしくないって」
いわば俺たちアイソトープはイレギュラーなわけだ。
「実際にレアスキルを持ったアイソトープがいたってことか?」
「あくまで可能性よ。あなたのその【全裸】スキルも誰も持っていないレア変態スキルでしょうが」
「もうそんな昔の話をするのはやめてくれ!」
シャルムが過去の汚点を掘り返してくる。あんなもん、レアでもなんでもねーわ! 変態スキルって言うな!
「だから私はスネークの家を事務所に改装して、異世界ハローワークを開くことにしたのよ。当時ラの国はハローワークを他国ほど活用できていなかったの。それで私がハローワークの仕事を一手に引き受けることにしたのよ」
「アイソトープの可能性に賭けたってこと?」
「闇雲に【蘇生】スキルを持つ者を探すよりかは、アイソトープを集めて鍛えたほうがいいと思ったからね。スキルの才能だけを持っているのに発現していない人間より、アイソトープを一から鍛えたほうが幾分か可能性は高いと思えたから」
当時のシャルムもそんな小さな可能性に賭けるくらいしか、【蘇生】スキルを見つける術がなかったということだろう。
だが、その万が一の可能性が――。
「そして、まさかのあなたの登場よ」
シャルムがどれくらいのアイソトープを育ててきたかはわからないが、ハローワークを始めて数年の結果だ。モンスターにしてみれば、一瞬。なんて効率のいいことだろうか。
シャルムは賭けに勝ったのだ。
「ハローワークを経営してたのは、父親を生き返らせるためだったのか……」
だが俺はどこか寂しくなってしまう。
シャルムは真剣にハローワークを経営していたのは、俺も知っている。数多くのアイソトープを訓練して、自立できるように活動してきたのは本当だ。
アイソトープの味方であったことは確かだが、実は裏にそんな思惑があると知り、俺は複雑だった。
「騙してたわけじゃないわよ」
「そうだけど……」
騙された気分になっていたのは、事実だった。
「あなたにも父を生き返らせるように強要したことはないでしょ」
「それもそうだけど……」
「第一、【蘇生】スキルの修行なんかもしてないし」
「そ、そうだな……」
「あなたが勝手に身につけたんでしょ。【蘇生】スキルを」
「……」
すべてその通りである。
俺が【蘇生】スキルを持っていたことを知っても、シャルムはずっと黙っていた。確かに魔王城に送られたりもしたけど……。
きっとシャルムやベリシャスならば、俺の意志なんて関係なく【蘇生】スキルを使わせることもできただろう。洗脳したり操ることもできたはずだ。
だがそんなことせずに、このタイミングで……。
「……で、これからシャルムはどうするつもりなんだ? 俺にぜんぶ打ち明けて、やっぱりハデスを生き返らせろって言いたいのか? それで人間に、ランゲラクに復讐しようって言うのか?」
二人だけの見張り塔最上階。
夜空の月だけが、俺たちの密会を見届けていた。
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