「魔王が、自分の兄を生き返らそうとしている?」
俺はペリクルの言葉をゆっくりとなぞった。
アオイは木の枝に止まって、今は茶々を入れることなくペリクルの話を聞き届ける姿勢だ。
「そう。今の魔王様は三代目魔王になるんだけど、二代目はそのお兄様だったの。だけどウハネとの戦いで、お兄様は亡くなられたの。これがダジュームの歴史にも残っている、救世主ウハネの奇跡よ。それで、今の魔王様が三代目として魔王軍を継いだのよ」
声を潜めながら、魔王の代替わりの事実を話すペリクル。
現魔王には、兄がいて、その兄が先代の魔王だったのか。
ウハネが先代の魔王を倒したことは、ダジュームに生きる人間ならば誰でもが知る語り草であり伝説だ。
こういう歴史を語ることこそが、語り部としての妖精の妖精の姿なのだろうと、ふと思う。
「なんで今さら?」
「今の魔王様は、仕方なく魔王になられたの」
「弟のほうは魔王になりたくなかった?」
「そうよ。今の魔王様はどこか、モンスターらしくない。勇者との戦闘も避けているようだった。ここしばらく、大きな戦乱は起きていないでしょ?」
それはシャルムも言っていたような気がする。
決して平和とは言わないが、ダジュームが落ち着いているのは事実だった。だからこそアイソトープたちもハローワークで訓練を受けて、自立した生活を送れるようになっていたのだから。
「まさか自分は魔王をやりたくないから、兄を生き返らせようとしているのか? いや、もっと単純に復讐のため?」
「……たぶん、そう。ジェイド様も直接聞いたわけじゃないらしいけど、魔王の座の奥に魔王様の兄の死体が隠されているのを見たらしいわ」
「なんだって?」
誰かが言っていたが、【蘇生】のスキルで生き返らすことができるのは、その死体が完全に残っているという条件があるらしい。
魔王が兄の死体を保存しているということは、いつか生き返らせるつもりだった?
「魔王はずっと【蘇生】スキルを使える者を探してたってことか? 兄を生き返らせるために?」
「だから、ジェイド様にはあなたがスキルを使えるかどうか確認してこいって命令したのよ」
ジェイドは俺を殺そうとはしなかった。捕まえようともしなかった。
あくまで監視にこだわっていたのは、そういう理由だったのか。
「じゃあどっちにしろ、俺は魔王軍に捕まるわけにはいかないじゃないか……」
これは人間的な目線から見ると、当然である。
初代魔王の長男という、魔王レベルのモンスターを生き返らせてしまえば、ダジュームの平和とは程遠い状況を作ることになる。まさに俺は人類の敵になってしまう。
「いや、ちょっと待てよ? だけどランゲラクは俺を殺そうとしてるんだよな? てことは魔王の兄を生き返らせたくないってことか? 魔王とは真逆じゃん?」
魔王軍の内ゲバの事情を知るつもりはないが、魔王とランゲラクで俺の処置について対立しているのは確かである。
「ランゲラクは初代の魔王様から仕えている最古参よ。そして、その時から長男とランゲラクは馬が合わなかったの。……ここからは推測」
「まさか、ランゲラクは兄のほうに魔王軍を継いでほしくなかった? もしかして……?」
俺はペリクルの話の続きを先読みして、戦慄が走った。
「ランゲラクがお兄様を殺したんじゃないかって、ジェイド様と魔王様は考えてる。ウハネに殺されたのは、嘘じゃないかって」
俺が考えたことを、ペリクルが言葉にする。
これぞ勢力争いのお手本というべき事案である。
ランゲラクは自分の地位を守るために、二代目魔王が邪魔だった。だから、どさくさに紛れて、殺した……?
「でもそれが本当なら、魔王軍に対するとんでもないは違反行為じゃないのか? 魔王は疑っていながら、よくそんな奴を今も参謀にしてるな?」
ランゲラクってやつがとんでもない悪い奴だということは、秒で理解できた。いや、モンスターなんだから全員悪い奴なんだろうけど、群を抜いている。
「証拠がないの」
「だからってさ……。でもジェイドは今そのランゲラクの下で働いてるんだろ? まさかそれって証拠を探すために?」
「……それも、ある。だけど、ランゲラクが気づいてないわけはないわ。あなたを殺そうとしているのに、わざわざ魔王様の意思を汲むジェイド様を部下に加えないでしょう? きっと、なんか考えてる」
人間関係、もとい、モンスター関係がややこしくなってきた。
「魔王は兄を生き返らせるために俺のスキルが欲しいけど、手荒なことはしたくないってことだよな? でもランゲラクは兄を生き返らせたくないから、俺を殺してしまいたい。そういうことか?」
「そういうこと。だからあなたは、ランゲラクに捕まるべきじゃない。今度もきっと、勇者との戦闘のごたごたに紛れてあなたを殺すはずよ」
魔王軍は俺のスキルを求めて、二分している。そして、ランゲラクに捕まると、殺されることは確定しているということだ。
「それは分かったけど……。じゃあなんで魔王のほうは俺を捕まえないんだ? 俺に兄貴を生き返らせてほしいんだろ? 少なくともランゲラクを止めなきゃ!」
こんなことを言うと、自分が大者みたいで恥ずかしくなる。
魔王に助けてもらいたいとは言わないが、このままではランゲラクに俺が殺されてしまうぞ!
「ランゲラクは表面上、魔王様の意思に沿ってあなたを捕まえると言って、出撃しているの。だけど、勇者との戦闘で巻き添えにして殺すつもりなのよ! それくらいわかるでしょ!」
なぜか怒られた。
魔王の長男を殺してしまうような男だ。俺なんてちょちょいのちょいで殺してしまうに決まっている。
「なるほどね。魔王からしたらランゲラクは父親のころから仕えていた重鎮、簡単に閑職においやるわけにもいかないってことね。だから裏切りの証拠が必要ってわけか。それでジェイドっていう魔王側のモンスターがスパイに入ってるってこと?」
やけに物分かりのいいアオイである。
うまく状況をまとめてくれた。
「結果的にはそうなってるけど、ジェイド様を呼んだのはランゲラクのほうなのよ。ランゲラクも魔王様側の情報が欲しくて、ジェイド様を自分の軍に引き入れたのかもしれない。どっちにしろ、何を考えてるかわかんないジジイなのよ! 私、嫌いよ!」
なんとなく魔王軍の状況は分かった。
どちらにしろ、俺は魔王軍に捕まるわけにはいかないってことだ。
「そうなると、勇者がなぜ俺を追っているのか、それが分かれば……」
勇者パーティーにはシリウスがいる。
おそらくシリウスも、俺を追う理由は知っているはずだ。
「今度は勇者パーティーに接触するって言いだすんじゃないでしょうね?」
「そうだ。勇者パーティーには俺の知り合いがいるんだ。話だけでも……」
「だめよ! 勇者こそ何を考えてるかわかんないでしょ!」
「俺はアイソトープだぞ? どっちかといえば勇者に味方するのが普通だろうが!」
「冷静になりなさい! 向こうはそんなこと思っちゃいないわよ? 勇者だって、魔王様の兄を生き返らされたら大変なんだから。そうなる前に、あなたを殺そうとしてるはずよ! 狙いはランゲラクと同じよ」
ペリクルの言葉に、俺は冷静になる。
確かにそうだ。
勇者にとって、俺は魔王軍の勢力を増強させる可能性があるのだ。もう敵と思われているのかもしれない。
「だけど……、じゃあなんでシリウスが? シリウスも俺を探して、殺すつもり……。いや、そんなわけないだろうが!」
俺はよからぬことを考えて、あわてて否定する。
シリウスは同じ釜の飯を食べ、同じ部屋で生活してきた相棒だ。
俺たちアイソトープは家族同然だって、あいつもそう言ってくれた。
馬鹿なことを考えるなよ、俺!
「だったら俺はどうすれば……」
この戦闘を止められるのは俺だけだと思っていたのに、そんな簡単な話ではなかった。話し合いで解決できる問題でもないようだ。
「でも変な話ね。勇者もランゲラクも、あなたに死んでほしいんでしょ? じゃあ、あなたが死ねば解決するんじゃないの?」
アオイがさらっと恐ろしいことを言う。
「それじゃ、魔王様が困るでしょ! そうなったら今度こそ魔王軍は真っ二つになって、ダジュームは火の海よ! バカなこと言わないで、アオイ!」
「そっか……。ほんと、できそこないはややこしい!」
「はぁ……」
肩をすくめるアオイに、俺は大きくため息をつく。
死んでも、捕まっても、ダジュームの平和のためにはならないようである。
「だからあなたはシャクティ様がおっしゃっていたように、今はこの妖精の森で隠れてなさい! 余計なことをせずに、いいわね?」
ペリクルの大きな指示が森の中に響き渡った。
俺は一体どうすればいいんだ?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!