「修行? 【変化】の魔法を身につけるために修行をしろと?」
ベリシャスの提案に、俺は目を細めた。
このダジュームに転生してきて数か月。未だまともなスキルなど【薪拾い】くらいしか会得していない俺に、そんな高度なスキルの修行をしろですって? 正気ですか?
「僕の【変化】によって君はすでにデーモンになっているよね? だから体の中にその時の経験が残っているはずなんだ。だからそう難しいことじゃないと思うよ」
「簡単に【変化】のスキルを身につけられるってことか?」
「多少の修行は必要だと思うけど、素質がゼロってわけじゃないから大丈夫だよ。たぶん」
「そのたぶんっていう言葉が果てしなく懐疑的なんですけど?」
魔王が言う「大丈夫」という言葉ほど、信頼性のないものはない。
詐欺師の言う「絶対に儲かりますよ!」並みに。
「その【変化】のスキルを覚えれば、俺は自分でデーモンになれるって?」
「そうだよ。他人を変化させるより、自分を変化させるほうがスキル的には簡単だから」
それは実は便利なんじゃなかろうかと、俺の心は動き始めていた。
永遠にあのデーモンの姿でいるのは勘弁願いたいが、自分のタイミングで、たとえば恐ろしいモンスターに襲われたときに変化すれば、何事もなくスルーできる。
戦うだけではなく、危険な事態を回避できるという意味では、非常に平和的なスキルだと考えられる。
「で、その修行っていうのは?」
ここからが本題である。
何しろここは裏の世界。そして魔王が提案する修行。
簡単なことである保証はない!
「実はこの世界にもモンスターがスキル習得のために修行する場所があるんだよ。ダジュームのハローワークみたいなもんだよね。僕はかねてからモンスターにも教育の場が必要だと考えていて、最近ようやく完成した施設なんだよ」
ベリシャスは自信気に胸を張る。なかなかモンスターの教育にまでを配る魔王というのもいないだろう。
ハローワークでのシャルムの訓練もいわば地獄のようなものだったが、果たしてこちらはどうなのか。
「その場所に行って、修行しろと? どんなところなんだよ? ヘビーなやつはなしにしてくれよ?」
「簡単なことだよ。基本的には座学と実技があって、きちんと体系的にスキルの習得をサポートしてくれるんだよ。優しい教官が24時間徹底サポート、初めてでも安心の短期合宿プランもあるし、空いた時間は近くの海でバカンスも可能!」
「マジかよ……」
まるで車の免許の教習所ではないか。
ベリシャスの言葉はどこまで信じていいかはわからないが、ダジュームのハローワークよりも丁寧かつ親身に教えてくれるじゃねえか。
「ここのモンスターたちはまずここに通ってスキルを覚えさせようと思ってるんだ。魔王軍は教育制度も充実してるんだよ。いきなり戦場に送って成長を促すなんて無謀なことはしないんだ。ちゃんと適性を見極めて、適材適所がモットーだ」
これはシャルムにも聞かせてやりたい。俺なんか何も知らずにとりあえず洞窟に放り込まれたからな。危うく初手で死んでたんだぞ?
「しかも去年オープンしたばかりで施設も奇麗だよ。ついでに魔王軍の避暑地として別荘も併設しているからね。魔王軍の合宿もできるんだよ。福利厚生も完璧だ」
なんだかベリシャスがどっかの企業の社長に見えてきた。
「ちょっと待てよ。うまい話には裏がありそうだぞ? どうせ行ってみたら超スパルタで朝から晩までスキルの修行させられてズタボロになるんだろ! モンスターの教官なんて大体パワハラ上等なの知ってるぞ! ブラック企業の常套手段だ!」
「モンスターへの偏見はやめてくれないか。モンスターだって人間だって、いい人がいれば悪い人もいるものだよ。だけどこのスキル教習所は僕の肝いりで作った施設だからね。僕がパワハラを容認すると思うかい? そのへんはきっちり管理してるから」
確かにベリシャスの目が行き届いていれば不条理なことはなさそうだが……。
「それでちゃんとスキルを習得できるんなら……」
「ケンタなら大丈夫さ。じゃあとりあえず『新規スキル習得コース』に申し込んでおくから、明日から行ってきてくれ。【変化】の魔法を覚えたら帰ってきていいから」
「あ、明日から? ちょっと心の準備が……!」
「まあまあ、こういうのは思い立ったが吉日っていうじゃないか」
早速ベリシャスは【コンタクト】の魔法を使って、誰かと通信を始めてしまった。
「スキル教習所? 魔王だけど、新しい入所者を一人頼みたいんだが。そうだ。実は訳ありでね。よろしく頼む」
魔王直々に頼んでくれるということは、ひどいことにはならないか? むしろVIP待遇されるまである。
「そういうことだから、明日から教習所に行ってきて。さくっとスキル習得して、帰ってきてよ」
なんだか軽い感じで、俺はスキル習得所へ【変化】のスキルを習いに行くことになってしまった。
ハローワークではなく、なぜかこのモンスターがいる裏の世界で教習所に通うことになるとは思いもしなかった。
「スキル教習所? 明日から?」
明日から【変化】の魔法を習いに行くことをペリクルに告げると、大きな声で返されてしまった。
「そんなにびっくりするなよ。モンスターはみんな最初はここでスキルを習うって聞いたぞ? まさか、嘘なのか……?」
まさかベリシャスに上手いこと丸め込まれた?
「いや、そんなことないわよ。スキル教習所なんてエリートモンスターの登竜門みたいなところよ。そのへんの野良モンスターなんて行きたくても簡単に行ける場所じゃないわよ」
「そ、そうなの?」
俺の予想とは真逆の反応で、これはこれで驚いてしまう。
「そうよ。魔王軍の幹部として約束されたモンスターを教育するために作られた機関だって聞いたわよ? だって別荘もあるんでしょ?」
「らしいけど……。幹部養成の機関って、それはそれで逆になんかこわいんだけど?」
俺は魔王軍の幹部になんかなるつもりはございませんよ?
「確かハイレベルなスキルの習得率は群を抜いているとか。あのジェイド様でも通えなかったはずよ」
「ジェイドでも? まるで東大みたいなとこだな……」
全モンスター憧れの教習所とは。俺、そんなとこでスキルを学ぶの? 大丈夫? ついていける?
「あそこに通えばケンタみたいなできそこないアイソトープでもスキルの一つや二つは簡単に習得できるとは思うけど……」
ペリクルは顎を触りながら「うーん」と気になるリアクションをしている。
「おいおい、なんだその不安そうな顔は! やっぱりあれか? 超スパルタとか、そういうとこなんだろ? 血と涙と引き換えに、スキルを習得させられたあとはもはや廃人同然に……」
「そんなわけないわ。あそこの教官はとてもやさしくて24時間体制で生徒をフォローしてくれるって聞いてるわよ。だってそんな幹部候補のモンスターを潰しちゃったら魔王様に面目が立たないでしょ。教官のほうがすごいプレッシャーのはずよ」
「じゃあ何をそんなに不安そうな顔するんだよ?」
「いえ。ケンタも不思議に思わないの?」
「なにが?」
まったくぴんと来ない俺はペリクルに聞き返す。
「私、鈍感な男は嫌いよ! だってあなたはアイソトープじゃないの。アイソトープのあなたがそんなモンスターしかいない教習所に入れるなんて、おかしくない? あなた、ポンコツでしょ?」
「ポンコツ言うな」
たしかにそうだけど。
「それは魔王のコネでうまくしてくれてるんじゃないのか? 特別扱いみたいな感じで?」
「でも他の生徒は全員モンスターなのよ? しかも幹部クラスの。隠れてなきゃいけないタイミングで、わざわざあんたを人目につくような教習所に入れる意味ある?」
「そ、それは……」
ベリシャスは特例と言っていたが、なにも今じゃなくてもいい気がする。
俺も【変化】のスキルがあれば便利だなあとおもって同意してしまったが、教習所でランゲラクに見つかってはどうしようもない。今の俺はもうデーモンの姿でもないし、見た目から完全にアイソトープなのだから。
「や、やべえじゃん! アイソトープの俺が馴染めるわけないじゃん! 実力的にも、キャラ的にも!」
「だから言ってるでしょ。ほんとポンコツなんだから。私は知らないわよ」
「やっぱ行くのやめるって言ってこようか?」
「もう遅いわよ。覚悟決めなさい」
「えー! 助けてくれよ、ペリクル! 魔王に一緒に謝ってくれ!」
俺はふらふらと浮いているペリクルにすがりつく。
「なんで私が謝らなくちゃいけないのよ。魔王様の判断なんだから、あんたは行くしかないわよ」
「そんなこと言うなって! 教習所で謎の変死したらどうすんだよ? 朝起きたらバスタブで水死とかしゃれならんぞ!」
「じゃ、私は部屋に戻るから。無事スキルを習得して帰ってきたら教えてね。あ、生きてたらだけど」
ペリクルはぴゃららと飛んで行ってしまった。
「おい! 俺を一人にしないでくれぇぇぇ!」
俺の叫びは空しくも魔王城に響き渡った。
なぜか俺は明日からそのスキル教習所へと行くことになってしまった。目的は俺のレベルアップ、そして【変化】のスキルを身につけるため。
魔王軍のエリートモンスター幹部候補生の中で、アイソトープの俺は生きて帰れるのでしょうか?
まったくわかりません!
第九章 魔王軍のお仕事! 完
次回、第十章「この裏の世界の片隅から」は8/11から再開します。
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