アレアレアからの帰り道。
俺が馬に乗り、後ろのリヤカーには満身創痍のシリウスが乗っている。
そこに現れたのは、以前襲われたことのあるモンスター、一角鳥であった!
ちょうど真後ろから俺たちを追いかけてくるように、一角鳥が急降下してくるのであった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
俺は一心不乱に馬を走らせる。
「このまま、まっすぐ突っ切りましょう! 逃げ切ります!」
シリウスが状況を見ながら、冷静にナビをしてくれる。
「よし、このままいくぞ!」
一角鳥は俺たちのちょうど後方上空から、追いかけてくるようだ。
前回のスマイルさんの馬車と比べたら、身軽なだけ今の俺たちのほうがスピードは出ているはずだ。
逃げ切れる!
ていうか、逃げるしかないのだ!
あの時、スマイルさんは馬車を止めて迎え撃っていたが、俺たち二人で勝てるとは思えない!
「あ!」
するとシリウスが、声をあげた。
嫌な予感である。
「どどど、どうした?」
「思ってたより速い! このままじゃ追いつかれます!」
「えええええええ!」
さっきとは一転、シリウスが絶望的なことを言い出した。
俺は振り向くことさえ恐ろしく、ただただ手綱をしごくことしかできない。
前方にはただまっすぐ道が続くだけで、身を隠すようなものも一切ない。
あのスマイルさんも逃げるよりも迎え撃つことを選んだのは、一角鳥の速さを知ったうえでのことだったのか?
「どうする? 戦う? ……いや、戦わねーよ! このままいくぞ!」
血迷って一角鳥と一戦交えようと口走りかけたが、とんでもない!
俺たちには逃げるしか道は残されてはいないのだ。
「すぐに追いつかれますよ! 僕がここで戦いますから、ケンタさんはそのまま走ってください!」
「シリウス! 戦うって……?」
ちらっと背後のリヤカーを振り返る。
するとシリウスは揺れる荷台の上で立ち上がって、バスタードソードを構えていた。
そして同時に目に入ったのが、グングンと俺たちを追ってくる一角鳥の姿!
カバに羽が生えているような大きさの怪鳥が、もう間近に俺たちに迫っていた。
あんなものが突っ込んできたら一撃で俺たち二人はぶっ飛ばされてしまう!
まさに即死一直線!
「きます!」
シリウスが迎撃する覚悟を決めたのか、大声で叫んだ。
俺はぎゅっと身構え、手綱を握りしめる。
そして次の瞬間、背後から大きな衝撃がさく裂した。
馬も驚いて少し飛び上がったが、それを何とか制御して振り落とされないようにする。
「シリウス!」
俺は馬にしがみつきながら、もう一度振り向く。
するとシリウスが襲いかかる一角鳥を、バスタードソードで受け止めていた。
「ぎゃぁぁぁ!」
一角鳥の大きなくちばしが大剣にかみつき、首を振り回すわ、羽をはばたかせるわ、大暴れしているのだった。
対するシリウスは剣を離さないようにしっかりと握り、不安定な荷台の上で必死で持ちこたえていた。
完全にかみつかれているので、馬のスピードも落ちてしまう。
「どうする? どうする?」
間近に見た大きなモンスターの姿に、俺は動揺を隠せない。ていうか、もうすでにちょっとちびっている。
大きな怪鳥の頭には大きな一本の角。あんなものにでも貫かれたら、即死も即死である。
「ケンタさんは、このまま、走り続けてください! 僕がなんとかします!」
シリウスが剣を振ると、再び一角鳥は後方に飛び去って距離をとる。
逃げてくれたのかと思ったが、そんなわけがない。もう一度、こちらを狙う気満々である。
「何とかするったって……」
確かに俺にできることなど、この状況では何もない。
馬が止まってしまえば、それこそモンスターの餌食になってしまうのだ。まっとうに戦って、勝てる相手とは思えない。
このまま走り続けて、あわよくば逃げ切ることが俺たちにとっては一番生存の確率が高いように思われる。
「ここで抵抗していれば、あきらめて去ってくれるかもしれませんから!」
ガチン、とまた剣とくちばしがぶつかる音がする。
どうやら一角鳥の攻撃を、シリウスが何度も受け止めているらしい。
さすがにシリウスのほうから攻撃する余裕はないようだ。
なんてったってリヤカーの上から動けないのだ。襲ってくる一角鳥を受け止めているだけでも、すごいことである。
あれが俺だったら、一撃でリヤカーから吹っ飛ばされてそのへんに転がって美味しい餌になっていることだろう。
「落ちるなよ、シリウス! なんとかもちこたえてくれよ!」
もう俺は迷いなく、馬を加速させる。
ハローワークへはあと10分ほど走れば着くはずだ。あそこまで行けば、シャルムが助けてくれるだろうし、最悪ハローワークの中に入れば結界が張られているのでモンスターは入ってこれないはずだ。
こうしている間にも、ガチン、ガチン、と背後では戦闘が繰り広げられている。
ついさっき、勇者に敗れたシリウスにまだこんな体力が残っていたとは。あんな大きなバスタードソードを振り回せる筋力と体力は、訓練だけではなくシリウスの自主トレの成果がものをいっているのだろう。
あいつ、最近ずっと訓練後も筋トレをしていたからな。頼りになる男だ!
ガリン、とまた金属がぶつかる音がする。
同時に「キェェェ」という不気味な鳴き声。何度聞いても、耳に悪い。
一角鳥はその名の通り、頭に大きな角が生えているのだ。その角とくちばしが主な攻撃の手段となる。
シリウスはこの不安定な場所で、その攻撃を受け続けている。
できれば一撃くらい与えられれば、モンスターも逃げるかもしれないのだが、そんな贅沢は言っていられない。シリウスが持ちこたえてくれるおかげで、俺は馬を走らせていられるのだから。
また、ガチンと大きな音がする。
が、俺は振り返らず、シリウスを信じて馬の腹を蹴る。
さっきまで重そうにしていた馬も、ここにきて最後の気力を振り絞ったのか一気に加速する。
防戦一方であろうシリウスを、俺は振り向く余裕などない。
ただでさえ道なき道を走っているので、馬を乗りこなすことに精いっぱいだ。リヤカーを揺らさないように走ることが、後ろで戦っているシリウスのためになるはず。
シリウスは俺のことを信頼してくれている。
俺も今はシリウスを信じて、走り続けるしかない。
とにかくハローワークに帰ること。それが俺に与えられた使命。
そう、俺たちの家に帰るのだ。
「見えたぞ!」
一心不乱に走り続けた俺は、ようやくハローワークの建物を視界にとらえた。
「シリウス、助かったぞ! もう少しの辛抱だ!」
俺は希望が見え、テンションが上がる。
「……シリウス、大丈夫か?」
そういえば、さっきから剣がぶつかる音が聞こえない。
一角鳥の奇怪な鳴き声も聞こえない。
もしやシリウスが追い払ってくれたのか?
いや、まさかシリウス、あの一角鳥を倒してしまったんじゃ?
俺はようやく家に到着する寸前になって、後ろを振り向いた。
「シリウス……?」
もうリヤカーに迫る一角鳥の姿はどこにも見えなかった。
荷台にはよほど暴れたのであろう、一角鳥のちぎれた羽が散乱し、一緒に積んでいた薪はもうほとんど落ちてしまったようだ。
そして、大きく大の字で仰向けに寝転がるシリウスがいた。
「おい、勝ったのか? さすがだな!」
馬を走らせながら、前方とリヤカーを交互に見る。
どんどんハローワークの建物が近づいてくる。もう安心だ。
一角鳥もいなくなったこともあり、俺は手綱を緩めてスピードを落とす。
「シリウス? 大丈夫か?」
一角鳥を追い払って疲れ果てたのは当然であるが、さっきからシリウスの反応がないのだ。
もう一度、俺は後ろを振り向く。
馬につながれたリヤカーの荷台の上に仰向けに倒れるシリウス。
さっきまで振り回していたバスタードソードは、どこにもない。
「おい、シリウス?」
何か変だ。
一角鳥を倒して、疲れ果てて寝てるのか? いや、それにしても妙だ。
何度呼んでも返事がないシリウスが心配になり、俺はついに馬を止めた。
そして馬を降り、リヤカーに回り込む。シリウスの姿を確認して、初めてそこで気が付いた。
リヤカーの荷台は、血で染まっていた。
その中央に、血だらけで倒れるシリウスがいた。
「シリウス!」
なぜ今まで気づかなかったんだ。
なぜ俺はシリウスに気づかず、馬を走らすことしかできなかったんだ。
なぜ俺は、シリウスを見捨ててしまったんだ。
「シリウス!!!」
大量の血の中に浮かぶシリウスは、かすかな笑顔を浮かべていた。
その腹に、大きな角で一刺しされたような大穴を開けて。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!