「モンスターが上から目線で人間と対話できるわけないんですよ。そこは平等になるべきです!」
三本槍たちが互いに顔を見合わせ、なんとも言えない表情をした。それは図星というよりかは、まだ納得がいかないという雰囲気が出ていた。
モンスターからしたら明らかに下に見ている人間に対し、へりくだることになる。そう簡単に受け入れられることではないだろう。
あの勇者クロスのことを考えると、魔王軍が降参してきたと勝利宣言することも考えられる。事実はどうあれ、本当に休戦するとなると魔王軍はそんな屈辱を受け入れる必要がある。
「魔王はそこまで考えて、人間との協和を願っているんじゃないんですか? それをあなたたちは理解しているんですか?」
俺は三本槍を見渡す。
俺もベリシャスからそこまではっきりしたことを聞いたことはない。だけどあいつが人間と戦うべきではないと考えているのは伝わっている。それは俺がアイソトープという立場だったから、ベリシャスも心を開けたのだろう。魔王軍のトップとして直属の三本槍にすべてをぶっちゃけて真意を話すことはリーダー的にも難しいだろう。
だんだん俺はこの裏の世界に来たことの意味を捉え始めてきた。
ベリシャスが俺を魔王城へ呼んだ意味。
これは偶然じゃなく、必然だったのかもしれない。
人間でもモンスターでもない俺の存在。そんなアイソトープでありながら、【蘇生】スキルを持つ稀有な存在。
俺ができることこそ、この人間とモンスターの協和ではないか?
そんな気づきがひらめいていた時、ギャスが口を開く。
「ケンタ殿の言いたいことは分かる。ダジュームの人間にとって、我らは許しがたき敵だということは、これまでの歴史が示しておる。それを我らの都合で休戦を受け入れさせようというのは、無視が良すぎると。そういうことであるな」
ギャスが俺の言いたいことを、まとめてくれた。ただ表情は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「そういうことです」
「で、我々から謝罪をしろと? ケンタ殿はそう言うのか?」
今度はウェインライトだ。
「謝罪というのは言い過ぎかもしれませんが……、ダジューム側の気持ちに立つというか」
「しかし勇者たちには我ら魔王軍のモンスターも数多くやられているのだぞ? それはお互い様というものではないのか?」
少し身を乗り出し、レイが声を上げる。
「それはそうですけど……」
「魔王軍のモンスターにも家族がいるのだ。勇者に家族を殺されて悲しむモンスターもいるのだ。こちらが一方的に悪いと? ただダジュームにいただけで、敵意を向けていなくても、勇者たちに一方的にモンスターに攻撃を仕掛けることも多々あるのだぞ? 背後から、先制攻撃という詭弁を掲げ、モンスターを襲う。我々にとっては奇襲以外の何でもない。それは人間だから許されると言うのか? それは我々がモンスターという存在であるだけで、悪というレッテルを貼られていからなのか?」
若いレイが、これまで溜まっていた鬱憤を晴らすように、俺にぶつけてきた。
人間だけでなく、モンスターにも生活や家族がある。当然のことであった。どちらか一方に肩入れすると、もう片方が見えなくなってしまう。
俺は何も言い返せない。人間へのリスペクトを叫ぶと、同時にモンスターへのリスペクトも必要になってくる。
「レイ、そこまでだ。ケンタ殿も、お判りいただけたか? 確かにレベルを考えると、我々モンスターが圧倒的に勝っている。しかしこれは生まれついてのものなのだ。勇者が戦おうとするならば、我々も家族を守るために戦わねばならん。そうなると、結果は火を見るより明らかであろう? だが魔王様は、その分かり切った結果を望んではいらっしゃらぬのだ。協和しようと、おっしゃられている。モンスターだけが割りを食うことが、果たして真の協和と言えるのか?」
ギャスがモンスターの気持ちを代弁し、さらに続ける。
「弱いものを守る、という思想は立派なものだ。だがそれは本当にリスペクトするということなのか? 君たちが言う平等な平和とは何かね? 勇者はきっとこう言うだろう。モンスターのいない世界だと。これは我々にとって、平等なのか?」
俺はギャスの問いに答えられない。
「ケンタ殿、平等というものは、それぞれの立場のもとで無数にある。その領域に他者が立ち入ることで、もはや平等は意味をなさなくなる。我々もなるべく人間の平等に近づけるように努力はする。それは人間たちも同じではなかろうか? 妥協点という限りなく平等に近い地点を見つける作業をしたいと言っておるのだ」
「分かります。ギャスさんの言いたいことは」
俺だって人間側に肩入れしすぎて、モンスターの平等を蔑ろにしていた。
きっとダジュームの人間たちは、モンスターには家族なんていないと思っている。守るべきなんてないと考えている。ただ自分たちを狙う野蛮な存在だとしか思っていない。
モンスターに平等なんて与えるわけがないと思っているのは、人間のほうかもしれない。
「勘違いしないでくれ、ケンタ殿。我々は魔王様の意志を十分理解し、建設的話し合いを行っているつもりだ。いかんせん魔王軍とて一枚岩ではないことはご存じであろう。その中でできることをしたいと考えている」
ウェインライトは真っ青になった俺の顔色に気づいたかのように、フォローしてくれる。その盲目の瞳に、俺の迷いをすべて見通されているようだった。
「それが対話だ。我々も勇者の生の意見を聞いてみたいと考えているだけだ。おそらく、魔王軍と勇者が同じ席について話をしたことなどなかっただろう」
落ち着きを取り戻したレイも、腕を組んで冷静に俺を見る。
「謝罪をするべきとケンタ殿は言うが、初手から見せるべきではない。もし勇者が謝罪を要求してきたら、そのときは休戦の条件として一考する価値はあるだろう。だが、我々モンスターの言い分や環境、状況も受け入れられた上ではあるが」
「はい。俺も言いすぎました」
謝罪が極論であることはモンスター側から見て当然のことだった。
「これは魔王様がケンタ殿をここへ寄こした意味でもあるのだな。魔王様は我々を試しておられる」
ギャスが軽く笑みをこぼす。
それはさっき俺も考えていたことだ。モンスターでも人間でもない、アイソトープという存在。
「こうなったらケンタ殿に任せるしかあるまい。モンスターと人間を繋ぐ役割を担ってもらおうではないか」
「それが魔王様のねらいであったのだろう」
ウェインライトとレイが得心したようにうなずく。
「ど、どういうことですか?」
これを嫌な予感と言わずしてなんと言おうか。このダジュームに来て数々の嫌な予感の集大成が押し寄せてきそうで、俺は机にしがみついた。
「ケンタ殿には人間とモンスターの間に入ってもらい、この対話を実現させてもらおうではないか。平和の使者として、会談実現に向けた交渉してきてもらいたい」
「はぁ? 俺が平和の使者?」
また巻き込まれたようだ。
人間とモンスターの会談を実現するために、俺が勇者と交渉するだって?
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