午前10時45分。アレアレア、中央広場。
カフェで調達を終えて中央広場に到着すると、さっきよりも人は増えていた。
早めに見学場所を確保した判断は正解だったようで、今ごろ到着していたら勇者の顔どころか、前の人の後頭部しか見えないところだった。
「お待たせ。これ」
群衆をかき分けかき分け、最前列に陣取るカリンとシリウスの肩を叩く。
「うわあ、ありがとう!」
手のひらを合わせて感謝を示すカリン。さっきよりか顔色はいい。ずいぶんと回復したように見えて、俺も安心する。
「ありがとうございます、ケンタさん」
紙袋を受けとったシリウスは、勇者パレードを目前に控えて緊張が顔に出ていた。
「俺も間に合ってよかったよ」
すでに大通り沿いは人でごった返している。
反対側の沿道にも、旗を持った人々がパレードの開始を待ち構えているようだった。
よく見ると腰に剣を携えた護衛団の姿が、大通りに等間隔に配備されている。万が一、この見物人が飛び出してきたら真っ先に捕まえられるのだろう。
頼むからそうなってくれるなよ、シリウス……。
「予定より早く勇者は町に入ったみたいですよ。まもなくこっちにやってくるみたいです!」
シリウスが大通りの北のほうをじっと見つめながら、直立不動でかしこまっていた。
どうやらパレードはすでに始まっているらしく、勇者はすでに北門からこの中央広場に向かっているらしい。
「そうなのか……」
ついに勇者はアレアレアの町の中に入ったということか。
俺は無意識のうちに、上空を見上げる。
門に並んでいるときに聞いた話では、今もこの町の上には結界が張られているという。勇者を狙って、上空からモンスターが攻めてくるということは考えられないのだ。
ダメだな、俺はまだモンスターに襲撃されないかと心配してしまっている。今日はパレードを楽しもうと思っていたのに……。
「ケンタくん、見て見て! 超美味しそう! 食べていいの? 食べるよ?」
俺の心配やシリウスの緊張はよそに、カリンは名物のアレアレアサンドを両手に持って、喜びがあふれているようだった。
シリウスと違い、勇者よりも食欲が勝っているようだ。
「ああ、温かいうちに食べな」
「わーい! 美味しい! さすがアレアレアの名物を名乗るだけあるわね!」
美味しそうに頬張るカリンと、ガチガチに緊張して勇者を待つシリウス。
俺も甘いカフェラテを飲みながら、糖分で頭の中を柔らかくする。
「カフェラテも美味しいね! 私もバリスタの訓練をして、カフェで働きたいなぁ!」
「そうだな……」
「あれ、ケンタくん、テンション低いわね? また変なこと考えてるんでしょ?」
生返事を返した俺の顔を、カリンが覗き込んでくる。
「いや、別に考えちゃいないさ」
「大丈夫だって! ちゃんと空にも結界が張られてるってさっきのおじさんも言ってたじゃないの?」
俺の心配をお見通しのカリンである。
「そうだな。心配なんてしちゃいないさ。俺も勇者を一目見るのが楽しみなんだよ」
「そうね! シリウスくんなんか、さっきからああやって背筋を伸ばして直立してるんだからね! 勇者に対してリスペクト強すぎ!」
からかわれたシリウスは、もはや俺たちの会話など聞こえていないんか、じっと前を見つめているのだった。まばたきくらいしろよ?
カリンの言う通り、モンスターの襲撃は杞憂に終わりそうである。この結界もそうだし、警備の数も半端ない。モンスターの侵入を許しそうな気配はどこにもない。
だが俺はもうひとつ、心配事というか気になることが増えていたのだ。
――さっきのシャルムは見間違いだったのだろうか?
さっき見たシャルムと思われる女性のことを、カリンやシリウスに話すタイミングを逃していた。パレードの前に、変な心配はさせたくない。
別にシャルムがアレアレアにいてもおかしくはない。勇者を見に来たのかもしれないし、それこそ師匠のスネークに用があった可能性もある。
それにシャルムはこの町でも有名人なので、俺の知らない用事があってもおかしくないじゃないか。
シャルムの行動を俺がすべて把握しているわけでもないし、やっぱり考えすぎだな。
あの人、あれで実はミーハーなのかもしれないし。
「きき、来ましたよ!」
周囲がざわめきだしたと同時に、シリウスの震えるような大声が響き渡った。
ついに勇者のパレードが、やってきたのだ!
「勇者様―!」
「こっち向いてー!」
「キャー!」
まだ勇者のパーティーは俺たちのいる場所からは遠くて見えないが、女子たちの華やかな声が聞こえてくる。
それもそのはずで、今の勇者は年齢19歳。背が高く、青い髪がなびく、超がつくほどのイケメンなのだ。
俺はシリウスが持ってきた『月刊勇者』を手に取る。その表紙に白い歯を輝かせながら笑顔をふりまくイケメンこそ、これからやってくる勇者である。
その名を勇者クロス。
まわりの女子たちがヒートアップして黄色い声援を送る中、カリンだけはアレアレアサンドに夢中になっているわけで。
「おいカリン。そろそろ勇者が来るぞ?」
サンドイッチを頬張っては、なぜか眉間に皺を寄せている
「ちょっと待って……。このソースの隠し味は何かしら? 結構クセのあるスパイスが効いてるわね? ダジュームにしかないスパイスがあるのかしら?」
研究熱心なカリンである。伊達に【料理】スキルの習得を目指していないようだ。
「キャー! クロス様が見えたわー!」
「クロス様―! こっち見てー!」
まわりの女子たちが甲高い声を出し、一心不乱に旗を振り出した。どうやら旗には「アイ・ラブ・クロス」と書かれており、まるで勇者をアイドル扱いだ。
俺たちはぐぐっと後ろから押されるように、さらに密度が増してくる。
俺はカリンをかばうように背中を守ってやる。
「キャー!」
「勇者殿!」
「かっこいい!」
「勇者殿! こちらを見てください!」
「マジイケメン!」
「勇者殿ー! 僕はここです!」
女子たちの歓声に混じる男の声……。
「シリウス、お前……」
女子たちに混じり、シリウスが大きく両手を振って、勇者に向かって叫んでいた。
お前にとって勇者はどういう存在なんだ?
「シリウスくん、必死ね。憧れの人に会うと、こんなふうになってしまうのね」
カリンも若干、引き気味である。
俺とカリンも、そのシリウスの痴態は無視して、いよいよやってきた勇者を眺める。
神輿に乗ってくるかもと思われた勇者は、ただただ広い大通りの真ん中を、手を振りながら歩いてきた。
特に護衛を付けることなく、どこか悠々と、余裕の足取りだ。
「さすが勇者ともなると、威風堂々という言葉がよく似合うな」
つい俺もその姿を見て、背筋が伸びてしまう。
『月刊勇者』によると、勇者クロスのパーティーは、戦士スカー、魔法使いサラメット、祈祷師ムサの四人らしい。
「やっぱり勇者パーティーは、みんな強そうよね。オーラがすごい」
カフェラテを飲みながら、カリンが雰囲気に圧倒されている。
先頭を歩いて笑顔を振りまいているのは、勇者クロスで間違いない。高級そうな鎧に身を包み、なんとも場慣れした雰囲気で女子たちの声援を一心に受けている。
くそ、イケメンで勇者だなんて、神様は与えすぎだよな!
俺は内心で嫉妬しながら、『月刊勇者』のページをめくって、他のメンバーを確認する。
「あの真っ黒のローブを着ているのが、魔法使いサラメットだろ? それから白いドレスの女性が、祈祷師ムサか? で、一番大きな男が戦士スカー」
こういう勇者パーティーって大体四人組なんだよな。
ゲームとかと同じだ。
「あのスキンヘッドの人だけ、愛想悪くない?」
カリンがひそひそと、最後尾を歩く大男を指さす。
スキンヘッドの戦士スカーであった。
背中には大きな斧を担ぎ、まったくの無表情でまったく楽しくなさそうに歩いている。一人だけ、少し離れて不機嫌そうである。
「手くらい振ればいいのにね。雑誌ではすごい笑顔振り撒いてるのに、実際会ってみると無愛想だったっていうやつよね。アイドルとかでもそういう噂、よく聞くもんね!」
カリンは雑誌の戦士スカーが笑っている写真を見せてくる。
確かに写真のスカーは満面の笑みで、目の前にいるスカーはまるで別人だ。
「具合でも悪いのかな? パレードが気に入らないのか?」
「顔色も悪いし、風邪でも引いてるんじゃない? 病気なのにパレードに引きずり出されるようなブラックジョブなんじゃないの、勇者パーティーは?」
「そもそも勇者のパーティーに入って魔王と戦うなんて相当劣悪な仕事環境だけどな! 死と隣り合わせの超ブラック!」
風邪で休めないんだからヤバイ職場だよな! ところで勇者パーティーにも有給ってあるのかしら?
しかし、勇者クロスへの人気が一点集中しているようで、戦士スカーのことは誰も気にしていないようであった。
「イケメンって得だよな。俺が勇者パーティーに入っても、きっと誰も声なんてかけてくれないだろうな」
スカーよ、俺には分かるぞ! クロスばかり人気があって不貞腐れてるとこもあるんだよな? そりゃ機嫌も悪くなるぜ!
「あらケンタくん、嫉妬してるの? 戦闘ジョブなんて絶対イヤだって言ってたのに?」
あまり勇者には関心がなさそうなカリンが、俺のことをジト目で見つめてくる。
「嫉妬じゃねーし、頼まれても勇者パーティーになんか入りたくねーよ!」
イケメン勇者の引き立て役になんか絶対ならねーし!
「ああ、来た! 勇者殿! 僕はシリウスです! お見知りおきを! 異世界ハローワーク所属、シリウスでございます!」
ついに俺たちの目の前に、勇者御一行がやってきた。
シリウスの興奮は絶頂を迎え、怒号に近い自己紹介を繰り返している。お前は選挙前の立候補者か!
「名前だけでも覚えていってください! シリウスです!」
シリウスは身を乗り出し、大通りに飛び出しそうな勢いである。
熱狂的な女子たちの中に、シリウスの声が混ざってもうカオス。警備員も一斉に俺たちのほうを警戒し出した。
「シリウス、落ち着け!」
俺もシリウスが飛び出さないように、腰をガッチリとホールドする。
こいつってこんな奴だったっけ? 勇者大好きっ子じゃねーか!
「あ、もうパレードも終わりなのね」
ほんの数秒で俺たちの前を通り過ぎた勇者たちは、中央広場に入っていく。
心持ちか、俺たちというかシリウスの前だけ早歩きだったような気がする……。
そのまま勇者パーティーの三人は、警備をする護衛団に囲まれて、広場の横で待機していた数台の馬車に乗り込んでいった。
最後にクロスに向けて大きな歓声と拍手が起こり、これでパレードは終了の運びとなった。
「勇者殿ー! いつか僕も、ご一緒にー!」
勇者の馬車が動き出してもシリウスだけは興奮が収まらずに叫び続けている。
やだ、もうこいつと一緒にいたくない!
「はあ、やっと終わったよ」
勇者が乗る馬車が出発して、観衆は三々五々に大通りから離れていく。
俺もこれで一段落と、レジャーシートに腰を下ろす。
「すごかったね、勇者の人気。案外、魔王も倒しちゃうかもね」
「人気と実力は別もんだろ? でもそうあってほしいよ。ダジュームの平和はあのイケメン勇者の手にかかってるんだから」
「やっぱり嫉妬してるんじゃん?」
「してねーって! 俺はひとえに平和を望む草食系アイソトープだからな。勇者ががんばってくれなきゃ、困るのはこっちなんだし」
俺は自分で言っててなぜかちょっと恥ずかしくなって、カフェラテをずずっと一気に飲み干す。
「案外、勇者パーティーに入ったらケンタくんもモテるかもよ? ケンタくん、見た目によらず優しいしね」
ぼそっとカリンが呟いた。
「ゲホッ! ……なんだって?」
カリンが急に話しかけてきたので、カフェラテが喉の変なところに入って、俺はむせる。
「なんもないよ! さ、パレードが終わったし、これからは私の観光プランに付き合ってもらうわよ! さ、ケンタくんもシリウスくんも行くよ!」
すっかり元気になったカリンは俺たちの尻を叩き、ガイドブック片手に張り切るのだった。
ま、モンスターにも襲撃されることもなく勇者パレードが終わったことはほっと一安心だ。
あとは楽しくアレアレア観光だ!
……もう大丈夫だよね?
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