「シャルムは俺をどうしたいんだ?」
シャルムは父ハデスを生き返らせるために、このダジュームでハローワークを開き、【蘇生】スキルを持つアイソトープを捜していたというのだ。
アイソトープの覚醒と可能性に賭けていたシャルムは、俺を見つけた。
それはまったくの偶然といっていい。
俺は【蘇生】スキルの修行をさせられたわけではなく、まさにアイソトープの覚醒を起こしたのだった。
「あなたに無理強いするつもりはないわ。だからすべてを話したのよ」
腕を組んでいるシャルムは、すうっと俺を見つめた。
すべてをさらしたというような、晴れ晴れとした表情に見えた。
「あなたがどうするかは、あなたに任せるわ」
それ以上、シャルムは何も言わなかった。
再び見張り塔の下と、闇夜の空に視線をさまよわせる。
「俺に任せるって……、無茶言うなよ!」
俺はただこのダジュームに転生してきたできそこないのアイソトープ。たまたま目の前でシリウスが殺されて、何とか救ってやりたいという気持ちから【蘇生】スキルが発現した。
覚醒したくて、覚醒したわけじゃない。
俺は最初からごたごたには巻き込まれたくなかったんだ。
ただ静かに、スローライフを送りたかっただけなのに、なぜか今はダジュームと裏の世界を股にかけて、中心に立っている。
こんなはずじゃなかったんだ。
俺に【蘇生】スキルなんて、宝の持ち腐れだ。
ただシリウスのために使っただけで、いくらシャルムの父親とはいえ魔王を生き返らせるなんて……。
「俺には、決められるわけないじゃないか……。俺は、こんなことできるような人間じゃないんだよ。ただの、高校生なんだよ……」
俺はうつむいて、両手を見つめる。
これまで空気を読んで流されてきただけの俺が持った、この【蘇生】スキルという力。
――もし魔王ハデスを生き返らせたらどうなる?
シャルムはベリシャスはその再会を喜ぶことだろう。俺だってこの二人には世話になっているし、喜ばせてあげたい。
だが、その歓喜の先にあるのは戦争だ。
きっとハデスは自分を裏切ったダジュームの人間たちを許さないだろう。元凶であるウハネはすでに死んでしまったといえど、歴史は彼を救世主に仕立て上げた。
もちろん、復讐の相手はランゲラクやギャスにも同じことは言える。
ハデスはベリシャスやシャルムとともに、ダジュームだけにとどまらず裏の世界でも争いを巻き起こすはずだ。
復讐という名の、憎しみの連鎖が巻き起こってしまうことは間違いない。
「シャルムの望みは、ダジュームへの復讐なのか?」
「そうよ。父の汚名を晴らすのよ。父と一緒に」
「そうか……」
断言するシャルムに、俺は言葉を濁す。
――では、ハデスを生き返らせなかったら?
魔王軍と勇者の関係性は何も変わらないのだろうか?
少なくとも、ベリシャスはダジュームとの和平を望んでいたはずだ。
これまで通り、勇者は魔王を倒そうと戦い続け、ベリシャスもそのつもりがないとは言いながらランゲラクを牽制しつつアンバランスな関係が続くのだろうか。
じゃあ、シャルムは?
父親を勇者の罠で亡くし、その復讐はどうなる?
シャルムは一人でも、ダジュームに復讐を果たそうとするんじゃないのか?
「ベリシャスは、どう思ってるんだ? あいつはダジュームと協和の道を探ってるじゃないか? それが兄ハデスの望みだからだろ? あいつは復讐なんて……」
「そうかもね。でも私もベリシャスも、ハデスを生き返らせたいという思いは同じよ」
「実際に生き返らせたら、袂を分かつってことか? いや……」
「それは父が決めることよ。生前の方針通り協和を目指すか、それとも自分を裏切った奴らの粛清と復讐を目指すか……。生き返った父の気持ちがどう変わっているかは、わからない」
背中を向けたまま、シャルムが声を抑えながら言った。
確かに本当にハデスが生き返ったとしたら、シャルムにとっては父、ベリシャスにとっては兄なのだ。ハデスがどうしたいか、その決断が大きな影響を与えるだろう。
「私はすべて壊してやりたいんだけどね。勇者もダジュームも、ランゲラクやギャスたちも」
それはシャルムの偽りのない本音だったろう。
父を奪われ、そして母は寿命とはいえ死に目にも会えなかったのだ。ダジュームを恨む気持ちは分かるが、俺はなんだか寂しくなってしまう。
「で、あなたはどうする?」
ゆっくりと振り返り、俺に問うシャルム。
俺はいつの間にか、ハデスを生き返らせるという選択肢が自分の中で大きくなっていることに気づいていた。
絶対にこんなスキルを使わない、誰かに利用されないと決めていたのに、シャルムがそれを望んでいるということが俺の決意を揺るがせていた。
俺の【蘇生】スキルがダジュームの行方を左右させていることは、今も変わりはない。
以前の俺ならば先代の魔王を生き返らせるなんて言語道断だと考えていた。それはすなわちこのダジュームの危機に直結すると思っていたからだ。
なにせ魔王みたいな極悪なモンスターが生き返ったら、ダジュームなんて秒で滅ぼされると思っていたから。
だけど俺は最初はジェイドというモンスターに会い、魔王ベリシャスにも会って、モンスターのイメージが変わりつつあった。
モンスター全員が人間を襲うつもりがないということだ。現にハデスだって人間と結婚したことを機にダジュームとの協和の道を模索していたのだ。その意志は弟のベリシャスにも受け継がれている。
逆に救世主とされているウハネの本当の姿を知ってしまった。
――むしろハデスを生き返らせたほうが、ダジュームとの協和は進むのではないか? それが憎しみの連鎖を止める、唯一の方法ではないのか?
俺の逡巡はどうやらシャルムにも伝わったみたいで、
「そんなに難しい顔しないでよ。私が鬼みたいじゃない」
シャルムはひとつ嘆息をついた。
「こんな顔にもなるよ! ずっと魔王なんて生き返らせたくなかったんだよ、俺は! でも今は……」
今は、シャルムやベリシャスのことを知ってしまっているのだ。
だから、こんなにも悩んでしまっている。
「あなたが悩むのは分かるわ。今ここで結論を出せとは言わない。あなたなりの試行錯誤が必要でしょうからね。あなたはアイソトープとはいえ、このダジュームで生活してきたんだから」
シャルムとしては自分の望みを俺に強制するつもりはないらしい。
「自分で考えて、結論を出せって言うのか? ハデスを生き返らせるかどうか?」
「そういうコト」
あっさりと、すべての決断を委ねてくるシャルム。
「まだあなたはこのダジュームに来て間もないわ。私から言わせると、生まれて間もない赤子以下よ。情報も少なけりゃ、判断材料も乏しいはずよ。自分の足と、自分の目と耳で、これからあなたがするべきことを考えなさい」
「それってどういう意味?」
「一年あげるわ。一年、ダジュームでも裏の世界でも行って、あなたが正しいという答えを探してきなさい」
「俺が、一人で旅をする……?」
シャルムが予想だにしなかったことを言い出して俺は目を丸くする。
「別に旅をしろってわけじゃないわよ。この一年間はあなたの好きなように生きてみればいいわよ。ダジュームで生活してきて、行きたいところや会いたい人がいるんじゃないの?」
俺はふと、このダジュームで生活してきた日々を思い出した。
アレアレアの町に転生してきて、ハローワークでの修行。俺はいろいろな場所を訪れた。
そして、いろいろな人とも出会った。
思い浮かべるだけで、枚挙にいとまはない。
「それで一年後、またここで会いましょう。そのとき、あなたの決断を聞かせて」
シャルムは俺に選択肢を与えようとしていた。
「これはベリシャスからの提案よ。あなたが私たちに気を使って決断を迷うかもしれないからって。もっといろんな意見を参考にして、あなたが決めるべきだってね」
きっと俺がシャルムのことを慮ってハデスを生き返らせようとしていることに気づいているのかもしれない。
「私は拷問してでも無理やり【蘇生】を使わせるべきだって言ったんだけどね」
「やっぱり鬼じゃねーか……」
冗談かどうかわからないことを言って、これ以上俺を迷わせないでほしい。
「あなたの決断は尊重するつもりよ。別にめんどくさいってんならそのへんであなたのやりたかったスローライフでもすればいいわよ。やろいたいことをやればいい」
「やりたいこと……」
俺は即座に、カリンとシリウスの顔が浮かんだ。
今は離れ離れになっている、家族たち。
できれば、もう一度会いたい。
「難しく考えなくていいわよ。あなたが好きに過ごせばいい。一応、監視はつくと思うけど、そのほうが安心でしょ?」
「もし俺がモンスターとかに襲われて殺されそうになったら助けてくれるっていうことか?」
それは十分あり得る。ランゲラクたちのこともある。それどころか知らない森とかに迷い込んで餓死する可能性もある。
「そういうコト。今あなたに死なれちゃ困るのよ」
「でもランゲラクはどうするんだ? あいつが俺を俺を狙ってきたら……」
「それはベリシャスのほうでなんとかしてくれるはずよ。あなたはこの一年間、悔いのない決断ができるようにすればいいの」
そう言いながら俺を見るシャルムの目は、どこか寂し気で、どこか憐みが漂っていた。
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