午後0時50分。アレアレア・カテドラルからスネーク宅へ。
俺たちはとりあえずその爆発がした方向へと走り出した。
そこにはミネルバの姿もある。彼女も気になると言って、仕事を放り出してついてきたのだ。
正直、俺たち無力なアイソトープが爆発現場に向かって、なんとかなるとは思えない。むしろただのやじ馬であり、何か事故が起こったのなら邪魔にしかならないだろう。
でも……。
「走りながら、聞いてくれ!」
俺は走りながら、三人に状況を伝えようとする。
自分の頭の中を整理して、落ち着くためでもあった。
「パレードが終わった勇者パーティーは、本来の目的であるスネークさんの家に向かったはずだ。おそらく、あのまま馬車に乗って移動したとしたら、今ごろは到着しているはずだ」
そう。爆発が起きたとき、勇者パーティーはスネークさんの家にいたと考えておかしくない。
もちろん憶測だが、勇者の予定からすればそう考えるのが自然だ。
「でも、どこで会うかは分からないわよね? スネークさんが勇者のところへ出向いた可能性も?」
カリンがなるべく、最悪の可能性を排除しようとする。
「スネークさんは足を悪くしていた。勇者がわざわざ会いに来るのなら、家で待っているのが普通じゃないか? 特に今日は町中はこんなに人が多いし、スネークさんが出歩くとは思えない」
俺もネガティブなことばかりが思いついてしまう。
だが状況が揃いすぎていることが、俺たちをただただ焦らせるのだ。
「とにかく、行ってみるしかないですよ! それに、モンスターに襲われたなんてまだ決まったわけじゃないですし!」
シリウスの言う通り、もちろんあの爆発がモンスターによるものだとは確定していない。ただの事故かもしれないし、それこそスネークさんの家とも決まったわけではないのだ。
今、俺たちはただの想像、しかも悪い方に考えまくった最悪の予感だけで行動しているのだ。
アレアレアの北に位置するカテドラルから、一直線に南東のスネーク宅を目指す。
場所を知る俺が先頭を走り、後ろから無言でシリウス、カレン、そしてミネルバもついてくる。
四人ともが、何か言いたそうであったが、口に出るのはネガティブなことだけなので我慢しているようであった。
そして俺が先導していると、見覚えのある通りに入った。
「ここは……!」
思わず俺は足を止める。
それに合わせて三人もストップし、
「どうしたんですか、ケンタさん?」
俺が止まったのは、一軒のカフェの前だった。
「ここは……、あのカフェ?」
まずカリンがその建物に気付く。
ずっとガイドブックで読んでいたので、外観を見てピンときたのだろう。
これはカリンがずっと楽しみにしていて、パレード前に俺が買い出しに来たあのカフェである。
「さっき、ケンタさんが買い出しにいってくれた?」
「そう。私が行きたがってたカフェよ、ここ。アレアレアサンドの」
シリウスとカリンが、大体の説明をしてくれる。
なぜ俺がここで立ち止まったかというと。
「お前らに、言い忘れてたことがあるんだ」
あの爆発と関係があるのかどうかは分からない。いや、俺が見たあの姿さえ、見間違いかもしれない。
でも、俺の中だけの違和感としてとどめておくことはできなくなった。
「な、なんですか?」
真面目な顔をする俺に、シリウスが思わず後ずさる。
「さっき、ここでシャルムに会ったんだ」
「「「え?」」」
俺の言葉に、シリウスとカリンだけでなく、ミネルバまでも驚きを見せた。
もちろん、異世界ハローワーク出身のミネルバもシャルムのことを知っていて当然だ。
「いや、ごめん。正確には、シャルムのような女性、なんだけど。俺がこのカフェで注文を待っていると、この店の前を横切ったんだ。こっちから、こっちへ」
いまやってきた教会がある北方向を指さし、そしてこれから行こうとしているスネークの家のある南東方向へ、ゆっくり移動させた。
あのときシャルムも、今の俺たちと同じ方向へ向かっていったんだ。
「だけど、俺が店を出たときには、もう誰もいなかった。消えてしまった」
「それ、本当にシャルムさんだったんですか? だって、今日は首都へ出張に行っているはずでしょ? 見間違いじゃ?」
「もちろん、それは俺も知っている。でも、俺が見たその姿は、完全にシャルムだった」
確実なことではなく、俺も忘れかけていたんだ。
でも、あの爆発があって、点と点が一本の線に繋がりそうになっている。
「シャルムさんなら、ワープの魔法でいつでもここに来れるんじゃないのかな? でも、見間違いじゃなかったら、なんでアレアレアに?」
カリンの言う通り、シャルムなら魔法でアレアレアに飛んでこれるはずだ。
「そうなんだよ。俺も見間違いだと思ったんだ、ついさっきまで。でも、なんだかいろんな要素がつながったような気がしないか? 勇者はスネークさんに会いに来て、そのスネークさんとシャルムは師弟関係……。なんだか気持ち悪いんだよ」
「シャルムさんもスネークさんのところに行ったって言いたいの?」
「まさかケンタさんは、あの爆発にシャルムさんも絡んでるって考えてるんですか?」
シリウスの的を射た指摘に、俺も答える言葉はない。
すべてが杞憂であることを願いたいのだが、すべてが繋がっていたとしたら、さっきの爆発はどういうことなのか?
勇者とスネークとシャルム。
一体、何が起こっているのか?
今起こっていることで最悪のことってなんだ?
「……やっと思い出したわ」
黙る俺たちの中で、口を開いたのは、なんとミネルバだった。
教会の土産屋で働く、アイソトープであり、俺たちの先輩である。
「ミネルバさん、思い出したって、何を?」
最後尾をついてきていたミネルバに、俺たちは視線を集める。
彼女は走ってきたのに息ひとつ切らさず、真剣な顔で俺たちを見据えていた。
「あの煙よ」
俺たちがこれから向かおうとしている先から立ち上る、紫色の煙。
ミネルバは顎でその煙を示した。
爆発と同時に今ももくもくと、おどろおどろしく立ち上っている。
「あれ、シャルムの魔法かもしれない。パープル・ヴァイパー。頭上から雷を落として紫色の爆発を起こす、シャルムが得意としている、攻撃魔法……」
かつて異世界ハローワークで訓練を受けていたミネルバが、息を呑みながら話してくれた。
「シャルムの魔法? え、じゃあ……」
俺はその先の言葉を飲み込む。
「シャルムさんが、誰かを攻撃したってこと?」
カリンが、言葉を繋げた。
「ま、まさか? なんで?」
俺たち三人は、シャルムがこのアレアレアで攻撃魔法を使うケースを模索した。
シャルムがスネークさんの家を攻撃した? 自分の魔法の師匠を?
いや、そんなわけがない。
「ちょっとケンタくん、変なこと考えてるんじゃないの? シャルムさんがスネークさんを攻撃したとか?」
ズバリと、カリンが俺の心の中を指摘してくる。
「いや、そんなことは……。でも、可能性として?」
「ケンタさん、それは考えすぎです。普通に考えると、勇者とスネークさんをモンスターが襲撃してきて、シャルムさんが応戦した。そう考えるのが、素直じゃないですか?」
シリウスが、口元を手で隠しながら、もっともらしいことを言う。
シャルムがスネークと勇者に対立する理由はない。
「それでも、モンスターに襲撃されたというのは最悪ですし、なぜシャルムさんがここにいるのかの謎は残りますが」
俺たちの知らないところで、俺たちが知っている人たちが関わっているのは確かなことだった。
シリウスの言う通り、絶対に避けたかったモンスターの襲撃がかなりの確率で起こっていると考えられる。
「とにかく、行きましょう。まだシャルムだとは決まっていないし、いくら考えても答えは出ないわ。この町のことは私のほうが詳しいわ。こっちよ」
そう言って、ミネルバが走り出した。
何が起こっているのか、実際に確かめるしかない。
「行こう」
「はい」
「うん」
俺たちは再び走り出す。
午後1時13分。カフェ・アレアレからスネーク宅へ。
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