シャルムたちがアレアレアでのん気にランチ会をしているころ、ハローワークでは修羅場を迎えていた。
地下の道場ではアイソトープのケンタと、魔王直属のモンスターのジェイドが向かい合っている。
二人はお互いを斜め上過ぎる方向に勘違いをしていた。
ケンタはジェイドのことを、自分と同じアイソトープで、元ヤクザの反社会的組織の構成員だと。
そしてジェイドはケンタのことを、自分を罠にはめて殺そうとしているモンスターハンターだと。
なぜそんな勘違いをしているのかは、二人が慎重すぎる性格だからで、勝手に考えすぎた結果、こんなことになってしまった。悲しいすれ違いである。
「さあ、行くぞ」
ジェイドは魔王からの命を受けて、このケンタが【蘇生】スキルを使えるのかどうかを確かめに来たのだ。
しかしケンタの素性を怪しむうちに、このままではらちが明かないと、魔王城に連れていくことにしたのだった。スキルの確認は、魔王城でじっくりやればいい。
ケンタの腕を引っ張り、道場を出ようとするジェイド。
「ちょちょちょ! どこ行くんですか! 離してくださいよ!」
ケンタも必死でそのつかまれた腕を振り払おうとするが、モンスター相手にそう簡単にいくわけがない。道場から階段に引きずられていく。
「正直に白状するのなら今のうちだぞ? お前は魔法を使えるのだろう?」
ジェイドはケンタを逃がさないように腕をがっちり掴んで階段をのぼりながら詰問する。
ストレートに【蘇生】スキルが使えるのかどうかを吐かせようと思ったが、さすがに目的をばらすのは腰が引けた。
モンスターハンターのくせに魔法も使えないなどと嘘をつくケンタに、ジェイドはイライラしていた。
アイソトープになめられてはモンスターの沽券にかかると、必死であった。
「何を言ってるんですか? 俺は魔法なんて使えませんし、使う気もありませんから!」
一方のケンタも、ジェイドがなぜ魔法にこだわっているのか理解できなかった。
そんなもん使えたら戦闘ジョブなんかを斡旋されてしまう。なんでわざわざ火中の栗を拾いに行かなくてはいけないのだ!
これはケンタのダジュームライフの根幹にかかわる問題であった。魔法は使えないと正直に話しているのに、なぜか信じてもらえないのはどういうことだろうか?
「魔法も使いたくない、訓練もしていないと言うのか? そんなアイソトープがいるわけないだろうが!」
「知りませんよ! ジェイドさんはもともと強いから、使えるんでしょうけど!」
ケンタはジェイドが元ヤクザだと勘違いしている。
ヤクザというジョブは気合いとか根性とかが重要だろうし、任侠道を極めれば異世界でも魔法くらい簡単に使えるようになるだろう。そう解釈していたのだ。
「魔法も使えずに、どうやってアイソトープが生きていけるというのだ! さっきもキラーグリズリーに殺されそうになっていただろうが」
「助けてもらったのは感謝してますから! どうすりゃいいんですか? 仁義で応えなきゃダメなんでしょうか? まさか落とし前に小指を……?」
「わけのわからんことを言うな」
ずるずると階段をひきずられていく。
どこかにしがみつこうとするが、ジェイドのパワーにはかなうわけがない。
「まさかジェイドさん! こんなことするために俺に近づいたんですか? あの裏山でモンスターに襲われたのも、ジェイドさんが仕組んだんじゃ!?」
ケンタは同じアイソトープだと聞いて、ジェイドのことをあっさり信用してしまったのだ。
だがなぜか今はこんな状況で、あのとき抱いた親近感は今や彼方である。
「自分のことを棚に上げてよくも言う!」
ジェイドにしてみたら、白々しいこと甚だしかった。
「もうすぐみんなも帰ってくるはずですから、もう一度話し合いましょう! シャルムと話をしてください!」
「シャルムというのは誰だ?」
「ここの所長ですよ! ね? もうちょっと待ちましょう!」
「そうやって罠にはめるつもりか! これ以上抵抗するのなら、こちらも容赦しないぞ!」
「罠ってなんですか? いったん落ち着きましょうよ!」
ケンタはジタバタとごね始めた。
魔王軍直属のモンスターを罠にはめようとしたくせに、往生際の悪いアイソトープである。
こいつは黒か白か、【蘇生】を使えるのか使えないのか、もうここでは結論が出ない。
ジェイドそう考え、さっさとケンタを魔王城に連れて行こうとした。
「わわわ、なにするんすか!」
突然、顔の前にジェイドの手のひらが迫ってきて、ケンタは腰が引ける。
「次に目が覚めたら、白状しなかったことを後悔することになるだろう」
右手でケンタの腕をつかみつつ、左手でその顔を覆った。
「な、うわ、やめ……」
ケンタはジェイドの手のひらが急に冷たくなるのを、顔面に感じた。すすっと、鼻からはまるでフリスクを食べたときのような清涼感がして、次の瞬間には瞼が落ちていた。
これは【睡眠】の魔法である。
モンスターハンターでもないただの平凡なアイソトープのケンタは、ジェイドの魔法を受けて耐えられるわけもなく、一瞬で眠りに落ちてしまった。
「あっけないな……」
こんなに簡単に魔法にかかるとはジェイドも思っていなかったのか、もう一度左手をケンタの顔面に押し付け、再度魔法をかける。すでにケンタはぴくりともせずに寝息を立てていた。
勝手にケンタを過大評価しているだけではあるが、やはり慎重なモンスターである。
動かなくなったケンタを肩に担ぎ、ゆっくり階段を上がるジェイド。
まだ油断はできない。もしかしたらシャルムとかいう所長や仲間のアイソトープが待ち構えて、自分を狙ってくるかもしれない。
一階のリビングに出たジェイドは、体中のオーラを左手に集め、家中を見渡す。
同時に「第三の目」を事務所の外に出し、外の警戒も怠らない。
「みんなが帰ってくると言っていたのは、やはりブラフか」
異常がないのを何度も確認したジェイドは、事務所から出た。
一人だけならば【ワープ】の魔法で魔王城に戻れるのだが、今はケンタがいる。来た時と同じように、飛んで帰ることになる。このターゲットを担いで。
「しかし、アイソトープのスキルの有無を調べるのがこんなにも面倒だったとはな」
スキルというものは、目に見えない。
ぱっと見のオーラで、どれくらいの実力があるかを計ることはできるが、細かいスキルの有無までは正直わからない。
それこそ戦闘において、自分が持っているスキルを相手に知られることは致命的で、誰もがそのスキルを隠すというのは常套手段なのだ。
さっきからケンタが一様に「魔法は使えない」と繰り返していたのも、百戦錬磨のジェイドからしたら自分を油断させるための戦略だととらえられても不思議ではなかったのだ。
反対に、ケンタがあっさりと魔法を使えるといったとしても、それを疑うのがジェイドの慎重さであるので、この任務は彼には向いていなかったのかもしれない。
「魔王様も、なかなかの難題を与えてくださる」
ジェイドは満足したように、無表情を崩して口元で笑う。
最初から眠らせて拉致すればよかったのだ。これならば魔王の言いつけ通り、ターゲットを傷つけることもない。
魔王城でこいつを洗脳状態にし、モンスターの死体を使って【蘇生】の魔法を使えるか確認するのが、一番手っ取り早い。
「まったく、遠回りをしてしまったようだ。私の悪い癖だ」
慎重すぎるという性格は、自覚があるらしい。
この先、ケンタには二つの運命しか残されていなかった。
本当に【蘇生】が使えたならばそのまま魔王へ献上されて一生ここへは帰ってくることはできないだろう。
そしてもう一つ、【蘇生】を使えなかった場合。使えないことを証明するのは非常に困難で、いわゆる悪魔の証明になってしまう。つまりは使えるまで魔王城で監禁させられることになり、どちらにしても自由になることはできないのだ。
「さ、行こう」
スーツのほこりを払いながら、一度ハローワークの事務所を振り返る。もう二度と来ることはないので、ケンタに代わり一瞥を送る。
そして背中から羽を出そうとした瞬間だった。
「……!」
ジェイドの目の前でオーラが集中し、空間がゆがみ始めた。
(何者かがここへワープしてくる?)
ジェイドもよく知るその状況に、ケンタを抱えながら身構えた。
(まさか、こいつの味方が帰ってきたか?)
えてして嫌な予感は当たるものである。
迎え撃つか、このまま飛び去るか?
ジェイドは決断を迫られた。
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