「俺がここにいることでモンスターをおびき寄せるかもしれませんからね。早く帰った方がいいかもしれません」
「この町なら壁に囲まれとるからモンスターが入ってくることはないわ。安心せえ」
俺の気持ちを察し、スネークがフォローを入れてくれる。
「お前さんもさっさとスキルを身につけて、自分の身を守れるようになることじゃな」
今も俺がこの町の中にいることで、モンスターをおびき寄せかねないのは事実である。
「お前さん、戦闘には興味ないのか?」
「当たり前ですよ! モンスターとなんか戦いたくありませんよ!」
俺の平和第一の言葉に、スネークが驚いたように目を丸くした。
「ダジュームに来たアイソトープは大体、戦いたがるもんなんじゃがな。最近の若いもんは、変わったのう」
「俺と一緒に転生してきた奴は、今でも勇者のパーティーに入ることを目指して訓練してますけどね。俺はそんなのごめんですから」
「そうか、お前さんみたいなのを草食系男子っていうんじゃろ? この前、なんかで聞いたぞ?」
「いや、それはまた違う気がするんですけど……?」
異世界でも草食系男子っていう概念あるんですね?
「俺はこのアレアレアの町でまったりパン屋でもして暮らしたいですよ」
この町なら壁に守られているし、そうそうモンスターに怯えなくてもいい。
俺もカリンみたいにお料理訓練がしたいものである。シリウスの訓練を見ていると、絶対にシャルムから【魔法】スキルの訓練は受けたくないし。
「ふぉふぉふぉ。この町にもアイソトープはたくさん働いておるからな」
「そうなんですか? それはありがたいですね」
実際、ハローワークを卒業したアイソトープには会ったことがないのでいまいちイメージが湧かなかったが、この町ならばジョブはたくさんありそうだ。
「スネークさんは今でも魔法でモンスターと戦ったりしてるんですか?」
すっかりスネークとの世間話に花が咲いてきて、俺も居心地がよくなってきた。
スネークも好々爺の雰囲気があり、俺も話がしやすいかった。
「まあわしは隠居の身じゃからの。それにアレアレアは町も警備隊や護衛団がしっかり守ってくれとるんで、わしはなんもすることがないわ」
「そうなんですか。」
「わしも昔はのう、魔法でモンスターをバッタバッタとなぎ倒しておったんじゃぞ」
スネークは空手の型を舞うように両手を突き出した。その動きはゆっくりで、まるで魔法使いの動きではない。
「こう見えて先代の勇者のパーティーに入っておったこともあるんじゃ。懐かしいのぉ。わしも『黄金の蛇』という二つ名で有名な魔法使いじゃったのよ?」
昔を思い出すように、スネークは目を細める。
黄金の蛇? なんか魔法使いっぽくないなぁ?
「勇者のパーティーにですか? 本当ですか?」
どこまで本当か、。老人の過去の栄光話は大体が誇張されているものだ。
「お前さん、信じておらんな? あと一歩で魔王城というところだったんじゃぞ?」
「魔王とは戦わなかったんですか? どうしてパーティーを離れたんですか?」
「まあそれは、いろいろあったんじゃよ。今の勇者パーティーは世代交代をして若返っとるからな。わしみたいな老人はもう必要ないんじゃよ」
ふぉっふぉっふぉと、わざとらしく笑うスネークに、俺はそれ以上聞けなくなった。
「戦わないに越したことはないですよ。俺もここでまったりスローライフしたいもんです」
「アレアレアは魔王の影響も少ないしの、アイソトープでも暮らしやすいじゃろうな」
「本当、平和が一番ですよね……」
俺も老人のように背中を丸めて、ふと窓の外を見る。
本当に、アレアレアは平和でいいよなぁ。
「お前さんを見とると孫と話してるようじゃわい」
窓から差し込む太陽の光にぽかぽかしながら、スネークさんが微笑む。
「お孫さんがいらっしゃるんですか?」
「いや、おらん」
「おらんのかい!」
ひなたっぼっこをしながら、俺たち二人はこんな不毛な会話を繰り返すのだった。
「そうじゃ、これをやろう。草食系のお前さんにはぴったしじゃ」
と、急にスネークが自分の腕にはめていた白い腕輪を外す。
「なんですか、それ? 魔道具?」
俺の腕にも、シャルムからもらった黒い腕輪が装着されている。
これは魔法を使う際にオーラを集中させるための魔道具なのだが、魔法を覚える気がない俺にとってはただのファッションアイテムにすぎず、付けている意味はあまりなかった。
だがこの黒い腕輪がアイソトープである証でもあるので外すのは気が引けるのだ。
「魔道具なんて大層なもんじゃないわい。わしにはもう必要ないからの」
そう言いながら、俺にその白い腕を渡してくるスネーク。
その顔は孫にプレゼントを渡すような柔らかいものでもあったが、どこか寂しそうな印象も受けた。
「あ、ありがとうございます」
俺はありがたく受け取り、シャルムの黒い腕輪と一緒に左手に装着した。
「平和を望む草食系のお前さんにお守り代わりじゃ」
「お守りですか?」
「安心せい。なんの魔法も呪いもかかっとらん、ただの腕輪じゃよ」
スネークはそう言うが、付けた瞬間、ちょっと気が引き締まる感じはしたのはなぜだろうか?
神様なんかほとんど信じない俺ではあるが、なんだか守られている気になってしまう。
「じゃあ、俺はそろそろ帰ります。遅くなったらシャルムにしばかれるんで」
シャルムが魔法使いだということが知れて、遊んでいるとマジで叱られそうである。
「おお、そうか。また何かあるかもしれんから、そのときは頼むわい」
あまり長居するのもあれなので、俺は席を立つ。
「まあケンタよ、お前さんもシャルムを信じてついていけば間違いなかろうて」
「ええ。俺は世界平和を願って、なるべくスローライフを目指して生きていきます」
ファンタジー世界だからって、全員が戦うわけじゃないもんな!
俺は草食系アイソトープのパイオニアとして生きていこう。
「これ、ありがとうございました」
左手につけた白い腕輪を持ち上げて、礼を言う。
「例なんていらんわい。おお、そういや来週のパレード、お前さんらは来んのか?」
ふと、帰り際にスネークが気になることを言い出す。
「パレード? アレアレアでなんのパレードがあるんですか?」
ドアから出ようとしたところで、俺は振り返る。
「それも知らんのか? 本当にお前さんは何も知らんのじゃな」
馬鹿にされるが、俺はもう反応をしない。
あの僻地のハローワークで訓練をしていると、どうしても世間の話題に疎くなるのは仕方がない。この世界にはテレビもラジオも、ネットもないのだから。
「勇者パーティーがアレアレアの町にやってくるんじゃよ。それでパレードがあるんじゃ」
「え、勇者パーティーが?」
予想だにしなかったスネークの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「そうじゃよ。勇者がわしに会いに来るんじゃ。それで、そのついでに町を上げて歓迎パレードをするらしいぞ。今も大通りでは準備しとるはずじゃわい」
スネークは誇らしげに、窓の外を指さした。
「ちょっと待ってくださいよ。勇者がスネークさんに会いに来るんですか? なんで? なんの用で?」
「わしも勇者に頼られる大魔法使いじゃからの。どうじゃ、尊敬したか? ふぉっふぉっふぉ」
得意げに髭を撫でるスネーク。
さっきの勇者パーティーにいた話、本当だったのか?
「まあ、このことは内密にしといてくれよ。勇者が黄金の蛇を頼ってくるなんてしれたら、家の周りがパニックになるわい」
ふぉふぉふぉと豪快に笑う黄金の蛇こと、大魔法使いスネーク。
「アイソトープも一度くらいは勇者に会っておいて損はないぞ。このダジュームにおける重要人物じゃからの。シャルムにお願いして、パレードを見に来ればいいわい」
スネークの言葉を最後に、俺は家を出た。
「……勇者が町にやってくるだって?」
この異世界ダジュームに来てからも、その存在だけは把握していた勇者。
俺たちが訓練に勤しむ間も魔王と戦っているとされる勇者パーティーは、俺にとってはまったく関係のない存在だった。
戦闘に興味がない俺にとってはそれは当たり前のことで……。
だけど、その勇者に会えるとなるとどこか俺の心がざわついた。
「ちょっとだけ見て見たいのは確かだな。野次馬的好奇心で」
勇者という存在が俺とダジュームの立ち位置を大きく変えてしまうとは、このときはまだ考えもしなかったのだ。
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