ボジャットの話は続く。
「今の異世界ハローワークがある場所は、もともとスネーク氏の家だったんだ。スネーク氏はひとり、あの辺境で魔法の修行をしていた」
あの事務所が、スネークさんの家だった?
ボジャットが語りだすことは、ほとんどが初見のことで俺たちはしばらく相槌を打つのも忘れた。
なによりも、衝撃が大きかったのだ。
「おそらく20年前のことか、そこへ幼いシャルムがやってきた。いや、自分の意志でスネーク氏を訪ねたわけではない。……親に捨てられたのだ」
ボジャットの話に、カリンの息を呑む声が聞こえた。
俺も衝撃の事実に、どんな顔をすればいいのか分からなくなっている。
「自分のことをシャルムと名乗る幼子を、スネーク氏は引き取った。そのときの心境を知る由はないが、それから二人は師匠と弟子という関係になり、シャルムは魔法を教わったのだという」
大魔法使いスネークと、捨てられたシャルム……。
単純な師弟関係ではないことがボジャットの口から語られる。
「シャルムは当時から、【魔法】スキルの素質はずば抜けていたらしい。スネーク氏が教えるまでもなく、新しい魔法をどんどん吸収していった。スネーク氏が弟子を取ったという噂はアレアレアにも聞こえてきたし、シャルムという女児のことは評判にもなった」
ボジャットがひとつ、間を入れる。
「スネーク氏が『黄金の蛇』と呼ばれていたように、シャルムも自然と『紫の蛇』と呼ばれるようになった。シャルムが唱える魔法は紫色を発していたことが所以らしい」
「紫の蛇……」
俺はさっき、スネークの家から上がっていた紫の煙を思い出す。
「おそらくスネーク氏にとってシャルムは孫のような存在だったのかもしれない。それまでは難しい性格で人嫌いだったらしいが、シャルムと暮らし始めてからは角が取れたということも聞くしな」
俺が先週会ったときのスネークさんは、それはもう優しいおじいちゃんという雰囲気しかなかった。
そうなったのも、シャルムのおかげだというのか。
「それから10年くらい経ち、勇者がスネーク氏を仲間に勧誘しにやってきた。大魔法使いという肩書は、世界中に知られていたからな。もちろん勇者との旅に、シャルムを連れていくことなどできるわけがない。当時シャルムも14歳だったと聞くが……、スネーク氏はシャルムを置いて、勇者のパーティーに入ることにしたらしい」
「じゃあ、シャルムさんはまた……」
カリンが口元を押さえながら、その先の言葉を発することを断念した。
そう、シャルムはまた捨てられたのだ。
ボジャットは目を閉じたまま一度頷き、さらに続ける。
「それから7年ほど、スネーク氏は勇者と旅を続けた。そして勇者が魔王に敗れ、パーティーが解散すると、スネーク氏は自分の家には帰らずこのアレアレアにやってきた。それからずっと、あの家で過ごしていたのだ」
ここで一段落と、ボジャットが息を吐く。
「スネークさんはなぜ自分の家に帰らなかったんでしょうか?」
カリンが素朴な疑問をぶつける。
「そりゃシャルムには会えなかったんじゃないかな……」
俺がなんとなく、答える。
「もちろん、それもあるだろう。加えて、シャルムはそのころは今の異世界ハローワークを開いていたのだ。魔法を捨て、完全にスネーク氏との決別を決め、新たな道を歩んでいた」
とするとシャルムは若干20歳そこらであのハローワークを開いたってことか……。
「それで、シャルムさんが今でもスネークさんのことを恨んでいるってことなんですか?」
「そう考えてもおかしくない。ひとつの可能性として」
カリンに対し、ボジャットは答える。
「すいません。じゃあこの町の結界も、スネークさんがアレアレアに来てから張ったものなんですか?」
シリウスが前のめりに割り込んでくる。
計算すると、スネークが帰ってきたのはおよそ3年前になる。それまで結界がなかったとは考えられない。
「いや、結界自体は数10年前からスネーク氏に頼んで張ってもらっていた。こんな大きな町全体を囲める結界など、スネーク氏以外には無理な仕事だ」
ボジャットの説明に、シリウスは納得したように身を引く。
しかしその結界がスネークさん亡き今も生きているとは……。
「それで、なんで俺たちにシャルムを探せって言うんですか? 俺たちもシャルムの仲間かもしれませんよ」
アレアレア護衛団がシャルムを疑っていることは分かった。
だけど、俺たちもシャルムの仲間であると疑われてもおかしくない立場だ。
「我々はアレアレアの町を守らねばならんのでここを動きようがない。それに、勇者の安全を守るのが最優先だ。自由に動けるのは、事情を把握しているアイソトープの君たちしかいない。穏便に事態を収めたいし、これはシャルムのためでもあると考えている」
「シャルムさんのためって、疑っておいてそれはないんじゃないですか?」
「シャルムがもし誰かに罪を着せられているとしたら、その無実を晴らすためでもある。本当のことを聞くには、君たちのほうが話しやすいはずだ」
ボジャットの言い分には無理やりなところがあったが、苦肉の策のように思える。
「それに勇者の安全って、あの人たちは自分の身くらい守れるでしょう? 勇者なんでしょ?」
世界の人たちを守るのが勇者っていう人たちなんじゃないのか?
「そうも言わんでくれ。万が一、勇者がこのアレアレアの町で倒れるようなことがあっては、面目が立たんのだ。全世界からアレアレアが、いやラの国が非難されてしまう」
ボジャットが言いにくそうに頭を掻く。
いろいろな立場があるんだな……。
「ボジャットさん、その勇者のことなんですが……。勇者がスネークさんを襲ったという可能性はないんですか?」
「バカな。そんなわけがないだろう」
ボジャットはシリウスの疑問を吐き捨てる。
「じゃあなんで、勇者はスネークさんとの面会をドタキャンしたんですか? そもそもこのアレアレアに来たのはスネークさんと会うためなのに? 勇者の目的は何だったんですか?」
シリウスの追及は鋭く、そして真っ当なものだった。
さっきまで勇者クロスに憧れていたシリウスとはまったくの別人に見えた。
これにはボジャットも痛いところを突かれたと、初めて表情に戸惑いが見えた。
「勇者がなんのためにスネーク氏に会おうとしていたのかは、我々にも知らされていない。護衛団としては、パレードで勇者パーティーのの護衛を任されただけだ。本当なら、今ごろは家に帰ってディナーをしてる時間だったのに……」
ボジャットが不満を漏らした。
護衛団としても、このスネークの家が襲われたことは予想外すぎる出来事だったのだろう。それに加えてこの戒厳令である。
今も家ではミネルバがディナーを作って旦那の帰りを待っていると思うと、ボジャットもある種は被害者である。
「ボジャットさん、今日の勇者パレードで予定にはなかったことが起きたりはしませんでしたか? 勇者が本来の目的をドタキャンした理由になりそうな?」
シリウスがボジャットに食いつく。
護衛団の団長ならば、内部の情報はある程度集まっているはずだ。
「いや、少し到着が早まったくらいだが、それも誤差の範囲だし、パレードも順調に終わり、護衛団も安心していたところだ」
「そうですか。そもそもパレードをすると言い出したのは、勇者側なんですか?」
「いや、うちの町長が是非にと、勇者側に打診したんだ。勇者パーティーがアレアレアに来るなんて、めったにないことだからな。勇者も快く受諾してくれたと聞いている」
勇者も大変だよな。ちょっと町に行くだけで、パレードなんか開かれちゃって。
俺はちょっと同情もする。まるでパンダだ。
「それで戦士スカーは不機嫌だったのかもよ? 無理やりパレードなんかやらされたから!」
カリンがひそひそと、俺の耳元で囁いた。
笑顔が可愛いと評判の戦士スカーが、パレードの際中ずっと仏頂面だったことが気になっていたらしい。
シリウスが『月刊勇者』を取り出し、勇者パーティーを確認する。
勇者クロス、魔法使いサラメット、祈祷師ムサ、そして戦士スカー。
「ああ、そういえば……」
と、そこでボジャットが何かに気づいたのか、顎を触った。
「何かありましたか? 小さなことでも、言える範囲で?」
「いや、勇者パーティーにパレードの了承をもらったとき、こちらも護衛体制の段取りが必要なのでいろいろ予定を尋ねたんだ。宿の手配や、警備にかける人数、事前の安全確保などやることはあるからな。滞在日数や到着時間とかもそうだ。そうしたら、アレアレアに行くのは三人だけという回答が来たんだ」
「三人? それって?」
俺は思わず繰り返す。
「ああ。当初、アレアレアに来るのは勇者クロス、魔法使いサラメット、祈祷師ムサの三人の予定だった。だが、町に到着したとき、戦士スカーも来れることになったと言って、四人全員そろっていたんだ」
「最初は戦士スカーは来る予定じゃなかったんですか?」
「そうなんだよ。こっちは三人の予定ですべて段取りをしていたから、大慌てだ。護衛にかける人数も変わってくるし、計画を立て直しでてんやわんやだった」
ボジャットはそのときのことを思い出して、少し困ったような顔をする。
「戦士スカーはやっぱりパレードがイヤで、ずる休みする予定だったのよ。それなのに、勇者パーティーがブラックだから、無理やり参加させられて機嫌が悪かったのよ、きっと!」
カリンが得心したかのように、手を叩く。
「子供じゃないんだから……」
そこは勇者パーティーの一員としてコンセンサスを取ってしっかりやってほしいところではある。
「なるほどですね……」
シリウスが納得したようなしていないような表情で斜め上を見上げる。
「シリウスくん、どうしたの?」
「いえ……、戦士スカーが急遽参加することになったことと、勇者がスネークさんとの面会をドタキャンしたことは関係があるのでしょうか……?」
シリウスはさっきからずっと何かを考え込んでいる。
「それは分からん。勇者の行動や目的は、トップシークレットだからな。我々護衛団にもスネーク氏との面会の目的は知らされていなかった」
その目的を知るのは勇者と、スネークさんだけだったということか。
「でもシリウス、戦士スカーを疑ってるのか?」
「いえ、疑ってるとかそういうわけじゃありませんけど。なぜスカーはアレアレアに来る予定がなかったのか、そしてなぜ突然来たのか?」
シリウスは勇者へのあこがれが強すぎて、それだけ気になるのはよく分かる。
「まさか戦士スカーが犯人とでも言いたいのか?」
さすがにこれにはボジャットも反論する。
「いえ、まだなんとも。……今、スカーはどこに?」
「パレードが終わってから、勇者パーティー全員は宿に入ったままだ。戦士スカーを疑うのは、どうかと思うぞ? なんの証拠もない!」
まるで味方が疑われたかのように険しい目つきになるボジャット。
勇者パーティーといえばダジュームにおいては絶対的な英雄なのだ。それを疑われると、ボジャットもカチンとくるところがあったのだろう。
でもそれは、俺たちも同じで……。
「ボジャットさんがシャルムを疑っているのも、何も証拠はないわけでしょ? 断定して動く方が危険ですよ。ここはシリウスが言うように、可能性は広げておくべきです。誰かがシャルムに罪を着せようとしている可能性もありますし、それにシャルムは堂々とアレアレアに入ってきてるんですよ? 別の用事があったってことも」
考え込むシリウスの代わりに、俺が話を引き取る。
「私も決めつけているわけじゃない。だからこそ、君たちにはシャルムを連れてきてほしいだけだ。シャルムなら、我々の知らないことを知っているかもしれない。この町に来た理由もな。すべてはスネーク氏の弔いだ。君たちも決して無関係ではないはずだ。そうだろう?」
スネークとシャルム、シャルムと俺たちの関係を暗にほのめかされて、断れないような状況を作ってくるボジャット。
「分かりました。シャルムの無実を証明するために、俺たちも動きますよ」
あくまで中立の立場を強調するボジャットに、俺はこの駆け引きを了承する。
「どちらにしろ、シャルムに会って話を聞くのが一番早いからな」
「そうよね。シャルムさんがそんなことするはずがないもんね! きっと別の用事でここに来たのよ!」
カリンも目的を把握したらしく、健気に立ち上がる。
「もし本当にシャルムの仕業だったら、スネーク氏を襲撃したあとのにこの町を出ることはできないはずだ。あの爆発騒ぎ以降、門は閉鎖しているし、上空もスネークの結界で魔法を使っての移動は出来なくなっている」
「それって、ワープの魔法で脱出できないってことですか?」
「ああ、できん。町に入るには、門を通るしかない。現にシャルムも堂々と門を通って入町しているが、現状では出ることは不可能だ。今現在、アレアレアは完全に密室状態だ」
「シャルムさんが無実だとしたら、真犯人がいるわけですよね? そのときは……」
「もしほかに犯人を見つけたのなら、そのときは無理をせずに我々を頼ってくれ。戦闘になったら、君たちでは危険すぎる」
「もちろんですよ。俺たちは戦う気はありませんから」
アイソトープの実力を理解しているボジャットに、俺は強がるつもりはない。
「町の中は自由に行動できるよう、護衛団には伝えておく。できるだけ早く、シャルムを見つけてくれ」
俺たち三人が戒厳令の中で町中を動き回るだけでも、かなりの異例の事態なのだろう。
「我々が一斉に行動するよりも、君たちが動いた方がシャルムも真実を切り出しやすいだろう。頼んだぞ。紫の蛇を、捕まえてくれ!」
ボジャットにシャルム捜索の命を託された俺たちは、行動の外へ出ることを許された。
誰もいなくなったこの町で、果たしてシャルムは見つかるのだろうか?
スネークさんを殺した犯人は?
勇者の目的は?
すべてを明かすために俺たちはアレアレアの町に飛び出した。
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