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――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

VSシリウス

公開日時: 2021年6月28日(月) 18:00
更新日時: 2022年1月3日(月) 11:16
文字数:3,777

 戦士シリウスが、俺に向かって突進してくる。


 一緒に訓練をしていたときと変わらない、猪突猛進型のシリウスの攻撃姿勢である。足元の砂を巻き上げながら、一直線に。


 勇者との話し合いはできないと判断し、ここを去ろうと思っていた。


 だが、勇者にけしかけられてシリウスは俺を攻撃してきた。


 どうすればいいかわからず、俺はその素直な大剣の攻撃を片手で受け止める。


「シリウス、俺は戦う気はないから!」


 ギリギリと、俺の腕を切り落とそうと力を入れているのが分かる。最後に会ったときより、シリウスの筋力は発達していた。だけど……。


「聞こえてるだろ? 勇者に言ってくれよ。俺を殺してもどうにもならないんだって!」


 だけどシリウスの一撃では、ダメージなんて皆無だった。


 シリウスもそのことを悟り、後ろに飛び距離を取る。


「ケンタさん……」


 ようやくシリウスは口を開く。そして、再び大剣を構えて、俺を見据える。


「ぜんぶ聞きましたよ。ケンタさん、いつの間にか【蘇生】スキルを身につけていたんですね」


 足元をじりじりと、間合いを図りながらシリウスが言う。


 やはり勇者たちは俺のスキルのことを知っていたのだ。


「俺だってこんなスキル、欲しくて覚えたわけじゃないんだよ。たまたまなんだ。偶然……」


 俺はこのスキルが発言したことを思い出して、言葉をのみ込んだ。


【蘇生】スキルが使えるようになったのは、何あろうこのシリウスを救ったときだ。


 シリウスがモンスターに襲われて死んでしまったとき、俺が生き返らせたのだ。この両手から光があふれ、シリウスの命を蘇生させた。


 だけど、シリウスはそんなこと知らない。俺が生き返らせたことも、自身が一度死んでしまったことも……。


「その偶然手に入れたスキルで、先代の魔王を生き返らせようとしているんですか?」


「そんなわけないだろうが!」


 シリウスも勘違いしていた。これで勇者たちの行動の目的ははっきりした。魔王やジェイドが危惧していた通りだ。


「じゃあ、なんでモンスターになってるんですか? もう魔王の仲間ってことですよね?」


「これは他に理由があって……」


 シリウスの芯を食った反論に、言い訳のできない状況だった。


 確かに今の俺は魔王のもとに身を寄せ、モンスターの姿になっている。だけどこれは順序が逆で、勇者に狙われないようにするためのものなんだが、説明がややこしい。


「シリウス、信じてくれ。俺は死んだ魔王を生き返らそうとは思ってないし、そもそも【蘇生】スキルなんて使えるかどうかわからないんだよ」


「じゃあ何をしに、ここへ来たんですか? アレアレアに行って死んだふりをして、勇者を殺そうと考えたんじゃないんですか?」


「そんなわけないだろ! 俺はホイップを探しに来ただけだよ!」


「とってつけたような言い訳をやめてください!」 


 シリウスには何を言っても言い訳になってしまう。


 それは勇者に洗脳されているとかそういう意味ではなく、客観的に見てモンスターの姿で現れた俺のことを信じられないでいるのだ。


「ケンタさん……。信じてたのに、何も言わずに出ていった理由がこれですか……」


 その言葉には悔恨が混じっていた。俺に裏切られたと思っているのだろう。


 一緒に訓練をして、ジョブに就こうと誓った俺たちは、家族だった。


 俺がハローワークを出ていったのは、みんなに迷惑をかけたくなかったから。この【蘇生】スキルを魔王に利用されたくなかったから。


「俺はみんなに迷惑をかけたくなくって……」


 自分で吐いた言葉は、空々しく宙に溶ける。


 魔王どころか、今は勇者に命を狙われている。かつての家族だった、このシリウスにまで。


 俺の存在は、いつの間にかダジュームの憎しみの連鎖の中心に置かれ、家族からも恨まれることになっている。


「今、ケンタさんがダジュームのためにできることは、その【蘇生】スキルを葬ることじゃないんですか?」


 シリウスの口調が強くなる。


 これが勇者パーティーとしての目的であり、共通認識なのだろう。戦士シリウスとしての行動原理であり、戦う理由――。


「それは俺に死ねっていうことか?」


 俺の言葉に、シリウスは何も答えない。


 そして次の瞬間、シリウスの剣を持つ手に力が入るのが分かった。


 俺を見つめる目には覚悟が見えた。それはかつての家族、相棒との決別の覚悟に見えてしまった。


「こうするのが、ダジュームのためなんです!」


 バスタードソードを振り上げ、再びシリウスが俺に向かってくる。


 ダジュームの平和のために勇者パーティーに入ってモンスターと戦うことを選んだシリウスにとって、この選択は必然だった。


 だがその選択は、俺にとっては受け入れられるものではない。


 俺が死ねば抑止力としての役割が消え、ダジュームに混沌を招きかねない。


 魔王に反発するランゲラクにとっても俺の【蘇生】スキルは邪魔なのだ。魔王の兄を生き返らせたくないランゲラクは、俺が死んでしまえばもろ手を振ってダジュームを侵略できる。


 今やダジュームは薄氷の上に成り立っている。その今にも割れてしまいそうな薄氷を支えているのが、俺なんだ。


 俺は……、死ぬわけにはいかない!


「りゃぁぁぁぁ!」


 上段からバスタードソードを振り下ろしてくるシリウス。


 俺は今度は受け止めず、その一撃を身をひねってかわす。剣先が砂浜に埋まり、すぐさまシリウスは二撃目を繰り出そうと両足でふんばり大剣を持ち上げる。


 遅い。がら空きのシリウスの体に爪を突き刺すには十分な隙だったが、俺は動かない。


 俺は軽く羽を羽ばたかせる。地面の砂が舞い上がり、シリウスの体にぶつかる。


「うっ!」


 簡単にシリウスの視界を遮ることができた。


 迂闊だ。この間にシリウスの捕まえることもできたろう。だが、俺はそんなことはしない。


 シリウスは盲滅法に、剣を振り下ろす。


 だがそこには誰もいない。ただ空しく、砂浜に剣を突き刺すだけ。


 俺はすでに空中にいた。急降下し、目標を見失っているシリウスを頭上から急襲するには十分すぎる状況だった。


 この間に、俺は三度、シリウスを倒すことができた。


 これがアイソトープと、モンスターのレベル差だった。悲しいことに、これが現実だった。


 シリウスでは、俺に勝てない。


「シリウス、俺は戦う気はないって言ってるだろ」


 頭上から声がして、慌てて視線を上げるシリウス。


 おそらく自分でも気づいているだろう。俺との実力差を。


「ケンタさん……!」


 歯ぎしりする音が聞こえてきそうだった。


 それは訓練で自分に魔法スキルの才能が知らされたときのような、無力を噛みしめるシリウスだった。


 もちろん、これは俺の実力なんかじゃない。本当の俺はシリウスと戦ったら二秒で死んでいるだろう。モンスター化しているおかげではあるが、だからこそ戦うわけにはいかない。


「できればこんな再会はしたくなかったんだよ。話せば分かってもらえると思ってた。シリウス、お前になら……」


「僕も敵同士で会いたくなかったですよ! 今の僕には、ケンタさんと戦うことしかできないんです! だってケンタさんは一緒に訓練をした家族、ですから……」


 戦士という立場の裏側に潜む、本当のシリウスがのぞく。


「もちろんだ。俺もそう思ってるよ」


 空中で、俺は両手を広げる。


「だけど……」


「シリウス、何をしている! さっさとそいつを殺せ! それがダジュームのためだ!」


 後方で勇者が叫んだ。


「うるさい勇者だな!」


 後方で指示するだけの勇者に、俺はイラっとする。


「く……!」


 シリウスは迷っていた。夢と、現実との狭間で。


「剣を下ろして話を聞いてくれ! お前なら分かってくれるはずだ。俺がこうやってモンスターの姿をして、何をしようとしているか。ダジュームのために、しようとしていることが……!」


「シリウス! 戦えん戦士など、勇者パーティーには不要だぞ!」


 また勇者がけしかける。


「……ケンタさん。俺は……。ダジュームのために……」


 苦悩するシリウス。

 シリウスは迷っている。勇者と、家族の狭間で。


 俺は待つことしかできない。シリウスが答えを出すのを。


 俺は空中から、今は人間のものではない手を伸ばす。


 これが今できる、俺の精一杯の対話。


 いつの間にか海の向こうの水平線に、太陽が半分ほど沈みかけていた。海にきらめく光が、俺たちの間に反射する。俺たちを別つものは、何もない。


 ――はずだった。


「ダジュームのために、死んでください!」


 シリウスの出した答えは、海に沈む太陽に跳ね返ってこだまするかのようだった。直接、シリウスの口からは聞きたくはなかった。


 これがシリウスが選んだ、現実だった。


「……バカ野郎」


 俺は小さく独り言ちた。


 シリウスはバスタードソードを、俺の体めがけて空中に振り上げた。


 その動作は非常に散漫で、鈍間だった。攻撃を食らうほうが難しいほどであった。


 そのとき、シリウスの鎧の下に包帯が巻かれているのに気づく。やっぱり怪我をしてるのか?


 一瞬の迷いの末、俺は差し伸べていた腕をそのままに、大剣が描く軌道上に残しておいた。


 刹那、シリウスの剣が俺の右腕を切り取った。


「あ……!」


 驚いたのはシリウスのほうだった。


 まさか自分の攻撃が成功するとは思ってもいなかったみたいに、呆けた声を上げた。


 切り取られて何回転かした腕は、どさりと砂浜に落ちる。


 痛みは感じなかった。むしろ頭は冷静だった。


 俺は肘から下の腕を失い、血しぶきが舞う。


 それはまるで夕焼けのように、俺たち二人の間を染め抜いた。

 

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