「魔王軍はそもそもなんで俺を狙うんだ? 俺の【覚醒】スキルを使って何がしたいんだよ?」
「な、なによ、いきなり?」
泉を離れ、俺は妖精たちが暮らす集落に向かった。ペリクルに会うためだ。
ペリクルはほかの妖精たちとたき火を囲んで雑談していたが、俺がやってきたので空気がぴんと張りつめてしまった。警戒モードである。
シャクティに仲介されたものの、まだ俺のことをよく思っていない妖精は多いみたいだった。
その視線から「できそこない」と思われているのが、よく伝わってくる。
「ちょっと、行きましょう!」
ペリクルがふわりと浮かんで、俺の袖口を掴んでどこかへ連れて行こうとする。それを見て、アオイもいぶかしそうな表情をしてついてくる。どうやら二人はセットみたいだ。
そのまま集落を抜け、昨日俺が眠っていた森の中へやってきた。
「さっきまで落ち込んでたのに、どうしたのよ!」
ペリクルは俺がいきなり集落に現れことを怒っているようだった。
それは俺が妖精の森に滞在していることをよく思わない妖精がいることを示唆している。
「うじうじすんなって言ったのはお前だろ? だから教えてくれよ、ペリクル。お前が知ってることぜんぶ!」
ペリクルが普通の人間の大きさならば、その両肩を揺さぶってやるところだが、いかんせん彼女は妖精である。俺は目の前に浮かぶ小さな妖精に、訴えた。
「私が知ってることって言ったって……。ねえ?」
ペリクルは助けを求めるように、アオイに同意を求める。
「私は知らないわよ。そもそも私もあなたが魔王軍に行ってたなんて、この前初めて聞いたんだからね」
突き放すアオイである。
そういえばペリクルが妖精の森を出て魔王軍にいた理由も聞いていなかった。なにか裏がありそうだ。
「アオイ、妖精は自由にこの森を出ていくことはできるのか?」
俺は話の矛先をアオイに向ける。
ペリクルは自分の話になるとガードが固くなるので、外堀から埋めていこう。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、である。
「自由ってことはないけど、シャクティ様が許したら出ていけるわ。ね、ペリクル。そうよね?」
アオイが意地悪な顔でペリクルに話を戻す。
「……そうよ」
「最初からこの森を出て、魔王軍に行くつもりだったのか?」
「そんなわけないじゃないの。成り行きよ」
口が重いペリクルはぷいっと集落のほうを見下ろしながら、顔を合わせてくれない。
森を出たことを、そして魔王軍に行ったことを悔やんでいるのだろうか? もしくは罪悪感?
「アオイはこの森を出ようと思ったことはないのか?」
「ないわよ。私には出ていく理由がないじゃない」
即答である。
しかし、それはペリクルには出ていく理由があったとばらしたようなものだ。
「なあ、聞いてくれ。俺は別に誰かを責めようとしてるわけじゃないんだ。魔王軍もだ」
俺は再びペリクルに話しかける。
聞いたところによると、今回デンドロイで戦闘を仕掛けたのは勇者パーティーのほうからだったらしい。
勇者と魔王軍のモンスターが出くわせば戦闘になるのは避けられないとは思うが、町中を戦場に選ぶのは俺は間違っていると思う。
「このままだったら、またいつ勇者と魔王軍が戦闘を始めるか分からないだろ? そのきっかけは俺なんだ。この戦闘を止められるのは、俺しかいないんじゃないか? そうだろ?」
さっき覚悟したのは、ダジュームの平和のために俺に何ができるか、だった。
俺は今でも自分のことはどうしようもない無力なアイソトープだと思っている。だって自由に【蘇生】スキルも使いこなせないし、他の魔法すら使えない。
だけど、そんな俺がダジュームの平和を脅かそうとしているのは、事実だった。
現に昨晩、俺のせいでデンドロイで戦闘が起き、俺の友人たちの消息も分かっていないのだ。
だったら、俺がこの戦闘を止めるしかない。止められるのは、俺だけだ。
「あなた、まさか出ていこうってんじゃないでしょうね?」
察しのいいペリクルは、ちらっと横目で俺を窺う。
「そうだよ。俺が出ていきゃ無駄な戦闘は避けられる」
「バカじゃないの! 余計あなたをめぐって争いが起きるに決まってるでしょ! 憎しみの連鎖をなくすのがあなたの役目って、シャクティ様もおっしゃってたのに、全然わかってないわね!」
俺の提案に、ペリクルは怒髪天を衝いたようだった。大声でまくしたてられる。
「だってそれしかないだろ?」
「それだけはだめよ! なんで私が苦労してあなたを逃がしたか分からないじゃないの!」
「それは、俺が捕まったら殺されるって知ってるからだろ? そうなんだろ、ペリクル?」
俺はじっと、ペリクルの目を見る。
小さな妖精の小さな瞳は、嘘をつけなかった。
ペリクルは魔王軍にいたからといって、生まれつきのモンスターではない。魔王への忠誠も、俺からはほとんど見えないのだ。
彼女は妖精。妖精としてのアイデンティティを持っている。
それはシャクティへの尊敬でも見られるし、それならばこのダジュームの平和を願っているということなのだ。
そんなペリクルは俺に死んでほしくない。俺を殺すなというのはジェイドの命令かもしれないが、彼女も黙って俺をこうやって逃がしたことで証明されていた。
「そりゃ、ジェイド様に頼まれたから……」
「ジェイドの命令ってことは、魔王の命令でもあるんだろ? 魔王は俺に死なれては困るってことだ。じゃあ、俺が魔王軍につけば、安全なんじゃないか?」
「だから、違うって言ってるでしょ! 今あなたを追ってる魔王軍はランゲラクの軍なの。ランゲラクは、あなたが邪魔なの!」
「なんで? ランゲラクが魔王に逆らってまで、俺を殺す意味は?」
「……」
ペリクルは黙ってしまう。
「別に出ていきたいって言ってるんだから、行かせてあげりゃいいじゃない。ペリクル、あなたはずっとここで暮らせばいいんだから」
まるで事情を知らないアオイは、気楽に言ってのける。
「……そういうわけにはいかないわよ」
「なんでよ? 妖精が妖精の森で暮らすのは普通でしょ?」
「そうだけど……」
「そんなに魔王軍が居心地いいってわけ? 都合のいいときだけ帰ってきて、勝手よね」
「私だって帰りたくて帰ってきたわけじゃ……」
「じゃあそのできそこないを追い出せば、解決するじゃないの。そうよね?」
なぜかペリクルとアオイが言い争っている。
そして俺に振らないでほしい。
「私はこのできそこないが救世主かどうかなんて興味ないのよ。だってこの森にいれば、ダジュームがどうなったって関係ないもの」
言いにくいことをズバッというアオイ。
確かにこの次元のはざまにある森ならば、世界が魔王軍に征服されても影響を受けないだろう。
俺が妖精だったら、森の外に出ようとは思わない。だけど、俺はアイソトープ。ここにいるべき存在でないことは、自覚している。
「ペリクルが教えてくれないんだったら、俺は森を出ていく。勇者と魔王軍、両方から話を聞いて、俺がどっちにつくか判断する」
いまだこの両方が、なぜ俺を追っているのか理由ははっきりしていないのだ。
普通に考えれば、俺は勇者側につくべきだと思う。シリウスがいるし、なおさらだ。俺だってさすがに魔王軍の味方になるつもりはない。
こうやってあいまいに言ってるのは、魔王軍に肩入れしているペリクルをふっかける意味もあった。
「これだけは言っとくわ。ランゲラクはあなたを殺すわよ」
「なんで? それは魔王の意思に反するんじゃないのか?」
「そうよ。ランゲラクは、あなたの【蘇生】スキルが邪魔なの」
「どうして?」
ペリクルは何度か頭を振り、口を押えて逡巡している。
やはり魔王軍の事情を知っているのだ。
魔王と、参謀ランゲラクの間にある秘密を。
「……いいわ。これはジェイド様から聞いたことよ。真偽のほどは分からないけど、私は真実だと思ってる」
ペリクルは両手で顔を覆って、決心したようだ。
「ああ、教えてくれ」
俺もゆっくりとうなづく。
「魔王様は、死んでしまった実の兄を生き返らそうとしているの。あなたの【蘇生】スキルで」
「魔王の、兄を……?」
ペリクルがこれから話す内容に、俺は絶句することになる。
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